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19/30

薫風旅団のオレシニス

見ると後方でもがけ崩れが起きていた。しかも崖の左右には木が生えている。先ほどまではなかったものだ。

 先ほどの傭兵たちは全員ヤギウマから降りていた。そして雇い主であろう小柄だが頭にクジャクの羽をつけたターバンを被り、キラキラした服を着た中年の男が苛立っていた。


 ドジョウ髭を逆立てている。丸い目に熱い唇はまさにドジョウであった。


「お前らのせいで道が塞がってしまったぞ。これでは期日内に荷を下ろせない。どうしてくれるのだ」

「申し訳ありません。なんとか荷物を向こうへ運びます。そうすれば何も知らずにこちらにくる馬車に運んでもらえることでしょう」


 傭兵のリーダーは雇い主に弁解した。土砂は馬車を完全に足止めにしているが、人が通るには問題はないだろう。


「ふん。そんなことができるのか?」

「できます」


 そう言ってリーダーは馬車から荷を下ろした。それは樽を二個片手で持ち上げている。そしてさっさと土砂を上り、向こうへ運び終えたのだ。


「先ほど乗り合い馬車の馭者と話を付けました。この調子で荷を移し替えれば数刻遅れるだけになります」


 そう言われるとドジョウは黙るしかなかった。

 それにしても彼女は何者だろうか。大人でも一個が限界だろうに、片手で軽々と持ち上げるのはただものではない。


「それにしてもえらい災難だな。お前の部下は上官の命令を無視するのかね」


 ドジョウが嫌味を言った。どうやらこの事態は彼女の部下のせいであるようだ。


「申し訳ありません。まさか部下が私の命令を無視してビッグヘッドを撃ち殺すなんて。しかも崖に張り付き、がけ崩れを起すなど予測もしておりませんでした」


 聞き耳を立てていると、どうやら向こうでもビッグヘッドが襲撃したらしい。そして部下が勝手な判断で撃ち殺した。それがアモルたちと同じ事態を引き起こしたようである。

 やはりこれは計画的犯行と言っていいだろう。バンブークラスが襲撃してこないことが気がかりだが、その時はその時だ。


「そのことはもういい。さっさと荷を向こうに運び出してくれ。わしも行く。責任者としてな」


 ドジョウは頭が痛いと、土砂を上り始めた。リーダーは部下に命じて荷物を運ばせる。フエルテたちは近寄った。


「大変そうだな」


 リーダーは声を掛けられて振り向いた。するとビクッと反応する。


「初めまして。俺の名前はフエルテだ」


 残りのアモルとヘンティル、イノセンテも挨拶した。


「こちらこそ初めましてフエルテさん。薫風旅団くんぷうりょだんのリーダー、オレシニスです」


 オレシニスは頭を下げる。マスク越しで聞き取りずらかったが、どことなくハスキーな声であった。


「申し訳ないがこのゴーグルとマスクは外せない。皮膚が弱くて、すぐ被れてしまうのさ」


 先にフエルテたちの言葉を遮った。


「薫風旅団ですか。最近名を挙げている傭兵団と聴きますが」


 アモルが訊ねる。それをオレシニスが肯定した。


「そうです。特にフエゴ教団がお得意様ですね。村を守るにも騎士の数が圧倒的に足りない。だからこそ私たちのような傭兵家業が成り立つというものです」


 オレシニスは胸を張っていった。豊満な胸がつんと上を向く。

 アモルはじっと彼女を見つめていた。そして首をかしげる。


「あらそこの方。じっと私の胸を見つめるなんて恥ずかしいですわ」


 オレシニスはいたずらっぽく笑う。アモルは慌てて否定した。


「違います!! 私はただあなたが知り合いに似ているので、誰だったか思い出そうとしただけです!!」

「そう? あなたの知り合いはこの胸を持っているのかしら」


 そう言ってオレシニスはヘンティルの右手を掴んだ。そして直に揉ませる。ヘンティルは呆気に取られていた。


「……なんてすばらしい乳房なのかしら。手では覆いきれない大きさといい、ほどよい弾力と言い、女性ならではのものね」


 ヘンティルは感心している。アモルはぽかんと口を開けていた。


「うふふ。そういうことなの。もう一度訊くわ。あなたの知り合いにこの胸の持ち主はいるかしら?」


 アモルは口ごもると、首を横に振る。


「……いません」

「そうなの。まあいいわ。異性の乳房に興味を持つことは自然よ。でもあまりじろじろ見ないこと。女の子はそういった視線が苦手なのだから」

「ごめんなさい」


 アモルは顔を真っ赤にしてあたふたと慌てている。そして頭を下げた。


「あれれ~、おかしいです~」


 イノセンテが頓狂な声を上げる。


「どうしてアモル様ではなく、お姉さまに胸を触らせたですか~? アモル様もきれいな女性じゃないですか~」


「あら、そこの人は女性でしょう。だってのどぼとけがないもの」


 ヘンティルののど元に指をさす。確かにのどぼとけがない。


「私はオンゴの性質を知っているわ。彼女はベニテングダケだけど珍しい女性なのよ。これは傭兵家業で世情を知っているためね」

「そうですか~。でもアモル様に触れさせない理由にはなってないです~」


 イノセンテは食らいつく。オレシニスはアモルをちらっと見た。アモルは視線を外す。


「ただの気まぐれよ。たまたまそこの子がいたから触らせただけ。理由などないわ」


 もう話は終わりだとオレシニスは荷を運ぶ作業に戻った。


「待ってくれ。俺たちも手伝おう。重い物を運ぶのは得意なんだ」


