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迷宮と竜の牙 その6

 ダドフィールドの東の町はずれに小さな森がある。真ん中を切り開いた道を進み、森を抜けると、砂と岩だけの荒野に出る。その荒野の真ん中に石造りの四角い建物がぽつんと立っている。二重になった扉を開けると、地面に黒々とした穴がぽっかりと空いている。そこが『迷宮(メイズ)』の入り口だ。


 門の前には衛兵さんが二人、いかめしい顔で立っている。『迷宮(メイズ)』の管理は国の仕事なので、きっと王国の兵士だろう。間違って子供が迷いこんだり、逆に『迷宮(メイズ)』から魔物がはい出てこないよう、毎日交代で見張っているのだと、昨日ギルドのおじさんが教えてくれた。

 僕は荒野に入ると岩場に隠れ、『贈り物(トリビュート)』を使い、姿を隠す。


 冒険者ギルドの組合証を見せれば、すぐに通してくれるそうだから入ること自体は問題ない。

 けれど、僕が入ったことが知られると、ブラックドラゴンを倒した時に言い訳できなくなる。どうやって倒したかなんて答えられないからね。

 だから入ること自体をナイショにするつもりだ。


 衛兵さんの横を潜り抜けて、僕は穴の縁に立つ。石の階段が地底へと続いている。

 さて、と僕は改めて装備を確認する。

 ランダルおじさん手製の剣に、神霊樹の枝から作った杖、地竜の皮鎧に、天羊布をリコリナの花の液で染めた白のマント、手袋とブーツは僕の足に合わせて作った皇帝牛の特別製だ。全部アップルガース村のみんなが僕のために作ってくれたものだ。布製の肩掛けカバンは母さんが亡くなる前に作ってくれた。


 カバンの中にはロープに水袋、火打石、干し肉に干しイモ、手鍋に木のコップと木のお皿、革袋、魔物よけの香草、手製のランタン、そして忘れてはいけないのが、紙でくるんだたんぽぽコーヒーの葉だ。もちろん焙煎済みだからお湯でこせばすぐに飲める。

 よし、準備万端だ。


 こうして底知れない穴の前に立っていると、緊張してしまう。『迷宮(メイズ)』に入るのはこれが生まれてはじめてだ。心臓が高鳴るのも仕方がないと、自分に言い聞かせて三回深呼吸をする。

 さあ行こう。冒険の始まりだ。

 意を決して、『迷宮(メイズ)』への一歩を踏み出した。


 『迷宮(メイズ)』の中は存外に明るかった。普通の洞窟とは違い、壁自体が淡い光を発している。地上の昼間ほどではないけれど、歩くのに明かりもいらない。ギルドのおじさんから聞いたとおりだ。


 階段を降りきると、広場に出た。天井の高さは僕の背丈の倍くらい。ごつごつした石の壁に比べて、土の床は平らで外の荒野より歩きやすいくらいだ。壁にさわってみると、ほのかに暖かい。手ざわりは普通の岩と変わらないのに、ほんの少しだけ生き物のような脈動を感じる。


 僕は腰の剣を抜き、岩壁に切りつけた。

 傷一つついていない。

 なるほど、ここは自然の洞窟とは違う。


 ランダルおじさんの剣でも傷つけられないのか。普通の岩なら粘土みたいに切り取れるのに。

 やっぱり『迷宮(メイズ)』ってすごいんだなあ。

 

 僕が八歳の時、村の近くに『迷宮(メイズ)』が生まれたことがある。村外れのガケの下の見えにくいところに入り口が出ていたせいで、見つけるのが遅れたらしく、かなり成長していたそうだ。放っておけば、魔物が地上まで這い出してとんでもないことになる。


 その時はアップルガース村の大人たちが武器を取って、乗り込んだ。

 僕はまだ子供だったので、参加させてもらえなかった。あの時は確か、半日がかりでつぶしたんだっけ。

 村のみんなが集まってそれだけかかるんだ。僕も気を付けて進まないと。


 階段を降りてすぐの横の壁には、ギルドのおじさんに教えてもらった紋様がある。なるほど、これが『迷宮(メイズ)』の年輪か。

 広場からは道が三つに分かれている。先は薄暗くて僕の眼でもはっきりとは見えない。

 迷った時はこれだ。


 僕は杖を地面に立てる。杖はしばらくするとふらふら揺れて左の方に倒れた。

「よし、左だな」

 僕は左の道を進んだ。


 左の道を進むとまた大きな部屋になっていた。部屋の奥からたくさんの気配が近づいてきた。みんな子供くらいの背丈で、緑色の肌をしている。頭には小さなツノを生やし、黄色く鋭い目をして、とがった歯をむき出しにしている。手にはさびた短剣をさげていた。ゴブリンだ。

