人喰いの洞窟
「ああ気持ちいいわ」
人間大の真っ赤な色をしたベニテングダケから声がした。ヤギウマが牽く幌馬車に乗っている。知らない人間が見たらお化けキノコが歩いていると思うだろう。
いや、ただのベニテングダケではない。人間なのだ。遺伝子的にもれっきとした人間なのである。
真っ赤な傘は髪の毛であり、きのこのようにつやつやとした白い肌が特徴的である。
筋肉隆々で首は太く顎が割れている。腹筋は割れており、身に着けているのは革製のビキニのみだ。
きこりか、漁師と間違えられてもおかしくない、鍛え上げられた肉の鎧が印象的である。
意外だが性別は女性だ。キノコの亜人、オンゴは食用キノコだと男に見える女性で、毒キノコだと女性に見える男なのだ。
彼女の名前はヘンティル。ベニテングダケの亜人だが、性別は女だ。
ベニテングダケは毒性が弱く、塩漬けにして調理すれば食用になる。ちなみに他の毒キノコは塩漬けにしても毒は弱くならない。あくまでベニテングダケのみの特徴だ。
彼女は村を出た。仲間と共に黒蛇河でアメリカザリガニを獲りに行くことはあったが初めての旅に心が浮かれているのだ。
村を離れ、心地よい風が吹く。その風は少し冷たいが、照り付ける日差しと相殺し、気持ちいいと口に出たのだ。
「まったくです~。村の中では味わえない、開放感がたまらないです~」
隣から間延びした声がする。それはヘンティルに勝るとも劣らない背丈の女性であった。
整った顔立ちで美人と言えるだろう。だが根っこは幼く、落ち着きがない。それに口から牙が生えていた。
褐色の肌だが表面は少しざらざらとしている。肩まで伸びた銀髪で額には触角が二本生えている。
乳房はメロンのように大きく、それを白地で黄色いラインが入ったビキニで抑えられていた。臀部には狸のしっぽのような腹部が出ていた。
彼女はサシハリアリの亜人である。名前はイノセンテという。
ヘンティルの妹だ。外見の違う姉妹だが異なる亜人同士なら珍しくはない。
姉は十八であり、妹は十五である。
姉妹は初めての旅に浮足立っていた。それを後ろにいる二人組が注意する。
「あまり浮かれないようにな。これらから行く猛毒の山はそれなりに危険な場所だ。油断しないに越したことはない」
筋肉の男が言った。それは磨かれた筋肉の鎧である。鉄と間違えても不思議ではない造りだ。
彼の名前はフエルテである。
「そうですね。一応儀式とはいえ、絶対に安全とは言えません。観光気分では困ります」
それに同意したのは髪をポニーテールにまとめ、赤いマントを着た、綺麗な顔立ちをした者だ。
名前はアモル。アモルはフエゴ教団の司祭である。ただし司祭と言ってもそのままの意味ではない。教団が所有する技術を継承した役職だ。
アモルの家は火薬を生成する技術を持っている。本来はまだ修業中の身だが両親はすでにいない。
フエルテはアモルの杖である。杖というのは相手を生涯支えるという意味がある。
剣と盾では戦い以外に無用と思われるからだ。大切なのは生活を支えることにある。だから杖と呼ぶのだ。
「もちろん油断などしないわ。むしろ今でも気を張っているわよ」
「そうです~。世の中は物騒です~、特にエビルヘッド教団が狙ってくるかもしれないです~」
ヘンティルとイノセンテは真顔で答えた。二人とも長老の子供として自覚があるのだ。
さて太陽が真上にいる時刻、街道を四人は馬車に乗っていた。次の村へ行くためである。乗り合い馬車だが客はアモルたちだけであった。
次の村で泊まれば目的地の猛毒の山まで一日もかからない。街道は整備されているが巨大生物が襲ってくる可能性は高いのだ。決して油断はできない。
馬車にごとごと揺られながら進むと、岩だらけの谷が見えた。
まるで天然の門に見える。遠くに見える雲が巨人の門番ではないかと錯覚するくらいだ。
谷の入り口の近くには赤レンガの有料公衆便所が建てられていた。
もちろん騎士たちが十数名待機所にいる。彼らは働き蜂のように飛び回っていた。
そして人力クレーン付きの大型の馬車が置かれており、数十頭のヤギウシが飼われているのだ。改良された品種であり、農作業に使うものとは一回り大きい。
この辺りはがけ崩れが多い。土砂降りでたやすく命の道を断ってしまうのだ。そのため早急に処理することが求められる。つまりは国の血管を治す医者と言えよう。
巡回もこの区間だけは念入りに行っており、夜間も休みなく見回りをしていた。馬車だけでなく、単独でヤギウマを走らせる役職もいる。
さてアモルたちの乗る馬車は谷間を進む。太陽の光はジメジメする谷を照らしている。
岩陰には毒蛇や毒サソリがわしゃわしゃと無知な犠牲者が通りかかるのを待っているのだ。
それ故に徒歩の旅人はいない。途中で小さな死神の餌食になりかねないからだ。
谷を抜けるには半日かかる。そのため手当てが遅れて命を落とす可能性があった。
もちろん公衆便所には医者も住んでおり、谷に住む毒性を持つ生物の血清は用意してある。
「あら、洞窟が見えたわ」
谷に入って数刻が過ぎた。ヘンティルが馬車の外を何気に眺めていると、言葉通りに洞窟の入り口が見える。
