幕を下ろすな その11
次の日は朝から一日、『蛇とてんびん座』で練習だ。細かい台詞はともかく、ストーリーくらいは覚えてもらいたい。やっぱり冒険者組の三人は動きもぎこちないし、セリフもほとんど棒読みだ。それでも一生懸命にがんばってくれている。ありがたい話だ。
もう時間もない。コンテストは明日なのだ。衣装合わせもぎりぎりになる。
台本を持ちながら通しげいこをしていると、劇場の扉が開いた。
「おや、知らねえ間に新顔が増えていなさる」
僕はその声を聞いて、顔をしかめた。
「そうしけた顔しなさんなって」
いじわるハーヴィーがにやけた顔をしながら入ってきた。
「今はけいこ中なので。関係者以外は立ち入り禁止です。出ていってください」
「まあそう言いなさんなって」
出て行くどころか、どっかと客席に座り込んでしまった。
「風のウワサで、冒険者を役者に仕立てたって聞いたんでどんな奴かと思っていたら、まさか、アンタがねえ」
「テメエには関係ねえ」
ダスティンさんが舌打ちする。
「とっとと失せろ。叩き出されてえか」
「落ち着いて下さい」
詰め寄ろうとするダスティンさんを押しとどめる。ケガをしたら大変だ。
「用件は何ですか。話なら僕が聞きましょう」
「ちょうどいいや。俺の用件ってのもアンタなんだよ」
ハーヴィーは前の座席にもたれかかりながら不敵に笑った。
「ここじゃあ、おジャマのようだし、外で話をしようか」
外に出るとハーヴィーは何も言わず歩き出した。仕方がないので後を付いていく。裏通りを抜けてにぎやかな通りに出た。広場へと出る道だ。
「どこまで行くつもりですか」
用がないなら帰らせてもらう。そういう気持ちをこめて話したつもりなのに、ハーヴィーとしたらどこ吹く風だ。ふと見ればあちこちの壁に演劇コンテストの告知が貼ってある。
道行く人たちもどの一座が優勝するだろうかと、明日のコンテストの話題で持ちきりだ。人気のある劇団が一堂に会すだけあって、入場券は売り切れたらしい。どうしても入りたいからと入場券が高値で取引されたり、会場に入れない人も屋根の上に陣取ったり、せめて声だけでも聞こうと集まっているという。想像以上に盛り上がっているようだ。
「どこまで行くつもりですか?」
もしかして、僕を『ギャロウェイ一座』から引き離す算段だろうか。その間に、悪い奴らにおそわせるつもりだとしたら、卑劣な作戦だ。虹の杖があるからすぐに戻れるとはいえ、気づかなければ手遅れになってしまう。
「悪いようにはしねえから、黙って付いて来なせえ。あっちの姐さん方に手を出すようなケチなマネはしねえって」
「あなたはしなくても仲間が手を出すかも知れませんね」
よくある手だ。「俺は手を出しちゃあいねえよ」などとふてぶてしい言い訳をしながら赤い舌を出すのだ。物語というものをたくさん読んでいる僕はだまされない。
「仲間なんていやしねえって」
「では部下、家来、上司、主君、奴隷、家族、雇い主、使用人、信者、教祖、飼い主、ペット、顔見知り、その他一切合切をふくめた関係者はどうですか」
「……アンタ、子供っぽい顔してずいぶん疑り深いな」
ハーヴィーが足を止めて振り返る。
「若く見られるとはよく言われますね」
もう十五歳でこの国ではオトナだけれど。
「とにかく、俺も誰かにおそわせるマネもしてねえって。本当だって」
「なるほど」
僕は虹の杖をかかげた。『瞬間移動』で戻って様子を確かめたけれど何事もなかった。
「今のところは無事のようですね」
「……納得してくれたんならそれでいいや」
あきらめたようにため息をつくとまた歩き出した。
やがて広場に出た。コンテストには出られない一座も出し物を見せていた。小さな舞台でこっけいな劇をしたり、ロープで囲いを作って即興のお芝居をしている。どこの一座にもお客さんがそこそこ集まっているようだ。人だかりの間をすり抜けるようにして僕たちは先を進む。
「アンタは俺のことを極悪人と思っているようだが」
背中を向けながらハーヴィーがつぶやいた。
「俺にだって正義感くらいあらあな。理不尽なことに腹を立てたり、困っている奴に手を差し伸べたりもする」
「話したいことと言うのはそれですか。ではさようなら」
そんなつまらない話をするためにわざわざ呼び出したというのなら、僕は貴重な練習の時間をムダにした。
早く戻ろうとかかげた虹の杖をハーヴィーにつかまれる。
「お前さん、気が短いってよく言われねえか」
「こうしてムダな話に付き合っているくらいですから、気は長い方かと」
スノウがひざに座って寝ている時なら、何日でもそうしていられる自信がある。今は早く帰りたいけど。
「それとも」
気がつけば、広場を抜けて暗い路地に来ていた。狭くて汚れ路地にたくさんの気配がする。
「この人たちに僕をおそわせるつもりですか?」
現れたのは黒い頭巾を着けた、がたいのいい人たちだ。前に立ちはだかると、続けて後ろからも現れた。ご丁寧にも短剣や手斧、木槌まで持っている。ひい、ふう……六人か。少ないな。
