地底の王子様 その1
今回から新しい話の始まりです。
4~5回くらいの予定。
第十五話 地底の王子様
ウッドマンホルムの町に来てはや二日。冒険者ギルドの掲示板を見たけれどめぼしい仕事もなく、今日は帰ろうかと思ったところで声を掛けられた。
「荷物持ち、ですか?」
女性の職員さんに仕事を紹介されて、つい聞き返してしまう。
「実はこの町の近くに大きな洞窟が見つかって、その調査をすることになったの。領主様のお声掛かりで調査隊を組むことになったんだけど……」
「つまり、洞窟探検ですね!」
大きな声を出してしまい、周りの冒険者から白い目で見られてしまう。恥じ入りながらも僕はわくわくが押さえられなかった。
洞窟といえば物語の花だ。『海賊トルネード』では海賊の財宝が隠されていたし、『勇者オスニエルの試練』では吸血コウモリや地底トカゲを倒し、美しい地底湖で幻の魚を発見する。『聖剣とミツバチ姫』では古代の遺跡に封印されている悪魔の石版をめぐって、ベン王子が悪漢どもと戦う。
真っ暗で足場も悪くて何が起こるか分からない。『迷宮』とはまた違った冒険が待っている、はずだ。
僕も洞窟探検はやったことがない。アップルガースの近くにも洞窟はあったけれど、すぐに行き止まりだった。食べ物の保存に使っていたから当たり前なんだけれど。
「洞窟の奥に一体、何があるんですか?」
「それを調べに行くのよ」
ごもっとも。
「すでに調査隊は編成されているし、護衛の冒険者も四つ星のパーティが決まったんだけど、荷物持ちがあと一人足りないのよ。誰も入ったことがないってことは、どんな危険があるかもわからないってことだから」
みんな怖がって依頼を受けてくれないわけか。
「それに依頼主の方針で『ある程度身を守れる人がいい』って三つ星以上を指定しているから、余計に限られてしまって」
洞窟探検となれば日帰りとはいかないだろう。依頼内容を見せてもらったけれどお金もさほど高くない。危険で時間もかかって割も良くないとなれば、受けたがらないのも当然だ。僕以外は。
「わかりました。やりましょう」
荷物持ちとはいえ、洞窟探検ができるのだ。受けるしかない。早く言ってくれればいいのに。そうしたら昨日、影喰鹿鳥退治や、神樹林檎の枝拾いなんてしなくても良かったのに。
翌朝、僕は集合場所である、町の南側にある門の外に来ていた。町の外は深い森になっている。例の洞窟はここから南に半日歩いた、山の中にあるという。木こりが帰り道で道に迷った時に偶然、洞窟の入口を見つけたのだそうだ。
スノウは今回、お留守番だ。足場も悪いし足を滑らせたりしたら危険だからね。
町の壁際では六人の男女が退屈そうにしゃがみ込んだり、仲間同士で談笑している。護衛役である、『黄金の馬』という四つ星パーティだ。経験豊かそうだけれど、前に出会ったウォーレスさんやレンドハリーズのリオさんに比べたら腕前は落ちるかな。
少し離れたところにいるのは、荷物運びの冒険者だろう。がたいのいい人たちだ。僕を入れて四人の冒険者が荷物運びに雇われているそうだ。あと一人はどこだろうか。
「皆の者、集まるのである!」
馬に乗って号令を掛けたのは白髪のおじいさんだ。手足が骨と皮だけみたいにひょろ長くて、三日月みたいなひげを生やしている。身なりはいいし、肩からマントを掛けている。
「よくぞ来たな。ワガハイがカールグッチ・ヒッジ教授である。調査隊のリーダーである」
胸を張って自己紹介すると、隣にいた女の人が進み出てきた。二十歳くらいだろうか。やっぱり馬に乗っていて、首筋で切りそろえた金髪に白い帽子をかぶっている。そろそろ夏になろうかというのに、黒い長袖の上着に、幅の広いズボンをはいている。
「助手のファニーです。これから洞窟に向けて出発します。洞窟の中はもちろん、道中にも危険は潜んでいます。どうかご用心を」
ファニーさんの横には似たような格好をした人たちが三人、気弱そうな顔をして並んでいる。あれが調査隊のメンバーか。こちらはみんなひ弱そうだ。大丈夫だろうか。
「説明は以上です。何か質問は?」
「荷物持ちなのですが、肝心の荷物が見当たりません」
手を上げると、ファニーさんが後ろの幌馬車を指さす。
