嵐の痕
「なんだこれは?」
太陽が真上に昇っている時刻、半壊になった村にフエルテたちはいた。
揶揄ではなく、本当に村の半分は破壊されていたのだ。
家はぺしゃんこに潰れ、村中巨大な足跡でぼこぼこに穴が開いている。
巨人でも通ったのかと疑うほどの壊滅っぷりであった。
村人の中には亡くなった者もおり、全身をシーツにかけられている。
その横で家族が悲しみにくれているのであった。
「なんということだ。こいつはエビルヘッドの仕業に違いない」
フエルテが背中から声がする。それはリュックサックのように背負っていた。
プリンスヘッドだ。通常のビッグヘッドと違い一回り小さく、十歳児のようなしゃべり方をしている。
村人の中で彼を見たものがおり、大声を上げた。
怪物が村に入り込んだから警報しようとしていたと思ったが違う。
村人はプリンスヘッドの周りに集まると涙を流し始めた。
「ああ、プリンスヘッド様。よくぞご無事で」
「村のあり様を見てください。エビルヘッドです。エビルヘッドのせいでむらはめちゃくちゃです」
「このままだとキングヘッド様の身が危険です。お急ぎください」
その様子を見たヘンティルは首をかしげる。
村人たちはビッグヘッドを恐れていない。そして伝説に訊くエビルヘッドとキングヘッドの名が出ていた。
いったいどういうことだろうか。ヘンティルは訊ねてみた。
「あなたたちはビッグヘッドを見て何とも思わないの?」
「思わないよ。そりゃあ人を襲うビッグヘッドはいるけど、プリンスヘッド様たちは違うからね」
若い男性が答えた。そんなの常識だろと言わんばかりである。
ヘンティルはますますわけがわからなくなった。それをアモルが代弁する。
「簡単です。キングヘッドと交流があるかないかで決まるからです」
ビッグヘッドは一般的に得体のしれない怪物だ。
巨大な人間の頭部に手足が生えた異形の生き物。話し合いなど一切通じない人類の敵。
だがフエゴ教団やこの村のようにキングヘッドと交流のある場合は別だ。
かつて人類は使用済み核燃料を処理するためにビッグヘッドを遺伝子工学で生み出した。
その後、キノコ戦争。核戦争によって地球は荒廃したのである。
核爆発でキノコ雲が発生するので、キノコ戦争と呼ばれているのだ。
長い核の冬で人間たちの生態は変化した。
そこで亜人が生まれたのである。
一か所に固まった人間たちは人以外の物になりたかった。
死んだ人間の肉を食べたいからである。獣かそれ以外の物に変化すれば食料は幾らでもあるからだ。
その願いは叶えられた。人は亜人に変化したのである。
フエゴ教団は当初亜人の存在に疑問視したが、亜人たちの作った亜人全書を読み謎が解けた。
亜人たちは神応石の影響で変化したのである。
人間の肉を食べて腹を満たしたい。人間以外になれば生き延びれるに違いないと。
それが個人だけならそのまま飢えて息絶えていただろう。
しかし集団ならばどうか。集団心理で人以外の存在になりたいと願ったとき、人の身体は変貌したのだ。
環境によって人は体質や体格が変化するものである。
アフリカの黒人は熱い太陽に耐えられるために髪の毛が縮れ、肌を黒くすることで日焼けを防いだ。
アラスカのエスキモーは寒さに耐えるために毛が濃くなり、獲ったばかりのアザラシの内臓を生で食べれるようになった。
砂漠の部族は砂嵐に耐えるために眉毛が長くなり、鼻や耳の穴をふさげるようになった。
人間はあらゆる環境でも生き抜くことができるのである。
さすがに放射性物質が濃い場所は死ぬしかないが、それでも突然変異で生き延びれる可能性はあった。
そして変わったのは人類だけではなく、ビッグヘッドも変わったのである。
「それがぼくの父上、キングヘッドなのです」
プリンスヘッドが解説した。
「神応石を取り込んだ父上は百五十年前に亜人たちの村に赴き、知恵を与えました。
英語を教え、家畜や家禽の代用として繁殖力の強い山羊や、インドクジャクを提供したのです。
さらに数百万種類の外来種をもたらしました。生命力の強い生物をばらまき、新たな世界を作るために。
その後、フエゴ教団と連絡を取りました。当初のみなさんは警戒しておりましたが、
荒廃したイベリア半島を再建するために陰ながら協力することになったのです。
もちろんビッグヘッドを悪魔の化身として恐れる村がほとんどでした。
なのであと百年近くは機密事項とし、科学の知識が広まるまで内緒にしようということになったのです」
ヘンティルとイノセンテは話半分で聞いていた。
