幕を下ろすな その2
「これなんてどうかしら? ほら、鷲馬魔獣退治。報酬も三つ星にしては破格よ」
「はあ」
翌朝、冒険者ギルドのカウンターの前で僕はあいまいにうなずいた。カウンターの向こう側には、太めの女性が歌うようにまくし立てる。ギルドの職員さんだ。三十歳くらいで化粧を塗りたくっているのか、つんとした臭いもする。おまけにキーキーと猿みたいな声で話すので、耳栓を買おうかどうか悩んでいる。
三日間で結構お金も貯まった。なので今日は休もうかと思っていたところに使いの人が来て、ギルドに呼び出された。もしかして魔物でも現れたのかと急いで駆けつけてみれば、依頼の紹介だ。
どうやら依頼人から「まだかまだか」とせっつかれているらしい。職員さんも僕のいる間に少しでも難しい依頼を解決させようと必死なのだろう。
言われるまま依頼を一通り見てみたけれど、どれも気が進まない。魔物退治というから人をおそったり畑でも荒らしているのかと思ったら、毛皮が欲しいとか、角を切り取って飾りたいとか、好事家が欲しがっているから、みたいなのばかりだ。
名前の挙がっている魔物もおとなしくって、こちらから攻撃しなければ何もしない。食べるとか身を守るため、あるいは誰かの命を守るというのならともかく、静かに暮らしている魔物をわざわざ乗り込んで倒すなんて気が進まない。
お金にはなるのだろうけど、僕はゴメンだ。
本当なら回れ右をして帰りたいのだけど、何か依頼を受けないと帰れそうにない。いや、帰るのは簡単だけど、ギルドとの関係が悪くなりそうだ。下手をすれば仕事を紹介してもらえなくなる。これからの関係も考えるとそれは最後の手段だ。
「よーし、この依頼は俺がもらった! 文句のある奴はいねえな!」
振り返ると、大柄な男の人が依頼票を片手にがなり立てていた。別の町でも何度か見かけたから知っている。ああやってほかの冒険者をおどかして、割のいい依頼を独り占めしようとしているのだ。
マナーは悪いけれど、規則違反ではないのでギルドも何も言わない。力ずくでも何でも仕事を取ってくるのも冒険者の器量のうち、だそうだ。建物の中で暴れない限りは、我関せずを貫いている。事実、職員さんもだんまりだ。
だからああいう乱暴者がやりたい放題だ。ギルドの中にはほかの冒険者もいるけれど、みんな怖いのか自信がないのか、ちらりと見ただけでうなずいたり何事もなかったかのようにそっぽを向いたりして、誰も何も言おうとしない。
みっともない。同じ冒険者として恥ずかしいよ。
いっそ僕が注意しようと思ったけど、それより先に依頼票を持って別の職員さんがいるカウンターに行ってしまった。
「でしたら、こっちはどう? 報酬はこちらより安いけど、なんといっても貴族の依頼だから成功すればお偉方との縁もできるし、騎士に取り立てられるのも」
「ちょっとあっちの依頼も見てきますね」
どうもお金だの名誉だのばかりで、ピンとこない。カウンターを離れて掲示板に向かう。
壁に貼られた依頼を一枚一枚確認する。どうせなら面白そうな仕事をしてみたい。何かないだろうか、と目で追っていくうちに僕は一番手前に「急募」と書かれた依頼に目が留まった。
「『劇団の裏方』?」
依頼人は『ギャロウェイ一座』とある。昨日のお芝居の劇団じゃないか。人手不足なので、臨時に手伝ってくれる人を求めているようだ。主な仕事は荷物運びや片付け、ほかにもチラシをまいたりお芝居の時に書き割りを動かしたりもするようだ。
「ああ、これね」
ギルドの職員さんが僕の横に並ぶと、依頼の紙を手に取る。
「今朝、一番に依頼が来たのよ。色々書いてあるけど、要するに雑用ね」
「冒険者ってお芝居の手伝いもするんですね」
「普通はまずないわね。こういう旅芸人とか役者は仲間同士のつながりが強いから、劇団同士で助け合うのよ。けど今は、どこも人手不足だからうちにまで回ってきたのね」
