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四人目のリオ その22


「逃げろ! 石にされるぞ」


 みんなが血相を変えて背を向ける。蜘蛛の子を散らすみたいにバラバラになって走り出す。


「あわてないで、落ち着いて下さい」


 僕の呼びかけにも聞こえた様子はない。依頼人だけではなく、冒険者の中にも武器を捨てて逃げ出す人もいる。

 まずい、みんなバラバラになったら守り切れない。


 コカトリスの目がぎらりと妖しく輝く。白い胸が大きく膨らむ。『石の息吹』を吐くつもりだ。

 止めようにもここからでは距離がありすぎて間に合わない。


 僕はとっさにカバンから煙玉を取り出し、クチバシの間に向かって放り込む。ボンッとくぐもった音がした。クチバシの間から煙がもくもくと立ちのぼる。苦しげな声を上げ、ツバサをばたつかせる。


 口の中が煙たくって混乱しているようだ。

 今の内だ。


 僕は一気に距離を詰めると、コカトリスの懐に入り込み、深々と胸を刺した。


 ……つもりだったのに、僕の剣は切っ先が食い込んだくらいで、急所には届いていない。コカトリスが苛立たしげに鳴き声を上げると体を振って僕を払いのける。後ろに下がって距離を取る。


 そこへ蛇の頭をした尻尾が僕にかみついてきた。寸前でしゃがみこんでかわすと、立ち上がりながら一閃する。切り飛ばしたかったのだけれど、先程のように硬い皮膚にはばまれて、ぶん殴ったみたいになっただけだった。


 蛇の頭が跳ね上がったところで、更に後ろへ下がって安全な場所まで避難する。危ない危ない。


「硬いなあ」

「当たり前だろうが」


 僕のつぶやきを拾ったのは、ケネスだ。いつの間にか僕の隣に駆けつけると、トレヴァーさんと並んで剣を構えている。


「簡単に倒せるようなら誰も苦労しねえよ。コカトリスっていやあ、五つ星クラスだぞ」


 冒険者と同じように魔物も強さでランクで分けられている。冒険者の星と対応していて、一つ星の魔物は一つ星の冒険者なら倒せるくらいの強さ、というわけだ。当然、強くなるほど星の数は多くなる。個体にもよるけど、コカトリスのランクは四つ星の上から五つ星の真ん中くらい、だそうだ。


「鳥みたいなナリしているが、体は岩より硬いって話だ。おまけに例の邪眼もある。生半可じゃあ倒せねえぞ」


 最悪全滅もあり得るかもな、とつぶやいたケネスの横顔は緊張していた。

 まさか、と反論しようとしたとき、森の中から遠吠えが聞こえた。


 四つ目オオカミだ。まだ生き残りがいたようだ。足音から察するに一匹や二匹ではないらしい。続けて依頼人たちの悲鳴も聞こえる。コカトリスにおびえて逃げ回っていたところに四つ目オオカミの群れに出くわしたのだろう。


「この忙しい時にまたお客かよ」

 ケネスが勘弁してくれって感じで空を仰ぐ。


「急なお客さんは迷惑だよね」


 すぐにみんなを助けに行かないといけない。でも目の前のコカトリスは無視できない。こんな時に虹の杖が使えたらどちらにもすぐに駆けつけられるのに。多少は薄くなったけれど、『闇の霧(ダークミスト)』はまだ残っている。なら、これで行こうかな。


