迷宮と竜の牙 その1
今回より第二話が始まります。
今日は二回連続更新です。
第二話 迷宮と竜の牙
その建物はダドフィールドの町の南側、正門のすぐそばの通りにあった。
石造りの二階建ての建物だ。長年、風雨にさらされたのか、全体的にうす汚れているし、ひびが入ったり欠けているところもある。けれど、それがかえって古城のようないかめしさをかもし出している。
建物の前には、門代わりの石のアーチがそびえたっている。アーチの向こうには剣や盾を持ち、皮や鉄の鎧を付けている人たちが談笑していた。いかにも剣士や傭兵って感じだ。剣の柄に巻かれた布や、マントの裾が擦り切れている。使い込まれているのがよくわかる。
その横を大きなイノシシを担いだ戦士や、小間使いらしき子供が通り過ぎていく。
アーチの上には剣と杖の意匠がほどこされた看板が垂れ下がっている。
冒険者ギルドの看板だ。
世の中には冒険者という人たちがいる。魔物退治から危険な場所での薬草や鉱石の採取、町の人たちのお手伝いまで様々な仕事を請け負う人たちだ。
一言でいえば何でも屋なのだけれど、強い魔物を退治したり、未知の世界を旅をしたりして、優れた功績をあげた人もたくさんいる。そういう人たちは勇者とか英雄とも呼ばれている。
そして、冒険者に仕事の仲介をするのが冒険者ギルドだ。ギルドには平民や貴族をはじめ、様々な身分の人が様々な依頼を持ち込む。冒険者はギルドを通して依頼人から仕事を引き受けて、報酬を手にする。
ほかにも魔物の死体やその一部を買い取ったりもする。買い取られた爪や皮や牙は、好事家が家に飾って自慢したり、武器や防具、マジックアイテムなんかの素材にも使われる。中には金貨何百枚という大金を得られる依頼もあるそうだ。
仕事を紹介してもらうためにはギルドに入会しなくてはならない。ギルドに入れるのは十五歳、つまりオトナになってからだ。
僕は今から冒険者ギルドに入るつもりでいる。
旅を続けるにはお金がいる。お金を手に入れるには働いて稼ぐのが一番だ。冒険者ギルドは、国中あちこちの町にあって色々な仕事を紹介してくれるという。
ギルドに入って冒険者になり、働いて旅費を稼ぎながら旅を続ける。これは村を出る前から決めていたことだ。どうせなら大きな町で登録したいと思い、それまで村長さんからもらった路銀でやりくりしてきた。
本当はバートウイッスルの町で登録するつもりだったけれど、色々あって町には居づらくなったので、少し離れたこのダドフィールドで登録することにしたのだ。
ここでギルドに登録して、僕は冒険者になる。
まだ懐具合には余裕があるけれど、遊んでばかりもいられない。僕はもうオトナなのだから、自分の食い扶持は自分で働いて稼がないと。
「粉を引くものこそパンを得る資格がある」と昔のことわざにもある。
僕は意を決して、ぶあつい木の扉をくぐり、ギルドの中に入る。
中に入るとたくさんの話し声と、人いきれが僕を包み込んだ。
外で見た時は気づかなかったけど、間口に比べて奥行きが長い。十フート(約十六メートル)はあるだろう。
僕から見て、建物の右側は一面カウンターになっている。カウンターの向こう側では、胸にギルドの意匠を付けた人たちがせわしなく働いていた。
反対側の壁には何枚もの紙が貼ってあって、鎧やローブを着た人たちが、値踏みするような目でのぞき込んでいた。剣を腰に差している人、槍や弓矢を背負っている人、僕と同じくらいの歳の人もいれば、おじいちゃんみたいな人もいる。ひい、ふう……二十人はいるな。これがみんな冒険者なのか。まるで物語の世界に入ったみたいで、僕は感動すら覚えていた。
こうしてギルドの中に立っているだけで胸がどきどきする。
子供の頃、僕は絵本の中の冒険者にあこがれていた。悪魔を退治してお姫様を救ったり、邪悪なドラゴンを退治したり、宝島を見つけたり、魔物の大群をやっつけたりする物語を何度も母さんにせがんで読んでもらっていたっけ。
もちろん、僕はもう子供じゃない。そんなのは、ほんの一握りの英雄だけだって知っている。本当の冒険者はもっと地味で泥臭いものだろう。僕も勇者や英雄になんてなるつもりはない。まじめに働いてお金を稼げればそれで十分だ。
おっといけない。ぼーっと立っていたらジャマになってしまう。まずは登録だ。
カウンターを見回すと、一番手前にある端っこのところに「登録係」と書いた札が下がっているのが見えた。ちょっと小太りで髪の毛の薄いおじさんが座りながら爪をいじっている。胸には冒険者ギルドの紋章が付いた名札を付けているし、あの人もギルドの職員なのだろう。
僕が声を掛けると、おじさんは顔を上げた。僕をちらりと見てから眉をひそめる。
「冒険者登録は十五歳になってからだよ。ボウヤ」
「僕は十五歳ですよ。もうオトナです。冒険者になれる年齢です」
「本当に?」
疑り深い人だなあ。
「ひげもじゃでなければオトナではないとでも? なんなら、付けひげでもしましょうか?」
「魔物と戦うこともあるんだぞ」
年齢では説得できないと思ったのか、僕をおどかす作戦に切り替えたようだ。それとも僕がひよわなもやしっ子にでも見えるのかな?
