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17/30

再びお風呂場にて


「ああ、いい湯だ」


 教会には必ず風呂が設置されている。十人ほどがゆったりは入れる大きさで、壁に鏡が二十枚ほど張られていた。村にある銭湯と同じ造りである。

 蛇口があり、ひねれば水が出る仕組みである。これは井戸水をくみ上げて作られたものだ。一般家庭ではまだ井戸を利用している。


 すでに司祭や信者たちが入浴したので残るはフエルテたちだけであった。

浴槽にはフエルテが一人で入っている。ゆったりと湯船に浸かっていた。


「……きょうはいろんなことがありすぎだ。少し瞑想してみるか」


 フエルテは深呼吸を始める。瞑想とは頭をからっぽにすることだ。呼吸をすることで雑念を追い払うことができる。

 目は閉じない。ただぼんやりと呼吸をするだけだ。

 聴こえる音は湯気が立ち上る音。そして湯船から流れ落ちる水の音だけである。


「フエルテ様~。湯加減はいかがですか~」


 そこに闖入者が現れる。イノセンテだ。彼女はバスタオルを一枚巻いただけである。


「イノセンテ! 殿方が入っているのですよ。ふしだらではありませんか」


 今度はヘンティルだ。こちらもバスタオルを巻いているが、彼女の頭は白菜みたいになっている。髪の毛をタオルで巻いているのだ。頭を下げないと、入り口にぶつかってしまうほどである。

