紅い鶏冠
ビッグヘッドにも階級がある。今戦っているタング・ランサーなどは一番下のプラムクラスだ。それを指揮するのがバンブークラスである。こちらはある程度知性があり、プラムクラスに命令を下すのだ。
村を襲撃しているタング・ランサーはレッド・クレストの指揮で動いているのは明白だ。この場合、指揮官を倒せばタング・ランサーたちはすぐに蜘蛛の子を散らす様に去っていくだろう。
フエルテはあっという間に駆け寄り、屋根の上に昇った。そしてレッド・クレストと対峙する。
先ほどバンブークラスは知性があると言った。だが言葉はしゃべれない。それでも知性の有無がわかるのは、目である。
今レッド・クレストはフエルテの眼を見ている。表情も通常のビッグヘッドと違い、引き締まった顔つきだ。
仕掛けたのはレッド・クレストだった。口を少し開けると、舌が槍のように突き出たのである。フエルテは気配を察し、左へよけた。
その瞬間、レッド・クレストの舌の先端が右に曲がる。フエルテは右わき腹を軽く叩かれ、屋根から落ちそうになった。だがフエルテは踏ん張り、落下を逃れる。
レッド・クレストは舌を引っ込め、フエルテをにらみつける。
フエルテは後ろに下がりながら、距離を離す。フエルテのマッスル・スキルは距離を取らなければならない。
レッド・クレストがいきなり口笛を吹いた。プラムクラスに新たな命令を下したのだろう。いったい何を命じたのだろうか。フエルテは焦っている。
「うわー、でか頭たちが司祭様を追いかけ始めたぞ!!」
すると下では騎士たちが騒ぎ出した。フエルテは下を見ると、タング・ランサーたちがアモル目がけて襲ってきたのである。アモルは村の外へ逃げようとした。だがタング・ランサーたちが道をふさぎ、村の中へ移動せざるを得なかったのだ。
そして別の方角からも騒ぎ声が聞こえる。フエルテは慌てて辺りを見回した。
タング・ランサーが四方から村へ侵入したのだ。しかも村人を見ても無視してまっすぐ走っている。狙いはアモルだ。ビッグヘッドたちはアモルを狙っているのである。
「フエルテ! ここは私に任せて。あなたは早くレッド・クレストを倒してちょうだい!!」
アモルはタング・ランサーに追われながらも、フエルテに指示する。タング・ランサーならこの村の騎士たちでも対応できるだろう。
「マッスル・トル……」
フエルテがポーズを取ろうとしたら、レッド・クレストが何か拾って投げた。それは屋根の瓦である。瓦はフエルテの額に当たった。血がタラりと流れる。
そして一気に駆け寄り、頭突きをかましたのだ。
まるで崖からの落石みたいな威力であった。一瞬屋根に落ちかけたが、すぐに縁をつかみ、すぐに屋根に上がる。
レッド・クレストはそれを見て、にやりと笑う。そして右手を出して、手のひらを上に向け、こいこいと挑発する。
フエルテはバンブークラスを知っている。司祭の杖として勉強していたからだ。なぜ知性があるビッグヘッドがいるのか、その理由も知っていた。
それは知識だけであり、実際には見たことがなかった。だからその恐ろしさを理解していなかったのだ。おとぎ話の勇者が誇張された強さで書かれたように、信ぴょう性がないと思えた。
ただプラムクラスを指揮するだけではない。バンブークラスもそれなりの知性と戦闘力を持っている。先ほどこいつは屋根の瓦を投げつけ、フエルテを妨害したではないか。フエルテの中ではビッグヘッドを見下していたのだろう。
(反省せねばな!!)
