地底の王子様 その4
色々あったけれど、いよいよ調査の始まりだ。メンバーはファニーさんを中心として護衛役である『黄金の馬』の六人、そして僕とジェマさんの荷物持ちだ。
まだ気絶しているカールグッチさんをジェマさんが背負子で背負うことになった。まるでイスに座ったカールグッチさんと背中合わせになるような格好だ。一応、腰の辺りをロープで縛ってあるので落っこちる心配はない。
洞窟は大空洞をメインに小さな横穴があちこち空いている。まずはそこから調べていく。
「なるほど、確かに誰かが住んでいたのは間違いなさそうだなあ」
「スミマセン、僕にも見せてください」
ただでさえ狭いのに入口に何人も立ち止まっているから全然中が見えないよ。
「荷物持ちだってこと忘れてない?」
ジェマさんから呆れた、って口調で注意されたけれど、それはそれだ。
「ほほう」
広さはベッド三つ分くらいだろう。むきだしの岩壁かと思っていたけれど、中はでこぼこが削られ、平らにみがかれている。入口の上からボロボロに朽ちた布が吊されている。これで間仕切りの代わりにしていたようだ。
奥には人の背丈くらいの真っ平らな岩がある。ベッドの代わりのようだ。このままだと硬くて寝にくそうだからこの上にワラか布かを敷いていたのだろう。
ベッドの横には岩を削って作った棚が入口手前と奥にあるくらいで、あとはがらんどうだ。天井の近くに小さな穴が空いている。中はずっと奥まで続いているようだけれど、真っ暗で何も見えない。
ほかの横穴ものぞいてみたけれど、どこも似たようなものだ。時々広めの部屋もあったけれど、やっぱり荷物らしきものは何もない。
「何にもありませんね」
金銀財宝とは言わないけれど、不気味なガイコツとか不思議な像とか変な形の陶器とか、もっと生活の跡を見たかった。それを見てどういう生活をしていたのか、想像するのが楽しいのに。
「そうでもありませんよ」
ファニーさんは涼しい顔だ。
「この状況からでも色々推測は出来ます。まず彼らは、洞窟を加工する技術を持っていた。どの穴も大きさが似通っているところから見て、自分たちで掘ったと見るべきでしょう。ただ穴を掘るだけではなく、平らに削って生活しやすいようにしています。少なくともゴブリンやコボルトのような魔物とは違います。上から吊されていた布は扉というより個人の生活空間を守るためでしょう。彼らもそういう考えを持っていたという証拠です」
「ははあ」
理路整然と説明するファニーさんに、僕だけでなくジェマさんたちもすっかり感心しているようだ。
「荷物が残ってないということは、彼らが何らかの理由でこの土地を離れた時に、時間の余裕があったということでしょう。少なくとも災害や、人間に見つかったため、ではなさそうです」
「なるほど」
『何もない』ということは『ない』なりの理由があるということか。
「ほかにもないものがたくさんありましたが、何かわかりますか?」
「えーっと」
急に学校の先生のような質問をされて、うろたえてしまう。学校行ったことないけど。
「食い物食うところもなけりゃあ、トイレもないね」
僕の代わりに返事をしたのはジェマさんだ。
「正解です」
そういえばそうだ。かくれんぼの途中でだってお腹も空けばおしっこだってしたくなる。
調べてみると食堂らしき部屋も見つかった。木を削ったような長いテーブルに木のイスがいくつも並んでいる。近くの棚にはお皿も置いてある。ファニーさんによると、百年ほど前にこの辺りの工房で作られていた品のようだ。
「おそらく人間のふりをして近くの町で買うか盗むかして手に入れたんでしょう」
食堂の横には台所もあった。大きな水瓶の側には、流し台とかまどらしき台が据え付けられている。でも、マキや薪を入れる場所がどこにもない。代わりに拳くらいのくぼみがある。ファニーさんが興味深そうにためつすがめつ見る。
「おそらくマジックアイテムの一種ですね。『千億冥星』でも似たような家具があったという話なので、それを真似て作ったのでしょう。魔石を原料にして、火の代わりにこの台から熱を出してそれで煮炊きをしていたようです」
「あ、そうか」
洞窟の中で燃やしたらあっという間に煙たくなってしまう。
「上の方には穴も空いていますので、そこから熱や湯気を逃がしていたようですね」
「このかまどって珍しいの?」
ジェマさんがかまど台をペタペタ触りながら尋ねる。
「珍しいといえば珍しいですが、金銭的な価値はあまりありませんね。なにぶん効率が悪いというか、普通に火を使った方が早いそうなので」
