風呂場にて
「ああ、いい湯だ」
フエルテは風呂に入っていた。教会の中にある浴室で一度に七人は浸かれる広さである。
湯船に浸かり、今日一日の疲れを癒していた。
普段は教会の人間が使用しているが、今日は先にフエルテが一番風呂をいただいている形である。
フエルテはフエゴ教団本山に来るまで風呂を知らなかった。精々川で水浴びをする程度である。この村もフエゴ教団の教えで風呂に入ることを命じられた。村には銭湯があり、村人は週に一度通っている。
いや無理やり通わされているのだ。あと手洗いやうがいなども強要されている。
フエルテの体には耐温油というものが塗られている。一日に一度塗れば暑さと寒さを同時に凌げる代物だ。
フエルテの場合、パンツ一丁でないと都合が悪いのである。マッスル・スキルは筋肉を振動させることで衝撃波を生み出す力だ。洋服や防具を身に着けていると筋肉の持ち味を殺してしまうのである。
それ故にフエルテはパンツ一丁で生活する羽目になったのだ。そのために耐温油を毎日塗ることで病気を防いでいるのである。
「それにしても村の連中はまったく変わっていなかったな」
フエルテは村の様子を思い出しながら、肩まで湯に浸かった。
オルディナリオの指摘通り、いばりちらす者は大抵狩りが下手であった。
狩りの得意な人間は、はなからフエルテを無視した。掟を守っているだけである。
家族に病人が出たり、事故で死んだとしても不運で済ませた。弱いから死んで当然と思っているのだ。
狩りに失敗しても運が悪かったで済ませているのである。後悔をするより、明日の獲物を得ることに頭を切り替えるのだ。
だが自分をいじめたオソは違った。不幸なことはみんなフエルテのせいにした。生まれたばかりの子供が流行り病で死んだ時もフエルテのせいだと恐れていたのだ。
狩りがうまくいかないのも、同じである。狩りが下手な者もいて、腹を空かせる家族がいた。それもフエルテの責任にして悪態をつくのである。
かつてフエルテはオソの奥さんからこっそり毛皮を繕ってもらったことがある。
「うちの旦那は、図体は熊みたいにでかいくせに、心はアナグマの様にちっぽけな男だ。家族の前では大声で人の悪態をつく癖に、他所だと途端に小鳥のさえずりみたくなる。あんたを罵ることで自分が偉いと勘違いしているんだね。まったく毎日でかい声で吠えられるこちらの身をかんがえてほしい」
その後、他の奥さんたちも似たようなものだと教えてくれた。表面上では掟を守っているが、裏側だと平気で破ることが多いのだ。村の女たちはフエルテの味方が多かった。
掟に固執するのは家長か、長男ぐらいである。他の兄弟は金のかからない使用人の扱いだった。
だからこそ昼間、次男以下の者が付け上がっていたのだ。今までのウップンを晴らすために爆発したと言える。
(フエゴ教団は毎年法律を変えている。市民の不満を解消するためだ。だがこの村を初めとする閉鎖的な村は法律が変わることを恐れている。自分の地位が揺るぐことが嫌いだからだ)
変化が正しいとは限らない。フエルテの場合は平気だった。自分の存在に価値がないので、なるようになると思っていたからだ。
他の者だと生活が一変し、髪の毛が抜け、痩せこけて亡くなったものもいた。だが変化のおかげで生まれ変わったものもいる。
オルディナリオの言葉通り、愛だけでなく、この世に正解はないのだ。
そんなことをぼんやりと考えていたら、誰かが浴室に入ってきた。
それはアモルだった。髪の毛は後ろにまとめており、前はバスタオルで隠している。肩幅は少々広いが、腰回りはきゅっと締っていた。尻肉はふくよかで、足もすらっと長い。
「フエルテ。一緒に入っていいかな?」
「ああ、構わんよ。一緒に入ろう」
フエルテはアモルをちらっと見たが、入浴を促しただけである。アモルは頬を赤く染めながら、バスタオルを外し、湯船に入った。
アモルは胸を隠している。ふっくらと膨らんでいるが、世間でいえば貧乳と判断されるかもしれない。
「なんで前を隠すんだ」
フエルテが訊ねると、アモルは真っ赤になった。
「だって、恥ずかしいし……」
