四人目のリオ その29
『歌う金床亭』を出て大通りに入り、町の中心部に向かって進むと冒険者ギルドが見えた。建物の外にある買取場所をのぞくと、ウォーレスさんたちがいた。
コカトリスのなきがらを持ち込んだのだろう。肉や羽根が高く売れるそうだ。特に邪眼の力を持つ目が一番高価だそうだけれど、戦いでつぶしてしまったので、買取は難しいだろう。となりにはトレヴァーさんやケネスもいる。『竜殺しの槍』のリオさんはまだ戻っていないようだ。
「やあ、どうも」
声をかけると、一斉にこちらを振り返った。
「ああ、いいところに来た」
トレヴァーさんが前に進み出る。
「今、コカトリスの取り分で話していたんだ。やはり参加した人数割りにするのが一番だと……」
「そちらについてはお任せします。僕の取り分はマイナさんに渡してあげて下さい。お金がなくて困っているそうなので」
僕は忙しいのだ。お金の取り分なんかに関わっているヒマはない。
「それより、覚えていらっしゃいますよね。先日の『城囲い』の時にした賭けの話」
話を切り出したとたん、レンドハリーズのリオさんがこれでもかってくらいに嫌そうな顔をした。トレヴァーさんたちをはじめ、あの場には大勢の見物人がいた。無視したりなかったことにはできないし、させない。何が何でも受けてもらう。
「……何をさせるつもりだ?」
ウォーレスさんも警戒気味に身構えている。僕はにっこりと笑顔を作って言った。
「僕の要求は二つ。今後、二度と『城囲い』をやらないしやらせないこと。もう一つは、代わりにこちらをやることです」
カバンから取り出した束ねた紙を手渡す。
「これは?」
「僕が考えた新しいゲームです」
『城囲い』をヒントに作り直した。攻撃側がとても有利な状況を削り、反対に守備側には逆転のチャンスを増やしている。もちろん石を投げたりとか本物の剣を使うといった、ケガをしそうな状況や行為は禁止している。
ゲームはみんなが楽しく遊ぶものだ。イジメの道具にするものではない。そんなの絶対に間違っている。
改良点自体はすぐに思いついたけれど、ルールに穴がないか色々悩んだので完成が遅れてしまった。
「断るのはなしです。絶対に受けてもらいますので、そのつもりで。そうそう、ゲームをプレイする以上は絶対に反則はなしですよ。ちゃんとそこにも書いてますからね、ほら」
「それは構わないが……」ウォーレスさんがルールに目を通しながら困ったようにつぶやいた。
「このゲームは、なんて名前なんだ?」
そういえば、名前をまだ考えてなかった。ルール作りで忙しくって後回しにしたんだっけ。
「何でも結構ですよ。ルールさえ守っていただければ。『かわいい白猫』でも『スノウが一番』でも『アップルガースの住人はみんないい人』とか」
「ゲームと関係ねえじゃねえか」
レンドハリーズのリオさんがぼやいた。
「まあ、そちらはお任せしますよ」
この際、名前は問題ではない。イジメの道具がなくなって、楽しいゲームが冒険者の間で広まってくれたらそれでいいんだ。その名前が白猫やアップルガースのイメージアップにつながるのならもっと素晴らしい。でも、いいと思うんだけどね、『スノウが一番』。
「では、僕はこれで。どうもお世話になりました。またいつの日か会えるのを楽しみにしています」
まだ回らないといけないところもある。ジーンさんのところで、予想以上に時間を食ってしまった。急がないと手遅れになるかも知れない。
「ちょっと待ってくれ」
一礼して虹の杖を掲げようとしたらケネスが進み出て来た。僕のマントをつかむと、買取場所のすみっこまで僕を引っ張る。
「どうしたの?」
「いや、その」
呼び止めたからには話があるんだろうけど、なかなか切り出さない。ためらっているというか、照れているというか。
「あのさ」いい加減うんざり仕掛けたところでようやくケネスが意を決した様子で言った。
「お前……うちのパーティに入らないか?」
「ふへ?」
びっくりして変な声が出てしまった。
「お前さえ良ければ、みんなも歓迎するぜ」
「うーん」
『竜殺しの槍』はいいパーティだ。トレヴァーさんはリーダーとしても冒険者の先輩としても尊敬できる人だし、ケネスもいい奴だ。あとの二人もそうだろう。
「悪いけど、気持ちだけ受け取っておくよ」