フエルテは両頬をぱんと叩いた。気合を入れ直したのだ。
その時、遠くからパァンと乾いた音がした。それも何度も。あれはアモルの仕業だ。おそらく奥の手を使ったのだろう。フエルテは焦った。心臓が太鼓のように小刻みに叩かれる気分である。
レッド・クレストは舌を振り回しながら距離を詰めている。フエルテにポーズを取らせないためだ。こいつはフエルテを知っている。なぜかは知らないが、フエルテはその現実を受け入れた。
レッド・クレストは舌をぺろぺろさせながら、接近する。そうすることで動きを惑わすためだ。
恐ろしいのはこいつがフエルテの眼を見ていることだ。まるで視線の鎖に縛られる感覚を覚える。こいつににらまれた以上逃げることはできない。そう感じていた。
フエルテは一度逃げようと思った。だがすぐ考え直す。こいつは逃げても自分を追いかけない。そう確信していた。
逃げても意味がない。なら戦うしかないのだ。
屋根の下で騒ぎ声が聞こえる。村人たちが外に出て、フエルテの戦いを見ているのだ。騎士たちは各入り口を見張っており、離れられない。もっとも村に入ったビッグヘッドたちはアモルだけに固執している。自分たちの安全が確保されたからのんきに見物できるのだろう。
フエルテはレッド・クレストに向かって突進する。顔を突き合わすほどの近さだ。レッド・クレストは舌を槍のように突き出した。フエルテはぎりぎりで舌の槍を躱す。無機物の槍と違い、先端は自在に動かせるのだ。
フエルテはそれらの攻撃も躱す。フエルテは汗を流していた。至近距離による槍の攻撃は肉体だけでなく、精神も確実に削っているのだ。
さすがのフエルテも息が上がってくる。レッド・クレストも執拗な舌の槍を操り、視線はフエルテをとらえて離さない。やがて焦ってきたのだろう、レッド・クレストは飛び上がった。大きく口を開けてフエルテを頭から咥えたのである。レッド・クレストの口にはフエルテの下半身だけが出ていた。
それを見た村人たちはフエルテが喰われたと確信する。レッド・クレストも目で笑っていた。その途端、レッド・クレストは目を見開いた。
次につんざく音と共に、頭部が真っ二つに分かれたのである。
額と鼻、上唇が縦に裂けた。そしてフエルテを開放すると、屋根の上からごろごろと転げ落ちたのである。
いったい何が起きたのか。答えは簡単だ。フエルテがレッド・クレストの口の中でマッスル・スキル、マッスル・タイフーンを発動させたのである。
マッスル・スキルの発動はポーズを取ることだ。それ故に接近戦が苦手である。ポーズを取る前に敵に先制攻撃を許すからだ。だが口に咥えられた以上、きちんとポーズを取ればマッスル・スキルは発動できる。フエルテはそれを利用したのだ。
下手すればレッド・クレストに胴体を噛みちぎられる可能性はあった。それにビッグヘッドの口の中にいる恐怖、閉塞感は並大抵のものではない。それらの恐怖を受け入れたからこそ、勝利を得たのである。
戦いが終わり、アモルがやってきた。どうやら指揮官であるバンブークラスが敗れたことで、アモルを追跡したビッグヘッドたちは村の外へ逃げ出したようである。
フエルテは屋根の上から飛び降りると、アモルへ駆け寄った。アモルの右手には鉄の筒が握られている。それは回転式拳銃であった。シングルアクション方式である。最初に指で撃鉄を起こし、それから引き金を引いて発砲できるのだ。撃つ前に一手間かかるが、引き金の移動距離が短く、精密射撃に向いているのである。
アモルの家系は火薬を扱うのだ。フエゴ教団の司祭はある技術の専門家を意味する。アモルは幼少時から火薬の勉強をしていた。ダイナマイトに拳銃など様々な知識を身に着けている。
ちなみに村に滞在する司祭は医者の役割を果たしている。この村の司祭、オルディナリオもその一人だ。現在は賢い若者に医者の手伝いをさせている。将来の医者を育てるためだ。必要な医療器具はラタ商会でそろえることができる。
「どうやら無事だったようだな。俺も無事だよ」
フエルテがアモルに声をかけた。アモルの顔は険しい。アモルは拳銃を腰に巻いたヒップホルスターに収めた。ローブの下は黒の全身タイツである。
「確かに無事のようだけど、見ていました。なんですか、ビッグヘッドにわざと喰われるなんて。下手したら死んでいましたよ」
「確かに死んでいたかもしれないな。だがわざと喰われなければ、マッスル・スキルを発動できなかったのだ。仕方ないというものだ」
「仕方ないですって? あまりにも短絡すぎです。もう少し自分の身を……」
アモルが叱ろうとしていたところに、異変が起きた。声が聞こえたのである
「えっ、えっ……」
それはレッド・クレストから発せられていた。レッド・クレストは仰向けで倒れている。舌を天高く伸ばしていた。もうじきこいつは木に変化して死ぬだろう。
「えひるへっほはま、はんはーひ!!《エビルヘッド様ばんざーい》」
そう叫んでレッド・クレストは木に変化した。フエルテとアモルは顔を見合わせる。レッド・クレストはこういったのだ。エビルヘッド様ばんざいと!!