「恥ずかしがる必要はないだろう。俺たち二人しかいないんだからな」
「それはそうだけど……」
アモルは口まで湯船に浸かった。フエルテはそれを見てやれやれと首を振る。
「相変わらず、細い体だな。飯はちゃんと食べているはずだろう?」
「ちゃんと食べているはずだけど、ちっとも肉がつかないんだよ」
「お前の外見はシンセロ様に似ているからな。逆に腕力だけはフエルサ様譲りだ」
「正直、お母様のようにたくましい体つきになりたいのだけれど。体質だから難しいみたいだね」
「逆にアミスターは年々体つきが逞しくなっている。母親似だな」
そのようなやり取りをしていた。
だがフエルテはなんと無神経な男だろうか。美しいアモルに対し、肉がついていないだのどういう了見だろうか。
それとアモルもそうだ。アモルの母親、フエルサはゴリラの亜人だ。ゴリラのようにたくましくなりたいなど普通とは思えない。
「そうだフエルテ。背中を流してあげるね」
「ああ、頼む」
二人は湯船を出た。そしてアモルはフエルテの背中を流し始める。
アモルは手拭いで背中をこすっていた。まじかで見るとフエルテのバルクはすさまじかった。
肌は日に焼けており、まるで岩のようにごつごつしていた。アモルは背中をなでる。柔らかく温かい。生きた岩をなでているようだった。
それに全体のバランスもよい。筋肉の形がはっきりとわかり、筋繊維の筋が見えている。
アモルはフエルテの筋肉を見てうっとりとしている。思わずアモルは背中に寄りかかり、軽く口づけをした。さらに右手はフエルテのでん部をなでている。
「おい。気持ち悪いから離れろ。今度は俺が背中を流してやる」
フエルテが注意すると、アモルははっとなり、離れた。
「あ、ごめんなさい。よろしく頼むね」
アモルはフエルテの背中に湯を流すと、交代した。
フエルテはアモルの背中を洗う。アモルの体は一見華奢に見える。だが実際触れてみればかなり肉を鍛え上げているのがわかった。
肌は陶磁器のように透き通るほど綺麗だが、中身は芯が通っている。
万人が見れば、美しいと評価するだろう。
「いい筋肉だな。もう少し肉の量が増えればいいのだがね」
「やっぱり体質なのかもしれないね」
アモルはため息をついた。あまり嬉しそうな口調ではない。それにしてもフエルテの自制心はなんと強いのか。
丸裸のアモルを触れているのに、フエルテはまったく興奮していないのである。背中を均等に洗い、引き締まった尻だけでなく、胸のほうも無造作にごしごしこすっているのだ。
アモルは顔を赤くするだけで何も言わない。フエルテにされるがままであった。
時々喘ぎ声を出すだけである。甘い声色もフエルテを溶かすことはなかった。
フエルテはアモルの背中を湯で流した。綺麗になったアモルは後ろを振り返る。
その正面にはフエルテの逸物が目に入った。その瞬間アモルの眼は見開き、顔は青ざめる。
「う~ん」
アモルは白目を剥いて、気を失った。
それを見たフエルテはやれやれとアモルを抱きかかえる。
「まったく気の弱いことだ。俺より大きなものを見ていて慣れていると思ったがな」
呆れながらもアモルをお姫様だっこで抱きかかえた。前はバスタオルで覆っている。
「今日はゆっくり休むといい。明日はオンゴの村に旅立つのだからな」
フエルテはつぶやいた。
今日新たに現れたタング・ランサー。さらにそれを指揮するバンブークラスのレッド・クレスト。奴は明らかにアモルを狙っていた。
あんなビッグヘッドは見たことがない。実習ではスマイリーをよく相手にしていたし、バンブークラスのビッグヘッドもたまには見たことがある。
明確に相手を狙うビッグヘッドは初めてだった。言い知れぬ不安がこみ上げてくる。
だが考えても仕方がない。自分の役目はアモルを守ることだけだ。司祭の杖とは相手を生涯支える意味がある。剣と盾でないのは、非常時以外に出番がないからだ。
その杖は長い間手入れを受けてきた。そのための力をフエルテは授けられたのである。
「シンセロ様、フエルサ様。どうか俺を見守ってください。アモルを守るための力を与えてください……」
フエルテはそうつぶやくのだった。