 そこへウォーレスさんがやってきた。ちょうどいい。


「提案があります」

 ウォーレスさんが何か言うより早く、僕は言った。


「ここは僕たち……僕と『竜殺しの槍(アスカロン)』が引き受けます。皆さんは、依頼人の方々をお願いします」


「意外だな」

 ウォーレスさんが意表を突かれたって顔をする。


「てっきりお前一人で引き受ける、と言うかと思ったんだが」

「そこまで思い上がっていませんよ」


 出来るならやりたいけど、今はちょっと難しいようだ。それにこっちの方が『あの人(・・・)』も好都合だろう。


「お前らはそれでいいのか?」

「ああ」

 トレヴァーさんが深々とうなずいた。


「ここで踏ん張らないと、冒険者になった意味がない」

「命を落としたら意味はないがな」

 ウォーレスさんが肩をすくめる。


「背中は任せた」

 それだけ言ってウォーレスさんは逃げた人たちの方に向かっていった。


「スノウは、またロッティたちをお願い」

「にゃあ」


 額を僕の顔に擦りつけると、ぴょんと僕の肩から飛び降りると、小さな足で駆けていった。スノウなら安心だ。普通の子猫じゃないからね。


 ほっとした瞬間、耳をつんざくような声がした。振り返ると、煙玉のショックから立ち直ったコカトリスが巨体に似合わない素早さでこちらに向かってくる。ツバサを畳み、頭を小刻みに動かしながらクチバシを鋭く光らせている。あんなので突っつかれたら体に大穴が空いてしまう。下手をすれば真っ二つだ。


 走ってくる動きはニワトリっぽいけど、おっかなさは比べものにならない。


「散らばれ!」


 トレヴァーさんの指示でその場にいたみんなが飛び退く。僕はぎりぎりのところでかわしざまに足を切りつけるけれど、ちょっと肉に食い込んだくらいでやっぱり切れない。なんてがんじょうな奴だ。反対側からケネスも斬りかかったようだけれど、やはり硬い皮膚と羽毛にはばまれてはじき返されたようだ。足を止めるどころか、ますますいきり立って僕におそいかかって来た。まるでくい打ちのようにクチバシで突っつこうとする。


 右に左にとかわすけれど、その度に巨大な目が僕をにらみつけていくのでおっかない。

 あっという間に地面は穴ぼこだらけだ。


「僕はミミズじゃないぞ」


 文句を言いながら顔に剣を叩き付け、危ないけれど目を突いてみた。でも、まぶたを傷つけたくらいで全然動きは止まらない。それどころかますます怒り狂って僕を追いかけ回す。


 つかず離れず、一定の距離を保ちながら僕はネズミのように辺りを逃げ回る。森の中に入れば逃げ切れるだろうけど、そうなれば今度はトレヴァーさんたちを追い回すだろう。


「リオを援護しろ!」


 叫びながらトレヴァーさんがコカトリスを後ろから切りかかるのだけれど、石を叩くような音がするばかりで効いていないようだ。ケネスやほかのみんなも剣で突いたり弓で射かけたりするけど、やっぱり気を逸らすのが関の山だ。


「コカトリスの弱点ってなんですか?」


 走りながら聞いてみる。トレヴァーさんは申し訳なさそうに首を振る。


「だからこいつは五つ星なんだ」


 なるほど。強い上に硬くて石にされる。特定の弱点もない。敵に回したくないな。


 多分、バジリスクの時みたいに『強化(リインフォースメント)』で力を上げれば、硬い皮膚も突き抜けるだろう。倒すだけならほかにも方法はありそうだ。僕は物語というものをたくさん読んでいるからね。さっきの井戸の中に入れておぼれさせるとか。鏡を使って例の邪眼を跳ね返すって手もある。


 でもそれじゃあダメ(・・・・・・・)だ。


 コカトリスのクチバシをかわしながら、トレヴァーさんに向かって手を上げる。


「僕にいい考えがあります」

「どんな方法だ!」

 蛇の尻尾を避けながら返事をしてくれる。


「僕がこのままオトリになります。どうにかして動きを止めますからその隙にトレヴァーさんがトドメを刺して下さい」


「ああ、いい作戦だな」

 横からケネスがほめてくれた。


「全然作戦になってない、ってところ以外は完璧だな!」

 ……わけではなさそうだ。


「だったら、俺がオトリになる」

 トレヴァーさんが言った。


「俺たちの攻撃は全然効いていない。でもお前の腕と剣ならいけるはずだ」


 言っていることは正しい。トレヴァーさんの剣も悪くはないけれど、僕の剣に比べたら二つも三つも質が落ちる。それに剣の腕も僕の方が上のはずだ。トレヴァーさんがオトリになった方が合理的なのだろう。でもそれだと僕の目的は果たせない。