「心配ありません。村では狩りもしていましたし、魔物を倒したこともあります」
アップルガース村の近くにはよく魔物が現れる。ゴブリンやスライム、巨大コウモリや大グモがときおり現れては畑を荒らしたり、果実を取っていく。そのたびに村のみんなは剣や槍や弓や魔法で倒しているし、数ヶ月に一度、村の周囲を回って魔物の巣を見つけては潰している。僕も十歳の頃から参加して、魔物を倒してきた。
「君、この辺の子じゃないだろう? だから気になってね。まあいいや、それじゃあこれに書いてくれる?」
差し出されたのは登録用の用紙だ。名前や生年月日、生まれた国と場所を書くところがある。僕はそれを順番に埋めていく。
「あの、特技というのは?」
「得意なものがあればこっちも仕事が回しやすくなるからね。剣が得意とか魔法が使えるとか、字がキレイとかなんでもいいんだ。なんでもいいからとにかく書いておく方がいいね」
特技と言われても、『贈り物』のことは話せないし、剣術だってジェフおじさんに手ほどきを受けたくらいだ。ほかの特技となるとちょっと思いつかないけれど……あ、そうだ。
「おにごっこと、かくれんぼが得意です」
「ま、まあいいけど……」
おじさんがあきれ顔をする。ふむ、ちょいとしくじったようだ。おしくらまんじゅうの方がよかったかな。
まあいいや。特技のところに「おにごっことかくれんぼ」と書いておく。得意なのは事実だからね。
全部書き終えたので用紙をめくるとギルドの決まりが色々書いてあった。
ギルドの依頼はその難しさによってゼロから七つの星にランク分けされている。冒険者はある程度仕事をこなすと、功績に応じて星が与えられる。依頼と冒険者の星の数は連動していて、三ツ星の依頼なら、三ツ星以上の冒険者しか受けられない。当然、難しい仕事ほど、報酬も大きい。
仕事をこなして星をためれば、よりもうかる仕事を受けられるという仕組みだ。有名になれば、指名依頼といって「ぜひこの冒険者に」と依頼人の方から冒険者を指名することもあるらしい。
最初は星なしから始まり、最高で七つ星。だいたい三つ星もあれば一人前として認められるそうだ。
もちろん、やってはいけない決まりもある。他人の仕事を奪ったり、町の法を破ったりすると罰せられたりギルドを辞めさせられる。僕も気を付けよう。
とりあえず全部埋めることができたのでおじさんに手渡す。眠そうに用紙を見ていたおじさんが急に間の抜けた声を上げて、僕と用紙を交互に見た。
「アップルガースって……あのアップルガースか? 本当に?」
「ほかにそういう名前の村があるかはわかりませんが、僕の生まれは確かにアップルガースです。それがどうかしましたか?」
どうもおじさんの様子がおかしい。落ち着きがなくなって目が泳いでいる。僕がアップルガースの村出身だと気にしているみたいだけど。
別に変わったことなんて何もない山奥の村だ。アップルガースを出てからほかの村をいくつか見て回ったけど、着ているものも食べているものも住んでいるところもほとんど同じだった。
もしかして、田舎者だとバカにしているのかな。
「お前さん、何者だ?」
「冒険者登録に来ただけですけど」
田舎者は冒険者になれない、なんて言わないよね?
