幕を下ろすな その14
コンテストが始まった。
一番目の劇団がお芝居を始めている。演じているのは有名な戯曲だ。父である国王を殺された王子が、復讐のために仇である叔父を討とうとする。油断させるために、頭のおかしな振りをしたり、恋人にもわざと嫌われたりして、命を奪う機会をうかがう。
最後には父の仇を討つのだが、自らも傷を負い死んでしまう。悲しいお話だ。昔から人気のあるお話だそうだけれど、僕には理解出来ない。どうしてこんな悲しい終わり方にしたのだろうか。
一応、最後まで読んだけれど、面白いとは思えなかった。恋人も失恋の悲しみで川に身を投げて死んでしまうのだから救いがない。どうせなら、みんなで協力して悪い叔父をやっつける話にするばいいのに。『死にたいとは思わないけど、生きたいとも思わない』なんて言っていないで、さ。
舞台はちょうど、王子の部屋の中。その恋人との別れの場面だ。別れたくない、とすがる恋人を突き飛ばし、『お前など尼僧にでもなってしまえ!』と冷たい言葉を吐くのだ。
八組に残っただけあって、役者さんもものすごく上手だ。声の出し方一つにしても抑揚の付け方とか、間の取り方とかすごく参考になる。普通の話し言葉とは全然違うのに、大げさに聞こえない。僕も今度マネしてみよう。
客席からはすすり泣く声が聞こえる。恋人に同情して、あるいは二人の悲劇に涙しているようだ。僕もなんだか泣けてきちゃったよ。
「ああ、やはりそういう解釈か。つまらぬな。作家の真意を全くわかっておらぬ」
「芝居も薄っぺらい上に古くさいときている。まるで百年前の役者だな。墓でも掘り起こしてきたのか?」
「演出もダメ、役者もダメ。これでは悲劇ではなく、喜劇だな」
なのにエイブラハム、ベンジャミン、クリフトンの三兄弟が大声でけなすものだから涙も引っ込んでしまった。
いくら審査員だからって演じている前で好き勝手言うなんてひどいなあ。終わってからにすればいいのに。でも役者さんも全然気にした様子もなく、お芝居を続けている。一流の役者は完全に役になりきるというから、あんな悪口なんか耳に入らないのだろう。
主人公の王子が冷たい顔つきで、恋人を突き飛ばす。哀れっぽい悲鳴を上げながらうつ伏せに倒れる。同時に後ろの書き割りが一斉に傾きだした。
「あ」
誰かが呆気にとられた声を出した。大きな音を立てて、書き割りは全部倒れてしまった。恋人役の女優さんも上半身を起こして目を丸くしている。舞台上にいたのは王子と恋人の二人だけだった。幸い二人ともケガはないようだ。
王子役の役者さんは顔に手を当て、嘆くように言った。
「もろき物よ、汝の名は書き割り」
書き割りにはあちこちに切れ目が入っていたらしい。のこぎりで切ったような跡だったという。結局、一番目のお芝居は中止になった。
けれど、それだけでは収まらなかった。
二番目の劇では、貧しい宿屋の場面で主人公のこそ泥役の役者さんが本物のお酒を飲んでしまい、酔っ払って眠りこけてしまった。
三番目のみにくい剣士と美女の話では、戦いの場面で剣が折れてしまった上に付け鼻もぽきりと取れてしまった。四番目と五番目も災難続きで、最後までお芝居を続けられた一座はただの一つもなかった。
さすがに客席もうんざりって雰囲気がただよっている。
「まったく、今日のコンテストはどうなっているのかね」
「役者は三流、演出は素人、大道具も小道具も衣装も照明も最悪、いや犯罪だな」
「これでは王都で戯曲でも読んでいた方がマシだったかな」
審査員の三兄弟も言いたい放題だ。領主様は顔を真っ赤にして怒っている。衛兵さんの数を倍に増やしたり、小道具に異常がないか確認させているけれど犯人は見つかっていない。つまりまたおかしなことが起こる、と予想が付く。
「気を付けろよ。このコンテストは異常だ」
「おーっほっほっほ! 誰に向かって言っているのかしら? この程度のトラブルなんてよくある事。『森にゴブリン、沼地にスライム』だわ」
オーレリアさんの忠告にもイライザは余裕の高笑いだ。
イライザたちの『プレイワゴン一座』は六番目。僕たちのすぐ前だ。演目は『イヴリーヌのゆり』という、滅び行く王国を舞台にした悲劇だ。
近衛騎士オスカーは、王妃様付きの侍女アンドレアと恋に落ちる。けれど王国は敵軍に攻められ、敗北してしまう。落城寸前のお城で二人は永遠の愛を誓い、別れる。
オスカーは民衆を守るために戦死する。アンドレアも王妃様の身代わりとなって捕まり処刑されてしまう。この戯曲を読んだ時は僕も泣いてしまった。ほかにも村長さんとかジェロボームさんも泣いていたけれど、腹抱えて笑ったのは僕の知る限り、母さんだけだ。
「忠告するヒマがあったら自分の心配でもしたら?」
フリルがいくつも付いた派手派手しい衣装から察するにイライザの役は、メアリー王妃のようだ。自由気ままな王妃様でほかの青年貴族とも浮気を繰り返す。その上、オスカーへもあの手この手で誘惑しようとしたり、アンドレアにイジワルをする。最後にはアンドレアを身代わりにして国外へ逃げ出すのだ。憎たらしいけれど、物語を盛り上げる重要な役だ。
「だが、どの劇団も事前に調べていたにもかかわらず問題が起こった。つまり」
「劇団の中に裏切り者がいる、ということよね」
