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【完結済み】王子様は見つからない  作者: 戸部家 尊


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地底の王子様 その5

「なんですか、それ?」

「簡単に言えば、『魔王』信仰の一種です。『末裔』たちをあがめて、その生存を信じて探し回っている過激な連中です」

 そこでファニーさんが苦い顔をする。


「『魔王』復活の儀式と称して、召喚術に手を出したりいけにえを捧げたり、と……」


 そもそも『魔王』や『見つからない者たち(インビジブル)』を信仰するのはこの国の法律で禁じられているそうなので、見つかればしばり首だ。


「それは大昔の話よ」

 ゾーイは涼しい顔だ。


「私たちは純粋に知的好奇心から『見つからない者たち(インビジブル)』を探しているの。あなたたちと一緒よ」

 仲間に入りたいのなら素直にそう言えばいいのに。どうして手の込んだマネをするんだろう。


「白々しい」

 ファニーさんはおかんむりだ。


「しらばっくれてもムダです。あなたたちが探しているのは『聖地』でしょう。『末裔』信仰の対象となる場所を求めているだけです!」

「ああ、そういうことか」

 場にそぐわない声を上げたのは、ジェマさんだ。


「だからおじいちゃんにこの場所を発掘させようとしたんだ。お金かかるもんね」


 本当なら発掘調査は、あちこち地面を掘り返したりするから人手と時間とお金がかかるものだ。でもそんなことをしたら絶対人目に付いてしまう。だからカールグッチさんに地図を売りつけて、代わりに発掘させようとしたのか。


「ケチだなあ」

 つい口に出してしまってゾーイににらまれてしまう。


「で、この人たちどうします? 僕としては早いところ町の衛兵に突き出して、調査を再開するべきかと」

 理由もわかった以上、手間を掛ける必要もなさそうだ。さっき手に入れた本も調べて欲しい。


「そいつは困るなあ」

 のんびりした声に振り返ると、ファニーさんの首に短剣が押し当てられていた。白い首筋を刃の腹でピタピタと叩きながら、にやけた笑みを浮かべているのは、『黄金の馬(ゴールデン・ホース)』のリンジーだ。


 手首には鎖のついた太い腕輪がはめられている。ファニーさんの腕にも同じような腕輪が付けられており、鎖でつながっている。


「そいつらが捕まっちまうと、せっかくの報酬もパーだ……おっと動くなよ!」

 僕に釘を刺しながら鎖を顔の前まで引き上げる。


「こいつはただの腕輪じゃあない。片方が傷つくと、もう一方に倍の苦痛が来るって恐ろしいシロモノだ」


 僕はマジックアイテムに詳しくない。ファニーさんを見ると、悲痛な顔でうなずく。どうやら本当のようだ。


「裏のマーケットで手に入れたものだがよ。万が一の場合にって用意しておいて正解だったぜ」

「何故、こんなマネを? あなたたちは四つ星の冒険者じゃないんですか?」

「ああ、これか」

 と、リンジーは持っていた組合証を放り投げた。


「本物の『黄金の馬(ゴールデン・ホース)』なら今頃、なくした組合証の再発行で足止め食らっている頃だろうぜ」

「なるほど、最初からニセモノだったわけか」


 どこかの町で組合証を盗みだし、すり替わったのだろう。ギルド職員のゾーイが仲間なら手引きもできる。


「この姉ちゃんの命が惜しかったら、その厄介な杖を出してもらおうか」

 虹の杖を取られたら『瞬間移動(テレポート)』もできない。


 リンジーをぶん殴るのは簡単だけれど、それではファニーさんまで傷つけてしまう。鎖を切れば、それこそダメージが跳ね返りそうだ。


 おにごっこの『贈り物(トリビュート)』で気絶させようにも、あの鎖がどう作用するかが見当も付かない。最悪の場合、ファニーさんが二度と目覚めない、なんて可能性もある。


 リンジーだけではなく、ほかの『黄金の馬(ゴールデン・ホース)』もジェマさんやカールグッチさんに武器を突きつけている。これではいかに僕でも動けそうにない。僕は剣と虹の杖を放り投げた。


