迷宮と竜の牙 その2
本日、二回目の更新です。
偉い人の本によると、この世界は水晶玉のような球の形をしているそうだ。世界の外には『混沌の海』という、真っ暗な海が広がっていて、僕たちの世界はその海の上をぷかぷか漂っているらしい。
『混沌の海』には球の形をした世界がいくつもあって、そこには僕たちの世界とは違う生き物が住んでいるという。けれど、『混沌の海』の中にはとんでもない魔物が泳いでいる。
偉い人はそいつのことを『星獣』と名付けた。
『星獣』はこの世の理とは違う法則で生きている。
『混沌の海』を漂い、ときおり世界の『球』に食らいついて、養分を吸い取ってしまう。
食らいつかれた世界はだんだんと力を失い、ついには草木も生えない、死の砂漠になってしまう。
倒そうにも『星獣』は、世界の『外』にいるため手も出せない。
ならばどうすればいいか。答えは簡単。外から手を出せないのなら中から倒せばいい。
『星獣』は養分を吸い取るうちにその土地と一体となり、この世界に実体化する。体を持った『星獣』は大地に口を開け、体の中に魔物を生み出しはじめる。
その体は決して壊れぬ土で出来ていて、中には細かったり太かったり、広かったり狭かったり、たくさんの空洞が伸びてやがて地上まで届く。
それが『迷宮』だ。
『迷宮』は体の奥に『核』を作り、養分をそこに溜め込む。核は『迷宮』の力の源であり心臓でもある。
『迷宮』を倒すには入り口から体の中に入り、一番奥にあるという『迷宮核』を砕くか、取り除くかすればいい。
逆に言えばそれ以外に倒す方法はない、らしい。
昔の学者とか賢者が何年もかけて調べたのだそうだ。
世界の外のことなんてどうやって調べたのか全然わからないけれど、それができるから偉い人になれたんだろう。
『迷宮』を倒したものは国から『攻略者』の称号が与えられ、英雄としてたたえられる。そうなれば地位も名誉もお金も思いのまま、だそうだ。
『攻略者』の名誉が欲しいのか、純粋に危険な『迷宮』を取り除いてしまいたいのか、理由は色々だろうけれど、この町のはずれにある『迷宮』には毎日たくさんの冒険者が入っていく、と聞いている。
僕も冒険者になったのだから一度は『迷宮』に入ってみたいものだ。
けど一人では難しいかも。
『贈り物』を使えば、入るだけなら出来そうだけど。
冒険者といえば、たいていは仲間とともに冒険をする。一緒に冒険をする仲間同士のことをパーティと呼ぶ。冒険者は、頼れる仲間とパーティを組んで、困難な冒険に挑むのだ。
僕もそのうち誰かとパーティを組んでみたい。
できればかわいい女の子がいいなあ。
そして冒険を続けるうちにその女の子と……ふへへっ。
「まだ、そんなバカな考えを捨ててなかったのか」
たしなめるような野太い声がした。もしかして、心を読まれた? どきどきしながら辺りを見回すと、さっき戻ってきた男の人たちと、胴鎧を着けた女の子が掲示板の前で向かい合っていた。
歳の頃は僕と同じか少し上くらいだろう。可愛らしい顔立ちに不釣り合いの肩当て付きの胴鎧、肩まで切りそろえたこげ茶色の髪、細い眉に丸っこくて黒い瞳を不安そうに濡らしている。白い手袋を着けた両腕には、ぬいぐるみでもだっこするみたいに手槍を抱えている。丸い腰には丸い麻袋、肩にはギルドの組合証を付けている。僕と同じ『星なし』だ。
「何度も言っているだろう、カレン。お前さんを連れてはいけない。足手まといに気を配れるほど甘い相手じゃない」
「わかっています、トレヴァーさん。けど……」
「今のペースでいけば、辿り着くのは最低でも一年後だ。それをあと二日で行けっていうのか? お前一人のために、そんなムチャをさせるつもりも、するつもりもない」
「けれど兄さんが……。今日でもう五日もあんなところに……」
「事情はわかるがこればっかりはどうしょうもない。あきらめろ。少なくとも俺たちは、お前の頼みは聞いてやれない」
どうやらあのカレンって子があの人たちとパーティを組みたいけど、断られたみたいだ。
確かにあの人たちは強そうだ。特にトレヴァーさんって人は、均整の取れた体つきで僕より頭一つ分は大きい。短い赤毛に日焼けした肌、まばらに生えた無精ひげ。二十二、三ってところだけれど、歳以上の貫録というものを感じる。装備だって銀色をした鋼の鎧に手甲脚絆、背中には丸い盾を背負っているけれど、よく見れば細かな傷もあるし、縁もちょこっと欠けている。多くの戦いを経験しているのは明らかだ。
