終わりの始まり
「すべてはエビルヘッド様の思惑通りだったのです」
猛毒の山にあるキングヘッドの宮殿。そこでフエルテたちはキングヘッドの間で謁見していた。
フエルテとアモルはもちろんのこと、ビッグヘッドの大群から逃げおおせたヘンティルとイノセンテの姉妹もいた。
プリンスヘッドは父親の横で待機している。
キングヘッドは救い出され、王座に腰を下ろしていた。
もっともビッグヘッド故にどこが腰かは不明だ。ちょこんと王座に頭がのっかっているように見える。
そしてキングヘッドの口からとんでもないことが出たのであった。
「エビルヘッドの思惑だって? なぜあなたはエビルヘッドに敬語を使うんだ?」
フエルテの疑問である。それをキングヘッドは答えた。
「エビルヘッド様はすべてのビッグヘッドの造物主だからです。
私はパインクラスならあの方は世界樹級といえるでしょう」
衝撃の告白であった。だがエビルヘッドはすでに倒されている。
もう脅威は去ったはずであった。だがキングヘッドは身体を横に揺らす。否定しているようだ。
「エビルヘッド様の目的は不老不死だったのです。今回フエルテ殿に倒されたことはその一歩だったのですよ。
神応石。これがすべての始まりでした。二百年前の惨劇でエビルヘッド様は偶然神応石を身に着けたのです。
そしてそれらを分割し、様々なビッグヘッドを生み出しました。
私の様に人間たちを守る者もいれば、人間に敵対するものもおります。
これはヴェーダ神話に出てくるシヴァという神と同じです。
暴風雨を司り、破壊的な風水害ももたらすと言われています。
同時に土地に水をもたらして植物を育てるという二面性があるそうです。
ビッグヘッドもそのような形にしたのですね」
「エビルヘッドが生まれた理由はわかりました。ですがそれと不老不死に何の関わりがあるのでしょうか」
今度はアモルが訊ねる。
「神応石の性質を利用しているからですよ。
今回の出来事でオルデン大陸全体にエビルヘッド様の悪行が伝わりました。
それと同時にフエルテという新しい英雄が登場したのです。
すでにエビルヘッド教団はこの話を広めているでしょう。
教団の信者たちはエビルヘッド様は死んだが、再び蘇るために祈りをささげております。
逆にフエルテ殿は物語の主人公として広め、悪いことをすればエビルヘッド様が蘇り、ビッグヘッドの国に連れていくと躾けるのです。
こうして知らない人でも偶像として生き続けるのです。そして神応石はそれに呼応しているのですよ」
エビルヘッドの最後のとき、ベルゼブブという男が乱入した。
そいつはエビルヘッドから神応石を取り出したのだ。
あれを別のビッグヘッドに移植することでエビルヘッドを誕生させようとしているのかもしれない。
人は二度死ぬと言われている。
一度目は肉体の死。そして二度目はすべての人間に忘れ去られたときだ。
そういう意味では歴史の人物などは今も生きていると言えるだろう。
古代の王クレオパトラに、アレキサンダー大王。
カルタゴの英雄ハンニバル・バルカに、秦の始皇帝などもそうだ。
エビルヘッドはそれを狙っていたのである。
普通なら死んで終わりだが、神応石があるのだ。その力で再び生を授かろうというのだろう。
「そもそもフエルテ殿のような境遇の方が生まれたのは偶然ではないのです」
「どういうことだ?」
「エビルヘッド様のもくろみですよ。人間と亜人を差別させる。そこで生まれる悲劇を利用したのです。
人間と亜人との間に生まれた子供が苦難を乗り越えエビルヘッド様を倒す。
なんという英雄譚でしょうか。いい噂は広まらないかもしれませんが、子供が好む話としては及第点でしょう。
例えば紙芝居にして各村を回る。娯楽に飢えた子供たちの人気者になるでしょうな」
するとフエルテの誕生はすべて作り事だったのか。