それは馬車一台ならなんとか入れそうな大きさだった。ただ入り口には木の板でふさがれており、立て札に人が腕でバツの字を作った絵も描かれている。
立ち入り禁止ということだ。絵で描かれているのは文字が読めない人の配慮である。
「ええ。あれは人喰いの洞窟です。昔はここを通っていましたよ。今はフエゴ教団のおかげで使わなくなりましたけどね」
馭者が答えた。
おそらく昔この区間は素通りできなかったのだろう。そして仕方なくあの洞窟を利用したのだ。そして人喰いの名に恥じず、多くの命を喰らったのかもしれない。見れば入り口の近くに花束が置かれてある。犠牲者の供養のために、騎士が定期的に置いていくのだ。
フエゴ教団が交通の便を良くしたのだろう。その意味では教団は医者と言える。不通だった血管を治したのだから。
ヘンティルはなるほどね、と納得した。
途中、大型の幌馬車三台とすれ違う。幌馬車の前後にヤギウマ二頭ずつが間隔を空けていた。
おそらく商会の物だろう。ヤギウマに乗る者たちは傭兵だ。
緑色のマントを羽織り、剣を佩き、クロスボウを装備している。
先頭のリーダーらしき人間は、フードを被り、顔はゴーグルに防塵マスクを身に着けているのでわからない。ただ胸元が蜂の巣のように膨らんでおり、腰つきも女性らしかった。そのまま通り過ぎた。もう互いのことなど気にも留めず、忘れ去るだろう。そう思われた矢先だった。
幌馬車が大きく揺れる。馭者がいきなり止めたのだろう。どうどうと興奮したヤギウマたちを宥めるのに必死であった。
「何が起きたのですか?」
アモルが声をかけた。すると馭者は慌てた声を上げる。
「でか頭です。でか頭が五体も現れたのです!!」
でか頭とはビッグヘッドのあだ名である。
そしてビッグヘッドとは人間の頭部に手足がくっついた怪物だ。なまじ人間に近いためその不気味さが際立つのである。
四人は馬車から飛び降りた。目の前に立っているのは五体のビッグヘッドだ。
酒樽ほどの大きさで、剥げ頭で緑色の肌をした異形の者たちである。みんな歯をむき出しにして笑っていた。
スマイリーと呼ばれる種類で、人間を足から小刻みにかみ砕くのだ。
「こんなところに出るとはな。よく出るのかい?」
フエルテが馭者に訊ねた。首をぶんぶん横に振って否定する。
「初めてだ。蛇やサソリはよく出るが、でか頭だけは初めてだよ」
「そうか」
フエルテは目の前の敵に向かってポーズを取る。
すぐに敵に背を向けた。そして両腕を扇のように上げ力こぶを作る。
バック・ダブル・バイセップスのポーズだ。
「マッスル・タイフーン!!」
つんざく音が発生する。フエルテはマッスル・スキルという筋肉を振動させることで衝撃波を生み出す力を持っていた。
条件はきちんと決めポーズを取ること、技の名前を叫ぶことである。これらを組み合わせないと発動することはない。活殺自在に扱えてこその技だ。制御できない技など己を滅ぼす猛毒でしかないのである。
マッスル・タイフーンは広範囲で敵を切り裂く。その分威力が弱まるので、一撃必殺と言えない。だが致命傷を与えることはできた。
スマイリーたちは両腕で自分の顔を守っていた。彼らが防御の構えを取るなど聞いたことがない。あくまでフエルテたちにとっては初めてだ。
だからだろう。マッスル・タイフーンの刃は両腕を切断したが、頬肉までは切り裂けなかった。だが足取りはおぼつかない。技は効いているのだ。
するとスマイリーたちは一斉に獲物に背を向けて走り出した。そして左右の崖にへばりつく。
そして木に変化し始めたのだ。そこで問題が起きた。
がけ崩れを起こしたのである。それはスマイリーたちのせいだった。彼らがむき出しの岩盤に張り付き、木に変化したからだ。
そのために岩盤はもろくなり、がけ崩れを起こしたのである。前方の道は岩で塞がってしまったのだ。
「あらら。これはいけませんわね。騎士たちが巡回して来るのを待つしかないですわ」
ヘンティルがつぶやいた。急ぎの旅ではないのだ。緊急事態なら延長しても問題はない。
だが内心疑問が浮き上がっている。スマイリーたちがわざわざ崖にへばりついたことがおかしいのだ。まるで自分の死を利用して道をふさいだのではと疑っている。
基本的にビッグヘッドに知性はない。ただ本能の赴くまま行動するだけだ。
逆に規律した行動をとる場合がある。それは自分より階級が上の存在に命令されることだ。
パイン、バンブー、プラムと三つの階級に分かれている。
先ほどのスマイリーはプラムクラスといい、よく見かける形態だ。
それに命令を下せるのはバンブークラスであり、ある程度の知性がある。
そしてパインクラスは人間と同じ知性を持ち、しゃべることができる。エビルヘッドはそれだと言われていた。
アモルもフエルテは同じことを考えていた。どこかにバンブークラスがいて、自分たちを狙っているのではと気配をうかがっていた。
「ばかもーん!!」
後方から雷のような怒声が響き渡った。それは先ほどすれ違った馬車の方からだ。
奴隷ゾンビを作って最強になろうを始めました。
こちらとは毛色の違う作品なので期待してください。




