幕を下ろすな その20
「何をしているんですか?」
どうしてここに? とは聞かなくてもわかっている。途中で倒れていた人たちを見れば明らかだ。戦った跡がほとんどなかった。ハーヴィーがやってに決まっている。
「これを探していたのさ」
取り出したのは、茶色い紙に包まれた書類だ。おそらくベッドの下に隠していたのだろう。よく見れば、わずかに動いた跡がある。
「不正の動かぬ証拠ってやつだ」
「ワイロですか? それとも密輸とか」
「裏帳簿ってやつさ」
ハーヴィーか指でお金の形を作る。
「材料費の水増しやら大工たちの賃金をかすめ取ったりとやりたい放題だ。ざっと見たところ、領主に請求した建築費を二割近くも上乗せしてやがった。こいつはその記録だよ」
わざわざ悪い事をした記録を付けていたのか。変な話だ。見られたらおしまいだろうに。
「記録を付けておかないとな。いくらちょろまかして、いくらもうけたか本人たちにもわからなくなるからだよ」
疑問が顔に出ていたのだろう。聞いてもいないのに教えてくれた。
「こいつを領主様に見せればあの親子も終わりだ。さようなら、大工ギルド。こんにちは、牢屋暮らしってな」
芝居がかった台詞回しがなんともうさんくさい。
「ずっとそれを探していたのですか」
「お前さんのおかげで、ここの手下どもが暴走して大騒ぎだ。さしものガスコインギルド長もかばいきれないようでな。書類だけ持ってとんずらしようとしていたところをふん捕まえたって寸法よ。まさかベッドの脚の中に隠してあったとはな。見つからないわけだ」
舞台に上がってのイヤガラセは、悪漢どもの独断だったのか。知らんぷりを決め込んで屋敷の中にいたのが災いしたわけだ。
「それで、あの親子はどこに?」
「そこさ」
覗き込めば、壁側にジャクソンとジョーダンの親子がそろって倒れていた。ごていねいにも猿ぐつわをかまされた上に後ろ手に縛られている。
「やあ、どうも。おじゃましています。今日は大変お世話になりました。おかげでお芝居は大変大盛り上がりでしたよ」
ちくりとイヤミを込めて言うと、息子の方がただをこねるように首を激しく振っている。うなっているところを見ると、何か言いたいみたいだ。
「ああ、外さないでくれよ。舌でもかみ切られたら大変だからな」
「わかりました」
僕はジャクソンのさるぐつわを外した。
ハーヴィーが白い目で僕をにらんでくる。
「『わかりました』って言ったばかりだろ?」
「あなたの意見は、という意味です」僕は言った。「従うとは一言も言っていません」
舌をかみ切るなんて痛いマネが簡単にできるとは思えないし、『治癒』もあるからすぐに傷はふさげる。ずいぶんきつく締めたのだろう。ジャクソンの口元が赤くなっている。ハーヴィーが苦虫をかみつぶしたような顔をしているけれど、わざと知らんぷりをした。
「た、助けてくれ!」
まだ手足は縛られたままなので、ジャクソンが芋虫みたいに体をよじりながら僕にはい寄ってくる。父親の方もほどいてくれと目で訴えかけてくる。
「あなたにうかがいたいことがあります」
僕は返事の代わりに、カバンから折りたたんだ紙を取り出す。『セント・カール劇場』の設計図だ。
「これを落としたのはあなたですね」
見せつけるように広げると、ジャクソンはうなずいた。ハーヴィーは面白そうだと、にやけ笑いを浮かべている。
「ずっと気になっていたんですよ。どうしてあなた方が劇団のみなさんにイヤガラセをするのか」
どこかの劇団だけなら個人的な恨みや地上げも考えられるけれど、被害を受けているのはほとんど全部だ。お芝居が嫌いだったらそもそもこの町には住んでいないだろう。
「ここ、見て下さい」
僕が指さしたのは、設計図の特等席の部分だ。小さな文字で領主様と書いてある。あれこれ数字が書いてあるのは、寸法だろう。ところどころ二重線で数字が書き直されていたり、描き直したりしている。
「僕は建築の事なんてさっぱりですけれど、実際に座ってみてよくわかりましたよ。あ、今度は理解した、という意味です」
ハーヴィーが何事か言いかけたので、先に説明しておく。
「この席ですね、座っちゃうと手すりと舞台側の出っ張りがジャマで舞台が見えないんですよ」
ジャクソンは世にも哀れなほど顔を真っ青にした。反対に父親のジョーダンは顔を赤黒くして唸っている。領主様もがっかりするだろう。大金を投じたのに、専用の席から肝心のお芝居が観られないのだから。