人間と亜人の禁断の恋も、混血児として虐げられた日々も、そして教団に拾われ、司祭の杖として育てられたのも計算のうちだというのか。
「あら、それがフエルテだっていうの? でも世の中にはそんな不遇の子はいっぱいいるのよ。
フエルテだけを狙うのは無理があると思うわね」
ヘンティルが疑問を呈した。確かにフエルテをそのように育てるなど不可能だ。
「もしかしたら偶然かもしれないです~。他にも似たような人はいっぱいいたと思うです~。
それがたまたまフエルテさんがエビルヘッドを倒したということだと思うです~」
イノセンテが答えた。確かにフエルテ一人を狙い撃ちにするのは無理がある。
フエゴ教団の本山にはフエルテと同じ境遇の人間は大勢いたのだ。
自分の同期にも二人ほど似たような人間がいる。
フエルテが偶然倒しただけだったのだ。
「それと今までの出来事はエビルヘッド教団のテストかもしれないです~。
いろんなビッグヘッドが襲撃させることでフエルテさんを成長させたのかもしれないです~」
その通りかもしれない。
最初の村ではタング・ランサーといい、舌を槍のように操っていた。
次の村、ヘンティルとイノセンテの生まれ故郷ではトゥース・ガンナーが出た。歯を縦断のように吐き出していた。
そして途中の人喰い洞窟ではリップ・アサシンに襲撃されている。
それらのビッグヘッドはすべてフエルテを鍛えるためだったのだ。
そう考えるとフエルテは怖くなっていた。
自分たちをもてあそび、自分の思い通りに事を運ばせるエビルヘッドに恐怖が湧き出てくる。
「どうしてキングヘッド様は何も教えてくださらなかったのですか?
プリンスヘッド様も何も語ってはくれませんでしたし」
アモルが抗議する。最初から話してくれれば対処できたはずなのだ。だがプリンスヘッドは否定する。
「話すことはできなかったのです。エビルヘッド様が生きている限りはね。そのように制約されていたのです。
逆に今は死んでいるので話すことができたのですよ」
なるほどと思った。
もっとも真意を知ってもどうにもならなかっただろう。
何しろエビルヘッドは脅威だ。村だけでなくいずれはフエゴ教団本山を襲撃していたのかもしれないからだ。
フエルテが失敗しても別の英雄候補を利用すればいいだけである。
これからはエビルヘッド教団の戦いが始まるだろう。
それは終わりの見えない戦いであった。
「そういやなんでエビルヘッドは、自らを邪悪と名乗っているのだ?
キングヘッド様のように自我を持つビッグヘッドを作れるなら神を名乗ればいいのに」
フエルテが疑問を口にする。それをキングヘッドが補佐した。
「ゲン担ぎですよ。
邪悪はスペルで、E・V・I・Lと書きます。
これを逆さにすればL・I・V・E。生き延びる《ライブ》になるのです。
生の反対は死。つまり死んでも生き延びるという言葉遊びなのですよ」
それを聞いたフエルテたちは呆気にとられた。
☆
夜中の猛毒の山の頂にフエルテとアモルは立っていた。
夜空には星が瞬いている。丸い月がぽっかりと浮かび、二人を照らしていたのだ。
町にはビッグヘッドたちが人間と同じように生活を営んでいた。
ヘンティルたちはその様子を見て驚いていた。当然であろう。
何も知らない人間にとってビッグヘッドが人と同じ暮らしをしているなど想像の範囲外なのだ。
「まったく人生とはわからないものだな」
フエルテがつぶやいた。
「村にシンセロ様が来て、俺を拾ってくれなかったら、お前と出会えなかった。
この出会いに感謝だな」
突然自分に対して礼を言うフエルテ。アモルはそこに不安を感じていた。
「私もあなたの出会いに感謝している。あなたは私を男扱いしてくれた。
他のみんなは私を女扱いしていた。それがたまらなくつらかった。
私はあなたと出会えてよかった。これからもよろしくね」
アモルはフエルテの手を握った。
「うぉぉ……」
