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王子様、あらわる その1

   第一話 王子様、あらわる


 目指すバートウイッスル伯爵のお城は、町はずれの丘の上にあった。

 人の背丈の倍はありそうな深い堀にぐるりと囲われている。その真ん中に建っている石造りの古びたお城がそうらしい。


 お城の両端と真ん中には、とんがった三本の塔が天に向かって伸びている。

 見上げていた時には立派だと思っていたお城も近付くとあちこちうす汚れていて、まるで羽根をたたんだコウモリみたいだ。


「おいボウズ、ここで何をしている」

 僕がお城を見上げていると、跳ね橋の側にある詰所らしきところから男の人が話しかけてきた。たぶん門番だろう。

 多分四十歳くらい。口ひげを生やし、細面の人だ。右手には手槍を持ち、鉄の胴鎧をつけている。


「いえ、僕はボウズではありません。僕は十五歳、もうオトナです」

 このエインズワース王国では十五歳からオトナとして扱われる。七日前になりたて(・・・・)とはいえ、僕はもうオトナなのだ。間違ってもらっては困る。


「そんなことはどうでもいい、何をしているのかと聞いているんだ。お前何者だ」

「僕はリオ、旅の者です。決して怪しいものではありません」

 そう言いながらマントを広げ、敵意のないことを示す。白いマントに茶色い革の手袋とブーツ、肩から下げたカバンと、手にはクリーム色の樹の杖。どこにでもいる旅人の格好だ。武器といえば腰に提げている小剣くらいで、これだって護身用だ。


 門番のおじさんは、僕をじろじろ見ていたが、口ひげに手を当て、何の用だともう一度尋ねてきた。

「実はですね、バートウイッスル伯爵にお渡ししたいものがありまして」

「旦那様に?」

 門番のおじさんの目が険しくなる。

「ええ、できれば伯爵様に直接お渡ししたいのですが……その、色々と事情もありまして……」

 ますますおじさんの目が険しくなる。

 どう説明すればいいのかな。ほかの人にはないしょの話なので、あまりおおっびらに話すわけにはいかない。

 悩んでいると、後ろから馬車の音が聞こえた。


 二台の大きな馬車が、連なってお城への道を上ってくるところだった。

 馬車の前後と左右には立派な鎧を付けた騎士がいる。全部で八人だ。みんな葦毛の馬に乗っている。

「旦那様が戻られた」

 門番のおじさんがぽつりとつぶやく。


 ということは、あの馬車に乗っているのがバートウイッスル伯爵か。前を行く馬車には剣をくわえた鷲の紋章が付いているし、間違いない。あれが伯爵の乗っている馬車だ。


「すみません!」

 僕はとっさに馬車の前に飛び出し、両手を広げる。灰色の髪をした御者の人が目を丸くして手綱を引っ張るのが見えた。

 馬のいななきが響く。馬の前脚が一瞬大きく上がり、白い馬の鼻先が僕の鼻先に触れるか触れないかのところで止まった。


「無礼者!」

 御者の人の怒鳴り声に首をすくめながら僕は馬車の横に回り込む。

「申し訳ありません、ぜひとも伯爵様にお渡ししたいものがありまして」

 すると馬車の窓から身なりの良い男の人が顔を出した。整えた焦茶色の髪、頬骨の突き出た細くて青い顔、目つきは刃物みたいに鋭い。


「えーと、伯爵様ですか」

 僕が話しかけると馬車の横にいた騎士が二人、伯爵をかばうように僕の前に出る。

 二人とも馬上から剣を抜き、僕の顔に付きつける。

 とがった剣の先っぽがぴかぴか光ってちょいとおっかない。けど、僕にも事情というものがある。引くわけにはいかない。


「すみません、どうしてもお話したいことがありまして。その……道をふさいでしまったことはあやまります。申し訳ございません」

 まったく、いきなり馬車の前に出るなんて僕はなんてうかつものだろう。

 馬がびっくりして暴れでもしたら、みんなに大ケガをさせるところだ。


「僕はリオ。えーと、以前このお城で働いていたアイラの息子です」

 伯爵の眉がぴくんと跳ね上がる。

「本日お伺いしたのはですね、これをどうしてもお渡ししたくて……」

 僕は顔を上げたままカバンに手を入れ、手探りでそれをつかみとる。


「これです」

 短剣が僕の手の中で輝く。黒塗りの鞘に金糸の編まれた赤い柄。僕は目利きなんてできないけれど、多分ひいき目なしに見ても値の張るシロモノだろう。

「見て下さい」

 僕が短剣を鞘から抜いたとたん、騎士たちの目つきが変わる。


「いえ、違うんです、そんなつもりじゃなくてですね」

 僕はあわてて申し開きをする。つくづく僕はうかつものだ。いきなり短剣を抜いたら殺し屋だと思われても無理はない。


「刃の根元のところを見てください」

 短剣を鞘に戻し、僕の右隣の騎士に手渡す。騎士は短剣を抜き、異常がないのを確認して伯爵に手渡す。

 伯爵の顔が一瞬、青ざめる。間違いなく見たはずだ。短剣の刃に彫られた龍と鳥の紋章を。

「それをですね、しかるべき方へと返していただきたいのです。その、僕には不要な物なので」


 伯爵が僕に向き直る。

「母親はどうした」

「死にました」

 くどくど理由を説明するとまた泣いてしまいそうなので簡単に説明する。


「母さんは僕に何も言いませんでしたし、僕も頼るつもりはありません。ただ、静かに暮らすことだけが僕の望みなんです」

 伯爵は何も言わず、僕をじっと見ている。

 本当にわかっているのかなあ。

 どうにも回りくどい話し方になってしまい、僕の言いたいことが伝わっているのかどうか不安になる。

 けど、周りに人もいる以上、はっきりとは言うわけにもいかない。


「えーと……」

 次の言葉を発しようとしたとたん、伯爵は僕の懐に短剣をぽんと投げてよこした。

「偽物だ」

 伯爵は小馬鹿にしたように言った。


「誰に吹きこまれたかは知らないが、二度と恥知らずな世迷い事を口にしないことだ。触れ回るようなら次はしばり首だ、わかったな」

 伯爵はそれだけ言って御者に馬車を出すように命令する。馬車はゆっくりと門の方へと動き出す。騎士たちも剣をおさめ、後に続いた。


 やがて門のしまる音がして、城の前に僕は取り残された。

「さっさと行け」

 門番のおじさんに追い立てられるように僕は丘を下った。



お読みいただき有り難うございました。


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