街道での大騒ぎ
「それでは行ってきます」
翌日フエルテとアモルは旅立った。フエルテが杖となったので猛毒の山に向かうのである。これはフエゴ教団の恒例行事であり、司祭と杖が最初に行う共同作業だ。猛毒の山にはビッグヘッドが住んでおり、普通の人ならまず立ち入らない場所である。
猛毒の山は一見緑茂る山だが、その奥は毒の大地に毒の湖があった。そこでは人が住めない。金属のような臭いに満ちており、一日いたら髪の毛が抜け、血の混じる下痢が出るのだ。ビッグヘッドはその毒が大好物であり、そこから離れない。だが近年スマイリーのようなビッグヘッドがおり、予断が許されない状況だ。
アモルは使用人たちに留守を任せた。フエルテは食料や生活用品を詰めたリュックを背負う。アモルは司祭が着るローブを着ていた。
「アモル様。屋敷は我々が守るのでご安心くだされ。フエルテ。アモル様をしっかり守るのだぞ」
執事服を着た羊が言った。彼はこの家の執事であり、アモルが赤ちゃんの頃から仕えている。まるで孫が初めてのお使いに行くような感じだ。
ほかにも働き蜂の蜂の亜人に、働き蟻の蟻の亜人がいた。彼らは虫の亜人だが手足は人間と同じしかない。全員使用人の服を着ている。
「まかせてくれ。俺の命に代えてもアモルは守る」
「こりゃ。フエルテ。易々と命を代えるというな。お前も大切な家族だ。必ず二人とも帰ってこなければ許さんぞ。
それにアミスターも寂しがるからな」
「わかりました。必ず帰ってくる」
そして二人は旅立った。
まずはヤギウマのほろ付き馬車を使い、街道で移動する。そして村を三つほど通過して猛毒の山にたどり着くのだ。大体片道一週間ほどの旅である。
街道には多くの馬車が行き交っていた。背中に重い荷物を背負う旅人も見受けられる。街道の脇には木が植えられており、それらの木はカキやイチジクなど、すべて食べられる木の実をつけていた。旅人が腹を空かせたら自由に食べていいことになっている。
そして一定の間隔でレンガ造りの建物があった。そこは公衆便所であり、旅人が銅貨を一枚払って用事を足しているのである。ちなみに便所にはドアが取り付けられており、使用するときは銅貨を一枚入れることで開けられる。フエゴ教団では用足しに税金を取っているのだ。その税金は主に公衆便所や街道の維持費に使用されている。ちなみに街道は騎士たちが巡回しており、公衆便所以外で用足しをするものを厳しく取り締まっていた。
アモルとフエルテは乗り合い馬車を利用していた。ヤギウマ二頭で引いている。馬車の中には客はおらず、二人だけであった。酒樽や木箱などの荷物が置かれているだけである。時々揺れるが、それほど不快なものではない。
「猛毒の山は十年ぶり。当時はお父様と一緒に連れてってもらったな」
「確か司祭候補者は幼少時に一度出向くと聞いたが」
「その通り。フエゴ教団の定例儀式なの」
「俺も最初聞いたときは驚いたな。あの山にあんな秘密があるなんて知らなかった」
「それは当然よ。あそこはフエゴ教団でも司祭くらいの人しか知らないわ」
二人は話をしていた。アモルは八歳ほど父親に連れられて猛毒の山に赴いたことがあるらしい。だがビッグヘッドが住む山を親が気軽に連れていくのだろうか。その秘密は猛毒の山に行かなければわからないのである。
「うわぁ、助けてくれぇ!!」
馬車の外から悲鳴が聞こえた。はてな、いったい何事だろうとアモルとフエルテは馬車から顔を出す。
そこへ一人の旅人が逃げてきた。息を切らしており、全力で走って逃げてきたのだろう。
「何事ですか?」
「ああ、これは司祭様ですか。前方にオオアライグマが襲ってきたのです。もう三人も奴らの犠牲になりました」
それを聞いたアモルはフエルテの顔を見る。こくんとうなずくと、二人は急いで馬車を降り、現場に向かった。
