外伝3話 フエルテの一日
「まず飯を食べろ。すべてはそこからだ」
そう言ってコンシエルヘ叔父さんはフエルテを使用人が使う部屋に案内しました。
使用人と言っても部屋はとてもきれいです。二段ベッドが二台あり、洋服ダンスとテーブル、椅子が置いてあります。
フエルテは人間なのできちんとした赤い服を渡されます。ジャージと言って肉体労働の時に着る衣装です。うちは蜂と蟻の亜人を雇っています。コンシエルヘ叔父さんの妻であるアマブレ小母さんの弟たちとその奥さんが働いているのです。
虫系の亜人は毛で覆われているので、裸でもそれほど寒くはないそうです。
「飯……?」
「そうだ。飯を食べるのは仕事なんだ。そしてお前は私の命じた通りに動け。わかったな?」
フエルテは無言で首を縦に振りました。あまり納得していないように思えます。
部屋には蜂の亜人たちが3人います。一番上が15歳で、次に13歳、12歳と続いています。全員アマブレ小母さんの弟です。
アマブレ小母さんは家族で亜人の村から移住してきたのです。小母さんが長女で4人の弟たちを世話しています。ちなみに両親は流行り病で亡くなったそうです。
18歳の弟さんは蟻の亜人と結婚して子供が生まれています。
「へっへっへ、ここでの生活は最適だぜ?」
「そうともさ。ここで暮らしたら田舎になんか住めないよ」
「18になれば嫁さんを世話してくれるから、心配することはないね」
同僚たちはフエルテを歓迎しています。彼等は亜人ですが他種族に対して嫌悪感はありません。アマブレ小母さんの住んでいた村は50年も前からフエゴ教団がいて、人間はもとより色々な亜人と暮らしていたからです。
「……」
フエルテは挨拶しませんでした。なぜかもじもじしています。人見知りでしょうか。
「……フエルテ。初めてお目にかかりますと言え。挨拶は大切だぞ」
叔父さんがため息をつきながらフエルテに指示します。確かに挨拶は大切です。
「……初めてお目にかかります」
フエルテは棒読みで挨拶しました。そして使用人たちもよろしくと握手をします。フエルテはそれにも戸惑っていました。
「コンシエルヘ様、彼は……」
15歳の方、名前はテルセロです。スペイン語では三番目と言う意味です。下からクアルト、キントと続いています。大抵は番号で名前を付けるのが多いです。
「いいかフエルテ。テルセロの指示に従うんだぞ。彼の言うことはすべて必要なことだと思え。あと午後になったら私が座学をするからな。これも大事な仕事だから覚悟しろよ」
コンシエルヘ叔父さんはそう言うと、フエルテはまた無言で首を縦に振りました。
「そういう時は了解しましたと言うんだ。無言は態度が悪いと思われるからやめるようにな」
「……了解しました」
こうしてフエルテはこの家に使用人として住むことになりました。
☆
私は学校から帰るとすぐに服を脱ぎ、懸垂の準備をします。家の一階にはトレーニングルームがあるのです。そこにはダンベルやバーベル、様々なトレーニング器具が並んでいます。
懸垂は、背筋全体から三角筋など幅広く鍛えられる万能種目です。握力強化にも効果的で、クラッシュ力とホールド力を高めることができるのです。
懸垂はチンニングマシンという器具を使います。
まずは手幅を肩幅よりやや広めにとって順手で棒を掴みぶら下がります。次に背筋を伸ばしながら胸を棒に近づけるのです。そしてゆっくりと下げます。これを1セット8~12回までやるのが基本です。
ですが私は1000回以上こなすことができます。
私はシャツとスパッツに着替えました。我ながら上腕二頭筋が太くなりましたが、それほどごつくありません。お母さんのようなゴリラにはまだほど遠いです。
さて私が懸垂をしていると、フエルテが入ってきました。手にはタオルを持っています。恐らく叔父さんの指示でしょう。タオルくらい私がなんとかするのに。
「どうぞ」
「ありがとう」
私はフエルテからタオルを受け取りました。汗を拭うととても気持ちがいいです。
ですがフエルテは私をじっと見ています。視線は私の胸に下がっているのがわかりますね。
「……私は男ですよ」
「……そうですか」
あまり驚きません。多分叔父さんが午後の座学でうちの事情を教えたのでしょう。私も初対面の人から女性扱いされるのは好きではありません。これはとても気分がいいです。
「今日一日を過ごしてどうですか?」
「……居心地が悪い」
「え?」
フエルテはそれっきり黙りました。叔父さんがきつく当たったのでしょうか? でも叔父さんは厳しいですが理不尽に怒鳴りつけることはありません。相手が失敗した原因を自分で考えさせ、その解決法を提示することがほとんどです。テルセロたちも最初は仕事が出来なかったけど、叔父さんの教育のおかげで立派になりました。
フエルテはそのまま無言で立ち去ります。私はその背中を目で追うしかありませんでした。




