四人目のリオ その23
さっき使い方と一緒に渡した薬ビンをさっそく使うとは思わなかった。よく見れば、木の下にはジャックさんとマイナさんの姿もある。
「やあ、ありがとうございます。おかげで助かりま……」
「すっこんでろ、ひよっこ!」
お礼を言おうとしたら怒鳴られた。
「コカトリスを倒すのは俺だ。このリオだ! テメエらなんぞお呼びじゃねえんだよ」
負けず嫌いだなあ。
レンドハリーズのリオさんはそう言いながら薬ビンを投げつける。コカトリスの頭に当たって、中身をぶちまける。
今度は黒い煙がもくもくと上がり、火が付いた。コカトリスは翼を器用に動かして頭の火を消そうとする。
「お先に失礼します」
樹の上のリオさんに一声掛けると僕は後ろに回り込む。いつもより大きな剣を勢いよく振りかぶると、目一杯力を込めて振り下ろす。巨大な足に半分くらい食い込む。耳障りな悲鳴が上がる。
傷ついた足では大きな体を支えきれないのだろう。大木のようにうずくまり、苦しげに羽根をはばたかせる。血の付いた剣を引き抜き、今度こそ切り落とそうとすると、頭上から尻尾から生えた蛇が牙をむいておそいかかってきた。迎え撃とうとするより早く、後ろから足音が聞こえた。
「任せろ!」
ジャックさんが突っ込んできた。大きく踏み込むと腕を伸ばし、槍を突き出す。まるで体ごと一本の槍になったかのようだ。銀色の穂先が蛇の口に突っ込まれる。口の中までは石ではなかったようだ。口の中やのどを傷つけられて、蛇が血を吐きながら地面にのたうちまわる。
「やっちまえ!」
「やってやります」
僕は腰をひねり、片足立ちになってコカトリスの足にもう一度横薙ぎを加える。ニワトリのような足がすっぱりと切れて傷口から血がどくどくと流れ出す。
「今だ!」
トレヴァーさんの号令でみんながコカトリスを取り囲む。
「テメエら、抜け駆けするんじゃねえ!」
レンドハリーズのリオさんが樹の上から飛び降りると身を屈めながらコカトリスへと駆け寄っていく。デタラメに翼を振り回すコカトリス目がけてまたも薬ビンをぶん投げる。今度は翼の付け根に当たった。緑色の薬のかかった部分が、いやな臭いととともに黒く変色していく。肉が盛り上がり、もろくなっているように見える。ははあ、今度は腐らせる薬か。一回説明しただけなのに、もう使いこなしているよ。さすがは四つ星だね。
「バタバタ動かすんじゃねえよニワトリが! ホコリっぽいんだよ!」
石の翼をかわすとひらりと飛び上がる。剣を逆手に持ち替え、黒くなった部分に目がけて思い切り突き立てる。やはり腐っていたらしく、剣が少しだけ食い込む。
コカトリスは体をよじってリオさんを振り落とそうとする。リオさんは歯を食いしばりながら左手一本で剣につかまっている。空いた右手でコカトリスのお腹のウロコに指を掛ける。やはり薬でもろくなっていたのだろう。さほど力を入れた様子もないのにウロコは剥ぎ取られ、リオさんの手の中に収まった。
「往生しろや!」
手に持ったままのウロコを思い切り剣の柄頭に叩き付ける。ゴン、と重そうな音がして、剣がもっと翼の付け根に突き刺さる。
コカトリスがだだっ子のように両方の翼を振り回す。薬のせいで再生が遅れているのに、ムリヤリ振り回したものだからちぎれかかっている。その分勢いもものすごくて、体ごと左右に振り回されて、攻撃を加えていたトレヴァーさんたちも近づけない。リオさんも吹き飛ばされて、地面を滑るように転がる。
誰もそばにいなくなったところでコカトリスが一際大きく鳴いた。翼をはたたかせ、片足で飛び跳ねながら宿場町の方へと向かおうとする。グラスプールを抜けるとまた深い森が広がり、道はあちこちに続いている。しかも足の血もいつの間にか止まっているようだ。暗い夜の上に霧も出ているし、見失ってしまう可能性が高い。
「逃がすな!」
トレヴァーさんの声で、僕は素早く前に立ちはだかる。今のこいつは手負いだ。必死だから何をしてくるかわからない凶暴さがある。ここで仕留めないと危険だ。