「形勢逆転ね」

 ロープを解かれたゾーイが勝ち誇った声で虹の杖を拾い上げる。


「奥の手は最後まで取っておくものよ」

「参考になるよ」

 今度機会があったら試してみよう。


「それで、僕たちは皆殺しですか?」

 存在自体が禁止されている『信奉者(フォロワー)』なのだ。口封じするに決まっている。


「ま、待て!」

 あわてふためいたのは、カールグッチさんだ。


「わかった。ワガハイたちは洞窟から手を引こう! だからファニーの命だけは……」

「ダメです、教授!」

 ファニーさんが前のめりになって叫ぶ。


「今回の発見は、教授の夢だったではありませんか! これまで何度もバカにされて、ようやく見つけたのに」

「バカモノ!」

 洞窟中に響き渡るような大声だった。耳鳴りがする。


「見損なうな! お前より大切な宝などあるものか!」

「お父さん……」

 ファニーさんの目に涙がたまっていく。


「あー、いい話だねえ。なんか、アタシまで泣けてきたよ」

「どうぞ。これ」

「あ、ありがと」

 僕が手渡した汗ふきで鼻をかむのはやめて欲しいなあ。


「気ぃ抜きすぎだろ、テメエら!」

 リンジーが顔を真っ赤にして僕とジェマさんを怒鳴りつける。気の短い奴だ。


「余裕な顔でいられるのも今のうちよ」

 ゾーイが底意地の悪い顔をする。

「今に泣きっ面に変わるから」


 母さんのカバンも取り上げられ、僕が連れて来られたのは、すぐ横にあった神殿らしき建物だ。中は暗くてよく見えない。


「入りなさい」

 ゾーイの指示で入ると、外から扉を閉められる。真っ暗になる。


「僕は暗いところも狭いところも平気なんですが」

「なら死ぬまで入っていても大丈夫よね」

 外からゾーイの勝ち誇った声が聞こえた。


「あなたは途中から来たから見ていないでしょう。その部屋の真ん中に台があるの。そこにはこう刻まれているわ。『選ばれし者よ、『供物』をささげよ』ってね。それがどういうことかわかる? つまり『いけにえ』よ」

 うれしそうな顔をしているのが見なくてもわかる。


「おそらくそこは祭壇ね。つまり『魔王』に『いけにえ』をささげていたのよ。きっと牛や豚なんかじゃないわ。人間よ。それも一人や二人じゃない。きっと何十人何百人と!」

 ゾーイの声がだんだん熱を帯びてきた。自分の想像に興奮し、酔いしれているようだ。


「あなたは厄介だからね。そこで『魔王』様の『供物』となるがいいわ。……心配しないで。飲まず食わずなら生きられるのはせいぜい、三日か四日くらいよ」

 それのどこに安心する部分があるんだろうか。


「それがイヤなら自分からささげるのね。石にでも頭をぶつければ、もっと早く冥界に行けるわ」

 ゾーイの笑い声と足音が遠ざかっていく。こうしちゃいられない。何とか脱出しないと。もう二度とスノウに会えないなんてイヤだからね。


 壁はどうやら特別な石でできているようだ。叩いてみたけれどびくともしない。剣は取り上げられたから切ることも壊すこともできない。扉も外からカギを掛けられているらしく、開かない。


