アモルの秘密
「私は男になりたかった」
暗闇の中、アモルとフエルテ、ヘンティルは火を焚き、囲んでいる。
洞窟は崩れ、イノセンテは行方不明だ。だがヘンティルは気にしない。彼女の実力ならこの程度は屁ではない。ドジョウの安否も気になるが、それは仕方のないことだ。
「子供の頃から女の子扱いされるのが嫌で、体を鍛えていました」
アモルは男だった。だが生まれつき華奢な体つきであり、女の子に間違えられていた。筋肉を付ければ男らしくなると思ったが、肉が全くつかなかった。
筋力だけは人一倍強かったが、男らしさはまったく身につかないのだ。
女性に告白したら泣かれた。自分より美しいのに告白するなど馬鹿にしていると思われたのだ。
アモルの容姿は父親のシンセロに似ており、怪力は母親のフエルサに似ていた。
正直父親は好きではなかった。力強い母親が大好きだった。だが年を取ってもアモルは男らしくならないのである。声も変わらず髭も生えない。
アモルは年頃の娘たちと比べてますます美しくなった。周りの人々もアモルを女だと思っており、頭の痛い日々を過ごしていた。
アモルを男扱いしたのは家族とフエルテだけである。そして同期くらいなものだ。
ただし弟のアミスターは女性にしか見えない兄のせいでいじめられていたため、嫌っている。
初対面の人間には何を言っても信じてもらえない。なのでアモルは女性らしく過ごすことにしたのだ。前に髪の毛を剃っても女性に間違えられたこともあった。
「あなたはあたしと同じね」
ヘンティルが感慨深い声で言った。
「あたしも昔はきゃしゃな体だったの。でもオンゴは大抵性別が逆のように見られるでしょう。毒キノコなのに見た目と中身が同じなことに疎外感を感じたの。だから身体をおもいっきり改造してオンゴらしくなったわけね。その結果がこれよ」
ヘンティルは右腕で力こぶを作る。今の彼女は筋肉モリモリの大男に見えた。だが種族としてのコンプレックスを感じていた彼女にとって今の体格は望むべく得た力なのだ。
「だけどあなたの胸を触っても違和感がまったくなかったわ。おそらく大胸筋が鍛えられていたからでしょうね。女性の胸と言われても信じると思うわ」
ヘンティルは欲情で揉んだアモルの胸を思い出す。確かに柔らかさは皆無だったが、ヘンティルの胸も固い。それで勘違いしたのかもしれなかった。
「いえ、女性と思われても困るのですが。それにしてもあのビッグヘッド、リップ・アサシンは何がしたかったのでしょうか」
アモルが話題を変えた。確かにリップ・アサシンたちはろくに攻撃もできずフエルテによって一方的に屠られた。まるで死にに行くために出てきたようなものだと思った。
「今思えば、谷底に襲撃してきたビッグヘッドも似たようなものじゃないか? あいつらは死ぬ前に壁にへばりつき、そのまま木になった。あれは俺たちの行く手を遮るためだったのではないか?」
フエルテが疑問を口にする。アモルもそれに賛同した。
すると反対方向に出現したビッグヘッドたちも同じではないか。
こちらは薫風旅団が倒したために、道をふさがれた形になったのだ。
偶然かもしれないが、自分たちが何者かによって操られている気がする。そんな違和感があった。
なんともいえない雰囲気に包まれ、三人は沈黙する。誰かの助けを待つよりすることがないのだ。
その内洞窟に何か音が聞こえてきた。ざっざっざと何か土を掘るような音だ。
はてな、どこだろう、どこから聞こえるのだろうと耳を澄ませると、それはフエルテたちの真下から聞こえてきた。
闇の中で目はだいぶ慣れてきている。地面がいきなり盛り上がった。そして一気にそれは粉塵をまき散らしながら飛び出たのである。
