幕を下ろすな その23
こんなの僕の台本にないよ。
びっくりしていると、副ギルド長がおごそかな口調で続ける。
「内々での調査の結果、ハーヴィーが冒険者ギルドの名前を利用して数々の規約違反、および犯罪行為に手を染めている疑いが出ました。そのため、ギルドではハーヴィーを取り調べの上、しかるべき処罰を与えます」
「けれど、もう領主様の前で捕まえたんですけど」
指摘するとぎろり、と副ギルド長ににらまれる。
「冒険者ギルドでは罪を犯した者は、まずギルドで取り調べてから官吏に引き渡すことになっています」
「それは君たちの内規だろう?」
領主様が口を開いた。
「私の町で法を犯した者を、私が取り調べるのに誰の遠慮が要るのかね」
低くて渋い声だ。セリフの一つもあげた方がよかったかな。
「お忘れですか? 『組合員の犯罪については、ギルド側から要請があった場合、身柄引き渡しの上取り調べを委任する』と。四十七年前に当時のギルド長と先々代の領主様との間で取り決めがかわされています」
「これはまた、カビの生えた約束を持ち出してきたな」
呆れ半分って感じで領主様が首を振る。
「実際に行われたことなど、今まで一度もなかったはずだが」
「取り決めには期限もなく、破棄もされていません」
「君たちこそ、あなどってもらっては困る。君たちとこの男とのなれ合いは私の耳にも入っているよ」
「でまかせです」
副ギルド長はきっぱりと言ってのける。
「我々は規則に則り、公正に判断いたします。どうか、根拠のないウワサを安易にうのみにされませぬよう、お願い申し上げます」
小難しいことを言っているけれど、要するにハーヴィーをかくまうつもりなのだろう。えこひいきしない、なんて絶対にウソッパチだ。その証拠に、さっきまでふてくされていた顔が、ざまあみろって感じで僕をせせら笑っている。
「どうか懸命なご判断を。ギルドと領主の争いなど、誰の得にもなりません」
断れば、力ずくでさらっていくつもりのようだ。
さて、どうしたものか。
相手は副ギルド長を中心に二十人か。冒険者だけあって向こうは武器も持っている。人数はこちらの方が多いけれど、普通の役者さんだし武器はほとんどがお芝居用の作り物だ。それでも、戦えば僕一人でも何とかなるだろう。元々このギルドに強い人はいない。追い払うだけなら簡単だ。
「もしお引き渡し願えない場合は、今後この町での冒険者ギルドの活動にも制限せざるを得ません。そうなれば民の生活にも影響が出るでしょう」
引き渡さないと依頼を引き受けない、とおどしている。ギルドがなくなれば魔物の討伐や素材集め、旅の護衛と色々な仕事が立ちゆかなくなる。何人いるかは知らないけれど、町の衛兵だけでは手が回らないだろう。
こればかりは、僕が強くってもどうにもならない。向こうは冒険者ギルドという組織を盾にしている。領主様に逆らうくらいだ。それなりの勝ち目があるのだろう。
「でもそれって、困るのは冒険者もですよね。その間の生活はどうするんですか?」
ギルドが依頼を受けないと冒険者の仕事もなくなる。冒険者はたくわえも持たない、貧しい人が多い。生活が立ちゆかなくなるのは時間の問題だろう。
案の定、後ろにいる冒険者たちに動揺が広がっている。このままでは辞めるか、別の町にいくしかない。冒険者がいなくなればギルドだって経営が成り立たなくなる、はずだ。
「その間の生活費も払ってくれるんですか」
「まさか!」
反射的って感じで副ギルド長が言い放つ。言ってからしまったという顔をしたけれど、もう遅い。冒険者たちがますますざわめく。みんな嫌気が差しているようだ。当たり前だよ。仕事は受けない。でもお金は出さない。そんな無責任な人になんて、誰だって従いたくない。
「と、とにかく。これは当ギルドの体面の問題です。いかなる犠牲を払ってでもその男は引き渡してもらいます」
冒険者ギルドと町を道連れにする覚悟のようだ。
「リオ、あなたもです。冒険者である以上、あなたにもギルドの命令に従ってもらいます。断れば、ギルドから追放します」
「はあ」