ライブメタル製の剣で斬りかかる寸前、コカトリスが翼を大きく広げ、高々とジャンプした。僕の背を軽々と飛び越し、村の入口辺りで着地する。コカトリスの首がこちらを向くと、短く鳴いた。ほんの一瞬、あざ笑った気がした。
「待て、こいつめ」
あわてて追いかけようとすると、コカトリスは大きな体をわずかにかがめる。またジャンプするつもりか。追いかけようとした寸前、コカトリスの横から細長いものが飛んでいく。あっという間にもう一本の足に絡みつく。がんじょうそうなロープに足を取られ、コカトリスはその場に落っこちる。着地に失敗したのだろう。うずくまったままもがいている。
振り向くと、ロープの根元は木にくくりつけられており、そのかたわらにはもう一人のリオさんが立っていた。
「悪い、道に迷った」
口調は軽いけれど、ロープを引っ張る顔は真剣そのものだ。
「トレヴァー、早くトドメをさせ! 長くはもたねえぞ」
それはロープが切れると言いたいのか、木が根っこから引き抜かれると言いたいのかはわからないけど、余裕がないのは間違いなさそうだ。
「おせえぞ、テメエ」
真っ先に動いたのはケネスだ。また牙をむいて暴れ回る尻尾の蛇を体で押さえつける。トレヴァーさんの露払いか。ジャックさんやほかの『竜殺しの槍』の人たちも翼や足に攻撃して注意を引いている。
それと見てトレヴァーさんが駆け出した。
「抜け駆けするんじゃねえよ」
レンドハリーズのリオさんも遅れて走り出す。腰から肉厚の短剣を引き抜くと、逆手に構えている。
僕もフォローのためにと駆け出そうとした時、コカトリスの首が真後ろに回った。ちょうど僕たちの方を向く格好になる。先程までまん丸だった二つの目が、かっと見開かれ、一際大きくなる。同時に瞳も不吉を告げる凶星のように金色に輝く。
「『邪眼』か!」
だまされた。コカトリスが宿場町の方に向かったのは、逃げるためじゃない。僕たちを一度に『邪眼』で石にする、そのタイミングを見計らっていたのだ。
「ワナだ、逃げろ!」
トレヴァーさんが踏みとどまるけど、既に僕たちは『邪眼』の……コカトリスの視界の中に居る。駆け出してもとどめを刺すまでに『邪眼』は放たれてしまう。今から物陰に隠れても何人助かるか。
僕が焦っていると、後ろから駆けてくる気配がした。
「リオくーん!」
マイナさんの声に三人同時に振り返る。
「どのリオ?」
また三人同時に言った。
「あの、えーと。一番背の低いリオ君でーす」
どうやら僕の事らしい。認めたくないけれど。
「これを使ってくださーい!」
ぽん、と僕に向かって放り投げたのは薬ビンだ。中には白い液体が波立っている。これは……そうか。
僕は受け取った薬ビンをコカトリスに向かって放り投げた。顔に当たって中身が飛び散る。白い液体の間から赤い瞳が輝きを増す。
「来るぞ、隠れ……」
「その必要はありません」
トレヴァーさんの指示をさえぎって僕はコカトリスを指さす。
白い液体がいつのまにかねばねばしてコカトリスの両目をおおっていた。苦しそうに翼を顔にこすりつけるが落ちる気配はない。
僕はさっきのお返しも兼ねてジャンプする。空中で剣を持ち替えながら『贈り物』を使う。虹の杖が使えないので『強化』は使えないけれど、同じような事は出来る。『おままごと』で僕自身の力を何倍にも引き上げることも。
「僕は力持ち、怪力、大男。岩だって持ち上げられるっ!」
心の中で唱えながらライブメタル製の剣を振り下ろした。剣が刺さったままの付け根に剣を食い込ませる。みしり、と音を立てて石の翼が吹き飛んだ。切り落とした翼が血しぶきを上げて、地面に落ちる。
「今です」
僕の合図よりも早くトレヴァーさんが動いていた。僕は剣を斜めに構えながらしゃがみこむ。僕の剣を踏み台にしてトレヴァーさんが飛んだ。雄叫びを上げ、ふさがったコカトリスの目を深々と突き刺した。
張り詰めたような弦のような、尾を引く絶叫が上がった。