でもリオさんとはついさっき、一悶着起こしたばかりだ。そんな僕が同じパーティに入るのは、いい気はしないだろう。それに同じ名前の人間が二人もいたらややこしくなる。コカトリスの時みたいに名前を呼ばれてもどっちのリオかわからなくなったら困るよね。
「そうか……」
ケネスはがっかりって感じで肩を落とした。そんなに僕をパーティに誘いたかったのかな。僕が加われば、確かに戦力にはなるだろう。自信はある。トレヴァーさんの四つ星昇格も近付くかも知れない。けれど、初心者の僕が加われば、せっかくうまくいっている『竜殺しの槍』の和を乱してしまうだろう。それは僕もさけたい。
でも実際、一緒に旅をして楽しかったのも事実だ。短い間だったけれど、頼もしさを感じた。コカトリスと戦った時みたいに、大勢で協力するだなんて新鮮だったからわくわくした。また機会があったら一緒に旅をしてもいいかも。
「おっと、もうこんな時間か。僕はもう行くよ。それじゃあ」
別れのあいさつをして僕は虹の杖を掲げた。
「あ……」
『瞬間移動』で消える寸前、ケネスが何か言いたげに手を伸ばすのが見えた。
「いや、ご無事で何よりです」
「無事なもんかね」
自分の家に帰って来るなり、イスにどっかと座り込む。
「おかげであたしは当分の間、ただ働きだよ、まったく」
タビサさんへの罰は、グラスプールでの無料奉仕三十日に決まった。
薬で操ったのは悪いけれど、おかげで大勢の命が救われた、と僕が主張したのと、石にされていたおじさんも弁護に回ってくれたおかげで軽い罰で済んだようだ。
もう少し行くのが遅かったら、タビサさんの首と胴が離ればなれになっていたかもしれない。『闇の霧』もすっかり晴れたので、『瞬間移動』でタビサさんの自宅まで送り届けた。
「ほら、ぼさっと突っ立ってないで、それよこしな」
テーブルの上にあった、鉢とすりこぎを手渡す。
「今から山ほど、薬作らにゃならないんだからね」
奉仕といってもお年寄りに出来ることは限られている。何よりタビサさんが掃除だのせんたくはゴメンだと嫌がったので、町に傷薬や解毒薬を卸すことになったのだ。在庫もカラなので、たくさん作らなくてはならない。僕が持ち出した分に加えて、二人のリオさんやジョンさんたちへのお詫びにと全部配ってしまったせいもある。
「ですからこうして僕も協力しているじゃありませんか」
薬に必要な薬草やら鉱石やらを集めて奥の倉庫に入れておいた。これで薬作りもはかどるだろう。
「何を作るんですか? やっぱり傷薬? でも宿場町ですからもっと足の疲れが取れる貼り薬とかもいいかも知れませんよ。山道を歩いてくるわけですからやっぱり足もへとへとに」
「今すぐその口を閉じないと、毒蛇を突っ込むよ!」
お気に召さなかったようなので、口をぎゅっとすぼませる。タビサさんは別の草をすりつぶし始めた。こうなると僕の出番はない。薬の作り方はいくつか知っているけれど、タビサさんのとはちょっと違うようだ。退屈だ。
どうしようかと思っていると、タビサさんがすりこぎを回しながら言った。
「アンタ、『末裔』だね」
ゴリゴリと鉢で草をすりつぶす音が小さな家に響く。一瞬、言われた意味がわからなかった。いきなり何を言い出すのだろうか。
「ええと」僕は必死に考えを巡らせながら言った。
「あれはおとぎ話ですよ。こう、小さな子供をおどかしたり、夜更かしする子を寝かしつけるための」
子供だましはもう卒業したんだ。タビサさんはお年寄りだから迷信深いのだろう。
「いいや、違うね。『末裔』は本当にいるのさ」
タビサさんがくるりとくちらを向いた。にたり、と音の出そうなくらい口を横に開いた。
「あたしもそうだからね」
どちらかといえば家妖精の方じゃないかな、と思ったけど口には出さずにおいた。
「仮にそうだとしてもですよ。どうして僕が、その、それになるんですか?」
「あの薬はね、ウチの秘伝なのさ。当然、作り方も親子代々ひっそりと伝えてきたもんだ。それをアンタ、あっさり何の薬か全部当てちまった」
「薬に詳しかったらみんな『末裔』なんですか?」
作り方は秘密だったとしても薬や毒になる草や石なんて限られている。偶然、似たような材料を混ぜ合わせたら似たような薬が出来ても不思議ではない。
「これを見な」
とタビサさんが本棚から引っ張り出してきたのは、古びた本だ。めくって、開いたページを僕に見せる。
「これ、アンタのカバンにそっくりじゃないか」
なるほど、指さされた挿絵は母さん手製のカバンに似ている。名前は……『星クジラの腹』?