 へえ、『迷宮(メイズ)』にもいるんだなあ。


 『迷宮(メイズ)』の魔物は大きく分けて二種類いる。一つは、地上から迷い込んだ魔物がそこで子供を産み育てたもの。もう一種類は、『迷宮(メイズ)』そのものが自分を守るために生み出した魔物だ。後者の方は倒しても倒してもしばらくすると後から湧いてくる。


 『迷宮(メイズ)』で死んだ生き物は『迷宮(メイズ)』に吸収され、次の魔物を生み出す糧になる。『迷宮(メイズ)』にとって、僕たちはエサであると同時に体の中を食い荒らす害虫でもある。だから体の中に魔物を作って僕たちを倒そうとするらしい。しかも、地下に進めば進むほど強い魔物が現れるそうだ。


 魔物の種類はたくさんいるけど、地上の魔物そっくりに造られることが多い。『迷宮(メイズ)』が大地から栄養を吸い取るのと同時に、大地の『記憶』も吸い取るからだと偉い学者は考えているらしいけど、本当のところはよくわかっていない。


 ゴブリンたちは当てもなく広場をうろついている。何匹かが、ぎょろっとした金色の眼で僕を見るけど、気にした風もなくそっぽを向く。

 やっぱりだ。僕の『贈り物(トリビュート)』は、『迷宮(メイズ)』の魔物にも通用するぞ。しめしめ。


 ゴブリンの横をすり抜けて、次の部屋へ向かう。確か、地下へと続く階段があるんだよな。

 次の部屋に行くと冒険者を見かけた。全部で四人、みんな僕と同じくらいの男の子だ。おっと、もうみんなオトナなのだから男の子とは失礼か。まだ新人ばかりらしく、着ている鎧も服も真新しい。ぴかぴかの剣や斧を持って三匹のゴブリンと戦っている。みんながんばっているなあ。

 ああ、いけ、そこだ。


 四人ともがんばって戦っているけど、慣れていないのか動きがぎこちない。

 ああ、そこじゃない。もっと踏み込まないと当たらないって。

 違うよ、そこは盾で受け止めるんじゃなくってかわした方がいいのに。

 ダメだって、そんなへっぴり腰じゃあ、ほらよけられた。

 見ていると、色々口出ししたくってもどかしくなる。ジェフおじさんが見たら素振り一万回だよ、これじゃあ。


 攻めあぐねているのでゴブリンにも余裕が生まれたようだ。

 三匹の中で一番ちびのゴブリンが剣をすり抜け、一番大柄な冒険者に飛び掛かる。あっという間に腰のあたりにのしかかると、さびた短剣を冒険者に目がけて振り下ろす。

 ああ、あぶない、やられちゃう。


 そう考えた時には、僕の手が石を拾って思い切り投げつけていた。びゅんという音とともにちびゴブリンの腕から短剣がこぼれ落ちる。

 ちびゴブリンが目をぱちくりさせている。その間に、仲間の冒険者がちびゴブリンを盾で殴り飛ばす。

 ふう、やられたかと思って冷や汗が出たよ。


 今ので戦いの流れが変わったようだ。ゴブリンたちは次第に追い詰められ、三匹とも討ち取られた。

「みんなケガはないか?」

「こっちは大丈夫だ、お前は」

「かすり傷だよ。問題ない」

 冒険者たちはお互いの無事を確認し合っている。

 いいなあ、ああいうの。


 僕も誰かと一緒に旅をすることになったらああいう風にお互いを気遣ってみたい。

「それにしてもゴブリンが剣を落としてくれて助かったよ。運が良かったんだな」

「いや、今のは誰かが石を投げてくれたみたいな気が……。ほら、ここに石が」

「でも誰が投げたんだ? 誰もいないじゃないか?」


 石のとんできた方角、つまり僕の方を見ながら冒険者たちが首をかしげている。

 おっといけない。僕も早く行かないと。

「みんながんばってね」

 聞こえるはずがない声を残して僕はその場を後にした。


 しばらく一階を探索していると、ちょっとした庭くらいの広間に出た。部屋の奥に地下へ続く階段がある。その手前には牛より大きなトカゲが丸まって寝ている。


 『迷宮(メイズ)』の各階には階段の手前に、必ずと言っていいほど魔物がいる。その階に出て来る魔物より強さが一段上だそうだ。『番人』と呼ばれているらしい。『番人』は倒しても半日もしないうちに復活して同じ場所に現れるそうだ。どの魔物が『番人』なのかは『迷宮(メイズ)』によって変わるらしい。この迷宮の地下一階の『番人』はオオトカゲか。


