一時の休息
「ああ、おいしい」
時刻はすでに夜で、周りはウワバミに飲み込まれたかのように暗くなっている。
家の窓から蛍のように淡い光を放っていた。その中では母親が温かい料理を作っているだろう。
村の教会にフエルテとアモルは泊まっていた。司祭のオルディナリオと共に食事をとっている。
テーブルの上には見習い信者が作った料理が所狭し並んでいる。
アカシカのソテーに、アナウサギのトマト煮。そしてヤギの骨付き肉とモツ、血を固めたものを煮込んだ料理。それと山盛りのパンや緑黄色野菜のサラダが置かれていた。
フエルテはそれらを黙々と食べる。普段は高タンパク、低カロリーの食事が中心だが、他所ではきちんと出されたものは食べることにしていた。
アモルはそれらの料理を食べており、先ほどの言葉が出たのである。
「はっはっは。それはよかった。あとで信者たちをホメてやってください」
オルディナリオもソテーを食べながら、上機嫌に赤ワインを飲んでいた。フエルテとアモルはブドウジュースを飲んでいる。
「……どれも狩りで獲れたものばかりだな。味付けはガキの頃と比べると格段にこちらが上だがね」
フエルテがつぶやいた。フエルテはこの村の出身なのだ。だがいい思い出はない。
彼は村の人間と、亜人の混血児なのだ。村人は混血児を異様なまでに嫌っている。
子供の頃から無視され、敵意を込められた視線を浴びて生きてきたのだ。その生活は想像を絶するだろう。
例えるなら村の中を荒らしまわるイノブタのようなものだ。暴れまわるだけならともかく、病原菌を持っている可能性もある。
村人にとってフエルテは害獣のような存在だった。殺されなかったのは祟りを恐れたからである。
迷信深い村人たちは、フエルテを無視するが、殺すことはできなかった。その不満が心の中で燻っていたのである。
「教団は村の狩りを続けされているのですね」
アモルが訊ねた。ただなんとなくだ。フエルテの空気を変えようと思っただけである。
「ええ。狩りは続けさせています。なぜなら下手に狩りを中止すると獣たちが増えすぎてしまいますからね」
「かなり増えるのでしょうか?」
「増えますね。アカシカにしろ、アナウサギにしろ、ヤギにしろ、繁殖力が高すぎるのです。毎日この村の猟師たちが狩りを続けても減る気配はないのですね」
「それでも村の女性たちのほうの賃金が高いのでしょうか」
「そうですね。でも狩りで獲れた肉はラタ商店が買い取ってくれます。骨や毛皮も同じですね。普通に狩猟をしても暮らしていけるほどです」
この村では男たちが狩りをして獲物を得る。アカシカやヤギを捕らえたら血抜きをしてから、解体するのだ。その後、骨を取り出し、内臓はすべて捨ててしまう。
村に戻れば女たちが毛皮を鞣す。そして肉を燻製にするのだ。
畑は耕さない。森の恵みをそのままもらうのだ。キノコを干し、木の実を集め粉にする。
果物はツボに入れ、果実酒にするのだ。足りないものは行商人から物々交換で手に入れる。
それが村における生活の大部分である。少なくとも二百年近くはそうやって生きてきたのだ。
「そもそも腕のいい猟師はきちんと仕事をしています。女房に副業をしても文句は言いません。あくまで自分たちのできる仕事をするのが大事なのです。
差別意識を丸出しにする者たちは、仕事ができない者たちが多いですね。何十年も森に入っていても獲物を逃がすことが多いそうです。
そんな連中は家の中で女房や子供をいじめているそうです。自分より稼ぎが良く、日々のパンを焼くための小麦と、ケチャップを買うものが許せないのですね」
「まあ、どうしてそんなことをするのでしょうか。家族なのに愛があるとは思えません」
アモルは悲しそうな表情になった。自分の家は温かい家庭であったと思う。両親が生きていたころは不愉快なことも多少はあったが、幸せだと思っていた。
両親の死に堪えたこともあったが、今ではもう悲しみも薄れている。
身内の死は遺族に見えない鎖が巻き付くものだ。その鎖はやがて腐っていき、解放される日は来る。それは周りの人間の心がけ次第と言えた。
だがアモルは知らなかった。大抵の村は見合い結婚だ。年齢に達したら好きでなくても結婚することになっている。惚れた腫れたといった恋愛結婚などない。むしろ掟に反する行為だ。
女は家の家事をする者、自分の後継者を産む者、年老いたら山に捨てる者なのである。
それが生活の知恵なのだ。長年磨かれた掟なのである。
「家族に愛がある必要はないのです。結局家族は他人同士なのですね。互いの生活に支障がなければ我慢はできるものなのです。
ですが家の主はそうはいかない。自分の稼ぎが家族を支えなくてはならないのです。
自分がいなければ、家族は飢え死にする。だから自分を崇めろと自意識過剰になるのです。
そんな中妻が副業を得て、家庭を支える。生活の豊かさより、矜持を刺激されています。
それ故に初期は空気が重くなるのは仕方のないことですね」
オルディナリオの言葉にアモルは沈んだ。アモルの父親、シンセロは大司祭に出世した。だがいばることはなかった。かといって無制限に慈愛を振りまくわけでもない。
自分の役割を忠実に守り、他者には自身の役割を理解させ、やる気を持続させることに骨を折っていた。
アモルには火薬の重要性と、危険性を叩きこんだ。
フエルテには肉を鍛え上げ、自信をつけさせたのである。
そんなアモルを見て、オルディナリオは咳払いをする。
「愛に正解はありません。自分自身が満足することが大切なのです。誰かに言われてころころ変える必要などありません。アモル殿は自分の愛を貫いてもよいのです」
それで話は打ち切られた。あとは黙々と食べるだけである。