周りには村人が囲んでいた。その眼はフエルテたちを見ており、憎しみと恐怖を含んでいる。彼らにとってフエルテたちは村を救った英雄ではない。村に厄介ごとを持ち込んだ疫病神なのだ。しかも目の前で木に変化したビッグヘッドは言葉をしゃべって死んだのである。こんなビッグヘッドは見たことがない。不吉の予感がしても仕方がないのだ。
「なんだよ……。あのでか頭、人間様の言葉をしゃべったぞ……?」
「不吉だ。あんな化け物は見たことがない……」
「それもこれもあいつらが来たからだ。混ざり物の化け物が来たからこんなことが起きたのだ……」
「それにあの女の持っている鉄の筒……。八年前にオソを殺したものと同じだぞ」
ほぼ男の村人だった。フエルテに対して敵意をむき出しにしている。中にはぺっと唾を吐き出し、舌打ちする者もいた。フエルテは騎士たちが早く来ないかとため息をつく。
「いやー、フエルテ様! お疲れさまでした。大変だったでしょう!」
その中で二十代を超えてないだろう、若者がフエルテを労った。他にも似たような若者たちがフエルテを囲み、絶賛する。
「村を救っていただいてありがとうございました。人語をしゃべるビッグヘッドは初めて見ましたけどね」
「さすがフエゴ教団で鍛えられたお方だ。未知なるビッグヘッドなど物ともしませんね」
「あなた方のおかげで、村は救われました。ありがとうございます」
先ほどの若者たちと違い、フエルテを尊敬のまなざしで見ている。語尾も含みがなく、純粋に喜んでいた。その対応にフエルテは困惑している。
「貴様らぁ!! そいつは混じり物なんだ。そいつのせいで村に不幸が舞い降りたんだぞ、なんで感謝するんだよ!!」
白髪混じりの中年オヤジが叫んだ。口から唾を飛ばしており、目は血走っている。にフエルテに感謝したのが気に喰わないようだ。それを若者たちが反論する。
「フエルテ様の出生なんかどうでもいいんだよ。なんでもかんでもフエルテ様に因果を求めるな。思考が停止した奴はこれだから困るね」
若者に挑発されて、激高する。顔がさらに真っ赤になった。
「てめぇ!! 次男のくせに生意気なんだよ!! お前なんか俺の跡継ぎの下男になるはずだったんだ!! それをフエゴ教団の奴らが引き抜いちまったんだ!! まったく腹が立つ!!」
どうやらこの二人は親子のようだ。閉鎖的な村の家族は、長男以外は人間扱いされないのである。下男扱いするのが普通であった。女はさらにひどく、奴隷扱いだ。よそに嫁いで子供を産む以外存在価値がない。
「ふん。あの方たちが俺たちにどれだけ豊かな生活を提供してくれたかわかっていないようだな。俺は知っているんだぞ。あんたの仕事より、母さんの織物の仕事で稼いでいることをな。あんたはたまに狩猟に行っているだけ。仕事がなければ酒場で酒を飲む日々だってな」
それを聞いた父親たちはさらに顔を赤くする。図星を指されたのだ。さらに突っかかろうとしたら騎士たちがやってきた。
男たちは言い争っていたが、騎士たちに連行されていった。口汚く叫ぶものは暴れていたが、若者たちのほうが自分たちの非を認め、おとなしく連行されていった。
その後、家から女たちが出てきた。若い娘から、中年女性と幅が広い。口々に感謝の言葉を述べ、果物だの、干し肉だのを礼に寄越したのだ。
女たちは割と現実を受け入れている。フエゴ教団に逆らえば命はないが、受け入れてしまえば豊かな生活を提供してくれるのだ。以前の生活など戻れるわけがない。逆に男たちは現実を受け入れることができないのだ。思考が停止しており、新たな考えを受け入れることなど論外である。
