四人目のリオ その21
僕のカバンと剣は小屋のすみっこに置いてあった。タビサさんをロープでイスに縛り上げた後で回収すると、リオさんたちも小屋の中に入ってきた。井戸の底から上がってきたので当然、みんなずぶ濡れだ。
「リオさんはどうしました? えーと、『竜殺しの槍』の方の」
「あいつならリーダーたちのところだ」
と返事をしてくれたのはもう一人のリオさんだ。どうやら伝令に向かったようだ。タビサさんの言うことを信じるのなら、コカトリスが今にもおそってくるのだ。それに向こうも僕たちと連絡が取れなくって心配しているだろう。早く伝えてあげないと。
とはいえ、こちらも放っておく訳にはいかない。
「あなたにはいくつかうかがいたいことがあります」
呼びかけるとタビサさんがふてくされた様子でそっぽを向く。僕はその顔を両手ではさみ、向きを元に戻した。
「話していただけますね」
目を見ながらゆっくりと力を込めた声で話しかけると、タビサさんはおびえた顔でこくこくとうなずいた。お年寄りにする態度ではないけれど、すねたままでは話が進まない。
それに僕はとても怒っている。目的はともかく、やり方はとうていほめられたものではない。いくら非常事態だとしても限度がある。何より、グラスプールの人たちを助けるために僕たちの依頼人や冒険者を危険にさらそうとしているのだ。
「ここの人たちはどうやったら元に戻りますか?」
「……放っておけば薬が切れて自然に戻るよ」
元々効果時間の短い薬らしく、その度に新しく薬を嗅がせて意志を奪っていたそうだ。薬の中には後々悪影響の残るものもあるけれど、それについては心配ないという。本当かな、とも思ったけれど、すぐにわかることだ。
「この薬ってコカトリスには使えないんですか?」
「通用するなら人間より先にやっているさね」
何でも以前、森の奥で薬草を採っている時にコカトリスと出くわしたそうだ。その時に使ってみたけれど、全然効かなかったらしい。ほうほうの体で逃げ出すのがやっとだったそうだ。
「まあ、そうですよね」
では、と次の質問に入る。
「マルコムさんを石にしたのはあなたですか?」
タビサさんが迷子みたいな顔をした。
「誰だい、それは?」
「この人ですよ」
僕はカバンの中から石像になったマルコムさんを取りだした。タビサさんの目の前に置くと、体を傾け、かちこちの灰色になった顔を近づける。
「……知らないね」
「本当に?」
「石にできるような術や材料があるんなら迷わせたりしないで、アンタら全員石にしているさ。コカトリスのエサにするためにね」
一理ある。何より、ウソを言っているようには見えない。
「では、マルコムさんが石になった時のこと、何か知りませんか? もしかして、見ていたんじゃないですか」
「……ふん」
タビサさんがわずかに目を逸らす。僕たちが森で迷ったタイミングを考えたらあの時すでに近くにいたと踏んだのだけど、どうやら正解のようだ。
「あたしは何も見ていないよ」
あごでマルコムさんを指し示す。
「そこの石ころが勝手にすっ転んだと思ったら石になり始めたんだよ。そこにアンタらが駆けつけてきたってわけさ」
つまり何も見ていないというわけか。マルコムさんをもう一度カバンに入れながら考える。
また振り出しに戻ってしまった。マルコムさんを石にしたのは一体誰なのだろう。そもそも動機がわからない。ジャックさんを除けば僕たちは初対面のはずだ。石にしたいほどの動機なんてない、と思う。
みんなの過去を詳しく調べればもしかしたら何かわかるかもしれないけど、この状況ではそれも難しい。それに、あの時マルコムさんがつぶやいた「リ、オ……」という言葉もわからないままだ、本当にリオという人物が犯人なのか、あるいは別の何かを指し示しているのか。
「ちなみに、石にされた人を戻すことは……」
「ムリだね」
ぷい、とまた顔を背けてしまう。できない、と思われたのが気に障ったのだろうか。石にすることも戻すこともできない、なんて役立たずの魔女なんだ、と思われるのがイヤなのかな。ウワサにでもなると商売にも悪影響だろうし。
「あれ?」
その時、僕の中で何かが引っかかった。恨みつらみの点から犯人を捜すのは難しいと思っていた。でも本当にそうだろうか。
殺すのではなく、石にする。そんな手間暇を掛ける理由が、犯人にあるとしたら。忌み玉なんて高価な道具を使ってまで。