「途中までは馬車で運びますが、山道に入ると通れませんのでそこから運んでいただくことになります」
覗き込むと、四角い箱が所狭しと置いてある。食糧やロープなどの道具、珍しいものを見つけた時のための空箱もあるという。
「ん?」
幌馬車の奥に大柄な人が膝を抱えて座り込んでいる。短い黒髪に鳶色の瞳、皮鎧や手足に防具を着けているが、それ以外は白い肌がむきだしだ。腕や肩も筋肉が盛り上がっていて、かなりの力持ちのようだ。まるで物語に出て来た女戦士だ。僕の方を見るとにっこりと笑った。
「君も調査隊のメンバーかな」
「荷物持ちで雇われた冒険者です」
もちろん、いざというときには知恵も力も存分に貸すつもりだ。壁画に描かれた碑文の解読とか、順番どおりに進まないと床が落っこちる仕組みの部屋の攻略とか。
「アタシもそうなんだ。ジェマってんだ。よろしく」
馬車の中から握手を求められる。手のひらも僕より一回りは大きい。
「護衛ではなくって?」
この腕ならオーガとでも腕ずもうができそうなのに。
「戦いとか性に合わなくってね。いつもはガーンズボロの近くにある『迷宮』で運び屋をしてるんだ」
運び屋というのは荷物運びの専門家だ。ほかの冒険者に同行して、食糧や途中で手に入れた宝物や珍しい植物、魔物の素材といった荷物を運ぶ。ただ運べばいい、というものではなく、預かった荷物を守るという仕事も含まれている。自分の命と荷物の両方を守らなくてはならない。
「でも馴染みのギルド職員からどうしてもって頼まれてね。追加報酬もくれるっていうから引き受けたんだけど、退屈でねえ」
はあ、とジェマさんは大あくびをする。
「君も入りなよ。狭いけど一人分くらいは空いているから」
と、箱を馬車の反対側に押し出す。
「いえ、僕は外で歩きます」
ファニーさんの言うとおり、洞窟に着くまでにも危険はある。見張りは多い方がいい。
「そう? 張り切りすぎて疲れないようにね。本番は着いてからだから」
もう一度あくびをすると、荷物の隙間に潜り込むようにして横になった。
変わった人だなあ。
朝に出発して、予定では洞窟に着くのが夕方頃。洞窟の前で一泊して、翌朝から調査に入るそうだ。
街道を進んでいく。日差しがまぶしいけれど、風が涼しくて気持ちいい。たまにゴブリンや三ツ目オオカミの群れも現れるけれど、『黄金の馬』はさすが四つ星の冒険者だけあって、手際のいい動きで難なく退けていた。僕も盗賊はおそって来る前に叩きのめしておいたし、オークの群れも追い払っておいた。何も起こらないようにするのがよい護衛というものだ。
昼食を済ませ、丘を越えて山道に入っていく。山道の途中で荷物を降ろし、馬と幌馬車が引き返していく。目の前には山積みになった荷物がそびえ立つ。僕の背丈より大きい。
カバンの『裏地』を使えば全部軽々と入るだろうけど、それではジェマさんたちの仕事を奪ってしまう。魔物から逃げるとか、身軽にならなければ助からない時みたいに、いざという時には使うつもりだけれど、それまでは僕もみんなと一緒に荷物を背負うつもりだ。
背負子にできるだけ荷物をくくりつけ、それを背中に担ぐ。重い。
「それじゃあ、運びますか」
ジェマさんはこともなげに言うと、僕の倍はありそうな荷物をひょいと背負い上げた。
「力持ちですね」
「慣れているだけだよ」
照れ臭そうに手を振ると、コツがあるのだと教えてくれた。
「背負うときは段差を利用するといいよ。楽に担げるからね。あと前屈みに背負うと肩に食い込むよ。そこに腰ひもが着いているだろ。そいつで腰をしばって、腰で持つようにするんだ」
「なるほど」
経験者の知識や方法は参考になるな。実際にやってみると、確かに担ぎやすい。
「へえ」と今度はジェマさんが感嘆の声を上げる。
「背筋も伸びているし、歩き方もしっかりしている。体の中にシンが通っている感じだね。見た目よりきたえているのかな」
「見ての通りオトナの男ですから」
準備も終わり、一列になって細い山道を登っていく。先頭と最後尾が『黄金の馬』で、その間にカールグッチさんやファニーさんたち調査隊と僕たち荷物運びが並ぶ。
途中で休憩を挟みながらも日が暮れる前には目的地に着くことが出来た。
「ここが、洞窟か」