普通の家なら家の外に作るか、窓を開けるか、エントツを付ければいいからね。
「そんなことよりさ」
と口を開いたのは、『黄金の馬』のリーダーだ。確か名前は、リンジーさんだ。三十歳くらいだろう。鋼鉄製の胸鎧に細身の剣を下げていて、体も顔つきも引き締まっている。短く刈り込んだ金髪を苛立たしげにかきむしる。
「ほかのところ回らねえか? 宝物庫とかもっと金目の物がありそうな場所をさ」
「報酬が安い代わりに、何か見つかったらその一部をもらえる契約なんだって」
ジェマさんが耳元で教えてくれた。のんびりしているように見えて、色々見聞きしているなあ。
「それは後にしましょう」
ファニーさんは首を振った。
「仮にあったとしても、この状況では残っているとは思えません。それより、確実にこの集落にも存在していて、何か残っている可能性の高い場所があります。そちらを先に回りましょう」
「何ですか?」
リンジーさんが身を乗り出す。
「ゴミ捨て場です」
洞窟は途中で二手に分かれていた。その左側の突き当たりに通路があって、木の扉を開けると目当ての場所はあった。
部屋の真ん中に小さな家ならまるごと入りそうなくらいの大きな穴が空いている。底はヒカリゴケの光も届かない。のぞき込んでも何も見えない。穴の周りには僕の腰くらいの木の柵が作られている。
「ここがゴミ捨て場ですか?」
僕は鼻をひくつかせる。
「何も臭いませんけど」
「先程、入口の家にセルデム語でそう書いてありました……っ!」
返事をしながらファニーさんが柵の手すりに手を付けようとすると、ボロボロに崩れ落ちる。長い年月で朽ちてしまったのだろう。木くずと化した手すりが岩肌に何度もぶつかりながら穴の底に落ちていく。
「長い時間が経って、ニオイの素も消えてしまったのでしょう」
ファニーさんは呪文を唱えると、手のひらに小さな光の球を生み出す。『光』の魔法だ。光の球をゆっくりと穴の底へと降ろしていく。穴はすり鉢のようになっている。真ん中にまた穴が空いていて、その底はまた真っ暗闇だ。『光』を更に奥底へと移動させるけれど、深すぎる上に穴がすぼまっているから上からでは様子かわからない。
「これは、直接中に入って調べるしかないようですね」
ファニーさんの指示でジェマさんがロープを取り出す。
「では僕が」
何が起こるかわからない以上、ファニーさんたちでは危険すぎる。『黄金の馬』の人たちも気乗りしないようなので僕が行くしかないだろう。
ロープをつかむと穴の底へと降りていく。ジェマさんたちがロープの端を持ち、近くの岩場に巻き付けてあるので落ちる心配はなさそうだ。一応、事前に『失せ物探し』を使ったけれど、動くものはなさそうだ。すり鉢状になった岩壁を蹴りながら降りていく。ファニーさんが僕の動きに合わせて『光』を動かしてくれるので足場を見失う心配はない。
いよいよ穴の底へ入る。『光』も一緒に降りて来るので、穴の底を一望することが出来た。広さは上とそう変わらないくらいで、高さは僕の背丈の三倍くらいだろう。ただ、むきだしでゴツゴツした岩肌の上に白くて大きなものが転がっている。魔物の骨だ。完全に白骨化している。体長は穴の半分くらいか。胴体の割に短い四本足で、額には大きな穴が空いている。傷を付けられたのではなく、元から空いているようだ。
眺めているうちにロープはするすると降りて地の底に着いた。頭だけでも僕の背丈近くはある。胴体の方を見ると、肋骨の間にお皿のカケラや溶けたナイフが転がっている。石まで食べたようだ。
『光』を頼りに、辺りを見回すと岩壁に爪で引っ掻いたり体当たりしたような跡もある。何の魔物かはわからないけれど、どうやらここの掃除係だったようだ。
上から放り投げたゴミをなんでもかんでも食べていたのだろう。魔物にゴミを食べさせるというのは珍しい話ではない。深く掘った穴にスライムを落として、食べ残しや野菜くずを食べさせていたのだ。でもスライムは金属や岩や土は食べないので、適当に捨てていると詰まってしまったりスライムが穴から這い出てしまうのだと聞いたことがある。
こいつは金属でも食べるみたいだけれど、『見つからない者たち』がいなくなってゴミを捨てる人がいなくなった。そのせいで、お腹が空いて、暴れたり岩まで食べてみたけれど、とうとう力尽きて飢え死にしてしまったのだろう。ひどい話だ。
この図体では、連れて行けないのはわかるけれど、もっといい方法はなかったのだろうか。『魔王』の子孫だったら、こいつくらい引き上げられなかったのかな。
