迷宮と竜の牙 その9
「君は何者なんだ? カレンの代理ってどういうことだ?」
奴隷商の店が見えなくなってからようやくイアンが口を開いた。
「それにヘイルウッドが一緒だったってことは、もしかしてブラックドラゴンの牙を持ってきたのか?」
「まあ、細かいことは気にしないで。無事だったからいいじゃないか」
歳の頃も僕とそう変わりなさそうなので、くだけた口調で話してみた。イアンも気にした風もないのでこのままでいくことにする。
でも、どうやって手に入れたかなんて説明できない。僕にできるのは適当なウソをつくか、あいまいにごまかすくらいだ。
あんな牙でヘイルウッドも何をするつもりなのやら。
「さっき言ったとおりさ。僕はカレンの代わりに君を引き取りに来た。それだけだよ。君だって、あんな奴隷商人のところにいつまでもいたくはないだろう?」
「君は、ディヴィスが何者か知っているのか」
「寝間着は地味だったね」
真っ白な綿で、飾りっ気もなかった。お金持ちというのはもっと金糸の入ったきんぴかの服を着て寝ているのかと思っていた。
「あいつはこの町で、いや、この国でも有数の奴隷商人だ」
イアンによると、あのおじいさんはあちこちの町に店を持っていて、奴隷を何百人も持っているらしい。この国の奴隷市場にはたいていあのおじいさんが関わっている。当然大金持ちでもあるからこの町の商人で逆らえる人はいないそうだ。
「ふーん、そりゃすごいね」
どうでもいいや。どうせもう二度と会うこともないだろう。
「それより、一度僕の宿にいかないか? 体をふいて身だしなみを整えてから……」
「いや、いい」イアンは首を振った。
「風呂なら後で入るさ。今はとにかく家に帰りたい。それからぐっすり眠るんだ」
でも君のベッド、昨日見たらひっくり返ってたよ。あの部屋見て卒倒しなきゃいいけど。
そう思ってしまうくらいイアンの足取りはちょっと弱々しい。
「そんなことより、君のことだ。一体君は何者なんだ? カレンとはどういう関係なんだ?」
「君と同じ冒険者さ。昨日ここのギルドで、君たちのウワサを聞いてね。カレンとはその……まあ、ただの知り合いだよ」
昨日会ったばかりで、友達といえるのかよくわからない。なにせ僕は同じ年ごろの子の友達がいなかった。
知り合い以上にはなりたいなあとは思っているけど。なれるのかなあ。
「昨日知り合ったばかりの相手にブラックドラゴンの牙を? 一体何が目的なんだ?」
「そうかんぐらなくてもいいよ」
僕はつとめて気楽な口調で言った。
「ただのきまぐれだよ。世の中には変わり者がけっこういるからね。別に君たちを取って食いやしない。安心して」
「しかし、牙なんてどうやって……」
だからそれは言えないんだってば。
これ以上この話題を続けるのはまずい。別の話題を振ることにしよう。
何がいいかなあ。あ、そうだ。
「ねえ、君。『ツノボネ』って知ってる?」
トレヴァーさんたちがそんなことを言っていたのを思い出した。
「ブラックドラゴンの牙で作れるものらしいんだけど、よく知らなくってさ」
イアンは一瞬目を泳がせたけれど、思い当たるものがあったらしく「ああ」と言った。
「もしかして、『竜牙兵』のことか?」
なんだかおっかなそうな名前が出てきた。
俺もウワサで聞いただけだけど、と前置きしてイアンが続けた。
「ドラゴンの牙から作ることができる魔法生物だよ。特別な調合で作った魔法薬に漬け込むと、牙から生まれるらしい。『骸骨兵士』っているだろ。あれに角を生やしてもっと強くしたものだと思えばいい」
なるほど、角付きだから牙なのに『ツノボネ』なのか。
「なあんだ、それじゃあ大したことなさそうだ」
「とんでもない。『骸骨人形』はのろまだし、力も大したことはないから素人でも倒せる。だが、『竜牙兵』は力も強い上に一体一体が一流の剣士並に動ける。そんな奴らに大軍で来られてみろ。あっという間に切り刻まれてしまうぞ」
「大軍って……そんなに数が多いのかい?」
「『ツノボネ』が一番おっかないのはな、簡単にたくさん作れるところだ。腕のいい魔法使いなら竜の牙一本で五十体は作れるらしい。腕の立つ剣士を大量に作れるんだ。騎士たちにとってはたまらないだろう。おまけに『竜牙兵』の強さは牙の持ち主、つまりドラゴンの強さに比例する。特にブラックドラゴンは一番強い『竜牙兵』が作れるって話だ」
「それじゃあ、もしかしてヘイルウッドも……」
「それはないだろう」イアンが首を振る。
「『竜牙兵』を作ったり売ったりするのは、国の法で禁止されている。そんなものを売ったと知られたら間違いなくしばり首だ。ヘイルウッドほどの大店がそんな危ない橋を渡るとは思えない」
なるほど、そんなものをたくさん作られて反乱でも起こされたら大変だもんな。
「それじゃあどうして……」
「さあな、どこかに買い手でも見つけたんだろ……っ!」
最後まで言い終わるより早く、イアンが走り出す。気が付けばイアンの家はもう目の前だ。身もだえするように駆けると、取りすがるように自分の家の扉にしがみつきノックする。
「カレン、今帰ったぞ! 俺だ、イアンだ!」
勢いよく扉が開いた。中から出てきたカレンは一瞬、呆けた顔をするけれどすぐに涙目になってイアンに取りすがる。
「兄さん!」
「悪い、心配させた」
うんうん、よかったなあ。苦労した甲斐があったというものだ。
カレンの喜ぶ顔を見られて僕もうれしい。
今は兄妹水入らずの方がいいだろう、と立ち去ろうとしたらカレンに呼び止められた。
「本当にありがとう、リオ。本当になんてお礼を言えばいいか」
お礼、お礼かあ。
ただ働きをするな、と村長さんにも言われているしなあ。けど、お金なんてもらえないし、あるとも思えない。
「私にできることならなんでも言って」
カレンがじっと僕を見ている。透き通った瞳に見つめられると、どぎまぎしてしまう。こんなかわいい子にならなおさらだ。こんな子が僕のお嫁さんだったらなあ。そうだ、カレンとデートしてもらうとか……。
って、バカか僕は! 交換条件にデートしてもらおうなんてそれじゃあ、召使いを買うのと一緒じゃないか。あのおじいさんにいらないと言ったばかりなのに。なんていやらしい奴なんだ。反省しろ!