フエルテたちはけほけほと咳をし、涙目になったのでこすった。視界が明るくなるとそこには一体のビッグヘッドが立っていた。
それは全身毛むくじゃらである。毛の生えたビッグヘッドなど初めて見た。
見た目はもぐらに見えた。小さな目に平たい鼻。口から出っ歯が生えている。そして両手両足は槍のように鋭い爪が冷たく光っていた。
もぐらのビッグヘッドであり、リップ・アサシンのリーダー。暗殺者の土竜と名付けよう。
アサシンモールはフエルテとアモル、ヘンティルを見回すとすぐさま自分が掘った穴の中へ飛び込んだ。
いったい何をしたいのだろうか。そうこうするうちに洞窟全体に反響音が鳴り響いた。
まるでガッガッガと掘削されるような音だ。
耳鳴りがひどく、場所が特定できない。耳がひどく痛む。
するとフエルテの頭に埃が舞い降りた。天井だ。天井が崩れて、モールヘッドがフエルテの上に落下したのである。
あまりの衝撃にフエルテは内臓を押しつぶされた。腹の中が熱と血でぐつぐつと煮だつ感じである。アサシンモールはすぐに穴へ飛び込む。
「フエルテ大丈夫!!」
アモルが心配そうに声をかけた。その度にやまびこのように帰ってくる。
「アモルさん。あなたの拳銃でなんとかできないの?」
ヘンティルが訊ねるが、アモルは首を振る。
「この状況では無理です!! 現在洞窟内では粉塵がまき散らされています。拳銃を使えば粉塵爆発が起きる可能性があるのです!!」
粉塵爆発とは大気中に舞い上がった小麦粉や埃などに火種を入れると爆発を起こす現象である。ちょっとした火花でも一気に燃え上がり、爆発するように見えるのだ。
炭鉱などで爆発事故が起きるのはこのためだ。アモルは拳銃を扱うにつれ、ある程度の必要な知識は学んでいる。
「それに洞窟内で拳銃を使えば鼓膜が破れます。さらに衝撃音が巻き起こり、洞窟内が崩壊する可能性があるのです」
アモルは悲痛な面持ちで説明した。
洞窟内には土だけでなく、岩を掘る音も混じっている。掘った穴から出てくるかと思えば、壁からいきなり飛び出してきた。
その際に岩壁の破片がフエルテに飛び散る。
穴から飛び出ずそのまま再び穴を掘る。
徹底的に姿を消し、一方的に相手をいたぶる算段だ。こいつはまぎれもないバンブークラスである。
「きゃあ!!」
ヘンティルが悲鳴を上げた。彼女の足元が盛り上がり、吹き飛ばされたのである。
彼女の巨体は宙を舞い、そして岩肌の地面に落下した。がふっと血を吐く。
それを見たフエルテは激高した。ここが戦場であることが忘却されるほど怒りで真っ赤になる。フエルテはヘンティルに駆け寄ろうとしたが、つまずいた。
穴が開いており、それに足を引っかけたのだ。当然アサシンモールの仕業である。
そいつは天井から再び落下した。その先はフエルテである。仰向けの彼の腹にずしんと落ちた。
フエルテは白目を剥き、血を吐き出す。マッスル・スキルを使う隙を与えないビッグヘッドになすすべはないのか。
ヘンティルは気を失ってしまった。残るはアモルのみ。
だが我々は知っている。アモルは女性ではない。男だ。そして彼は母親譲りの怪力がある。ただしそれをどう使うかはまだ謎だ。
アモルは瞑想していた。深呼吸をしながら気持ちを落ち着かせる。フエルテの無残な姿を見て、切れかけていたが大丈夫だ。
アモルは服を脱ぐ。武器を装備したローブを取り外し、裸になる。身に着けているのはパンツ一枚だ。股間は膨らんでいる。下手すればフエルテより立派なお宝だ。
体つきは華奢に見えるが、胸のふくらみ加減で男とわかる。だが遠目ならやはり女性と間違えるくらいだ。尻の肉付きは完璧に女性ならではの曲線美である。
アモルは集中する。全身の神経を敵に傾けるのだ。肌には洞窟内部の冷たさと、吹き抜ける風、そして充満した土と岩の臭いと埃が鼻につく。