さて、どうしたものか。もちろん言いなりになるつもりはさらさらない。この場で副ギルド長を含めた冒険者たちを全員おねんねさせるのは簡単だ。けれど、その後は確実にギルドから追放されるだろう。お金が稼げなくなるのは困る。困るけれど、ここまで来たら仕方がない。スノウのミルク代くらいなら何とか稼げるだろう。
「お断りします」
ここでハーヴィーを放り出せばまた悪さをたくらむだろう。この町の人たち……ひいてはオーレリアさんたち『ギャロウェイ一座』が迷惑を被るのだ。元・裏方としては放ってはおけない。
僕が断るとは思ってなかったらしい。副ギルド長が怪物でも見たかのようにたじろぐ。
「本気ですか?」
「僕にはあなたの方が正気とは思えませんけどね」
いじわるハーヴィーなんかをかばうだなんて。何か弱味でも握られているのだろうか。それともハーヴィーのパパの命令だろうか。理由はどうあれ、僕としては引き渡すわけにはいかない。
「では、まあ。とりあえず。今からみなさんをしっちゃかめっちゃかにしますので。ケガをしたくない人は今のうちに逃げた方がいいですよ」
虹の杖を掲げると、冒険者たちがどよめきながら後ずさる。本気でケガをさせるつもりはない。『麻痺』でしびれてもらうくらいだ。
その時、扉が勢いよく開いた。
「ちょっと待って下さい! はい、みなさん落ち着いて! リオ君もムチャはしないで」
入ってきたのは、長い槍を担いだ女の人だ。白いシャツとズボンの上に茶色い革鎧や金属製の手甲にすね当てを付けている。長い黒髪を首の後ろで束ねている。いきなり入り込んできた人にみんなびっくりしている。僕もおどろいたけれど、少しばかり理由が違う。
「どうも、お久しぶりですね。元気してましたか」
ポーラさんは手を上げて笑いかけてきた。
「どうしてここに?」
彼女とはオトゥールの町で出会った。冒険者ギルドの受付をしていて、僕も色々とお世話になった。
「もちろん、お仕事ですよ」
「どの仕事ですか?」
ポーラさんは受付のほかにも三つの顔を持っている。ギルド直属の戦闘員『番犬』であり、ギルドにとって有害な冒険者をやっつける『猟犬』、そしてギルド内部の不正や違反をひそかに取り締まる『牧羊犬』だ。見た目は優しそうだけれど、なかなか強い。この場にいる冒険者では一番だろう。あ、僕以外で。
「状況次第、というところですが、今やってきたのは『牧羊犬』の方です」
ちらり、と意味ありげに見たのは副ギルド長だ。視線を受けて、ほんの一瞬体がふるえるのが見えた。
「ナオミ副ギルド長、『牧羊犬』の権限でただ今をもってあなたの職権を凍結します」
えーと、つまり副ギルド長をクビってことでいいのかな。
「理由はなんなの、『三つ首』?」
落ち着いているように見えるけれど、目が泳いでいるし声も上ずっている。『三つ首』というのは、ポーラさんのあだ名かな。
「依頼手数料の着服、特定の冒険者への肩入れ、あとは依頼内容の書き換えに、取引業者へのワイロ要求と、ほかにも容疑は色々ありますが、あとは今後の取り調べ次第というところですね」
「証拠は、あるんでしょうね」
何とか切り抜けようと必死で考えているようだ。
「この町に来たばかりのあなたに、それだけの調査ができたとは」
「調査はもう終わってます。『羊』のおかげでね」
ポーラさんが手を叩くと、三人の男女がたくさんの書類を持って入ってきた。冒険者ギルドの職員さんだ。
「裏帳簿に依頼書き換え前と後の写し、あとはあなたとそこの薄汚れたオジサンとの逢い引きの目撃証言、あとワイロを払った革職人や防具職人の証言もあります。ほかに何か質問は?」
「……いつの間に?」
「真正面から乗り込んでも隠されるでしょうし、顔見知りのあなた相手に潜入捜査は使えない。だから職員さんに声を掛けて不正調査を手伝っていただいていたんですよ。みなさん、二つ返事で協力してくれましたよ。あなた、人望ゼロですね」
ポーラさんはあわれむような目をする。なるほど。『羊』というのは、ギルドの内部調査を協力してくれる人か。『牧羊犬』に引っかけて『羊』と呼んでいるのだろう。
「職員の動向はっ! いつもチェックしていたわ!」
「知っていますよ。陰険ですね、あなた。ですから仲介役としてこの方々にも手伝っていただいたんです」
同じ扉から三つの人影が現れた。今度こそ僕は大声を上げてしまった。ダスティンさんに、フィリップ、シドニー!