そういえば自分たちの村にもキングヘッドが知恵をもたらしたという伝承は聞いている。
もっとも具体的な内容はさっぱりであった。よくある神話であり、ディフォルメされた話だと思っていたのだ。
形態が異なる亜人同士の結婚を勧めたのも、キングヘッドだという。
いろんな亜人たちと混合させて実験したのだ。結果、形態が混じりあうことはなかった。
☆
さてフエルテたちは村にある教会に行った。一応、この村で一晩の宿を借りるためである。
さらに教会にある無線機などで情報を入手したいと思っていた。
途中で踏みつぶされた民家を目にする。まるで紙の箱を踏みつぶされたようであった。
そして人も無残につぶされているのだ。子供が面白半分で踏みつぶして遊んでいるように思える。
村人曰く、エビルヘッドは巨大だったそうだ。大人を軽く丸かじりで着そうな大口だったという。
丸太のように太い両腕と象のようにどっしりとした両足が猛威を振るったらしい。
口から牙が生えており、まるでアフリカゾウの牙だったと証言している。
どれほどの怪物が村にある当たり前の生活を粉砕し、当たり前の幸せを大地にこびりつかせたのか。
ドス黒い気分になってきた。
教会はやはり半壊していた。赤いレンガ造りの建物はチョコレートケーキの如く、半分に消えている。
中から蟻がわらわらと群がっているようだ。
フエゴ教団の信者である。彼らは救急箱を片手にけが人の治療を行っていた。
この村にもラタ商会がおり、援助している医者がいる。彼らと協力して死神の刈り取る鎌から村人たちを救っているのだ。
アモルは司祭を見つけると挨拶する。司祭は四十代の人間の男性であった。
白髪交じりの頭髪で、顔に深いしわが刻まれている。
エビルヘッドという荒らしに遭難し、一気に老けてしまったようだ。だが彼の脳細胞は司祭としての仕事を忘れていなかった。
彼は口早に告げる。現在、現状をフエゴ教団本山に報告している最中なのだという。
ところがそこから別の情報を得た。各村では新種のビッグヘッドたちが暴れだしたというのだ。
タング・ランサー。トゥース・ガンナー。リップ・アサシン。
これらのビッグヘッドたちが徒党を組み、人間たちに襲撃をかけたのだという。
フエゴ教団の騎士団も対応に追われており、亡くなった者は数知れないというのだ。
おそらくこれほどの悪夢は見たことがない。
早く暖かい生姜湯を飲んだ後ベッドの中に入り、ぐっすりと眠りたい気分であった。
しかしこれは現実だ。いくら頭を毛布ですっぽり覆っても目の前の光景は変わることはないのだ。
アモルはまず自分たちのできることを再確認する。
自分たちはまず猛毒の山に赴く。どうせ各地の騒動はフエゴ教団騎士団が解決するだろう。
手助けはできない。神応石の影響で得たフエルテのマッスル・スキルでも大群のビッグヘッドには敵わない。
戦闘のことは専門家に任せるべきだ。半端な正義感など足手まといの何者でもないからだ。
猛毒の山はプリンスヘッドの案内で行くことになった。
現在は緊急事態だ。キングヘッドと謁見を済ませたらゆっくり山を下りればいい。
アモルは司祭だがまだ未熟な子供である。頭でっかちで経験がない見習いなのだ。
ヘンティルとイノセンテだけはやる気満々だが、彼女らの仕事はないと思う。
所詮は何の経験もない子供など、邪魔なだけなのだ。
「明日のためにゆったりと眠るとしましょう。睡眠をとらないと健康に悪いからね」
プリンスヘッドが勧めた。外では信者たちと騎士たちが忙しそうに回っている。
アモルは手伝いたがったが、司祭がやんわりと断った。あくまで儀式に集中してほしいとのことだ。
不貞腐れながらもアモルたちはあてがわれた部屋で休むことにした。
正直村の中は蜂の巣をつつかれた如くあわただしい。とても休める状況ではない。
フエルテは無理やりでも目を瞑り、ベッドの上に寝転んだ。
ヘンティルとイノセンテは何もしないフエルテに不満を漏らすが、休むことは大事など彼女らを説得する。
アモルは自分の拳銃を取り出し、手入れを始めた。拳銃を解体し、掃除道具を使って綺麗にした。
ヘンティルたちはすることがないので、スクワットをし始めた。
プリンスヘッドはフエルテの腹の上で猫のように丸くなりながら寝ている。
ゆったりと、そして神経をヤスリで削られるような時間が流れた。
腹が痛くなってくる。落ち着こうとして深呼吸をし、気持ちを落ち着ける。
目を瞑るだけでも気持ちは安らいでいった。少しでも睡眠をとることで頭をすっきりさせたかった。




