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【完結済み】王子様は見つからない  作者: 戸部家 尊


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四人目のリオ その20


「パンならほかの町でも売っていますよ。何なら僕が買ってきてあげても構いません」

 ムダとは知りつつも一応、説得を試みる。


「ですからこんなおそろしいマネはやめて僕たちをここから出していただけませんか」

「ダメだね」

 答えはにべもなかった。


「これ以上、アンタらにジャマされたら困るんでね。そこでおとなしくしておくんだね」

 その声は、まるで死刑宣告のように聞こえた。


「おい、斥候。この壁よじ登って、あのババアをぶちのめしてこい」

「無理言うな。登っている間に上から石でも落とされたら終わりだ」

 隣ではリオさんとリオさんが言い争っている。


「どれどれ」

 僕は壁に素手で触れる。土を掘ったのだろう。かちこちに固まっている。水気もないので、よじ登るのは何とかなりそうだ。けれど、時間を掛けるとやはりタビサさんが妨害してくるだろう。僕は少しだけ後ろに下がる。助走が取りづらいけど、何とかなりそうだ。カバンと剣を外す。


「よっと」

 石造りの壁を蹴るとその勢いで反対側の壁に飛ぶ。足の裏で壁を思い切り踏みしめると、斜め上にジャンプする。その繰り返しで井戸の底から上へと這い上がる。あと一歩で地上まで届くかと言う時、重い音とともに目の前が真っ暗になった。穴の縁に伸ばした手が硬いものに当たる。


 痛くて手を引っ込める。フタを閉められたと気づいた時には、僕は穴の底へと真っ逆さまだ。くるりと穴の中で宙返りして、底に着地する。危なかった。


 見上げると、半分に閉じられた井戸の上でタビサさんが得意げに笑っていた。触った感じだと、鉄製だ。


「おー怖い怖い。まさか自力でよじ登って来るだなんて、恐ろしい子だよ」

「こんな夜ですし、お歳のようですからムリもないとは思いますが」

 精一杯の敬意をこめながら言った。


「僕はオトナですから、ええ。今はちょっと、あなたを見上げていますけど。背が低いわけではありません」

「そんなこたあどうでもいいんだよ!」


 レンドハリーズのリオさんが声を張り上げる。どうでもよくない。まったくよくない。


「テメエ、ババア。何しやがる!」


 空がだんだんと狭くなっていく。タビサさんがフタを閉じているようだ。あんな重そうなフタをよく動かせるな、と思っていたらたくさんの足音が聞こえる。なるほど、薬で意識の薄れた人たちを操っているのかな。


「冷たいですー」

 マイナさんの間延びした声に振り返ると、井戸の底から水が湧き上がってきた。涸れ井戸じゃなかったんだ。びっくりして尻もちを付いてしまったらしく、泥の中で起き上がれずにいる。服も濡れて肌にぴったりと貼り付いてしまっている。これ以上は目の毒だ。


 とっさに耳をかばおうとして、今はスノウがいないことに気づいた。

 どうも僕にも変なクセがついてしまったかも知れない。


「大丈夫ですか」

 気を取り直して助け起こそうと手を伸ばした瞬間、頭上から二匹の蛇のようなものが下りてきた。


「あ」

 それがかぎ爪だと気づいた時には、僕の剣とカバンは井戸の上に引き上げられていた。


「こいつさえなければ、アンタもどうしょうもないだろう」

 またも井戸の上から不気味な笑い声が降ってくる。


 勘違いにも程があるよ。僕が見たかったのは魔女の格好や立ち振る舞いであって、どろぼうの真似事ではない。


「返して下さい」僕は怒りを込めてにらみつける。「それは僕のものです」

「ここまで登ってきたらね」


 と言い残してフタは完全に閉じられた。フタがわずかに沈み込む気配がした。重しまで乗せたようだ。


「やべえぞ、おい」

「このままじゃあ、おぼれちまうぞ」


 タビサさんがフタの上でまた気味悪い声を出している。

 そうこうしているうちに僕の足首辺りまで水に浸かってきた。


「落ち着いて下さい」

 水に濡れないよう、カンテラを持ち上げながら僕はみんなに呼びかける。


「こんなのは物語でよくあるワナです。あわてることはありません。いくらでも解決方法はあります」


 僕の記憶する限り、このワナで死んだ主人公は一人もいない。水が迫ってくるからハラハラドキドキするけれど、結局はみんな助かると相場が決まっているのだ。


「……どうやって?」

 『竜殺しの槍(アスカロン)』のリオさんが冷めた声で聞いた。


「えーとですね」

 確か『金牝鹿の騎士』のティモシーの時は、鹿に乗って穴の底から抜け出したんだよね。あと、『紅蓮山の氷龍』のメルヴィン一行の時は、ギリギリで暗号を解くと水が自然と引いていったんだ。『勇者オスニエルの試練』では仲間が助けに来てくれたし、『ゴブリンとベフィモスの決闘』ではマクシーンが魔法で魚に変身して、水の流れをさかのぼって外に出た。