「そりゃあ冒険者ならどこかで恨みの一つや二つ買っていてもおかしくねえ。マルコムだってそうだろ。けど、石にされるような恨みの買い方となるとちょいと思いつかねえな。殺したいのならここみたいに人気のないところに呼び出して、後ろからぶっ刺した方が手っ取り早い。なきがらの始末も楽だしな」
頭の中でジャックさんの言葉がよみがえる。
動機や犯行方法、その条件を満たす人がいるとしたら……。
「そういうことか」
ようやく、本当にようやく。
僕はだいだいのことがわかった。
犯人が、僕の知っている人だという事も。「リ、オ……」というつぶやきの意味も。
「話は終わったか?」
と、レンドハリーズのリオさんが短剣を抜いた。逆手に持ち替えると、刃をタビサさんの首に突き立てようとしたので、とっさにその手をつかむ。刃先が首筋に触れるか触れないかというところでぴたりと止まる。ひっ、としわだらけの首がすくみ上がる。
リオさんが信じられないって顔で僕をにらみつける。
「どうして止める。このババアは俺たちを殺そうとしたんだぞ!」
「動けないお年寄りを手に掛けるのが正しいとは、僕には思えないんですよ」
「ねぼけるんじゃねえ! ならこのまま笑って握手して仲直りってか。どこまでお人好しなんだよ」
「別に無罪放免だとは言っていませんよ」
僕は肩をすくめる。
「理由はどうあれ、大勢の人を薬で操って誘拐だなんて、犯罪ですからね。それなりの罰は受けてもらいます。ただ今は先にやることがあるはずです」
ちらりとタビサさんを見る。自分の命がどうなるかの瀬戸際なのでハラハラしているようだ。
「人殺しなんていけませんよー。めっ、ですよ。めっ」
マイナさんが先生みたいに叱りつける。
リオさんは舌打ちして、短剣をしまう。
「とりあえず」と僕はタビサさんに顔を近づける。
「ここからグラスプールへ向かう道を教えていただけますか?」
教わったところによると、思っていたより近かった。お年寄りのタビサさんが薬草を売りに行くくらいだから当たり前か。
「それと、薬もいくつかゆずっていただけませんか。ああ、僕は薬草に詳しいので。教えていただかなくても大丈夫ですよ」
小屋の奥には薬を作るための部屋があって、干した薬草や瓶詰めにした薬がいくつもあった。
「とりあえず傷薬と毒消しと……あと、これもかな」
片っ端から薬や薬草をカバンの中に入れていく。
「では、僕たちはこれで。後で迎えに来ますよ」
聞きたい事は聞けた。あとはコカトリスを追い払うか倒すだけだ。
リオさんやジャックさんは不満そうだけれど、依頼人や仲間の安全が先だと納得してくれたようだ。
「ああ、そうそう」
小屋を出るところで僕は振り返る。ほっとしていた様子のタビサさんがぎょっと目をむく。ちなみにまだイスに縛り付けたままだ。
「あなたにもう一つ、どうしてもお願いしたいことがあるんです」
僕は小走りで駆け寄ると、テーブルの上にあったお皿を手に取った。ぬるくなったスープを一飲みにしてパンをのみこむ。焦げのついた川魚を頭からかじっていく。
僕はすっかり満腹になって一息つく。夜食にしては少し量が多いけれど、動きっぱなしでお腹が空いていたのだ。
目を丸くしているタビサさんに向かって僕は、母さんが叱りつける時の口調で言った。
「今夜は夕食抜きです」
外に出て、僕たちは教わった道をたどってみんなのところへと戻る。本当は急いで戻りたいけれど、夜の森の中だしまだ『闇の霧』も残っている。
「みんな無事だといいのですが」
気が急くけれど、僕だけではなく、マイナさんもいる。どうしても歩みが遅くなってしまう。
不安で心臓が変な鳴り方をしている。
「あらー」
後ろで気の抜けた声がした。振り返ると後ろを歩いていたマイナさんが膝を突いていた。つまづいてしまったようだ。
大丈夫ですか、と手を伸ばす。マイナさんはそれを受け取る代わりにうつむいて地面を指さした。
「これ、鳥さんの羽根じゃないですか?」
僕は足形の付いた羽根を拾い上げた。間違いない。コカトリスの羽根だ。ここを通ったんだ。まずい。
「すみません、先に行きます」
この辺りは木の根っこが多くて足下が悪いようだ。だから手近の木に登ると枝づたいに、飛び移る。そのままリオさんの声を振り切って僕は枝と枝の間をジャンプする。
僕は木登りだけではなく、猿のマネも得意なのだ。多分、村でも……四番目くらい?