岩肌に大人が二人くらいタテに並んで通れるほどの穴が空いている。のぞきこむと坂道になっていて、その奥は光も届かない真っ暗闇だ。試しに石ころを放り投げるとカツンコツンと乾いた音が遠ざかっていく。かなり深そうだ。
見たところ人や動物の入った跡はない。周りはちょっとした広場になっていて、落ち葉が積もっている。野営にはうってつけだ。
岩穴の前には丸い石がゴロゴロ転がっていて、その真ん中辺りに一際大きな岩が埋まっていた。見上げると、上から崩れ落ちた跡がある。あそこから落ちたのだろう。
「よくここまで来たな、諸君」
みんながほっとしながらも野営の準備をしていると、岩の上でカールグッチさんが演説を始めた。
「今回の調査では必ずや、人類の偉大な一歩となる新たな事実が見つかるだろう。諸君らの名前も未来の歴史書に載ること請け合いである。奮闘に期待するのである!」
一人で盛り上がっているけれど、拍手しているのは助手のファニーさんくらいだ。ほかの人たちは黙って聞いている。白けた様子だ。それはそうだろう。道中や休憩の間にほかの人にも聞いてみたけれど、洞窟の中に何があるか誰も知らないという。調査隊の人たちですら。
「ここが何の洞窟かご存じなんですか?」
なので思い切って聞いてみた。
「まだ確たる証拠がないうちは、みだりに口にするわけにはいかん!」
「ここまで来たんですからカールグッチさんの予想くらいは言ってもいいのでは?」
「ダメだダメだ!」
何故か、かたくなに否定する。
「あとワガハイのことは『教授』と呼びたまえ、少年」
「僕の事も見た目どおりオトナの男と扱っていただければそうします」
この人が責任者で本当に大丈夫なんだろうか?
「でもここ、普通の洞窟じゃないですよね」
僕の言葉に冒険者や調査隊の人たちがざわつく。
「何故、そう思うのかな?」
「山道からそう離れてもいないのに、今まで誰も入った様子がないんです」
これだけ大きな穴が空いているのならとっくに誰かが見つけていてもおかしくない。木こりや、灰や炭焼きの職人に養蜂家。あとは山賊とかね。
「人間だけならまだしも、動物や魔物が入った様子もありません。このくらいの洞窟があったらゴブリンなんて、三日で棲み着きます」
「それで?」
「つまり、ここには人間や動物や魔物が寄りつかないような理由があったんでしょう。多分、これですね」
丸い石を拾うと、土や濡れ落ち葉を払い落として前に突き出す。誰かがあっと息を呑む。
石には不可思議な紋様が刻まれていた。
「人よけの幻術、でしょうね」
ファニーさんが紋様を指でなぞりながら興味深そうに目を光らせる。
「洞窟が見つからないようにした人がいたのでしょうね」
いた、と過去形なのは、僕たちがここにいる時点でもう幻術は破られているからだ。付近にも出入りした様子はない。おそらくもう、この場所にはいないのだろう。誰もいなくなって、人除けのまじないだけが残された。ところが落石でそのまじないが壊れて、洞窟が見つかった。そんなところだろう。
「よくやったのである、少年!」
カールグッチさんが岩から飛び降りるなり僕の肩をゆする。
「いきなりの大発見! やはりここに来たのは正解だったのである! これでワガハイの仮説も……」
そこではっと口をおさえる。口を滑らせかけたのに気づいたようだ。惜しい。
「と、とにかく明日は早い。今日はゆっくり休むのである! では解散!」
ぷい、とごまかすように顔を背けると、僕たちが立てた天幕に潜り込んでしまった。
言われなくってもそうするよ。誰かがつぶやいた。
「結局何だったんだろう」
気になるなあ。
「アタシ知っているよ」
振り返ると、天幕の中からジェマさんが寝転がりながら手を上げていた。
「馬車の中でさあ、あのおじいちゃんが助手さんと話しているの聞いちゃったんだよね」
「どんな話ですか」
「聞かない方がいいかもよ」
にやりと意味ありげに笑う。
「やる気なくなるかも」
「聞かないうちから判断出来るほど器用じゃないんですよ」
「それもそうか」
と、今度はお腹を抱えて吹き出す。大らかというかのんびり屋というか。
言っているのはあのおじいちゃんだからね、と前置きしてからジェマさんは言った。
「ここはさ、『見つからない者たち』の遺跡なんだって」