 そう言ってフエルテたちは岩をどかす。ヘンティルとイノセンテもひょいひょいと土砂を片づけ始めた。アモルも一緒に岩を運ぶ。

 アモルは見た目に反して力が強い。重い岩を運ぶなどわけではないのだ。


「ぎゃー!!」


 土砂の上から叫び声がすると、ごろごろと何かが転げ落ちた。最初は岩かと思ったが、それはドジョウ顔の商人だった。

 ドジョウは顔が蒼くなっている。足を抑え、脂汗を流していた。


「どうしました!?」


 オレシニスは駆け寄ると、ドジョウの耳元に大声を上げる。


「さっ、刺された……。毒蜘蛛に刺された……」

「毒蜘蛛だって? どんな種類のやつだ?」

「……確かイチヤグモという種類だった」


 ドジョウは冷静に蜘蛛の種類を教えた。イチヤグモとは百年前に発見された新種の蜘蛛だ。世界はまだ未発見の新種が存在する。

 イチヤグモは刺されると一夜で命を落とす危険な毒蜘蛛なのだ。ただし沼地に住んでおり、何もない崖に住むことはない。


「イチヤグモだって? この辺りにはいない種類だ。なんでそんなものがここに……」


 オレシニスは首をかしげるが、すぐに気を取り直す。イチヤグモには血清がある。それを注射すればいいのだ。


「このまま次の公衆便所に行けば血清が置いてある。なにしろイチヤグモの被害が多いからね。だが……」


 彼女の顔が曇る。前後がけ崩れで通行できないのだ。それに土砂の上も危険だ。イチヤグモはともかく、この地に住む毒蛇とさそりが壊された巣から出てくるかもしれない。


「あの洞窟を使うといいですよ」


 それは乗り合い馬車の馭者である。


「あそこを抜ければ半日で谷を抜けられます。ただしそちらにいるフエゴ教団の司祭様でないと無理ですね。人喰い洞窟は文字通り多くの命を喰らいますから」


 馭者の提案にアモルは表情を曇らせる。さすがに未知の洞窟に入り、無事でいられる保証はない。だが急がないとドジョウの命が危ない。助かる方法があるのならそれを最優先しなくてはならないのだ。


「それしかないようだ。荷物は私が責任をもって運ぶ。あなたたちは依頼人のドジョウさんを頼んだ」

「ドジョウだって? それはあだ名じゃないのか」

「違う。本名だ」


 フエルテたちは顔を見合わせる。

 オレシニスはドジョウに応急手当てをすると、背負子を用意して載せた。

 馭者と巻き込まれた旅人たちは人喰いの洞窟にある木の板を剥がす。

 洞窟がひさしぶりにその大口を開けた。風音はまるで方向のように聴こえる。奥は闇が広がっており、獲物を喰らおうと待ち構えているように思えた。


「こいつは松明だ。それとこれもやろう」


 オレシニスは懐から取り出した。それは手のひらに収まる大きさの筒であった。丸い歯車の付いた代物である。


「ライターですね」


 アモルが受け取った。アモルはライターをいじると、かちかちと鳴らす。すると日が噴き出した。


「まあ、すごいです~。ひとりでに火が付いたです~」


 イノセンテが驚いた。ヘンティルも目を丸くする。ライターの類はまだフエゴ教団本山か、各教会にしか流通していない。なぜ一介の傭兵が所持をしていたのだろうか。

 アモルは懐疑的な目で見た。


「二年前に知り合いの司祭からもらったのです。もう亡くなっていますがシンセロ様という方でした」


 意外な人物の名前にアモルとフエルテは顔を見合わせる。

 シンセロはアモルの父親だ。優男で見た目は中性的であった。威厳を保つために髭を生やそうとしたが全く生えないのでつけひげにしたのである。


「あなたはお父様の知り合いなのですか?」

「シンセロ様をお父様と言うことはお子さんということですね。この度はご愁傷さまでした」


 オレシニスはアモルに頭を下げる。


「……確かライターの類は一般人に譲渡してはならないという規則がある。シンセロ様はそれを破ったというのか? あの人は人一倍規則に厳しいお方で、例外などないはずだ」


 フエルテの問いにオレシニスは答えた。


「これは個人でもらったわけではない。教団の許可を得てもらったのさ。何の後ろめたいことなどないよ」


 するとオレシニスは懐から一枚のカードを差し出した。それは教団が発行したものだ。

 ライターを譲渡する内容が書かれ、シンセロの名前とオレシニスの名前が記されている。

 偽装ができないよう、特殊なインクで書かれており、司祭が持つ特別なルーペで判断できる。

 ちなみにアモルが所持する拳銃も教団の許可書がなければ所持できない。

 アモルはすぐにルーペを取り出してカードを見た。ルーペの奥で文字が薄く光っている。このカードはまぎれもない本物だ。


「確かにそれなら話は分かる。だがそれは身元が証明されている人間しか許可は下りないはずだ」

「だが現実に下りている。そのカードが本物なのは司祭様が証明してくれたはずだ。あまり細かいことを気にしないことだね。言い争って依頼主が亡くなるのはまずいからな」


 オレシニスは話を切った。そして荷物運びを続ける。

 フエルテも引き下がった。目の前の女が何者かはわからない。

 今は一刻も早くドジョウを救わなければならないのだ。このままでは毒蜘蛛によって死んでしまう。


 フエルテとアモル、ヘンティルとイノセンテは人喰いの洞窟の前に立った。

 そして松明に火を付け、中へ入っていく。

 鬼が出るか蛇が出るか。それは神のぞみ知ることであろう

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