「あの、どうしたの?」
「え、うん、いや、なんでもないよ」
まったく、こんなよこしまなことばかり考えていたら母さんに叱られてしまう。
あ、そうだ。いいことを思いついた。
それじゃあ、とせきばらいしてから言った。
「来年の若葉月の二十四日に、僕の村にですね、母さんの墓参りに行ってほしいんです」
若葉月の二十四日は母さんの命日だ。旅を続けていれば、命日に村に戻れないかもしれない。もちろん、村長さんたちはお墓を守ってくれているだろうけど、墓参りに訪れる人は一人でも多い方がいいだろう。
「墓参り……本当に?」イアンがそんなことでいいの、って顔で聞き返してくる。
「ええ、僕にとっては大事なことです」
「わかった、必ず行かせてもらうよ」
イアンがうなずいてくれた。よかった、これで母さんも喜んでくれるだろう。
「それで君の村ってどこにあるんだ?」
「ああ、ここから北東にあるアップルガースという村です」
「え」
イアンとカレンの顔がこわばる。さっきまで再会できた喜びで朱がさしていた頬から一気に血の気が失せていた。
どうしたのかな? そういえば、ギルドのおじさんも村の話をした時には、こんな顔していた。
「大丈夫ですよ。山奥の田舎ですけれど、みんないい人たちばかりです。取って食いやしません」
「あ、ああ」イアンの返事も頼りない。本当にどうしたんだろう。
「あの、どうしてもダメなら別に……」
イヤがっている人にムリヤリ行かせるほど僕はいじわるじゃない。
「いいえ、行くわ」カレンがぎゅっと拳を握りしめる。
「この命に代えても成しとげてみせるから」
いや、そんなに気張らなくてもいいのに。僕が頼んだのはお墓参りであって、ドラゴン退治じゃあない。
「じゃあ、僕はこれで。また今度来るよ」
これで用事は済んだ。兄妹で積もる話もあるだろう。やりたいこともあるだろう。掃除とか後片付けとか。
おジャマ虫は退散だ。
「あ、そうだ。思い出した」
僕は帰ろうとした足を止める。カレンに聞きたいことがあったんだ。
「ねえ、君はイアンがツボだか花瓶だかを割ったこと、ギルドの人たちに話していたよね?」
「ええ、あなたも見ていたでしょ。兄さんの話はギルドで知らない人はいないでしょうね……助けてくれたのはあなた一人だったけれど」
「どんな風に?」
「どんなって……兄さんが仕事中にヘイルウッドのツボを割ってしまった。弁償としてブラックドラゴンの牙を持ってこなければ、兄さんを奴隷として売りとばすと言われたからブラックドラゴンのところまで連れて行ってほしいって……うん、私すっごいムチャ言ってた」
カレンが恥ずかしそうに目を伏せる。イアンも申し訳なさそうにうつむいている。自分たちの失敗で大勢の人に迷惑をかけたと思っているだろう。
「ああ、ゴメン。イヤな思いをさせたのならあやまるよ」失敗をむしかえすために言ったわけじゃない。
「ううん、いいのよ。でも、それがどうかしたの?」
「たいしたことじゃないんだ」
できれば僕の思い過ごしであってほしいんだけどね。
「また忘れそうだから今のうちに渡しておくよ。これ、村までの旅費ね」
カバンからお金入れを袋ごと手渡す。二人分ということもあって多めに入れておいた。僕がここまで来た旅費を考えれば十分だろう。受け取って中を見たカレンが声を上げた。
「え、これ、金貨?」
「おつりはいらないから」
カレンの声を背に受けて僕はその場を離れた。宿に戻ると靴を脱ぎ、マントを外すと急に眠気に包まれたので、そのままベッドにもぐりこんだ。
お読みいただきありがとうございました。
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次回は7月30日午前0時の予定です。