アモルは両足をそろえる。そして両腕を前に突きのばし、後頭部に組む。アブドミラルアンドサイのポーズだ。だが彼にマッスル・スキルは使えない。
精神集中のポーズだ。元々フエルテはアモルの母親であるフエルサの勧めで肉体改造をしていたのだ。アモルも逞しくなりたいと二人で一緒に練習を繰り返していたのである。食事のメニューも同じだ。それでも体質なのかアモルはフエルテほどのバルクを得ることはなかった。
だが長年磨き抜かれた肉体は金剛石のような輝きを放っている。母親譲りの筋肉は見た目ではなく、戦闘向きに特化されたのだ。
カタリ。アモルの足元に音がした。相手は下から攻撃してくる。
そして地面からアサシンモールが飛び出した。
その瞬間アモルは両足を扇のように広げて飛び上がった。
臀部に力を込める。アモルの尻がアサシンモールの頭部に衝突したのである。
飛び出す際の衝撃と、アモルの尻が落下して生じる力。それらが合わさり絶大な攻撃力を生み出したのである。
アサシンモールの顔がつぶれた。アモルの尻は鋼鉄のように固い。幼少時変態がアモルの尻を狙ったが、返り討ちにしたほどである。
後日それを知ったフエルサは感心して言った。
「あんたのその尻。ケツ圧の力だね」と。
アモルの圧倒的なケツ圧により、アサシンモールを撃退することができたのだった。
そして地面に倒れたアサシンモールは痙攣し始める。寿命が尽きるのも時間の問題だ。
「えっ、えっ」
どうせレッド・クレストやクレスト・モンキーと同じ文句を言うだろうとアモルは無視していた。今はフエルテとヘンティルの治療が先だからだ。
だがアサシンモールの断末魔は意外なものだった。
「エビルヘッド様の挑戦権を獲得した。おめでとう」
その言葉を残しアサシンモールは木に変化した。
☆
「あなたってすごいのね。感心したわ」
治療を終えたヘンティルがアモルに感謝の言葉を述べる。
気を失ったが途中でアモルの戦いを見ていたのだ。彼の立派な臀部がビッグヘッドを叩き潰した様は感動したものである。
「あまり使えない技です。女の子なんだからはしたないと言われるから」
実際は男なのだが、見た目のせいでつらい思いをしてきたのはわかる。
幼少時でもパンツ一丁で出歩くと「女の子なのに」と言われ、服を着せられたことは日常茶飯事であった。海に行っても同じである。鍛えた大胸筋のおかげで乳房と勘違いされるのだ。
「私はあなたを誤解していたわ。懐に隠した拳銃に頼り、フエルテさんに守られるか弱い女性と思っていた。
でも本当は股間に拳銃を隠し、いざというときはフエルテさんをその尻で守る強い漢だったのね」
漢と言われて思わず照れるアモルだった。
「だがアモル。やつの言ったことは本当なのか?」
治療を終えたフエルテが訊ねる。
「本当よ。エビルヘッドの挑戦権を獲得したと言った。今までにない傾向だったから覚えている」
「あたしもうっすらと聞いていたわ。確かにアモルさんと同じ文句よ」
ヘンティルも同意する。そうなるとますます話が分からない。
今までのバンブークラスたちは試験管だったのか? フエルテたちがエビルヘッドと戦うためのテストだというのだろうか。
だがそうなると今までのビッグヘッドたちの行動が理解できる気がした。
レッド・クレストにしろ、クレスト・モンキーにしろ、彼らの動きは何かの意志を感じた。それがフエルテの実力を測るためであったなら納得できる。
「でもエビルヘッドとは何者かしら? なんでバンブークラスのビッグヘッドを操ることができるのかしらね?」
「……それは」
アモルが口を挟もうとすると、何やら音が聞こえる。
リップ・アサシンたちによって崩れた岩からだ。ザッザッザと掘る音である。
