外伝2話 家族会議
フエルテと呼ばれた子は無口でした。コンシエルヘ叔父さんがタオルを持ってきましたが、受け取ろうとしません。着ている服は赤い服です。教団が支給した物でしょう。私は赤い長シャツにオレンジ色のズボンを履いています。
お母さんは赤いビキニを身に付けています。マウンテンゴリラなので服は必要ないのです。
コンシエルヘ叔父さんも執事服を着てますが、お腹丸出しで短パンみたいな衣装です。
お父さんはしゃがんでフエルテの身体をタオルで拭きました。フエルテを見る目はとても優しいです。
「……シンセロ兄さん、この子は一体……。しかも名前がフエルテだなんて……」
コンシエルヘ叔父さんは疑問の眼をお父さんに向けました。それは私も同じです。だってフエルテとはフエゴ教団において五大悪魔の名前だからです。
他にはアトレビド、ホビアル、ロキ、エスタトゥアという名前があり、フエゴ教団の信者なら子供には絶対付けない名前だからです。
この家のご先祖様であるビリー・アームストロング様がフエルテ以外の悪魔を殲滅したと伝えられています。逆にフエルテはフエゴ神の使いであるアモルによって食い殺されたとの事です。
フエルテはスペイン語で強いという意味があります。お母さんのフエルサは腕力を意味します。
一文字違いですが、お母さんはあえてこの名前を付けました。元は南方にあるナトゥラレサ大陸の闘神王国の王女オニャンコポンという名前でした。お父さんと結婚して名前を変えたのです。
もっともフエルサという名前もあまりいい顔はされなかったそうですが、お母さんは気にしませんでした。
「この子の事を話し合いましょう。今からセルティンも呼びます。コンシエルヘは応接間で準備をしてください」
セルティンは私の叔母さんでお父さんとコンシエルヘ叔父さんの妹です。叔母さんは羊の亜人ですがニュンペーという2歳の人間の女の子を産んでます。コンシエルヘ叔父さんも2歳で蜂の亜人のフェリシダーという男の子がいます。
「フエルサ、悪いけどフエルテをお風呂に入れてください。フエルテ、お前は今からこのマウンテンゴリラと一緒に風呂に入るんだ。お前の身体は匂うからね、私が不愉快になるから風呂に入って奇麗になるんだ、いいな?」
フエルテはこくんと首を縦に振りました。なぜお父さんはフエルテに対して命令口調なのでしょうか。
お母さんも何か察したのか、フエルテをお風呂場へ連れて行きました。
どこかフエルテは居心地悪そうに見えたのです。まるでここは自分の居場所ではないみたいに……。
☆
一時間後、応接間にはお父さんとお母さん、コンシエルヘ叔父さんに叔父さんの奥さんでミツバチの亜人であるアマブレ小母さん。そしてアラゴネセという羊の亜人であるセルティン叔母さんと人間の夫であるハンゾウ小父さんも来ていた。この人は禿げ頭で髭が生えてる。サングラスに黒服を着た人です。
アミスターたちは使用人たちが預かってます。お父さんたちはテーブルを囲んでおり、私はちょこんと離れたところで椅子に座っていました。フエルテも横に座っています。
私は暇なので、リストカールをしています。椅子に座ったままダンベルを持ちます。手のひらを上に向け、手首を膝の上に固定します。そして巻き込むように手首を返すのです。
前腕筋全体に刺激を与えることができます。腰を曲げると上腕に負荷が逃げるのできちんと背を伸ばします。1セット10回、3セットが基本です。
私はフエルテにも勧めました。彼も怪訝な顔になりましたが、ダンベルを押し付けられてリストカールを淡々とこなしてます。
「今日私はフエルテを連れてきた。この子は名もなき村、92年前はナダ村と呼ばれたところで虐待されていたところを私が助けたのです」
「うへぇ、ナダ村ですかぁ。あの村でフエルテなんて名前を付けるなんて、親は余程の無知か、馬鹿なんですかねぇ?」
呆れていたのはセルティン叔母さんです。ナダ村は92年前にフエルテという悪魔に支配されていたそうです。悪魔が去った後はよそ者を徹底的に排他していたそうですが、今回お父さんが布教のために行ってきたそうです。
「村人から話を聞いたが、フエルテの母親は村の出身でした。父親はヒグマの亜人でマリウスという名前だそうです。子供が生まれた時点で村八分にされたようです。その後、両親は亡くなり、フエルテは一人で暮らしていたそうです」
「マリウス……。蟲人王国ではよく付けられる名前だな。相手はエビルヘッド教団の信者なのか?」
疑問を口にしたのはハンゾウ小父さん。この人とセルティン叔母さんは一週間の騎士という特別な役職を持っています。とても強いです。
「その可能性は高いですね。私が来たときにはフエルテは村の嫌われ者に痛めつけられていました。そいつは撃ち殺しましたが、村人は私を憎むどころか感謝していましたね。余程嫌われていたのでしょう」
「村にとって村人はタダの住民ではなく、家族も同然です。それが死んでも感謝されるなんて……。その人は本当に本心からあの子をいじめていたのでしょうか?」
アマブレ小母さんが疑問を呈します。普通村八分は火事と葬式以外は関わりません。それなのに子供のフエルテを痛めつけるなんて正気の沙汰ではありません。私はフエルテに同情の目を向けました。
するとフエルテはきょとんとしていました。私の向ける目が理解できないようです。
……この子はろくな愛情を受けていないんだ。村ではひとりぼっちだったんだ。この子は私と違って愛を与えられたことがないんだ。
私はこの子に愛を与えたいと思った。
「まあ、その話は後です。今後フエルテは私の家で引き取り、使用人として働いてもらいます。コンシエルヘ、この子には使用人と同じ部屋に住まわせなさい。そして力仕事を優先に与えるのですよ」
お父さんの言葉に、私は目を見開きました。