「三人とも『羊』だったの?」
「正確にはこっちの二人だがな」
ダスティンさんが照れ臭そうに頬をかいた。
「俺はただのオトリ役だ。こいつらが動きやすいように、副ギルド長の手下やハーヴィーの目を引きつけておくためのな」
薄汚れたオジサンの舌打ちが聞こえた。「『羊』君にもよろしく」なんて捨て台詞を残すくらいだから、存在には気づいていたのだろう。けれど、ポーラさんの方が一枚上手だったようだ。
「町に入る前にそっちの姉ちゃんに声掛けられたんだよ。これこれしかじかで協力してくれって」
「金もくれるしギルドの評価も良くなるからって話だから手を貸したけれど、いつバレるかと冷や冷やしていたよ」
シドニーとフィリップが口々に言う。みんな人が悪いなあ。僕にくらいは説明してくれてもいいのに。
「あと、リオには絶対黙っておいてくれって。絶対、首突っ込んできて、訳分かんない方法でハチャメチャに引っかき回すからって」
「……」
僕の視線に、ポーラさんが目をそらす。
「ま、まあ、結果オーライということで」
「まあいいですけど」
ポーラさんが乗り込んでこなければ、僕はギルドをクビになるところだったし、気絶した冒険者を運ばないといけないところだった。
「あなたたち、何をしているの? 早くこの女を捕まえなさい! 星も金も思いのままよ!」
副ギルド長がポーラさんを指さしながら冒険者たちに呼びかける。けれど誰も動こうとはしなかった。当たり前だよね。
「抵抗するようなら生死を問いません。それでも良ければどうぞご自由に」
「ち、違うのよ! 私は、ただこの男に。……だまされたの! 私は被害者なの! 協力すればギルド長にしてくれるって言うから!」
今度は髪の毛を振り乱しながらハーヴィーを指さす。
「言い訳は後で聞きます」
ポーラさんは呆れた様子で副ギルド長を取り押さえる。
「とりあえず、この女はいただいてきます。冒険者のみなさんにも聞きたいことがありますので、このままギルドまで付いてきて下さい。抵抗は許しません。いいですね」
副ギルド長が連れてきた冒険者たちは抵抗する様子もなく、うなずいた。
「リオ君はまた日を改めて。そちらも用事が残っているようですから」
「助かります」
それからポーラさんと領主様が話し合い、ハーヴィーの身柄は一旦領主様の方で預かることになった。後日、問い質すための時間を設けるという約束も交わした。
「それではリオ君。また後ほど。あ、気が向いたら一勝負やりましょうね」
ポーラさんはそう言い残し、冒険者たちを引き連れて去って行った。まるで嵐のような人だ。
ハーヴィーも駆けつけた本物の衛兵たちに捕まえられた。
「やっぱり、お前を計画に引き込んだのが大間違いだったぜ」
捨て鉢のような口調で言った。
「マッカーフォードじゃあ、自分の金を町の復興に使うくらいだからお人好しの正義漢かと思っていたら。とんだひねくれこぞうだ」
「あなたの目が節穴だっただけですよ」
僕は世間知らずではあるけれど、お人好しではない。それにひねくれてもいないし、こぞうでもない。
「僕を選んだのはほら、あなたに良心が残っていたからですよ。悪い事をたくらんでいても心のどこかで良くないことだと思っていた。成功したいと思いながらひそかに失敗したらいいなと思っていた。だからですよ」
「それ、本気で言っているのか?」
「いいえ」
僕はさらりと言った。
「だったらいいな、とは思いますけど」
「節穴で結構だ」
ぷい、とハーヴィーは顔を背けた。
どうせ後でポーラさんが質問するだろうけど、気になったので先に聞いておくことにした。
「もしかして、今回の計画ってあなたのお父さんも関わっています?」
これだけの計画ならお金もかかっているだろう。『不可視』のマジックアイテムだって、普通の三つ星冒険者が手に入れられるとも考えにくい。黒幕は父親でハーヴィーはその実行役と考えたらしっくり来る。大工ギルドを裏で操って大金を得るためか、有名建築家の弱味を握って思い通りの建物を作らせるためかは知らないけれど。
「お前のパパにでも聞いてみたらどうだ」
案の定、ハーヴィーは「はい」とも「いいえ」とも言わなかった。
「あいにく、生まれてから一度も会ったことがないので」
「どんな奴だ? 冒険者か」
「働き者ではないようですね」
もっと仕事をしていたら悪い貴族のせいで平民が泣かされることもないだろう。本当に、しっかりして欲しいよ。