「ほかにも柱の太さとか、座席の幅だとか、あちこち設計図と違いすぎるんです」
つまり、『セント・カール劇場』は欠陥だらけなのだ。裏帳簿とやらを作ったりして、あれこれごまかしていたせいだろう。ここまで違うと、大丈夫なのかと心配になってくる。
お芝居を楽しんでいる最中に天井が崩れ落ちたり、柱が倒れたり、座席が床から抜け落ちたりしたら安心して観られない。いくら大工ギルドのギルド長に力があったとしても、評判はがた落ちだろう。領主様だって黙ってはいない。取りつぶしだかしばり首だかわからないけれど、ガスコイン親子の天下は終わりだ。
「あなたたちがそれに気づいたのは、完成間近になってから。おひろめの日はもうすぐそこまで近付いている。こっそり修理するには時間がない。だから、こそこそ『セント・カール劇場』に入って修理する一方で、町中の劇団にイヤガラセをして、コンテストそのものを裏でつぶそうとたくらんでいた」
「ち、違うんだ……」
ジャクソンが泣きそうな顔でかぶりを振る。
「何が違うんですか?」
「あの設計図は、俺が管理していて……。写しもないから、いつも肌身離さず持っていて、でも、ある日見たら数字が少しずつ違っていて……気づいた時にはもう……」
「誰かに書き換えられた?」
「おかしな話じゃねえか」
いじわるハーヴィーが割り込んできた。
「アンタが肌身離さず持ち歩いていた設計図を誰が盗み出したってんだ? それに見ろよ」
設計図のはしっこに赤いハンコとサインが入っている。
「こいつは、お偉い建築家先生のサイン入りだ。おいそれと偽造できるもんじゃねえ」
サインの上にハンコまで押してある。これをそっくりマネするのは骨が折れそうだ。
「何より、この紙にはアンタのせいで手垢や汗で薄汚れちまっている。字はともかく、汚れまでそっくり再現するなんてできるもんじゃねえ。そうだろ?」
ジャクソンがしょげかえる。ハーヴィーの口車にすっかり気圧されてしまったようだ。
「要するに、このお坊ちゃまの失敗をミスター・ジョーダンがどうにかフォローしようとあの手この手を尽くして、犯罪にまで手を染めたってのが今回の真相ってわけだ。泣かせる話だが、何の罪もない役者や劇団を巻き込むってのは筋が違う。だろう?」
「まあ、そうですね」
理由はどうあれ、イヤガラセの数々は見過ごせない。
「証拠もつかんだ。さっき恐れながらと訴えに出たところさ。あとは領主様が裁いてくれるさ。一件落着ってわけだ」
「まだ疑問が残っています」
僕は手を上げた。
「あなたが僕に近付いたのは、この件に関わらせるためですか」
「そうだな」
ハーヴィーは悪びれもせずに言った。
「この親子の目を俺からそらすためにはちょうどいい身代わりだった。アンタの動きが予想外すぎてどうなるかと思ったが、まあ結果オーライってところだ」
「あのおぞましい仕打ちも?」
「え、あ? ああ。もしかして、あれか? お、おう」
一瞬途方に暮れたような顔をするが、すぐに思い至ったらしい。
「そうしないとお前さん、自分の芝居に夢中になりそうだったしな」
大きなお世話だ。
「最初から正直に言ってくれれば良かったのに、どうしてこんなまどろっこしいマネを?」
「この町の至る所にこの親子の手下がいたんだぜ。下手に動けば、勘づかれる。それにお前さん、真正面からこの屋敷に乗り込んだだろう?」
「まあ、そうですね」
だってその方が簡単だし、楽じゃないか。まあ、悪漢どももあれだけ手の込んだイヤガラセをやっていたのだ。警備の兵士にもたくさんのお金をばらまいていたのだろう。
「迷惑掛けたのは悪かったが、こっちにも事情ってものがあったんでね。そこんところくみ取ってくれるとありがたいね」
「あともう一つ」
外がにぎやかになってきた。領主様の兵士が来たのだろう。納得したわけではないけれど、時間も無さそうなので最後の質問に移る。
「あなたの依頼人はどなたですか?」
「何のことだ?」
「おとぼけは、なしにしましょう」
いじわるハーヴィーが正義感でもめ事に首を突っ込むとは思えない。それなりに危ない橋を渡っていたようだし、何か利益があって動いていたに決まっている。
「そいつはナイショだ」
ふてぶてしい顔をする。
「けどまあ、大工連中にも志のある奴はいるんだよ。ぼんくら親子からまともな大工ギルドを取り戻そうって腹の据わった奴らがな」
