迷宮と竜の牙 その5
今回は短めです。
カレンの家を出た後、聞きたいことがあったので僕はギルドに戻ってきた。
「あの……」
さっきの登録係の職員のおじさんに話しかける。一番ヒマそうにしていたから少しばかり長話になっても問題ないだろう。
「ここの『迷宮』についてお聞きしたいのですが」
「まさか、お前『迷宮』に入るつもりか? バカ、止めろ!」
おじさんが顔色を変えて詰め寄ってくる。
「いえいえ、まさか、行きませんよ」
今日はね。
「ただ、さっきの人たちがその話をしていたようなので、どんなものか気になりまして」
「そういや、お前さん。カレンの後に出て行ったな。まさか、お前さん。カレンに気があるのか?」
心臓がどきりと鳴る。
「いやいや、そんなことはないですよ、ええ本当に。何を言っているんですか? 僕はこの町に来たばかりで、あの子ともついさっき会ったばかりなんですよ。そんな好きだとかかわいいとかお嫁さんににするならこんな子がいいんだろうなあとか。全く考えてはいませんよ、ええ」
全く何を言い出すんだろうな。
僕の完璧な弁解にもかかわらず、おじさんはにやにや笑っている。失敬だなあ、もう。
「まあ、カレンはいい子だからな。ウチに出入りしている奴にも何人か、気になっている奴もいる。本人は相手にしていないようだけどな」
ほかにもカレンのことが好きな人がいるらしい。そりゃそうだ。あんなかわいい子ならいたっておかしくない。とても自然なことだ。全然不思議なことはない、うん。だから僕が妙に落ち着かないのはただの気の迷いだ。
「そんなことまでご存知なんですね。おじさんはここ長いんですか?」
話題を変えるために僕から質問してみた。
「そりゃあ、な」おじさんはけだるそうに言った「あの子がおむつ付けている頃から知っているよ」
「え、そんな頃から冒険者をやっているんですか?」
冒険者になれるのは十五歳になってからのはずだけど。
「そんなわけないだろう」
おじさんは喉を鳴らして笑った。
「あいつのおやじもここのギルドの冒険者だったからな。後ろについて、イアンと二人でよくここにも出入りしていたよ」
小っちゃい頃のカレンもかわいかっただろうなあ。
「二年前エイブラムが死んでからイアンが冒険者になって妹を養ってたんだ。それから十五になってからカレンもここの冒険者になった」
カレンのお父さんはエイブラムっていうのか。
「イアンってどんな人なんですか?」
「まじめな奴だな。仕事も丁寧だし、冒険のメモとか付けている」
「ああ、それは僕も知っています」
確かにあれはよくできていた。
「クズ鉄拾いの拾った場所と数だの、おつかいのルートや薬草摘みの分布地だの、よくあれだけ細かく付けられるものだと感心するよ」
「ですよねえ」
僕はうなずいた。
「だからこそ、冒険者に向いてなかったのかもしれないな」
「どういうことです?」
「冒険者といってもたいていはこずるくて、せこくて癖の強い食い詰め者だ。言ってみれば、職人にも商人にも農民にも衛兵にもなれないから冒険者になるんだ。人をだましたり出し抜いてやろうとする奴も多い。まじめな奴は食い物にされちまう」
なんとなく言いたいことはわかる。冒険者はきれいごとだけじゃないってことだ。いい人もいれば悪い人もいる。自分の身を守れなければ冒険者はやっていけない。それには腕っぷしだけじゃなく、知恵も知識もいる。だまそうとする人もいるだろう。田舎者の僕なんていいカモだ。
「だまされるやつがマヌケだって世界だ。箱の仕掛けも見抜けない方が悪いってもんだ。はめられたイアンは災難だったが、せめてカレンは今のうちに手を引いて……」
「でも、だます方が悪いに決まってますよ」
厳しい世界だというのと、だますのが悪いことだというのは別の話だ。だますことが正しくなるわけじゃない。
「そうかもしれないがな……」
「それより、『迷宮』の話を聞かせてもらえませんか」
今はそんな話をしに来たわけじゃあない。
「ここの『迷宮』ってどれくらいあるんですか?」
『迷宮』は普通の洞窟とは違う。『星獣』が栄養を吸い取った分だけ、成長するのだ。成長した 『迷宮』はさらに地底の奥深くまで根を張り、階層を増やしていく。大きい『迷宮』になれば百階を超えるところもあるらしい。
「今は、三十五階だな。今まで一番奥に行った奴で二十六階だな」
思っていたよりはっきりした答えが返ってきた。
「どうしてそこまでわかるんですか? もう最下層まで行った人がいるんですか?」
「紋様だよ」おじさんは紙を取り出すと絵に書いて説明してくれる。
「『迷宮』には入り口すぐの壁に紋様が浮かんでてな。迷宮が成長すると、その紋様も大きくなる。それで階層も今、どのくらいかわかるってわけだ」
なるほど、年輪みたいなものか。
それからおじさんは『迷宮』に入るための心得とか、必要な装備とか、今わかっている様子とか詳しく教えてくれた。
「一番下の階には『迷宮』の『化身』と呼ばれる魔物がいる。紋様の形でどういう魔物かある程度わかる。で、ここの『迷宮』にいるのが」
「ブラックドラゴン、というわけですね」
「そういうこった」とおじさんがしきりにうなずく。
もしかして、このおじさんも元は冒険者だったのかな。手のひらとか剣のたこもあるし。
「ドラゴンですからやっぱり大きいんでしょうね」
「多分、このギルドよりでかいだろうな」
「火なんかも吐いたり……」
「鉄だって溶かしてしまうって話だ」
「剣もきかなくて……」
「鱗はそこいらの魔法も剣も通じねえときてる」
「爪や牙もうんと鋭い……」
「尻尾を忘れているぞ。あれになぎ払われたら木でも家でも吹き飛ばされちまう」
身振り手振りを交えてドラゴンの恐ろしさを説明してくれる。もしかしたら、ドラゴンと戦った経験があるのかもしれない。
「すごいですねえ」
想像以上に強いみたいだ。そりゃあ、ジェフおじさんたちも苦労するわけだ。
「おまけに魔法も使うし、何百年と生きていて、人間より知恵もある。あれはもう魔物なんてくくりじゃない。地震や竜巻と一緒さ。『災害』なんだよ」
災害か。それゃあ厄介だ。
『贈り物』で気づかれなくなっても不死身になるわけじゃない。炎で焼かれたり、踏んづけられたらそれでおしまいだ。
「『迷宮』が見つかって、十年。攻略できた奴は一人もいない。五つ星の冒険者もいどんだが、ムリだった。わかっただろ? 冒険者ってのは危険な仕事なんだ。一度頭を冷やして、自分に出来るところから始めることだ。長生きしたけりゃあな」
僕が黙ったのを見て、怖がっていると思ったのだろう。おじさんはほっとしていた。無謀な若者を説得できたことに安心しているらしい。
ふむ。
僕はあごに手を当て、おじさんから聞いた話を頭の中で整理整頓する。そして、結論が出た。
これならなんとかなるかもしれないな。
おじさんに礼を言ってからギルドを出る。
それから雑貨屋に行って、ロープや革袋、食糧を買った後で、今日の宿を探しに目抜き通りへ向かう。手頃な宿を見つけ、早めにベッドで横になった。
明日はいよいよ『迷宮』だ。
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次回は7月16日午前0時の予定です。