突如、うめき声がした。いったい誰かと思って後ろを振り向く。
そこには一人の大男が立っていたのだ。
熊のような図体をしている。フエルテはそれを見て顎が外れそうになった。
「オソさん!?」
それは昔シンセロに殺されたはずのオソであった。
それが青白い肌をしており、眼は白く濁っており、顎をだらしなく開いている。
「殺すぅ、殺してやるぅ。俺を殺した奴は殺してやるぅ」
腹から絞り出すような声で迫ってくる。
オソはかつてフエルテを虐待した男だ。無力な子供であったフエルテをいたぶって楽しんでいたのだ。
フエルテは震えている。幼少時の記憶がよみがえったのだろう。
だがフエルテはすぐに両腕を上にあげ、力こぶを作った。
「マッスル・ガスト!!」
つんざく音と共に、オソの身体は真っ二つになった。それっきり動かなくなる。
「やったね。フエルテ」
アモルが称賛した。
「ああ、なんとかできた。だがなんでオソが……」
「そいつは神応石で動かされていたのさ」
別の場所から声がした。相手は緑色のマントを羽織った女性だった。
ゴーグルと防塵マスクを身に着けている。髪は栗色で腰まで伸びていた。前髪はぱっつんとそろえてある。
身体の体系が丸わかりの衣装だ。ハイレグカットを大胆にさらしている。後ろの方も尻が丸出しであるのは間違いない。
「オレシニスさんではないですか。どうしてここに?」
アモルが訊ねた。確か薫風旅団の傭兵だったはずだ。
オレシニスは飄々としている。相変わらずゴーグルとマスクのおかげで顔と声がわからない。
大体四〇歳くらいだろうが、身体の作りはがっしりと鍛えているおかげで若々しく見える。
それでいて言動に老獪さを含んでおり、ただ者ではない空気を生み出していた。
「ちょいとした野暮用でね。仕事が終わった後、別の仕事でここに来たわけだ」
「なるほどな。であんたはオソさんのことをどれだけ知っているんだ?」
フエルテが睨むように言う。あまりにも偶然の出会いなので疑っているのだ。
オレシニスは怯むことなく自然体を崩していない。
「どれだけ知っていると言われても困るな。そいつはあくまで過去に見たことを教えただけだ。
事情のある遺体に神応石を埋め込む。そして周りの人間が噂する。そうすることで遺体を蘇らせる寸法さ」
オレシニスが説明する。神応石の力は恐ろしい。フエゴ教団に深く関わりのあるフエルテたちだからこそわかるのだ。
フエルテの使うマッスル・スキルがそれである。
想像力を磨くことで、習得したのだ。大抵は失敗するがフエルテは見事乗り切ったのだ。
「あれ、なんかエビルヘッドに似ているかも」
アモルは思った。神応石を埋め込み、人の噂を利用する。エビルヘッドの復活方法と似ているのだ。
「もしかすると死体蘇生はエビルヘッドの実験だったのかもしれないな」
フエルテはつぶやいた。そうなるとこの問題は根の張るものかもしれない。
「おそらくエビルヘッドは各地で工作をしているかもしれない。
エビルヘッドが死んで終わりではないのだ。むしろ始まりだ。
例え俺が殺さなくても別の人間がやっていたかもしれない」
エビルヘッド教団はこれからもフエルテたちにちょっかいを出すだろう。
そしてフエゴ教団が思いもよらない方法で攻撃してくるに違いない。
フエルテはアモルの右肩を掴み、抱き寄せる。
アモルは赤く乙女のように顔を染めた。
「お前は俺が守る。俺たちの戦いはこれからだ!!」
フエルテはそう胸に誓ったのであった。
「あら。愛の告白かしら。焼けるわねぇ」
「男同士の友情? それとも愛情? 胸が熱くなるです~」
それをヘンティルとイノセンテに見られた。
フエルテとアモルは共にゆでだこのように赤くなる。
それをオレシニスは温かく見守っているのであった。
今回で最終回です。
長い間応援ありがとうございました。
次回作にご期待ください。