お見通しと言わんばかりに口元に手を当てて高笑いする。きっとお金をもらったかおどされたかしたのだろう。それが誰なのかはわからないけれど、書き割りや衣装や道具の確認は、常に三人以上で互いに見張りながらするように命令しているという。
「だがそれも完璧じゃあないだろう」
「何回も言わせないで。あなたに心配されるのは、私のプライドが許さないの」
と、イライザは髪の毛をかき上げる。
『せいぜい私の素晴らしい演技を観て、自分との差にくやし涙を流すことね、オーレリア』
またしても僕が言葉を一言一句正確にかぶせたものだから腹立たしそうににらまれた。この分なら大丈夫そうだ。僕がにっこり手を振るとイライザはぷい、と顔を背けて一座の方に戻ろうとする。
「忘れ物ですよ」
と、黒い羽根の付いた扇を手渡す。イライザは僕と扇を交互に見比べると、それを引ったくるようにつかむ。
「礼は言わないわ」
つまらなそうに言い残して去って行く。その背中を見送りながらオーレリアさんがあれ、と首を傾げる。
「あいつの扇なんていつの間に拾ったんだ?」
「ついさっき、そこで」
正確にはゴミ箱の中だけど。まったく下らないイヤガラセをする奴もいたものだ。ついでに『贈り物』で大道具とか書き割りは調べておいた。衣装までは直せないけれど、わかりやすく置いておいたのですぐに誰かが気づくだろう。修理用の板と釘を片付けると、開幕を告げる鐘が鳴った。
幕が開くと華やかな宮殿が現れる。舞台の上では、美しい音楽とともに華やかな衣装を着た男女が踊っている。ははあ、これはオスカーとアンドレアの出会いの場面だな。王妃様の誕生日に、大きな舞踏会から開かれるのだ。国中からたくさんの貴族が集まって踊る。ここで二人は出会い、恋に落ちる。
舞踏会というだけあって何十人も踊っているのに、誰ともぶつかっていない。一糸乱れぬ動きとはこのことだろう。あそこで女の人と踊っているのは、アリスターとドルー役の人だ。わざわざ劇団を移ったのに、ここではたくさんの中の一人のようだ。いや、こんなに大勢の人を必要とするからよその劇団から役者さんを引き抜いたのか。
舞台の脇ではたくさんの人がバイオリンやピアノやリュートを演奏している。指揮者までいる。もはや楽団だ。曲が変わった。舞台が暗くなり、照明が舞台中央にある階段の上に注がれる。
空気をふるわせる派手な音とともに、メアリー王妃様ことイライザが現れる。きらびやかな衣装で照明を浴び、たくさんのお供を連れて、高らかに歌いながら階段を下りてくる。背中には花飾りや羽根を背負い、歌に合わせて舞台の男女が合唱する。まるで世界中の歌と音楽を独り占めしたかのようだ。
「こんな場面でしたっけ、ここ?」
「これでは、誰が主役だかわからないな」
オーレリアさんも呆れている。
派手な演出はともかく、今のところ舞台は順調に進んでいた。書き割りが倒れたり、衣装が破れたりもしていない。物語は進み、敵国に攻められ王宮にも火が付けられる。メアリー王妃は金銀財宝を運ばせると、アンドレアに身代わりをさせる。
「じゃあね、アンドレア。あなたの忠誠はきっと後の世にも語り継がれるでしょう」
何のなぐさめにもならない捨て台詞を残し、男装をしたメアリーはあの大階段を駆け上がっていく。派手だけれど悲しげな音楽が流れる。その時だ。
メアリーが階段の途中でバランスを崩したのだ。足下に細い糸が張られているのが見えた時には、その体は倒れまいと揺れていたがこらえきれず、背中から背丈の何倍もある階段を落ちていく。
いくつもの悲鳴が重なった。メアリーの体は途中の段にぶつかりそうになった瞬間、くるりと宙返りをする。途中の段に着地したかと思うとまたも背中向きに宙返り。何回も宙返りをしながらどうにか舞台の上、階段の一番下に着地した。
客席はしんと静まりかえった。次の瞬間、拍手と歓声が爆発的にわき上がる。
「すごい、なんて軽業だ」
「本当に落ちたかと思ったわ」
「人形のような動きで宙返りだなんて見た事がない。いや素晴らしい」
「メアリー、かっこいいー」
観客が口々にほめたたえる。
審査員の三人もぽかんと口を開けて呆然としている。
メアリーことイライザは万雷の拍手を身に浴びながら振り返ると、悠然と舞台袖の方に去って行く。まったく動じた様子がない。肝が据わっているな。
「おどろいた……いや、心臓が止まるかと思った」
戻って来ると、オーレリアさんが胸をなで下ろしていた。
「まさかイライザがあんな体術まで身につけているなんて……」
「いや、まあ。二度は無理なんじゃないかと」
次は僕もサポート出来ないからね。男の格好をしていて良かったよ。王妃様の格好じゃあスカートの中が見えてしまうところだった。少しばかり不自然な動きになってしまったけれど、人を何回も回転させながら階段を下りてくるなんて、僕も初めてだったから仕方がない。
あのままでは大ケガをしていたし、書き割りを貸してもらった義理もある。何より、あの人は仲間のようなものだからね。
その後も芝居は続き、『イヴリーヌのゆり』は無事幕が下りた。メアリー王妃のアクロバットという見せ場もあり、観客からは好評のようだ。ただ審査員三兄弟は面白くなさそうにほおづえを付いたり、あくびをしたり、ペンで落書きをしている。いいお芝居だったのに。この人たち、本当にお芝居の専門家なのだろうか。
次はいよいよ僕たちの番だ。