つついてみたけれど、やはりただのなきがらだ。動き出す気配はない。
こいつを上に運べばみんなびっくりするだろう。ファニーさんも喜ぶよね。ほかには何かないかな。
おや? 岩の隙間に何かが挟まっている。本だ。引っ張り出してみると、羊皮紙か何かをヒモで綴じてあるだけの簡単な作りだ。
何の本だろう。物語かな、とペラペラとページをめくってみた。色々挿絵も入っているけれど、字が読めない。これもセルデム語みたいだ。
おそらく落ちた拍子に隙間に滑り込んだのだろう。ゴミ処理係のこいつも手が届かないので、食べられずに済んだようだ。
ちょっとカビ臭いけれど、まだしっかりしている。これは大発見だ。ファニーさんたちも大喜びだろう。さっそく知らせようと虹の杖をカバンから取り出そうとしたとたん、上からしゅるしゅるという音がした。振り返ると、僕が降りてきたロープが地面にとぐろを巻いている。確かめると、刃物で切り取られたような切り口だ。
「どうしたんですか! 何かありましたか?」
呼びかけてみたけれど返事がない。とりあえず『瞬間移動』で上に出る。誰もいなかった。
穴の周りに乱れたような足跡がある。何かあったのは間違いないようだ。
『失せ物探し』でファニーさんたちを追いかける。いた。洞窟の奥、分かれ道の右側の方にいるみたいだ。でも、人数が合わない。むこうにいるのは、全部で十四人。『黄金の馬』の六人とジェマさん、ファニーさん、カールグッチさんを入れれば九人だ。五人も多い。
そいつらがロープの切られた原因のようだ。僕は急いでそちらへと向かった。
「ところで、これはなんですか? 倉庫のようですが」
洞窟の奥にあったのは、石造りの建物だ。天井の高い場所に、この建物が真ん中に置いてある。横開きの扉があるだけで、周囲を見回しても窓はない。建物の壁や周囲には変な紋様が刻まれている。
「おそらく、寺院のようなものだと思います。調査はこれからですが……」
ロープをほどくと、ファニーさんがおずおずと説明してくれる。
「あの、それより」
「ああ、そうでしたね」
うっかりしていた。目の前には、縛られている『黄金の馬』のロープを解いてあげるジェマさんと、壁に貼り付いて奇声を上げているカールグッチさん、それと僕が縛り上げた悪漢? の五人だ。
何のことはない。近付いたらこの人たちがカールグッチさんを人質にしていた。なので、煙玉で視界をふさいでから全員をおにごっこの『贈り物』で気絶させたのだ。
本当ならさっさと『瞬間移動』で町に移動してから衛兵さんにでも突き出すのだけど、そうもいかない事情がある。
悪漢の中に顔見知りがいるからだ。うち二人は、初めて見る顔だけれど、あとの二人は調査隊のメンバーだ。
あわてて入口に戻ると、居残り組の人たちは全員口をふさがれた上にロープで縛られていた。僕たちがいなくなった後で不意を突かれたのだという。
そして最後の一人は僕の知り合いでもある。
「どうしてこんなことをしたんですか? えーと」
首筋辺りで切り揃えた黒髪に、茶色い瞳。なかなかの美人さんだ。鎧は着けていないけれど、一昨日と違って黒い半袖のシャツに黒いズボンと動きやすそうな格好だ。もう取り上げたけれど、さっきまで腰に二本の剣を提げていた。そういえば僕はこの人の名前を知らないんだった。
「ゾーイよ」
観念したのだろう。顔を上げてむしろ誇らしげにほほえむ。
「やっぱり、あなたを推した私の目に間違いはなかったわね」
ウッドマンホルムにある冒険者ギルドの職員さんだ。僕にこの依頼を勧めてくれた人でもある。
「まさかこんなにも早く、この目で遺跡が見られるだなんて……。おかげで予定が狂っちゃったけれど」
「するとあなたはここが、『末裔』の遺跡だと知っていたのですか」
ファニーさんがたまりかねた様子で聞いてきた。
「当然でしょ」
ゾーイは勝ち誇った顔でうなずいた。
「この遺跡を調査するように仕向けたのは私だもの」
「おお、そうか!」
カールグッチさんが得心したようにぽんと手を打つ。
「どこかで見た顔だと思っていたら、ワガハイがここの地図を買った古物商ではないか!」
「本当ですか?」
「間違いない。若い女子の古物商など珍しいからな。そうそう忘れるものではない」
僕の質問に、腕組みしながら断言する。さっき思い出したって言っていたけれど。
「あなたは何者なんですか? ここの場所を知っていたことといい、もしかして『見つからない者たち』……」
「いえ」
否定したのは何故かファニーさんだった。
「おそらく彼女たちは『信奉者』ですね」