二人がたどり着いた先は地獄だった。牛ほどの大きさのオオアライグマが三匹、旅人を襲っているのである。口元は血がべったりとついている。足元には犠牲者となった旅人の遺体が転がっていた。
オオアライグマとは巨大化したアライグマのことだ。元はよその大陸にいたものだが、オルデン大陸に住み着いたのである。普通の大きさのアライグマもいるが、巨大化したものは主に猛毒の山からやってきたと言われていた。あの山に住む動物はなぜか巨大化すると言われているのである。
オオアライグマは雑食でなんでも食べる。そして食べるときは必ず水で洗うのだ。そのため相手が人間だと、生きながら洗われ、皮膚を破られながら食われるのである。現に倒れた旅人の顔はかじられており、オオアライグマの爪には顔の皮が張り付いていた。
「みなさん、逃げてください!! あとは私たちが倒しますので!!」
アモルが声を張り上げた。周りの旅人たちはアモルがフエゴ教団の司祭とわかると、我先に逃げ出した。オオアライグマはアモルに狙いを定めて、襲い掛かった。
一方でフエルテはアモルと距離を置いている。アモルは走ってオオアライグマを引き付けていた。
「フエルテ! あとは頼んだよ!!」
声を上げるアモル。フエルテはオオアライグマに向かってポーズを取ろうとした。
だができなかった。後ろにもう一匹、別のオオアライグマが潜んでいたのである。
フエルテの背中に引っかき傷ができた。オオアライグマにやられたからだ。フエルテは舌打ちすると、オオアライグマに向かって走り出す。
そしてオオアライグマの頭を両手でたたきつけ、両足を大きく開いた。オオアライグマを跳び箱のように飛び越えたのである。フエルテは一気に走り出した。
アモルは突然のことに焦ったが、走るのをやめなかった。走りなれているのか息切れひとつしていない。オオアライグマは三匹ともアモルを狙っている。アモルは人気のない場所へ移動した。
開けたところまで移動すると、アモルはローブの懐から何か取り出そうとしていた。
「待てアモル! 今ここでそれを使う必要はない!!」
アモルの頭上から声がした。オオアライグマたちもきょろきょろと周りを見回している。
それは空からであった。フエルテが空を飛んできたのである。太陽を背にフエルテは颯爽とアモルの目の前に立ったのだ。
そしてバック・ダブル・バイセップスを披露する。
「マッスル・タイフーン!!」
旅人たちはフエルテの体が陽炎で歪んでいるように見えただろう。そしてオオアライグマたちはつんざく音と共に切り裂かれたのだ。真っ赤な血を流し、苦しんでいる。
だが彼らはまだ倒れていなかった。傷つけられた怒りと傷の痛みに狂暴化している。ビッグヘッドと違い、彼らは毛皮に覆われている。そのため致命傷にならなかったのだ。
フエルテはアモルを両腕で抱きかかえると、すぐにその場を離れた。さらに人気のない場所へ走っていく。
フエルテは並んだ大岩を見つけた。そしてそこに向かって走り出す。旅人たちは遠目で見ているが、フエルテたちに感心している。四本足のオオアライグマに追いつかれずに走っているのだ。しかも息切れをしていない。さすが司祭とその杖だと感心していた。
「アモル、悪いが一度あいつらを足止めしてくれ」
アモルを抱きかかえながらフエルテが言った。
「わかった。まかせて」
アモルはローブに手を入れると、何か黒い球を取り出した。それは手のひらに収まる大きさであり、放り投げる。
その瞬間、はじける音が響いた。オオアライグマたちは一瞬動きを止める。そしてきょろきょろと周りを見回すと、フエルテを発見した。
フエルテは並んだ大岩の間に立っている。アモルはその後ろに立っていた。
「俺はこっちだぞ!!」
フエルテが大声を上げた。オオアライグマたちは一斉にフエルテに突進してくる。