木の枝づたいに森の中を突き進むと、先の方で視界が開けてきた。焚き火らしき明かりも見える。
勢いよく、枝を蹴っていく。三回目のジャンプで森を抜けると、開けた場所に出た。戻って来たのはいいけれど、高く飛びすぎたせいだろう。足下には焚き火とその周りに集まる人たち。
「ちょっとそこ! どいて下さい!」
頭の上から呼びかける。僕には気づいてくれたようだけれど、とっさの出来事のせいか目を丸くするばかりで誰も動いてくれない。このままだと焚き火に足から突っ込むことになる。僕はもちろん、周りにいる人たちも飛び散った火の粉でヤケドをしてしまう。
ここは一つ、猿から鳥になるしかないようだ。僕はカバンに手を突っ込むと、顔を上げ、頭の上にある枝に向かってロープを放り投げる。重しのくくりつけたロープは枝にくるくると絡みつく。ぐい、と僕の体重で大きくしなる。
僕の体は焚き火の上で止まった。
「熱いっ、熱い」
真っ逆さまはまぬがれたけれど、熱ばかりはさけられない。体を揺らしてどうにか焚き火から離れた場所に着地する。
びっくりした、と手の甲で汗をふく。あやうく黒焦げになるところだったよ。母さんが釣った川魚じゃないんだから。
「……」
気がつけば、焚き火の周りにいた人たちが腰を抜かしたみたいに座り込んでいる。見渡した限り、僕が森へ入った位置とほとんど動いていない。目立った被害もなさそうだ。
「ただ今戻りました」
ぺこりと一礼すると、人の間をすり抜けてスノウが飛び出してきた。
「にゃあ」
僕の肩までよじ登ると、頬ずりしてくる。
「やあ、ただいま」
スノウといるとほっとするね。
「ごえいさんかえってきたー」
後を追いかけるようにロッティも走ってきた。
「大丈夫だったかい?」
「うん」元気よくうなずいてくれた。
「でもそのこ、ぜんぜんだめなの」
「その子って、スノウのこと?」
「おとなしくしないし、すぐにげちゃうし、みまわりしようとするとふくをかんじゃうし。そのこキライ」
赤い頬をぷくりとふくらませる。
どうやらスノウも大変だったようだ。ごめんね、今度とっておきの鳥の肉あげるからね。
「帰ってきたのか」
と、今度はトレヴァーさんが駆けつける。後ろにはウォーレスさんたちもいる。冒険者の何人かがケガをしているようだけれど、大きなトラブルはなかったようだ。
「大変です。今、こっちにコカトリスが向かっています。早くみんなを安全な場所に……」
あいさつもそこそこに大切な報告をする。そこで僕はもう一つ大切なことに気づいた。
「リオさんはどちらに? あの、僕でもウォーレスさんのパーティでもない方の」
「あいつならまだ戻ってないが……一緒じゃないのか?」
トレヴァーさんが眉をひそめる。おかしいな、僕よりも先に戻っているはずなのに。
道に迷っているのかな。もしかしたらコカトリスか別の魔物に出くわしてしまったのかもしれない。
嫌な想像が僕の背筋を冷たくさせる。
「リオさんは僕が探してきます。とにかくみんなを安全な場所に」
僕の言葉をさえぎり、甲高い鳴き声がした。
夜の闇をも切り裂くようなそれに、僕の産毛が逆立つ。ほかのみんなを見れば、誰もがその場に留まっていた。いや、声だけで動けなくされたのだ。あの恐ろしい怪鳥音に。
巨大な羽音がした。焚き火の明かりに照らされた地面に黒い影が包み込む。
「みんな離れて!」
僕が声を掛けるとみんな『麻痺』が解けたみたいに走り出した。同時に大きなものが急降下してくる気配がした。
地響きがした。誰もいなくなった焚き火を踏み潰してそいつは僕たちの前に降り立った。
赤いトサカと顔、そして黄色い足はニワトリ、尻尾は白黒の蛇、ウロコの生えた胴体に膜のような翼はドラゴンのようだ。
背丈はせいぜい四フート(約六・四メートル)くらいなのに、堂々として、せわしなく顔を左右に振って獲物を探す姿は一つ目巨人よりもずっとおそろしく、巨大に見える。
『石喰蛇鶏』は自らの降臨を告げるべく、夜の森で高らかに啼いた。