子供だと割と迎合しやすい。思考が柔軟なので教育次第で何物にも染まるのだ。先ほどフエルテを非難した若者たちは思考が固まっており、現実を認められなかった。長男故に父親の教育が身に染みているのである。
逆にフエルテを絶賛した若者たちは次男以降で放置されていた。フエゴ教団は彼らに仕事を与えたのである。さらに家と嫁を与えられたのだ。彼らはすでに自立しており、それが父親にとって気に喰わぬというからあきれてものが言えぬ。
さてそこにオルディナリオが見習いたちを数人連れてやってきた。まずフエルテとアモルに頭を下げると、すぐに元はレッド・クレストの木に近寄る。そして木の幹に触れて調べていた。ポケットから小刀を取り出すと、何かを削り取る。
「これは大きな神応石だな」
オルディナリオは削り取った赤い石を見て、つぶやいた。
サクランボほどの大きさで、鈍い光を放っている。他の見習いたちも倒されたタング・ランサーから神応石を取り出していた。プラムクラスだと大豆くらいの大きさで、こちらも鈍い赤い光を放っている。
これがビッグヘッドの第二の脳である。そしてフエルテのマッスル・スキルの種であった。
普通の人間が筋肉を振動させて衝撃波を発生させるなど不可能だ。フエルテは幼少時に脳に埋め込まれており、厳しい修業をしたおかげで身に着けたのである。
神応石は精神に強く影響する石だ。主に人間の脳から採取されるが、砂粒ほどの大きさしかない。
そして研究が行われたのは約二〇〇年前であり、それも遠い東にある島国だという。
現在はフエゴ教団が研究しており、その力の解析が進んでいる状態だ。その研究の一環としてフエルテのような孤児に神応石を移植する手術が行われているのである。
「やあやあ、みなさん。もう戦いは終わりですか?」
のんきそうな声がした。それはティグレだ。タング・ランサーに胸を貫かれたはずのティグレである。胸当てに穴は開いているが、その下は綺麗なものであった。
「あんたは確か胸を刺されて死んだのでは?」
フエルテが尋ねると、ティグレは右手で胸をバンバンと叩いた。
「言っただろう。オイラは不死身だってね」
「いや、それは自分で言っているだけだろう」
ティグレは上機嫌で答えた。フエルテとアモルは首を横に振る。そんなことはありえない。
「しいて言えばあのでか頭のおかげかな。あいつら舌を槍みたいに扱っていたからね。オイラの胸を貫いたと同時に、傷口をなめてくれたのさ。まったく敵に塩を送るとはこのことだな」
「言葉の使い方を間違っていますが……」
ティグレはわき腹に手を当てながら笑っている。いや、別にタング・ランサーはティグレの傷をなめるつもりはなかっただろう。なんという思い込みの強さだろうか。
「……もしかしてこの方は」
「お察しの通りです」
アモルが疑問を口にすると隊長が横から声をかけた。
「ティグレも元は杖候補だったのです。彼も人間と亜人の混血児で、数年前に拾われたのです。何のスキルも得られませんでしたが、体の再生力は常人の百倍になったため、騎士となったのですね」
そうだったのかと、フエルテとアモルは納得した。
神応石は精神に作用する。それは本人と周りの人の思い込みが必要になるのだ。ティグレは虎の亜人である。虎だから強い。本人もそう思い込んでおり、周りの人間も虎の恐ろしさを理解している。それ故にティグレは本当に不死身となったのだ。
「それはそうとアモル様にフエルテ殿。今日は遅いですから教会で休んでください。後のことは我々が処理しますので」
オルディナリオに促され、フエルテとアモルは教会へ戻った。その途中、村人からは嫌悪と好意の入り混じった視線を浴びる羽目になる。
村は確実に変化していった。だが変化を受け入れるものと、そうでないものの差が激しい。これは時間が解決してくれるのを待つしかないのだ。