フエルテはやや前傾した。そして肩の大きさと腕の太さを強調している。
そして胸の筋肉をぴくぴくと動かした。すると胸部が歪んで見える。オオアライグマたちは一直線になって突進してきた。フエルテがポーズを取るだけで何もしない。旅人たちはもうだめだと目を手で覆った。
「マッスル・トルネード!!」
オオアライグマがフエルテを襲おうとした瞬間、オオアライグマの体に風穴が開いた。後ろにいた者たちも頭部を貫かれている。そして三匹のオオアライグマはその巨体を沈めたのであった。
フエルテが取ったポーズはモスト・マスキュラーである。フロント・ダブルバイ・セップスと違い、こちらは衝撃波の槍を生み出す技だ。一発の威力は高いが、前方の敵を一体しか倒せない。フエルテは敵が一直線するために大岩の間に移動したのである。
旅人たちは歓喜した。オオアライグマを四匹が倒されたからだ。しかもフエゴ教団の不思議な力によってである。旅人の中には解体屋がおり、オオアライグマの死骸を川の近くまで引っ張り、のこぎりや包丁で解体作業をし始めた。
「すごいなぁ、あのオオアライグマを倒しちゃうんだからな」
「しかもポーズを取っただけで倒すのだから、すごいものだね」
「さすがはフエゴ教団の司祭様だ。俺たち庶民とは一味違う」
アモルとフエルテは旅人たちに囲まれた。そして感謝の言葉をかけられている。アモルは微笑みを返すが、フエルテは仏頂面のままであった。
「でもどうして最初は逃げ出したの?」
とある子供が何気なく質問した。それに対し、アモルはしゃがみ、子供の目線で答える。
「この人の技は距離を開けないといけないのです。ポーズを取ってもすぐ敵を倒せるわけではないのですね」
だからアモルは囮になったのだ。フエルテの能力を使うために、距離を取ったのである。
「そういえばもう一匹はどうなったんだ? それにこいつが飛んできたのもよくわからない」
旅人が疑問を口にする。そこに別の旅人が答えた。
「俺は見た。この人がもう一匹のオオアライグマに尻をかじられていたんだ。ところがポーズを取ると、オオアライグマの頭が爆発し、そのままバッタのように高く飛んだのだ」
そう言って旅人は別の方角を指さした。そこには頭がつぶれたオオアライグマの死骸が横たわっている。
先ほどの技と同じである。もっともオオアライグマに尻を丸かじりされたため、口の中だけに衝撃波が溜まり、それを一気に解放したので空を飛べたのである。
知らない人間が見れば、豪快な屁をしたように見えたであろう。
「そういえば司祭様は何か変な球を投げたな。その後破裂したような音がしたけど、あれはなんでしょうか」
旅人が質問したとき、後ろから叫び声が上がった。アモルとフエルテが振り向くと、そこには血まみれのオオアライグマが突進してきたのである。一番後方にいたため傷が浅かったのだ。
フエルテはポーズを取ろうにも近すぎる。旅人たちは慌ててクモの子を散らすように逃げようとした。だがアモルは慌てずそのまま立っている。
オオアライグマは咆哮をあげるとアモルに向かって爪を振り上げた。だがアモルはそれを躱すと、オオアライグマを投げ飛ばしたのである。
地面に叩き付けられたオオアライグマは口から血を吐き出し、絶命した。
周りの旅人たちは地を揺らされ、腰を抜かしている。それ以上に美しい司祭が自分よりはるかに図体が大きいオオアライグマを投げ飛ばしたのだ。誰もが自分たちの眼を疑っている。
フエルテだけは動じていなかった。まるで当然だと思っているようである。
「あら、はしたないところを見せてしまいました」
アモルは赤面するとぺこりと頭を下げて、その場を去った。
フエルテはその後ろをついていく。後に残るのは茫然とした旅人たちだけであった。