そして岩が一気に崩れ落ちると、そこから勢いよくゴム毬のようなものが飛び出たのだ。
それは洞窟の壁に衝突し、飛び跳ねる。天井や地面に何度も衝突した後、やっと止まった。
「ふ~。目が回っちゃいました。やっぱり勢いよく飛び出すのは危ないですね」
巨大かぼちゃのような大きさのそれは口を開いた。通常よりも一回り小さいが、丸っこく人の顔が付き、手足が生えているその姿はビッグヘッドそのものである。
だが雰囲気がまるで違う。丸っこい頭部に太い眉毛に丸くくりくりした目。だんご鼻に大きな口。額にはサークレットを付けており、蒼い宝玉がはまっていた。
なんとなく愛嬌のある表情で、ビッグヘッド特有の不気味さが感じられない。
異形の姿ではあるが、童話に出てくる善良そうな妖精と言われても納得できる。
「おや? あなた方はアモルにフエルテですね。ご無沙汰しております」
異形の怪物はアモルたちに視線が合わさると挨拶を交わした。
「あなたはプリンスヘッドですね。こちらもご無沙汰しております」
「右に同じく。なんでお前がここに来ているんだ?」
アモルとフエルテはプリンスヘッドと呼ばれるビッグヘッドと親しく話している。
その様子を見てヘンティルは困惑した。
「ななな、なんでビッグヘッドが流暢に話しているのかしら!?」
ヘンティルの驚愕は正当である。バンブークラスのビッグヘッドは断末魔にしゃべった程度だが、こちらは普通に人と話しているのだ。しかもアモルたちは顔見知りの様子である。
「もう一人いらっしゃったのですね。初めてお目にかかります。ぼくの名前はプリンスヘッド。キングヘッドの息子です」
プリンスヘッドの言葉にヘンティルは驚いた。
キングヘッドの名前は知っているが、それはあくまで伝説の話だ。目の前にいるビッグヘッドがキングヘッドの息子と告白する。それはヘンティルにとって天変地異が起きたような衝撃であった。頭がぐらぐらと揺らぐ。それはキノコの傘に見える髪型のせいではない。
「お姉さま~。ご無事ですか~」
のんきな声が聞こえてきた。それはイノセンテである。背中には背負子はなく、ドジョウはいない。
妹の無事にヘンティルは安堵した。
「無事よ。あなたこそケガはない?」
「ないです~。なんとか岩はよけられたです~。あとドジョウさんは外に出て無事に騎士さんたちに預けたです~。その場で血清を打ってもらったから大丈夫です~」
イノセントの報告に一同は安堵した。あとはプリンスヘッドの問題である。もしかしてこいつはパインクラスなのかもしれない。
「ところでイノセンテ。あなたはどうやってここに来たのかしら?」
「はい! そこのプリンスヘッドさんに案内してもらったです~。プリンスさんはすごいんですよ、岩をチーズのようにかみ砕いて目から噴き出すんです。それを繰り返して穴を掘ったんです~。そのおかげで早くお姉さまたちを救出できたです~」
イノセンテは無邪気に答える。その一方で人間のようにふるまうプリンスヘッドに異常性を感じなかったのだろうか。
「実はプリンスさん。フエゴ教団の神輿に乗って本山に向かう途中だったです~。それががけ崩れのせいで難儀していたところ、洞窟を出たわたくしと出会ったです~。みんなのことを話したら自分が助けに行くといってくれたです~」
イノセンテの答えにヘンティルは目を丸くした。
フエゴ教団の神輿に乗っていたということは、教団は彼の存在を認めているということだ。
だが長年ビッグヘッドは人類の敵として認識されている。これはいったいどういうことだろうか。
ヘンティルの頭は混乱している。そこにアモルが助け舟を出した。
「実は百年前からフエゴ教団とキングヘッドは通じていたのです」
アモルの告白にヘンティルは驚愕した。イノセンテはきょとんとしているだけである