「どっかで見た事があると思って調べたんだよ。こいつは普通のマジックアイテムじゃない。いくら材料がそろっていたとしても、肝心のまじない自体が普通の魔法とは違うんだよ。作れるとしたら、『末裔』だけだ。しかもかなり血の濃い、ね」
勝ち誇った笑みを浮かべるタビサさんに対して、僕は気持ちが沈んでいくのを感じた。
『魔王』ルカリオは、物語に出て来る魔王とは違い、大きな体も持たず、角も生やしておらず、牙もとんがっていなかった。見た目は普通の人間と全く変わらなかった。ただ、その力だけは物語の『魔王』にも劣らない、すさまじいものだったという。
ルカリオを生み出した『迷宮』……『千億冥星』は、人間そっくりの手下をたくさん作り出した。彼らは『影魔』と呼ばれ、ひそかに『迷宮』の外に出て、大勢の人間をさらっていった。その中には大国のお姫様も含まれていた。
勇者リオンがルカリオを倒し、母なる『迷宮核』を壊されると、そいつら『影魔』は全て死に絶えた。さらわれた人たちも何人かは、助け出された。
けれど死ななかった者もいる。
繰り返すけれど、『千億冥星』はルカリオをはじめ、人間そっくりの『影魔』をたくさん生み出した。見た目も体つきも何もかもそっくりで、その結果……人間との間に子供が生まれたのだ。
百を超える子供たちは『千億冥星』が消滅しても死なず、どこかに姿を消した。各国は法律まで作って、子供たちの行方を必死になって探したけれど、誰も見つからなかった。たまに見つかったとされた子は、みんなウソか勘違いか濡れ衣だった。
その行方にはいくつかの説がある。人の手の及ばない秘境まで落ち延びたとか、『星獣』のいる『星界』に逃げ込んだ、あるいは人間の世界に紛れ込み、普通に暮らしている、というのもある。どの説でも、いつか人間に復讐する機会をうかがっている、という。
『千億冥星』の再生と、第二の『魔王』が降臨するその時まで。
最初は『迷宮の子』と呼ばれていたけれど、誰一人発見出来なかった彼らを誰ともなくこう呼ぶようになった。
……『見つからない者たち』と。
年月が進むと、その名前や『魔王』『迷宮』の名前を出すのもはばかるようになり、ただ『末裔』と呼ぶようになった。
「『末裔』の中には、人間にも『影魔』にもない、特別な力を持つ子供もいたって話だ。たいていは人間の世界で暮らす間に血も薄れて、今じゃあ普通の人間と変わりやしない。けど、たまにそちらの血の濃い子が生まれることもある。それこそ特別な力を持つくらいの、ね」
僕は心臓が跳ね上がるのを感じた。人間と『影魔』との間に生まれた子供だけが持つ力……もしかして、『贈り物』のこと? もしかして、母さんも『末裔』だったってこと?
「ずいぶん、おくわしいですね」
内心の動揺をおさえながら僕は言った。
「もしかして、その時の子供の一人とか?」
「バカお言いでないよ!」
怒られた。今のはさすがに冗談だ。さすがに何百年も生きているようには見えない。せいぜい、百年くらいだろう。
「といっても、あたしの先祖は下っ端の下っ端で、すぐに血も薄れちまったみたいだけどね。残ったのは、『迷宮』由来の知識だけさ。ま、飯のタネにはちょうどいいけどね」
ヒヒヒ、とまた口の端を吊り上げる。一瞬イライラしたけれど、僕はつとめて平静な口調で話しかける。
「仮にそうだとしても今の僕には関係のない話です」
「そうでもないよ」
と、今度は本の間に挟んである紙を手渡した。僕は、四つ折りにされた紙を広げる。手配書のようだ。『末裔』を見つけた者には金貨百枚与える、と書いてある。最初は一枚だったのが何度か上書きされて、だんだん金額が上がっていったようだ。
「何百年経った今でも手配は解けていないんだよ。カビの生えた法律だけどね。それだけじゃない。ウワサじゃあ『末裔』の中にも先祖の無念を晴らそうって血の気の多いのが動き回っているって話だ。どっちに捕まってもろくな結果になりゃしないだろうね。命が惜しかったらおとなしくしとくのが一番だよ」
人間も『末裔』も、大昔の恨みを蒸し返して、仕返しか。どちらにせよ楽しい話じゃないな。
「……どうして僕にその話を?」
「理由はどうあれ、アンタには弁護してもらったからね。その礼さ」
「そいつはどうも」
全然うれしくないけど。
「では、僕はこれで。どうもおじゃましました」
「見つからないように気を付けるんだよ」
「大丈夫ですよ」
僕は言った。
「こう見えてもかくれんぼとおにごっこは村でも一番なんですよ」
了
これにて「四人目のリオ」は終わりです。
長かった……。
今回は色々伏線張りすぎて自分でも収集つかなくなってしまって……。
反省。
次はもっとすっきりした話になる予定です。
次回の更新は、年明けの予定です。
別作品も更新止まっていて、完結させたいので……。
次話のタイトルは「幕を下ろすな」です。
それでは少し早いですが、良いお年を。