つまり珍しい仕事なのか。それは貴重だ。戯曲は何冊も読んだけど、お芝居をするまでに何をするか、なんて書いていない。昨日観たお芝居でもきっときびしい練習を何回も繰り返したのだろう。
お芝居の手伝いなら、役者さんの練習しているところとか、客では入れない舞台の裏側が見られる。
それに、それにだよ。もしかしたら、ひょっとすると、何かの拍子に僕が舞台に立つチャンスが来るかも知れないじゃないか。こう見えても、村では十二番目くらいには、お芝居の名人だったのだ。
吟遊詩人の夢はちょっとばかり遠いかもしれないけれど、役者なら歌が少しばかり苦手でも何とかなる、と思う。
「では、僕はこれやります。いえ、やらせてください!」
依頼票を指さして叫ぶ。この機会を逃してなるものか。
「やめときなさい」
職員さんは不愉快そうに顔をしかめた。
「見なさいよ。時間も長い上に報酬だって少ないじゃない。こんなの、駆け出しか星なしにやらせておけばいいのよ」
つまらなそうに依頼票を指で弾く。確かにあまりもうかる仕事ではなさそうだ。
「あなたなら魔物をサクッと倒してすぐに戻って来られるでしょう。同じ時間ならそっちの方がずーっとお得よ」
普通の冒険者なら魔物退治一つとってもすごく時間がかかる。魔物の住む場所に行って、探して、戦って、また戻って来るのに何日も掛かる。そのほとんどが移動時間だ。
けど、僕は虹の杖がある。『瞬間移動』で短い時間で往復できるし、『失せ物探し』でたいていの魔物は見つけられる。倒すのは『贈り物』を使えばそれこそ一瞬だ。だから一日でたくさんの魔物も退治できる。
でも仕事はお金ではない。いや、お金も大事だけど、今の僕はやりがいを求めている。好きなことをして、お芝居でみんなに楽しんでもらえるのだ。こんな素晴らしい仕事がほかにあるだろうか?
「それに、あなたが付けているのは三つ星。この依頼は星なしよ。これがどういうことかわかるでしょう?」
依頼には冒険者の実力に応じてランク分けされている。ギルドでは自分のランクと同じか一つ上くらいの依頼を勧めている。ランクより下の仕事も受けられるけど、いい顔はされない。
腕のいい冒険者には、難しい仕事を請け負って欲しいからだ。たとえば三つ星の僕が星なしや一つ星の仕事を独り占めすると、星なしや一つ星の冒険者が依頼を受けられずに、生活できなくなってしまう。
理由はわかる。けど、僕はこの仕事が受けたいのだ。
「いや、でも。ほら。ほかに受ける人がいないと……困るじゃないですか」
「そうでもないわよ」
と、気がつけば劇団の依頼票を二人の冒険者が眺めている。年齢は僕と同じくらいだろう。茶色い髪と黒髪の男の子たちだ。服装も僕と似たような感じだけど、破れていない服に傷の付いていない鞘、泥の付いていない靴がいかにも新人って感じがする。組合証も星なしだ。
つまり今回の依頼は、あの子たちの方に優先順位がある。
後ろでドキドキしている僕をよそに、黒髪の子が劇団の依頼票を指さす。
「これなんてどうだ? 芝居の手伝いだってよ」
「えー、こんなの冒険者の仕事じゃないって」
そうそう。そうだよ。役者は冒険者じゃないからね。
「いや、でも。今お金ないじゃん。装備だって買っちゃったし。今は仕事選んでいる場合じゃあないって」
いや、選ぼうよ。大事な仕事だからね。考えなしに受けると、借金の取り立てとかする羽目になるんだよ。
「それだったら、こっちの薬草集めの方が良くねえか? 森に行けばキノコとか食える草も手に入るかもしれねえじゃねえか」
そうだね。経験は大事だよ。でも変なキノコを食べるとお腹を壊しちゃうから気を付けてね。
「だったら、やっぱりこっちの方が良くないか? ほら、まかないも出るって書いてある」
え、そうなの? ……しまった、仕事に気を取られてて条件を見落としていた。お金のない駆け出しにとって、食事が出るのは大きい。
「あー、メシ出るのはいいよな。ゴブリン追いかけて森の中走り回るのもかったるいし、これにしておくか」
依頼票を掲示板からはがしてカウンターに持っていこうとする。マズイ。