けど、カレンは鎧も槍もきれいだし、戦いに慣れている感じじゃあない。
護衛の対象としてならともかく、一緒に戦うのは難しいだろう。
いつの間にか、ギルドの中が静まり返っている。ギルドの職員さんも手を止め、カレンたちの会話を聞いている。
「それよりもっと現実的な方法を考えろ。向こうには交渉してみたのか?」
「それが……いつもの一点張りで……」
カレンは悲しそうに首を振る。
「とにかく支払いを待ってもらうよう頼んでみろ。あとは分割払いって手もある」
「何十年かかることやら」
「お前は黙っていろ」
トレヴァーさんの隣にいた男の人が皮肉っぽく言うと、トレヴァーさんがそのおなかをひじで小突いた。
「けどよ、リーダー。どう考えても詰みだろ、これは」
小突かれた男が納得できない、と言いたそうに前に出て来る。長い黒髪をうなじの辺りで縛った若者だ。二十歳くらいだろう。トレヴァーさんと比べたら鎧も軽装だけれど、その分動きは速そうだ。
「金はない、モノが手に入る当てはない。力ずくで取り返すのは論外。どうしろっていうんだよ。そもそもこいつは、お前らの問題だ。俺たちには何のかかわりもないことだ。だろ?」
「……はい」
「このままじゃあ、お前まで身売りする羽目になる。あきらめるんだな。まあ、その、あれだ。生きていればそのうち会えるさ。いい人に買われれば、まだ望みはある。何年かかるはわからないけどさ」
カレンはとうとう泣き出してしまった。ぽろぽろ涙をこぼしながら、それでも声だけは上げないように歯を食いしばってこらえている。女の子を泣かせるなんて、ひどいことを言うなあ。
なんだかかわいそうだ。
声を掛けようと思ったけれど、その前にカレンはギルドの外へ飛び出していった。
カレンがいなくなると、ギルドの中もにぎわいを取り戻し始めた。
「ケネス、言い過ぎだぞ」
トレヴァーさんがひどいことを言った男をたしなめる。
「現実ってもんを見せただけさ。俺が言わなくっても遅かれ早かれカレンは思い知らされる羽目になってたんだ。だろ?」
ケネスはお手上げ、とばかりに手を上げてみせる。
「ブラックドラゴンの牙なんてとれるわけねえだろうが」
ふむ、僕はさっきまでの会話でわかったことを頭の中で整理する。
カレンのお兄さんは五日前に誰かに捕まって、どこかに売り飛ばされようとしている。理由は多分、借金か何かだろう。お兄さんを捕まえている相手は、カレンにこんなことを言ったに違いない。「お前の兄を助けてほしければ、ブラックドラゴンの牙でも持ってこい」と。
ドラゴンといえば巨大な体と鱗をもった、魔物の中でも一番強いといわれている種族だ。その中でもブラックドラゴンの強さは飛びぬけているらしい。昔読んだ本によると、大昔に数千の兵が討伐に向かったものの、半日もしないうちに全滅させられた。
ドラゴンの牙や鱗には強い魔力を秘めていて、加工すれば強い武器や鎧になるし、魔法の道具にも使われる。当然、手に入れるのはものすごく難しいからその分、高値で取引されているそうだ。いくらするのかは知らないけど、きっと金貨を何枚も用意しなくてはならないのだろう。
お兄さんを助けるには、ブラックドラゴンの牙と交換しなくてはならない。けれど、一人で倒すのはムリなので、トレヴァーさんたちに手伝ってもらおうとしたけど断られた。そんなところかな。
あの様子からして前から何回も頼みに行っていたのだろう。一年はかかる、というトレヴァーさんの言葉から少なくともブラックドラゴンは、みんなが知っているところにいる。多分、『迷宮』だ。
つまり、お兄さんを助けるためにはブラックドラゴンの牙が必要で、手に入れるには大金を積むか、『迷宮』に入ってブラックドラゴンを倒すしかない。しかもあと二日でだ。
カレンにお金があるようには見えなかったし、ブラックドラゴンを倒せるようにはもっと見えなかった。残された時間は少ないし、助けてくれる人もいない。せいぜい、なぐさめを言う程度だ。
確かに状況はとても厳しい。現実を見ろ、という言葉も間違ってはいないと思う。
けれど、自分で言うのもなんだけど僕はちょいと変わり者だ。
変わり者なんだから、少し見かけただけの女の子を心配して追いかけるくらいは不思議じゃあない、かな。
僕はギルドの外へ出た。
お読みいただきありがとうございました。
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次回は7月6日(水)の午前0時の予定です