 キノコの亜人の傘は髪である。幼少時から髪の毛が自然に絡み合い、キノコの傘を生み出すのだ。

 ちなみに髪は剛毛であり、切ることはできない。年を取っても髪の性質は変わらず一生を終えることがほとんどだ。


「きゃっ、恥ずかしい!!」


 ヘンティルは胸を隠した。彼女は女性だが見た目は筋肉隆々の大男だ。しかも声は野太い。まるでオカマのようである。


「なんだお前ら。今は男の時間だぞ。女は俺たちが上がってからにしろ」


 フエルテは目の前の二人を見ても冷静なままだ。ちなみに二人の後ろにはアモルが控えている。どこか入りづらそうな顔をしていた。


「何を言ってるんですか~。アモル様は平気で入ろうとしてましたです~」

「アモルさんはよくてあたしたちだけだめなんてずるいと思いますわ」


 ヘンティルが紅潮させながら言った。先ほどはふしだらと言ったが、アモルの行動には納得いかないようである。


「いや、アモルはいいんだ」

「そっ、そうですよ。私は男の人と一緒に入るのが好きなんです」


 アモルの爆弾発言に、姉妹は目を丸くした。


「まあ! 男の人が大好きなんて、司祭にしては大胆すぎだわ!!」

「いいえ大丈夫です~。司祭はあくまで役職で別に制約とかはないのです~。自分の大好きな人と一緒にお風呂へ入ることくらい朝飯前です~」

「まあ、なんて羨ましいのでしょう。あたしも愛する人とお風呂に入りたいですわ!!」

「そして一緒に背中の流しっこをするです~。ごっしごっしと洗うです~♪」


 二人は頭にお花畑が沸いたようだ。アモルはため息をつくと、そそくさと脱衣所を出ようとする。

 そこにイノセンテがガシッと腕をつかんだのである。


「だめです~。せっかく裸になったから一緒に入るです~」

「いえ、私は女性と一緒に入りたくないのです。恥ずかしいから……」


 そう言ってアモルは自分の胸元を見た。それなりに膨らんではいるが、思春期を越したとは思えないほど平たんであった。


「何かまととぶっているのかしら? ここまで来たら腹をくくりなさいな」


 ヘンティルももう方の腕をつかむ。アモルは逃げることができない。

 こうしてアモルはフエルテと共に湯船に浸かっている。

 ヘンティルとイノセンテは互いに体をこすっていた。今は妹が姉の背中を洗っている。

 ちなみにフエルテは鏡越しでヘンティルの正面が見えていた。だが乳首は泡で隠れている。


「ああ、お姉さまの肌はすてきです~。透き通った白い肌、そしてこのバリバリ感。たまらないです~」


 イノセンテは姉の肌をつまむ。皮をつまんでも指の感触が伝わっていた。かなり脂肪が少ない証拠である。


「そうね。でも肌が焼けないのが難点だわ。オンゴは皮膚が弱いから日焼けができないのよ。下手したら炎症を起こしてしまうから」


 ヘンティルはため息をついた。筋肉の形をわかりやすくするには日焼けが一番だ。だが種族の性質でそれはできない。そこが悩ましいのである。


「でも平気です~。お姉さまは日焼けなんかしなくても美しいです~。それは妹のわたくしが一番知っているです~。こちょこちょ♪」


 突如イノセンテがヘンティルの大胸筋を揉みだした。


「おぅ、おおぅ!!」


 ヘンティルが犬のように唸った。


「うふふ、気持ちいいですか~。お姉さまの胸は脂肪が少ないですが、感度は良好です~」

「ぐおぉぉぉ!!」


 イノセンテが楽しそうに揉んでいる。その指はおそらく乳頭にも触れているだろう。その度にヘンティルは目を見開き、獣の如く口を開け咆哮をあげるのだった。


「……なんだろうな。ちっとも色っぽい情景ではないぞ」

「……」


 フエルテが呆れていると、アモルは鼻の下まで湯船に浸かっている。その顔はゆでだこのように真っ赤であった。


「あれに興奮しているのか?」


 フエルテはやれやれと首を振った。


「さあ、今度はアモル様の番ですよ~」


 イノセンテが叫んだ。するとヘンティルは胸に手を抑え、息を切らしている。妹の執拗な手技しゅぎに陥落したのだろう。

足を大きく開き、股間には白いタオルが置かれていた。タオルはぐったりと滝のような形を作っている。ヘンティルはやっぱり女性なのだ。


「え? けっ、結構です!! 女性に触れられるのはいやなんです!!」


 アモルは一気に頭から湯船に浸かってしまった。それをイノセンテが軽々と持ち上げる。

 まるでアモルは重量挙げのダンベルの如く、持ち上げられたのだ。

 そしてひょいとコの字の風呂椅子に座らせる。そのまま背中を流された。


「すてきです~。きめ細かい肌、引き締まった筋肉。どれもすてきです~」


 イノセンテは恍惚な笑みを浮かべていた。アモルは困惑したままで、目をつむっている。

 早く嫌なことなど過ぎ去ってくれと言わんばかりであった。

 イノセンテの手はアモルの臀部に下がっていった。そしてアモルの尻と腰をなでまわす。

 腰はきゅっと引き締まっており、尻は小ぶりだが形が良い。


「ああ、なんてすてきなのでしょう。こんなに引き締まった腰とお尻を触るのは初めてです~。よほど鍛えるか、食生活にこだわらなければ作れない身体です~」

「そっ、それはありがとう。一応フエルテと同じメニューで過ごしていたのです。トレーニングにも付き合っていました。彼とは八年ほど一緒に暮らしていましたから」


 それを聴いたイノセンテは一層喜んだ。


「それはすばらしいです~。同じ屋根の下で己を高めあう。こんなすてきなことはないです~」


 イノセンテは自己陶酔しながらアモルの背中を洗う。アモルはため息をつき、早く終わってくれと神に祈った。


「ひゃう!!」


 アモルは素っ頓狂な声を上げた。イノセンテの手が声の主の胸を揉んだのだ。


「ひぃ!! 痛い、痛い!! 揉まないでぇ!!」

「あれ~? そんなに強く揉んでないです~?」

「違います! あなたの爪が痛いのです。胸に突き刺さって痛いのです!!」


 そうなのかと、イノセンテはじっと自分の手の平を見た。

 蟻の亜人は爪が鋭い。土を掘るのに便利だからだ。家庭菜園なら道具を使うより、爪で掘ったほうが早い。

 爪だけで木彫りが可能だ。その爪で胸を揉まれたらたまったものではないだろう。

 だがイノセンテの爪は丸かった。おそらくやすりで削ったのだ。それにヘンティルの胸部は傷一つなかった。


「変です~。お姉さまは揉まれても痛がったことはないです~。本当に爪だけが原因なのですか~」

「えっ? そっ、それは……」


 アモルはしどろもどろになっていた。そして首を右に向け、視線を逸らす。胸はすでにタオルが巻かれていた。


「さっきアモル様のお胸を揉んで気づいたことがあったです~。おそらくあなた様は……」


 イノセンテは真顔になった。そして少し間を貯める。


「お姉さまと同じ、筋肉を鍛えていたのですね!!」


 イノセンテの顔は太陽のように明るかった。姉と同じ趣向の人間と出会えた喜びである。

 ちなみにアモルはぽかんと口を開けていた。


「先ほど皮膚をつまんだですが、お姉さまと同じです~。小ぶりでしたがきっちり筋肉の詰まったすばらしい胸です~」

「まあ、それは本当なの!!」


 ヘンティルが正気に戻った。一気に立ち上がり、妹の元へ駆け寄る。


「本当です~。お姉さまも試してみるといいです~」

「ええ、そうするわ」


 ヘンティルは指の骨をポキポキ鳴らしながら、怯える獲物に近づいた。


「しないでください!!」


 アモルの反論は無視された。ヘンティルは背中からアモルの大胸筋を揉んでみる。それはほどよく鍛えられた筋肉の乳房であった。


「片手で収まるほどの大きさだわ。でもそれは問題ではない。これは質の問題よ。

 硬すぎず、かといって適度の柔らかさを保っている。そして皮膚のバリバリ感も素敵ね。

 乳首は人より小さいけど問題ではないわ。これほどの胸は揉んだことがないわ」


 ヘンティルは感動の声を上げる。だがアモルはぐったりと床に座り込んだ。腰に巻かれたタオルを必死に押さえつけている。


「うっ、ううぅ……。もっ、もう上がります。上がらせてもらいます!!」


 アモルは蛇口をひねった。そして風呂桶に水を満たし、頭からかぶる。

 そして急ぎ足で浴場を逃げるように出て行ったのだった。


「アモルさんて人見知りをする性質なのかしら? 昼間は普通に人と接していたのに」


 ヘンティルが首をかしげると、イノセンテが続けた。


「たぶん自分の体に自信がないのです~。自信をつければきっとお風呂が楽しくなるに違いないです~」

「そうね。彼女はどこか自分の体に劣等感を抱いていた。本当は素晴らしい身体なのにね。もっと自分に自信を持たせないと女としても司祭としても通用しないわよ。ねえフエルテ?」


 ヘンティルがフエルテに振った。フエルテは相変わらず湯船に浸かったままだ。


「あー、お前らがそう思うならそうなんだろう。お前らがな」


 なんとも投げやりな返答であった。だが姉妹はそれを照れ隠しと受け取ったようだ。


「よーし、アモルさんを鍛えるわよ。このままではあたしのライバルとして役不足だわ。もっと自信をつけてこそ、同じ土俵で勝負ができるというものよ」

「うわ~、あくまで対等な立場で挑むお姉さまかっこいいです~。わたくしもぜひ応援するです~。だけどお姉さまは大好きだけど、アモル様も大好きです~。どちらに肩入れするか迷うです~」


 姦しい姉妹の話は続くのであった。フエルテは明後日の方向を向いたままである。

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