 オオトカゲはまだら模様のぬめぬめした皮膚をしている。つるつる滑って剣も通じなさそうだ。倒すのは厄介だろう。

 ま、関係ないけどね。

 僕はオオトカゲの横を通り、地下二階への階段を下りる。


 その後も順調に『迷宮(メイズ)』の奥へと進んでいく。下りるごとに現れる魔物もゴブリンやコボルトみたいなありふれた魔物からオーク、ゾンビ、オーガ、ゴーレム、キャタピラー、ハーピー、レイス、オルトロス、レッサーデーモン、レッサードラゴンとだんだん強くなっていく。僕の知らない魔物もたくさんいる。


 それもただ現れるだけじゃなくって、部屋いっぱいのゾンビとか、狭い部屋の中を飛び交う巨大バチの大群とかもいて、なんともいやらしい。普通ならこいつらを全部相手にしなくては先へ行けないのかと思うとぞっとする。


 でも僕はそんなことお構いなしに地下へと降りていく。だってみんな僕に気付かないんだからね。

 途中でほかの冒険者も何度か見かけた。やっぱり奥にいる人ほど強そうだ。持っている武器も鎧も使い込まれていたり、丈夫そうなものばかりだ。みんな自分たちの実力で、誰にも頼らず危険な迷宮に挑んでいるんだ。僕もいつかはああなりたいなあ。


 地下十八階に降りた。ちょうど半分くらいまで来たので、魔物のいない部屋を見つけて一休みすることにした。

 ずっと薄暗いところを歩き回っているせいか、時間の感覚がおかしくなっている気がする。今が昼か夜かもよくわからない。そのせいか自分で思っていたより歩き続けていたのかもしれない。ちょっと体がだるい。背を伸ばして体をほぐす。


 壁際に座るとカバンから手鍋と火打石を取り出す。薪は上の階で見かけた『人面樹(トレント)』の枝だ。

 水気もなくて枯れててよく燃えそうだったから、倒して回収しておいたのだ。

 手鍋に水を入れて火打石で火をおこす。案の定、枝はよく燃えた。湯が沸くのを待ちながら干し肉をかじる。干し肉を食べきったところで、お湯が沸いたのでたんぽぽコーヒーを淹れると、匂いを嗅ぎながら一口付ける。焦げっぽい苦みが口の中に広がる。


「うーん、おいしい」

 やっぱりたんぽぽコーヒーは最高だな。このおいしさを世間の人ももっと知ってくれればいいのになあ。

 旅をしながらたんぽぽコーヒーの素晴らしさを世間に広めるというのも悪くないかも。


 飲み終えて後片付けをしていると、足音が聞こえた。誰かが来る。

 あわててカバンに手鍋やコップをしまい、身構えていると話し声が聞こえた。


 部屋の中に入ってきたのはトレヴァーさんだった。後ろにはケネスと三人の男たちがいる。みんな冒険者ギルドで見かけた人ばかりだ。へえ、もう十八階まで来たのか。僕と違って魔物と戦いながらだから、その苦労は大変なものだろう。いや、慣れている分、最短ルートを知っているのかも。


「ん? なんかこげくさくねえか?」

 イネスが鼻をひくつかせながら部屋中を見回す。

 あ、きっとたんぽぽコーヒーの匂いだ。


「そうか、俺は何も感じないが」

「なーんか、コーヒーみたいなお茶みたいな、ヘンな匂いすんだよなあ」

 このかぐわしい匂いがわからないなんて、ふん、かわいそうな奴だよ! 後で飲ませてくれって言ったって遅いんだからな。


 トレヴァーさんたちもこの部屋で休憩するらしく、部屋の真ん中で腰を下ろし始めた。

 干した果実をかじりながらみんなさっきの魔物が強かったとか、戦いの反省とか色々しゃべっている。

 ジャマしないように部屋を出ようとした時、ケネスがぽつりとつぶやいた。

「イアンのやつ、このままだと売られちまうんだよな」

 ん?

「何とかなんねえのかよ、くそ、あの因業オヤジめ!」

 くやしそうに干し肉をかじる。


 トレヴァーさんが苦笑する。

「だったらカレンをもう少しいたわってやればよかったんだ」

「あーあ、俺そういうのダメなんだよ。思ってもないなぐさめなんて言う気にもなれない」

 照れくさそうに手を振る。


「そんなことじゃあカレンに振り向いてもらうのは当分先のことだな」

「うるせえよ」とケネスは顔をそむける。

 え、もしかして、カレンのこと好きなの?