 でもここに鹿はいないし、暗号も書いていない。仲間は遠く森の外れだし、魚に化ける魔法も使えない。


 ……おかしいな、この状況で使える方法が一つもない。

 おまけに剣もカバンもない。虹の杖もカバンの中だ。かわいくてかしこくて頼りになるスノウもいない。

 みんなの視線が針のように僕をちくちく責め立てる。


「ああ、いや、一つだけあります。あのフタを壊すんです。『放浪姫と三剣士物語』のショーンとジョザイアみたいに」


 二人で協力して、フタの隙間に硬い棒を差し込んでテコの要領でこじ開けたんだ。


「その話なら俺も知っているけどよ」

 それまで黙っていたジャックさんが口を開いた。呆れた様子で上を指さす。


「あれに隙間なんてあるか?」

「物語だと、太陽の光が差し込んで隙間を知らせてくれるんです」

「今、夜だぞ」

「……」


 水かさはどんどん増えている。僕のひざまで濡らしている。


 急に水音が激しくなった。流れ込んでいる水量が明らかに増えている。まずいな。思っていたより時間も無さそうだ。


「もうネタ切れか。おぼっちゃま」

「ネタ切れでもありませんし、おぼっちゃまでもありません」


 きっぱりと否定しながらも僕は自分の間違いに気づいていた。やはり物語そのままに引用しようとしたのが失敗だった。物語の主人公たちは、その場その場の状況に合わせて打開策を練っている。アイディアだけを借りて来たところでうまくいかないのは当然だ。大切なのは状況を正しく理解し、僕たちの持っている力で解決策を見つけ、実行することだ。


「剣を貸していただけますか」


 レンドハリーズのリオさんに向かって手を伸ばす。ジャックさんの槍は井戸の中では不向きだし、『竜殺しの槍(アスカロン)』のリオさんは斥候という仕事のためか、あまりいい剣ではないようだ。僕も短剣ならあるけど、長さが足りない。


「テメエが指図するなって……」

「今からフタをぶった切ります」


 リオさんの目が見開かれる。マッカーフィールドでの僕のウワサを思い出したようだ。


「ただ、それには皆さんの協力が必要です」


 鉄を斬るのはやったことがある。切れそうなところ目がけて「えいやっ」と思い切ってやればいい。


「問題は足場です」


 今の状況だと井戸の壁を蹴って空中で斬らないといけない。アダマンタイト製の剣なら鉄くらい余裕で切れるけど、リオさんのは普通の鉄製だ。どうにも心許ない。ジェフおじさんに聞かれたら「自分の未熟を剣のせいにするな」って怒られそうだけど。


 すると『竜殺しの槍(アスカロン)』のリオさんがからかうような口調で言った。


「なら、こいつを踏み台にするのはどうだ」

 と、隣のリオさんの肩に手を置く。


「このままいけば確実に水で満杯になる。自然とフタの近くまで俺たちを運んでくれる。そこでリオがこっちのリオを足場にしてフタを壊すってわけだ」

「テメエがやれ!」


 レンドハリーズのリオさんが肩に置かれた手を払いのける。マイナさんは問題外だし、ジャックさんはカナヅチだそうだ。


「あのー」

 手を上げたのは、マイナさんだ。


「でしたらこんなのはどうでしょうか?」

 マイナさんのアイディアはこうだ。要は足場があればいいのだから、ほかのみんなの武器を壁面に突き刺し、足場を作る。そこに乗って僕がフタを斬る。


「うまくいくのか?」ジャックさんは半信半疑って顔だ。


「まあ、やってみましょう」

 僕は言った。


 いざというときにはどちらかのリオさんに踏み台になってもらえばいい、とはさすがの僕も言い出せなかった。


 天井近くにジャックさんからお借りした槍を突き刺し、足場にする。ちょっと不安定ではあるけどないよりはマシだ。柄も鉄製なので踏みしめても折れる心配なさそうだ。


 頭の上はもう鉄のフタだ。

 井戸の下からマイナさんがカンテラを振って照らしてくれている。手のひらで触れながら切れそうなところを探る。ここだな。


「破片に気を付けて下さい」


 井戸の底にいるみんなに端っこに寄るように呼びかける。当たったら大変だ。もう水は井戸の半分まで来ている。みんなは立ち泳ぎだ。ジャックさんだけは、おぼれないように『竜殺しの槍(アスカロン)』のリオさんにくっついている。


「行きますよ」

 僕は深呼吸をして、鉄のフタめがけた思い切り剣を薙ぎ払った。


 パキン、と乾いた音がした。同時に二回りほど小さくなった丸い鉄ブタがすっぽりと抜けて井戸の底へ落ちていった。水柱が上がって僕の方までしぶきが飛んできた。その拍子にカンテラが落ちたらしく、井戸の下は真っ暗だ。


「大丈夫ですか」

「みんな無事でーす」

 マイナさんの返事が返ってきた。


 僕はほっとした。それから用心しながら開けた穴を通って外に出る。水に濡れた体に夜風が寒い。僕の真横には、うつろな目の人たちが座り込んでいる。なるほど、重しの代わりか。気配を避けて斬ったのは正解だったようだ。


 小屋の中から明かりが見える。タビサさんはあそこか。


 扉を開けて声を掛けると、タビサさんがこの世の終わりでも来たかのように顔を蒼白にしている。どうやら食事中だったようだ。質素な部屋の真ん中にあるテーブルには、とろみのある白いスープにはタマネギやニンジンの切れ端が浮いている。お皿には柔らかそうなパンが一切れ、それに塩漬けにしたらしき川魚。


「やあ、なかなか豪勢な食事ですね」

「あ、アンタ……ゲホッ、ゴホッ」

 どうやら食べ物を喉に詰まらせてしまったようだ。


「ほら、あわてて食べるからですよ。お歳なんですから」

 苦しそうだったので背中をさすってあげる。


「まあ、僕たちも危うく息が出来なくなりそうだったんですけど」

「ど、どうやって……お前が……そんな」

 僕はにこりと笑顔を作って言った。


「みんなのお陰ですよ」



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