「勘違いしちゃいけねえ。狙われているのは俺の方だって」
なるほど、怒りや憎しみのこもった目で見ているのはハーヴィーの方だ。
「何をやったんですか?」
「何もしちゃいねえよ、いや、本当」
どうだか。怪しいものだ。
六人の暴漢たちは飛びかかる機会をうかがうように、背をわずかに丸めている。
ハーヴィーが僕と背中合わせになろうとしたので、すぐに離れて壁に背を付ける。
「つれないねえ」
「信用出来ない人に預ける背中なんてありませんよ」
壁の方がまだましだ。少なくとも、いきなり後ろから刃物で刺してはこない。
「あー、みなさん。僕は関係ありませんので、あとは皆さんでどうぞ話し合って下さい。では、僕はこれで」
背を向けて立ち去ろうとしたら行く手をハーヴィーにはばまれる。
「アンタ、薄情だって言われねえか」
「むしろ感情が豊かすぎる、とたしなめられるくらいですよ」
動きが読みやすい、とジェフおじさんに何度打ちのめされたか。
「ここは任せていいか」
「お断りです……と言いたいところですが、まあいいでしょう」
どうせハーヴィーが自分でまいた種だろう。だったらこの人たちから事情を聞いて悪事の証拠をつかんだ方が早そうだ。
「し、知らねえ。俺たちは、頼まれただけなんだ。アンタらをぶちのめしたら金をやるって……」
手加減しながら暴漢たちを叩きのめすと、返ってきたのはそんな言い訳だった。
「誰に?」
「わ、わからねえ。……その、顔を隠していて、いいもうけ話があるからって」
頭巾を引っぺがすと、出て来たのは普通の男性だった。三十代というところだろう。骨太でひげをたくわえていて、山賊みたいな顔つきだけれど、うらぶれた雰囲気はない。
「ほかには? 男の人ですか。女の人ですか?」
「その……女だった、と思う」
「そうですか」
えい、と首筋を叩く振りをして『贈り物』で気絶させる。地面に倒れるのと入れ違いに拍手が聞こえた。
のんきな顔で手を叩くハーヴィーをじろりとにらんでやると苦笑しながら止めた。
「いや、あざやかなもんだ。なんていうのかね。戦っているというより、向こうからやられに来ている感じだ。達人ってのはこういうのを言うのかね。そこいらの冒険者とはえれえ違いだ。一体何食ったらそんなに強くなれるんだ?」
「毎日たんぽぽコーヒーを飲んでいるからですよ」
むしろそれ以外に心当たりがない。
「それで、あなたにおそわれる心当たりは?」
お世辞なんか聞きたくないので、本題に入る。
「そうだな」ちらりと横目で路地の方を見ると小声で言った。
「やっこさんに聞いてみるのがいいんじゃないかね」
目線をそちらに向けると、いかつい顔の男がこそこそと立ち去っていくのが見えた。
当然、僕は後を付ける。
いかつい男は何回も立ち止まっては後ろを振り返る。後をつけられていないか、気にしているようだ。見た目よりも気が小さいらしい。名前がないのも不便なので、とりあえず心の中で野ウサギさんと呼んでおく。
「アンタ、追跡も名人なんだな」
「静かにして下さい」
声なんか出したら見つかってしまうじゃないか。おにごっこも知らないのかな。
「どこに行くつもりだろう?」
「あちらの方だと領主様の館に兵士の詰め所、あとは金持ちの屋敷ってところか」
僕のつぶやきをハーヴィーが拾った。
「あとはセント・カール劇場だが、あそこはまだ建設中だな」
「もしかして、領主様が作らせているとかいう?」
「昨日発表があってね。そういう名前になるそうだぜ」
白い布でおおわれた建物の前に来ていた。近くで見ると大きな建物だ。見上げているだけで首が痛くなりそうだ。周りを四角い柵で囲われている。両開きの入口には門番が二人も詰めている。野ウサギさんは門番に頭を下げると、扉を押して劇場の中に入っていく。
状況から考えて、いじわるハーヴィーをおそわせたのは野ウサギさんだろう。少なくとも何か関わりがあるのは間違いなさそうだ。きっとやむにやまれぬ事情があったのだろう。でも、その人が完成間近のセント・カール劇場に入っていった。これはどういうことだろうか。
「どうする?」
にやにやしながらハーヴィーが尋ねてくる。なんと答えるかわかっていながら聞いてくるのだから、イヤな奴だ。
「とりあえず、追いかけましょうか」
隣にいる人がいじわるをして話してくれないのだから、野ウサギさんに直接聞くのが一番だ。
「で、どうやって忍び込むつもりだ?」
返事の代わりに「おや」と僕が声を上げながら後ろを見ると、つられてハーヴィーも振り返る。その背中を門番さんたちの方へと突き飛ばす。つんのめりながらハーヴィーは門番さんたちに抱きつくようにしてもたれかかった。袖を引っ張られ、三人まとめて倒れ込む。
「おい、何をする」
抗議の声を上げながら門番さんはハーヴィーに食ってかかる。
「いや、俺は、別に……」
もめている間に僕は 『贈り物』で気づかれなくなってからその脇を通り、セント・カール劇場に入った。