 本によると、男の子というのは好きな子にいじわるするものだと聞いたことがあるけど、まさかそれなの?


 まったく子供だなあ。好きなら好きだって言えばいいんだ。カレンだって振り向いてくれるかもしれないのになあ。

 まあね、誰が誰を好きでも関係ないよ。ケネスがいくらやる気になったって遅いってもんさ。

 ブラックドラゴンの牙を持ってくるのは僕なんだから。

 あれ? なんだか胃の辺りがむかむかしてきた。

 おかしいな。干し肉は昨日買ったばかりのはずなんだけど。


「あいつらの家見ればわかるだろ。ブラックドラゴンの牙なんてあったら今頃、白槍通りに家建ててるぜ、なあ?」

「そうとは限らないぞ」

 ケネスは否定されるとは思ってなかったらしく、トレヴァーさんの言葉に目を丸くする。

 トレヴァーさんはここだけの話だけど、と前置きすると神妙な顔つきで言った。


「エイブラムさんはブラックドラゴンの牙を手に入れていたかもしれないんだ」

 エイブラムさんって、確かカレンのお父さんのことだよね。

「本当かよ?」

 ケネスのびっくりした様子が面白かったのか、微笑しながらトレヴァーさんが語り始めた。


「あれは三年近く前かな。エイブラムさんが、ザカリアス山の辺りを旅していた時にな。大雨に降られて、山の中腹辺りに洞窟を見つけて避難したんだ。洞窟の入り口近くで休んでいると、光るものを見つけたんだ。何だろうと思って奥に進むと、そこには大きな空洞になっていてな。その真ん中にいたんだよ。骨になったドラゴンがな」


 ドラゴン、とみんなが色めき立つ。

「ドラゴンの死体か。理由はなんだろうな」

「さあな。病気か、事故か、同族同士の戦いに敗れたか、とにかくドラゴンの骨が一頭丸ごと分あったそうだ。肉はほとんどなくなっていたが、かろうじて皮が少しだけ残っていてな。それでブラックドラゴンだとわかったらしい」


 牙といっしょで、骨も高く売れるそうだから、エイブラムさんには宝の山に見えただろう。

「もちろん、エイブラムさんは場所を確かめて後で取りに来ようと思っていた。ところが間の悪いことに雨は大嵐になってな。今にも土砂崩れで洞窟ごと生き埋めになりそうなありさまだ。仕方なしにエイブラムさんは一番大きな牙を一本だけ取って山を下りることにした。確か、このくらいだったかな」


 トレヴァーさんが身振り手振りで牙の大きさを説明する。だいたい人間の子供くらいかな。

「何とかドラゴンのあごから牙を外し、外へ出る。間一髪、洞窟を出てしばらくすると土砂崩れは洞窟をふさいでしまった」


 よかったあ、生き埋めになったらどうしようかと思った。

「骨は惜しいことをしたが、牙だけでもひと財産には違いない。急いで町に戻ろうとした。ところがだ、もう少しで町、というところで盗賊が近づいてるのが見えた。逃げようにもあいにく狭い山道で隠れる場所はない。引き返そうにも元来た道は土砂崩れで埋まってしまっている。逃げ道なしだ。で、とうとう盗賊とご対面だ」


 話を聞いていた冒険者たちが身を乗り出す。

「あいつらの言うことは百年経っても変わりはしない。『身ぐるみおいていきな。そうすれば命だけは助けてやるぜ』ってな。盗賊はざっと十人はいる。一人ではとうてい勝ち目はない」

「で、どうしたんだんだよ、早く言えよ」ケネスが急かす。

 そうだよ、早く言ってよ。気になるじゃないか。


「命は大事だからな。無謀な戦いはしないに限る。エイブラムさんは剣も財布も鎧も盾も全て取られちまった。おまけに髪の毛から靴底まで体中あちこち調べられて、上着もズボンまで取られてかろうじて残ったのは雨よけのマント一枚だけ。盗賊どもは裸同然のエイブラムさんをあざわらった」

 くやしいなあ。僕がいたらそんな奴らみんなやっつけてやるのに。


「それでも約束だけは守る奴らだったらしい。エイブラムさんは命からがら町まで戻ってきた。俺は直接見た訳じゃあないが、この辺りはペラムも言っていたし、エイブラムさんも認めていたことだ」