 わずかに空いた隙間からかろうじて見えたのは、部屋の真ん中にある石造りの台だ。真っ平らで、人が寝そべっても平気なくらいの大きさだ。


 台の下には何か文字が彫られている。これがさっきゾーイが言っていた文言なのだろう。

「『供物』ねえ……」


 気は進まないけれど、捧げるしかなさそうだ。


 ゾーイたちが向かったのは、さっきのゴミ捨て場だ。足下には真っ暗な穴が広がっている。

 ファニーさんをはじめ、ジェマさんや調査隊の人たちもロープで縛られている。


「私たちを突き落とすつもりですか」

「安心して。あなたを殺すつもりはないわ。もちろん、あなたのお父様も」


 ファニーさんの顔をなでさすりながら唇をゆるめる。


「あなたの知識を私たちのために役立てて欲しいの。それと、お父様の財産もね」


 カールグッチさんに手紙を書かせて、発掘費用といって王都の商家からお金を巻き上げるつもりのようだ。

「お父様は人質。あなたが協力してくれれば、命だけは保証するわ」

 でも、とそこですごんた目をジェマさんたちに向ける。


「ほかの連中に用はないわ」

 大あくびをしていたリンジーが首を振ると、乱暴にジェマさんの背中を突き飛ばす。ジェマさんはびくともしない。


「マッサージならもうちょい上の方頼むよ」


 背中越しに言うと、今度は刃物を突きつけてきた。さすがのジェマさんもこれにはたまらず、穴の方へと歩かされる。


「やめなさい!」

「おい、やめんか! バカモノ!」


 その意図を察したファニーさんとカールグッチさんが叫ぶけれど、どこ吹く風だ。ジェマさんはもう、手すりを乗り越えて、つま先が穴のふちにかかっている。


「そういえば、この底に何があるか、さっきのガキに聞きそびれちまったっけなあ」

 にたりと残酷な笑みを浮かべる。


「ちょうどいい。お前、ここから転がり落ちて見てこいよ」

 刃物を振り上げる。


 けれど、後ろから飛んできた石が手に当たり、刃物を取り落とす。


「誰だ!」

 返事はしない。


「この歌……」

 ジェマさんがにやりと笑う。その場にいた全員が元来た道の方を振り返る。



  ようやくお宝 見つけたヘイホー!

  金銀財宝も 軽々さ

  行くぞ近道 走れ抜け道

  ダメダメ安全 回り道 

  帰ろ帰ろ 冒険者

  ウチに着くまで 気を抜くな


 みんなが目を丸くする中、手を上げてあいさつする。

「やあ、どうも。あと失礼します」


 僕はあいさつもそこそこに、駆け出すと『信奉者(フォロワー)』の連中を叩きのめす。剣がなくってもこのくらいの連中ならへっちゃらだ。


「返してもらうよ」


 剣とカバンと虹の杖を取り返す。続いて『黄金の馬(ゴールデン・ホース)』の連中をぶちのめした。腕前はともかく、いきなり現れた僕に混乱していたようだ。おまけに狭くて動きも取りづらく、仲間同士でぶつかっている間に余裕で気絶させることができた。


 残るは奥にいたゾーイと、人質を取っているリンジーだけだ。


「ど、どうして抜け出せたの? まさか、ほかにも『瞬間移動(テレポート)』できるマジックアイテムを隠し持っていたの?」

「『供物』を捧げただけですよ」


 ズボンのポケットから出したのは、小さな包み紙だ。


「たまたま、たんぽぽコーヒーの葉を持っていたので、淹れてあげたら神様が出て来て『おいしいおいしい』というので、こうして出て来られたわけです、ええ」


「ふざけないで、そんなことあるわけないでしょ!」

「何が変なんですか!」

 ゾーイの反論に怒鳴り返す。


「このたんぽぽコーヒーは、僕が選び抜いたたんぽぽを、丹精込めて煎ったんですよ。おいしいに決まっているじゃないですか」

「そこじゃない!」


 まあ不思議に思うのももっともだ。あそこにはコーヒーを淹れる水もナベもないからね。実際、僕が捧げたのはたんぽぽコーヒーじゃない。


 あの建物に刻まれていた文字は『選ばれし者よ、『供物』をささげよ』。裏返せば『供物』を捧げられるのは選ばれし者だけ、ということなる。そして、ここは『見つからない者たち』の洞窟だ。だとしたら捧げる『供物』の見当も付く。『贈り物(トリビュート)』だ。


 あの平台をさわりながら使ったらどういう仕組みなのか、岩壁が動いて別の扉が現れた。そこから抜けだし、足跡と音を頼りにここまで追いかけて来たというわけだ。以前、タビサというおばあさんから僕もそう(・・)じゃないかと言われたけれど、どうやら認めるしかないようだ。全くイヤになるよ。


長くなったので三回に分けます。続きはお昼頃に。

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