コカトリスは頭を左右に振ると、そのまま横に倒れ込んだ。傷口から血を流し、びくびくと震えると、それっきり動かなくなった。
「やったな、おい」
完全に死んだのを確かめると、ケネスさんやリオさんたち『竜殺しの槍』の仲間が、うれしそうにトレヴァーさんをほめたたえる。コカトリスといえば五つ星、それを三つ星のトレヴァーさんが倒したのだから間違いなく『番狂わせ』だろう。この場合は、コカトリス・キリングだけどね。
反対にレンドハリーズのリオさんは面白くなさそうだ。「お前の活躍じゃねえ」とか「俺やそこのチビのおかげじゃねえか」とかぼやいている。
そこのチビって誰のことだろうね。僕わかんないや。
「それじゃあ、こっちは片付いたってウォーレンさんたちにも伝えましょう」
四つ目オオカミの方も追い払えただろう。もし手こずっているような応援に行かないと。早くスノウに会いたいな。
「おーい、無事か」
ウワサをすればなんとやらだ。ウォーレスさんたちが戻って来た。その後には、護衛依頼の人たちも続いている。何人かケガはしたそうだけど、死んだ人はいないそうだ。
「ご無事のようで何よりです」
ジーンさんたちも無事のようだ。よかった。
「ごえいさーん」
ロッティが元気よく、駆け寄ってきた。腕の中にスノウを抱いている。ああ、お願いだからもう少し優しく……。それじゃあスノウがつぶれちゃうよ。
「あのね、オオカミがね。ひゅーんてごっつんこしたの。ぴかーって」
「へ?」
「この子が言うには、四つ目オオカミが目の前で同士討ちしたそうなんです」
モニカさんが解説してくれた。
「ほとんどはほかの冒険者が倒してくれたんですが、どうも気づかないうちに物陰にひそんでいたらしいんです。それでたまたま近くにいたロッティをおそおうとしたそうなんですが……なんでも、急に浮いたと思ったら空中でくるりと方向転換して、ほかの四つ目オオカミにぶつかったとか」
子供のいうことですから、とモニカさんは苦笑するけれど、僕にはすぐに見当が付いた。
スノウだ。スノウがまたふしぎな力でロッティを守ってくれたのだ。
「はい、ちゃんとまもったよ。でも、おねむみたい」
ロッティからちょっとぐったりしているスノウを受け取る。眠たげに薄目を開けたり閉じたりしている。お疲れ様、とその白い毛並みをなでてあげる。
「ロッティもよくがんばったね。はいこれ。これが君へのごほうびだよ」
またアメをロッティの口の中に入れてあげる。今度はリンゴ味だ。
「おいしい」
ロッティがほほえむのを見て、僕までうれしくなった。いい子だよね。あとはもう少し子猫の扱いを覚えてくれたらいいんだけど。
後ろではリオさんたちがコカトリスの取り分で言い争っているようだ。コカトリスは体の中の魔石だけでなく、内蔵やウロコもお金になるという。トレヴァーさんはあくまで戦闘に参加した人数割りを主張しているけど、レンドハリーズのリオさんは参加パーティごとの分配にしたいようだ。
「こりないなあ」
コカトリスに勝てたのは、一人一人ががんばったからなのに。
そろそろ仲裁に入ろうとしたその時、僕の全身を寒気がおそった。まるで全身を見えない舌でなめ回されているような感覚に鳥肌が立つ。え、ちょっと待って。これって、まさか……。
「あらー、どうしましたー」
振り返れば、座り込んだジャックさんに向かって、マイナさんが呼びかけている。
「もしかして、疲れちゃいましたか」
でもジャックさんの顔は疲れたって顔じゃなかった。一言で言えば、絶望だ。
ジャックさんが震える指で森の方を指さした。草をかき分け、枝を踏み折る音とともにたくさんの気配が姿を見せる。
「ウソ、だろ……」
つぶやいたのは誰だっただろう。
よく考えれば不思議でも何でもない。たった一匹ではいずれ全滅するのだから。でも僕たちはこの当たり前の出来事を無意識のうちに頭の中から追い出していたようだ。
何十匹ものコカトリスが森から出て来て、僕たちを見下ろしていた。