「なんだよ、それじゃあ持ってたのは、ほんの一時じゃねえか。それでどうしてカレンたちが持っていることになるんだよ」


 ケネスがもっともな疑問を口にする。

 確かにエイブラムさんはブラックドラゴンの牙を手に入れたかもしれない。けど、その直後に盗賊におそわれ、荷物を全て奪われてしまった。

 それじゃあ、カレンたちに残しようがない。


「町に戻ってきてしばらくしてからうわさが立ったんだ。エイブラムさんはどこかに牙を隠しておいて、盗賊の目をごまかしたんじゃないかって」

 なるほど。盗賊が去ってから改めて取りに来るつもりだったんだな。


「ところが、盗賊におそわれた辺りは切り立ったガケの一本道だ。隠す場所なんてありはしない」

「土砂の中っていうのはどうだ?」

「いつまた崩れるかもしれないのにか? 下手すれば土砂ごとガケの下だ」

「ガケにロープか何かで釣っておいたとか」


「雨も降っているのを忘れたか? 牙に雨が当たれば音でばれる。それに、カバンは洞窟から逃げる時に置いてきたそうだ」

「それじゃあ、どうやって……あ、マントの中は?」

「盗賊もマントは念入りに調べたそうだ。布地の中に隠していたらすぐに見つかっただろうな」

 逃げるところも隠すところもない。唯一の持ち物だったマントもダメ。それじゃあ運びようがない。


「わかった、食べた」

「いい加減にしろ」

 トレヴァーさんがケネスの頭を小突いた。


「ついでに言っておくと、盗賊と出くわしたのは事実だ。その後、盗賊どもは騎士団につぶされたんだが、捕まった盗賊の一人がエイブラムさんらしき人から身ぐるみはいだと証言もしている。けどな」

 と、トレヴァーさんは前に乗りだし、にやりと笑った。

「その盗賊が言うには、『その男はドラゴンの牙なんて持ってなかった』というんだ」

「待てよ、それじゃあ、つまり……どういうことだ?」

 ケネスが首をひねる。頭がこんがらがっているようだ。


 エイブラムさんは盗賊に荷物を盗まれたと言った。ところが盗賊たちはドラゴンの牙なんて盗んでいないと言っている。考えられるとしたらブラックドラゴンの牙を見つけたという話自体がウソ、あるいは盗賊たちが罪を軽くするためにウソをついたか、だけど……。


 もし、どちらもウソをついていないとしたら、エイブラムさんは盗賊の目をごまかし、ブラックドラゴンの牙を手に入れたことになる。

「そんな話だから疑り深いのがいてな。エイブラムさんが独り占めするつもりで、盗まれたふりをして隠しておいたんじゃないかって。中にはムリヤリ奪い取ろうとひそかに付け狙っている奴もいたって話だ。だから、牙のことはイアンやカレンにも秘密にしていたらしい」


 だからウワサが静まるのを待っていたんだろう。ほとぼりが冷めた頃にお金に変えようとした。

 ところが、エイブラムさんは二年半前に命を落としてしまった。

 イアンやカレンにも隠し場所を秘密にしたまま。


「なるほど、ペラムあたりなら放っておかねえだろうな。そりゃあ隠しもするか」

 ケネスがしきりにうなずく。

 そんなことをするような人には見えなかった(・・・・・・)けどなあ。

「結局、エイブラムさんが牙を手に入れたのかそうでないのか、もし持っているならどこに隠したのか、全部謎のままってわけだ」


 うーん、どうなっているんだろう。気になるけど、ちょっとわからないや。

「そんなあやふやな話を信じて、ヘイルウッドは牙を欲しがっているって訳か、へっ、マヌケな話だぜ」

「もしかしたら、ウワサが真実だという証拠を持っているのかもしれないな。それが何なのかまではわからんがな」

「その話、カレンは知っているのか?」


「後悔しているよ」トレヴァーさんは額に手を当ててうなだれた。

「あの子がまさか自分の家を壊しだすとは思わなかった」

 カレンの奇行の原因はトレヴァーさんか。


「けど、ブラックドラゴンの牙なんて何に使うつもりだ? あんなもの買おうなんて金持ちがこの町にいたっけ?」

ツノボネ(・・・・)でも作るつもりなんじゃないか?」

 トレヴァーさんがいたずらっぽく笑う。


「まさか」

「いーや、わからないぞ。昔のことでここのギルマスを恨んでいるって話だったからな。そのうち一緒にギルドをぶっ壊すつもりかもしれんな」

「あのおっさんにそんな度胸ねえよ」

 ははは、とみんなが笑い出す。


 ツノボネってなんのことだろう? 牙なのにツノ?

 もう少し聞いてみたかったけど、話題はそのまま冒険の話題に移った。

 少し待ったけれど、戻りそうもなかったので僕は休憩を終えて部屋を出た。

お読みいただきありがとうございました。

ブックマーク、評価よろしくお願いいたします。

次回は2016/07/20 午前0時の予定です。

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