「ちょっ、ちょっ、ちょっと待ってもらえませんか」
僕はあわてて前に出る。急に飛び出したものだから二人とも目を丸くしている。
「君たちもう一度よく考えてみないかな」
このチャンスを逃すと、次はいつになるかわからない。いっそ直接劇団の方に掛け合おうかとも考えたけど、何の縁もない冒険者をいきなりやとってくれるとは考えにくい。
「なんだよ、お前」
「俺たちの仕事を横取りするつもりか」
「僕はリオ。その、旅の者です」
と、僕の組合証を見せる。
「三つ星……」
茶色い髪の子がしまった、という表情をした。
「提案があるんだ。その依頼、できれば僕にゆずってもらえないかな」
二人が顔色を悪くしながら後ずさる。
「その、僕にも事情があって、出来ればその依頼を受けたいな、と」
「おう、ちょいと待ちな」
野太い声とともに後ろから肩をつかまれた。振り返ると、強面の男の人が太い眉を吊り上げていた。さっき依頼を独り占めしていた人だ。
「お前さん、よそ者だな。新人をいびって依頼をかすめとろうだなんて、そいつはよくねえ了見だぜ」
よく言うよ。自分だって野良犬みたいに大声を上げてほかの冒険者をおどかしていたくせに。
「良かった、ダスティンさんが出てくれた。これであの駆け出したちも安心だ」
「あの人はこの冒険者ギルド、最後の良心だからな」
「危険な依頼を率先して引き受けてくれる。何も知らない駆け出しや星なしが間違って引き受けないよう、注意までしてくれる。あんないい人はいねえよ」
周りの冒険者たちのひそひそ話が聞こえてきた。
……どうやら見かけによらずいい人のようだ。
「何も力ずくで横取りしようだなんて考えていません」
これ以上、誤解されてはたまらない。
肩に乗った腕を外し、男の子たちに向き直る。
「もちろんタダではと言わないよ。買い取らせてもらえないかな」
財布から金貨を取り出す。
「こ、こんなに……」
「え、なんで……?」
顔を見合わせて、受け取っていいのか迷っているようだ。
「別に依頼を受ける前に買い取っても違反ではありませんよね」
「……まあね」
職員さんに確認すると、渋々って感じで同意してくれる。
「だって。いいかな。いいよね」
黒髪の男の子がぎこちない仕草でうなずいた。
「それじゃあ、はい。どうぞ」
気持ちが変わったらたまらないので、すばやく金貨と依頼票を交換する。さっそくカウンターに持っていこうと思ったら目の前にさっきのダスティンさんが立ちはだかった。
「お前、何をたくらんでいる」
疑わしそうに足を踏みならす。
「たた僕は仕事をしたいだけです」
「お前、ハーヴィーの手下じゃねえだろうな」
「どなたですか?」
いきなり子分だの親分だと言われても意味がわからない。もしかしてその人も劇団の仕事を受けたがる人なのだろうか?
「……」
ダスティンさんが無言でにらんできた。拳を構え、いつでも殴りかかってきそうだ。
僕はにっこりと微笑み返す。ケンカをするつもりはない。僕はただお芝居の仕事をやってみたいだけだ。
「ふん」
ダスティンさんは毒気を抜かれた様子で拳を下ろした。
「この町でおかしなマネをしてみろ。俺がただじゃおかねえ。よーく覚えておきな」
「肝に銘じます」
僕はきっぱりと言った。
「お前ら、こいつが妙なマネしないか見張っていろよ」
近くの冒険者たちに言い残してダスティンさんはギルドの外に出て行った。
「ほかに受けたい人はいませんか、いませんよね?」
念のためにほかの冒険者に念押しすると、何故かそっぽを向いたり、あさっての方向に目をそらす。
返事がない。つまり文句もないと僕は判断して、意気揚々と職員さんに依頼票を持っていく。
「それじゃあ、はい。これ。お願いしますね。いやー、仕方ないですよね。ほかに受ける人がいないんじゃあー。いやー、参ったなー」
かぷり。
いい加減にしなさい、とでも言うようにスノウが僕の耳をかんだ。
うん、僕もまずかったと思っている。やりすぎたと反省しているんだ。本当だよ?