おじさんは少し迷っていたけれど、急にどうでもいいやって顔をした。
「まあ、いい。一応はあそこもこの国の領地だからな」
どうせ何かあったらあいつの責任だ、とざまあみろって顔でつぶやいた。
無責任だなあ、と思ったけれど登録してくれるらしいから僕はよろしくお願いします、と頭を下げた。
でもおじさんはどうして迷っていたんだろう。田舎者だから役に立たないと思われたんだろうか。
だとしたらしゃくにさわる話だ。見てろよ。僕がちょいとやるってところを見せてぎゃふんと言わせてやる。
おじさんはちょっと待ってろ、と足元から手のひらくらいの大きさをした金属製の板を取り出す。菱型の盾みたいな形をしていて、真ん中に冒険者ギルドの紋章が入っている。それからおじさんは後ろにいた人に板と用紙を手渡す。おじさんの後ろには鉄の板が貼ったテーブルがあって、真ん中あたりに紋章と同じ形をした穴が空いている。後ろの人はテーブルの穴に板を固定すると、ノミを持ち、板の下の方を彫っていく。
しばらくして、後ろの人からおじさんを経由しては僕に板を渡してくれた。下側には僕の名前が彫ってある。裏側には金具を通す穴が付いていて、僕の出身地や特技もちゃんと彫ってある。
「そいつが組合証だ。なくすなよ。ギルドにいる時は身につけるようにしてくれ」
ギルド員には組合証が渡される。これは身分証の代わりにもなる。身分証があれば、町の出入りにもお金を払ったり、余計な時間を取られずに済む。
手の中の鋼の重みが、夢物語だった冒険者が絵本の中から飛び出して現実になった証しのように思えた。
これで僕も冒険者の仲間入りだ。
ふへへ、とおなかの底から笑みがこみ上げる。
「騒ぎは起こすんじゃないぞ」
「もちろんですよ」
むっとしたけど、僕はオトナなので平気な顔をした。
「えーと、それで仕事はどうすれば受けられますか?」
「後ろの掲示板に依頼が貼ってあるから、適当に選んで組合証と一緒にあっちのカウンターに持ってきな」
おじさんの指さした方を振り向くと、壁に紙がたくさん貼っているのが見えた。左端の掲示板なんか、紙の上に更に紙を重ねて、こんもり盛り上がっている。まるで松ぼっくりみたいだ。
あれが全部冒険者への依頼なのか。
「最初は星なしだから選べるのは、一番端っこのところだけだ」
「わかりました。どうもありがとうごさいました」
お礼を言って、僕も掲示板の依頼を見ることにした。
ゴブリン退治や薬草採取、町の掃除やおつかい、店番、畑の警備、畑仕事、粉ひき、店の呼び込み、料理屋の下働き、馬の世話、ごみ拾い、くず鉄拾い、森番、墓守……。
知っているものや聞いたことのない仕事もあって、世間は広いものだと感心してしまう。
横にずれると、強い魔物退治したり、貴重な鉱石、隊商の護衛と、荒っぽいのや、難しそうなのが増えてくる。
前に立っている人も強そうな人ばかりだ。黒い鎧を着た人がいかめしい顔で依頼を値踏みしている。お金とか仕事の難しさを計算しているんだろう。
僕もいつかはあんな感じで依頼を受けるのかなあ。ふむ、今日はバジリスク退治か。まあ僕に掛かれば楽勝かな、なんて。
「おい、どけよ」
後ろから声を掛けられた。振り返ると、背の高い、傷だらけの胴鎧を着けた男の人が僕を不機嫌そうに見下ろしていた。
「用もねえのにぼーっと突っ立っているんじゃねえよ、チビ」
「すみません」
僕はあわててとびのく。
見るとその人の肩には二ツ星のついた組合証が付いている。なるほど、ああやってつけるのか。
「ここは二ツ星以上の来るところだ。新入りはあっちでドブさらいでも受けてろ、チビ」
偉そうだなあ。ちょっと見るくらいいいじゃないか。ちょっとむかっときたけど、僕は黙って従うことにする。
僕がギルドに入ったばかりなのも、この人より背が低いのは事実だからね。チビ呼ばわりも笑って受け流そう。僕はオトナなのだ。
そんなことを考えていると扉が開いて、鎧姿の人や宝石のついた杖を持った人たちがぞろぞろと入ってきた。
みんな泥や血で汚れていて、戦いの後だというのは明らかだった。腰や胸や肩に組合証を付けている。しかもこっちは三つ星だ。
彼らが近づくと、さっき僕をチビ呼ばわりした人がおっかなそうに道をゆずった。へん、弱虫め。
弱虫と入れ代わりに、黒い鎧を着た人が難しい顔をほころばせて、彼らに近付いていく。
「今日はどうだった?」
「十五階までは潜ったが、そこでアイアンゴーレムと出くわしてな。傷薬もなくなって、そこでとんずらだ」
「そうか。換金はすませたのか?」
「今、裏でゲイルの野郎が運んでいるところだ」
「あいつに任せてちょろまかしゃしねえか? 手癖が悪いからな」
「アンタの女癖よりかはまだマシだ」
笑い声が上がる。みんないい顔をしている。危険な場所から戻ってきたというほっとした感じと、一仕事やりとげたという達成感に満ちていた。
ダドフィールドはバートウイッスルほど大きな町ではない。広さも人の数も半分くらいだろう。けれど冒険者の数は決して負けていない。
なぜならダドフィールドの町はずれにはバートウイッスルにないものがある。
『迷宮』だ。
お読みいただきありがとうございました。
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