話は終わりだ、とばかりに立ち上がると僕から設計図を取り上げる。
「こいつはもらっていくぜ。大事な証拠だからな」
折りたたんで無造作に懐にしまいこむと、扉の方に歩いて行く。父親の方はまだ縛られたままだし、息子の方も舌をかみ切る心配もなさそうだ。
「僕はこれからどうすれば?」
「舞台でも何でも好きにすればいいんじゃねえか。依頼は終わりだろ。だったら例の制約も解禁だ」
なるほど、それはいいことを聞いた。
「じゃあな、兄さん。なかなか楽しかったぜ」
にやりと笑って外へ出ていった。入れ違いに兵士たちがなだれ込んできた。
翌日になった。僕は今、『ギャロウェイ一座』の倉庫で昨日の後片付けと道具の整理をしている。
演劇コンテストは結局、最後に出た八番目の劇団が優勝した。『ギャロウェイ一座』へのイヤガラセに全精力を注ぎ込んだせいで、何の妨害もなく、スムーズに進んだからだろう。
なんでも町のゴミ捨て場で、猫が歌ったり踊ったりする話だったらしい。僕も見たかったなあ。ただ『ギャロウェイ一座』には審査員から特別賞が与えられた。「極めて斬新かつ独創的な演出」が評価されたから、だそうだ。
『セント・カール劇場』は現在、調査中だとかで閉鎖されている。そのため初公演や興行権も延期になっている。
ガスコイン親子もあの後捕まって、取り調べの最中だ。メンツをつぶされたとかで、領主様はカンカンだという。おそらくしばり首だともっぱらのウワサだ。かわいそうだけれど、僕の出る幕はない。
ともかく悪い奴がつかまったのだ。これで一件落着、のはずなのに。
「うーん」
僕の中にはまだもやもやとしたものが残っている。何か重要なものを見落としている気がするのだ。気がかりといえばやはり、あのいじわるハーヴィーだ。あいつの言ったことが全部正しいとは思えない。大事なことを隠しているに決まっている。けれどそれが何かと聞かれたら答えられない。
「それは思い込みだろう。証拠もなしに人を疑うなんて間違っている。お前はハーヴィーが嫌いだから、あいつが悪人だと思い込みたいのだ」
そう言われたら反論出来ない。感情と理屈がちぐはぐで、頭の中をぐるぐるしている。まるでこんがらがった糸玉みたいだ。
こういう時はかしこいスノウに相談するのが一番なのだけれど、昨日ムリをさせてしまったので今日も宿屋で休ませている。
モンバーストーンに来てそろそろ十日。いつもなら次の町へと向かう頃だ。
「どうした、何か悩み事か?」
うなっていたのでオーレリアさんが心配そうに話しかけてきた。
「ああ、いえ。大した事ではありません」
「そうか。君には世話になった。私たちにできることなら言ってくれ」
昨日のお芝居はお客さんからも評判が良かったそうだし、オーレリアさんもどことなく自信が付いたように思う。あとは報酬さえもらったらこの町ともお別れだ。そのためにもすっきりした気持ちでいたいのだけれど。
「ああ、そうだ。忘れていた」
オーレリアさんが僕に紙の束を渡してくれた。
「昨日、客席に落ちていたらしいが、届けてくれた人がどうもウチの小道具と勘違いしたらしくてな。誰も心当たりがないそうなので、もしかしたら君のではないかと思ってね」
お客さんも悪漢どもの乱入を全部お芝居だと信じていたからなあ。紙の束はヒモで厳重に縛ってある。心当たりはなかった。別の誰かのものだろう。届けようにも中身がわからないと探しようがない。わからないものは『失せ物探し』でも探せない。
僕はヒモをていねいにほどいていく。紙を広げていくと、大きな設計図になった。
「これは……?」
「『セント・カール劇場』の設計図、ですね」
どうしてここに? と考えた時、僕ははたとひらめくものがあった。床に広げ、窓から差し込む光に照らしながら指でなぞっていく。
「ん?」
ところどころ、文字や線に二重でなぞったような跡がある。裏側には何の跡もない。つまり、この設計図が下になっていたのだ。
するとどうだろう。今までもつれていた糸が一気にほぐれて、一本の線になった気がした。
「……なるほど、そういうことか」
あやうくだまされるところだったよ。何もかも筋書きどおりだったってわけか。
「何か、わかったのか?」
いぶかしげに覗き込んでくるオーレリアさんに、僕はうなずいた。
「だいたいのことが」
これで終わったと思ったら大間違いだぞ。幕はまだ下ろさせない。