「これを使って下さい」


 持っていた剣をトレヴァーさんの足下に放り投げる。ランダルおじさんの鍛えた剣だしアダマンタイト製だ。めったなことでは折れないはずだ。


「今からコカトリスの目をこじ開けます。そこに思い切り突き刺して下さい。


 まぶたも硬いけれど、さすがに目玉まではそう硬くないはずだ。あの剣なら貫けるだろう。


「お前はどうするんだよ、まさか素手でやり合うつもりか」

「まさか」

 いくら僕でも素手でやりあうほどムチャではない。するつもりもない。


「これを使います」


 僕は一度、コカトリスと距離を取る。安全を確かめてからカバンに手を突っ込み、『裏地』から大きな剣を取り出す。肉厚で、僕の背丈ほどもある。使うのは初めてだけれど、切れ味や頑丈さは体感済みだ。もしかしたらちょっと刃こぼれするかも知れないけど、ライブメタル製だというからすぐに元通りになるはずだ。


「なんだそりゃあ……」

 ケネスがびっくりして目を剥いている。はた目にも普通の剣でないとわかるのだろう。


「預かり物だよ」

 さすがに『大災害(ディザスター)』の幹部・『轟雷』のコーネルの忘れ物だとは言えないけどね。


 以前戦った時に、落としていったのを僕が預かっている。盗んだわけじゃない。今度会ったらちゃんと返すつもりだ。


「しかし、俺の腕では……」

「議論しているヒマはなさそうですよ」


 コカトリスの目がだんだんと血走って真っ赤に染まっていく。業を煮やしたのだろう。どうやら例の邪眼を使うつもりのようだ。


「では、頼みましたよ」

 言い残すと、コカトリスに向かって預かり物の剣を構えながら走り寄る。懐に飛び込むと、切っ先を地面に滑らせながら切り上げる。


 手応えあり、だ。コカトリスの胸に赤い筋が斜めに走る。続けて今度は上から下に振り下ろす。

 羽毛に覆われた体に×印が刻まれる。


 今です、とトレヴァーさんに合図を送ろうとした瞬間、冷たいものが背筋を駆け抜けた。

 とっさに飛び退くと、コカトリスのクチバシが僕の居た場所に大穴を空けていた。


 まだ動けるのか、と崩れたバランスを整えながら顔を上げる。うめき声が出た。結構深く斬ったと思ったのに、胸の傷はもう治り始めていた。


「再生能力も高いのか」


 つくづく嫌な敵だ。なら、今度は足だ。いくら再生能力が高くても足を切り落とされたら再生は出来ない。もし出来たとしても時間は掛かるはずだ。


 コカトリスの背後に回りながら足を狙う。真横に薙ぎ払った一閃の上に巨大な影がはばたく。コカトリスが僕たちの頭上でツバサを広げると、大きく息を吸い込んだ。まずい。上から毒の煙を吹きかけるつもりだ。上からやられたら隠れる場所はない。


 こうなったら一か八か、煙を吐く前にぶった切るかぶん殴るかだ。ライブメタル製の剣を構え、手近な岩を踏み台にして思い切り飛び上がる。


「よせ、ムチャだ!」


 トレヴァーさんの制止も振り切って宙を舞いながら剣を振り上げる。目の前には得意げに目を光らせるコカトリスの大きな顔。


 しまった、いつもの剣と違うからタイミングがずれた。これだと僕が剣を振り下ろすより前に『石の息吹』を浴びてしまう。でも空中だと方向転換も出来ない。


 赤いクチバシが開こうかという瞬間、弧を描いて飛んできたビンがコカトリスの頭に当たった。


 中身が割れて紫色の液体が、降りかかる。その途端、白い煙が上がりコカトリスが苦しげに身をよじりながら地面に落ちる。重々しい音とともに土煙が舞い上がる。


「あのババア、やっぱり頭のおかしな魔女だな。こんなとんでもねえ薬作ってやがるんだからよ」


 振り返ると、樹の上からレンドハリーズのリオさんが薬ビンを片手ににやりと笑っていた。


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