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歯の砲手

 目の前にビッグヘッドが突っ立っている。

 肌の色は黒く、黄色い鶏冠に地面につくほどの長い腕を持っていた。

 その顔立ちはどことなく猿に似ていた。


「お前の名前は鶏冠を持つ猿、クレスト・モンキーと名付けよう」


 フエルテは右手を突き出し、ビッグヘッドに指さした。そして名前を付けたのである。

 ビッグヘッド、クレスト・モンキーは名付けに喜んだのか、両手を上にあげ、手を叩いた。

 キーキーと喜悦の声を上げて、笑っていた。

 フエルテは黙って見守っているが、後ろにいる村人たちは気が気ではない。

 今まで見たことのないビッグヘッドに思考が止まってしまったのだ。


 そしておもむろに口笛を吹いたのである。

 ビッグヘッドの口笛は、指示の合図なのだ。すると広場の周りからお仲間たちが現れた。

 禿頭で目をぎょろぎょろしている。一般的なプラククラスだ。

 問題は異形の使徒たちが村の中に侵入したこと、そして村人に気づかれなかったことである。


 普通のビッグヘッドは人を見ればすぐに逃げる。異形の怪物だが、熊のように臆病なのだ。

 スマイリーは例外だ。人を見ればすぐに駆け足で喰らおうとするのだ。

 オンゴの村に現れた異形の者共は隠形の術を知っているのか、足音や存在を気づかれずに、侵入したのである。


 ビッグヘッドたちは横一列に並んだ。そして口をもごもごさせると、口を細め、舌を出す。

 舌を凹の字のようにしていた。そして大きく息を吸い始める。


「いかん! 逃げろ!!」


 フエルテが叫んだ。そして村人たちは我に返り、一目散に逃げだす。

 フエルテはビッグヘッドたちに背を向けた。そして両腕を前に突き出し、鳩尾あたりに握り拳を当てる。

 フエルテの背中の筋肉が引っ張られ、逆三角筋が強調される。

 バック・ラットスプレッドのポーズだ。


「マッスル・テンペスト!!」


 フエルテの掛け声とともに、フエルテの周りの空気が変わった。

 そしてビッグヘッドたちが行動を起こす。

 ビッグヘッドたちは勢いよく口からペッと噴き出した。

 それは人の眼では追いきれない早さだった。まるで鳥が急降下して獲物に食らいつくような速さである。


 村人たちは我先にと逃げ出した。ウノとコレラは気絶したコブレを運んでいる。

 ビッグヘッドたちが噴き出したものは村人に向かって飛んで行った。

 だがそれは村人に届かなかった。突風が起きたので当たらなかったのだ。

 マッスル・テンペストは防御の技だ。ダブル・バイセップスが攻撃技なら、ラットスプレッドは人を守る力である。


 広範囲で風の障壁を作れるが、効力は短い。

 フエルテはゆっくりとビッグヘッドたちに振り返った。そして上空から何かが落下する。

 落ちたのは黄色い塊だった。先ほどコブレを襲ったものと同じである。


 フエルテはビッグヘッドたちを見た。歯茎をむき出しにして笑っている。

 その時、どのビッグヘッドも上顎中切歯と下顎中切歯が欠けていたのだ。それも二枚とも。


「そうか。こいつらは歯を弾丸の様に飛ばしたのね!」


 アモルが叫んだ。こいつらは中切歯をへし折り、それを弾丸代わりにしたのである。

 先ほど舌を出したのは、砲身の代用だったのだ。


「なるほどな。歯を弾丸代わりにしたのか。さしずめ歯の砲手トゥース・ガンナーといったところか」


 トゥース・ガンナーたちは笑っている。こちらをあざ笑っているのか、わからない。

 黄色い鶏冠の猿、こいつは先ほどから手をパンパン叩いて笑っている。

 まるで自分の意図通りに事が進んでいることを喜んでいるようだ。


「早く避難してください。彼らがコブレさんに重傷を負わせた犯人です」


 アモルが叫ぶ。体格の良いコブレを一発で倒したのだ。その恐怖は瞬く間に伝染する。


「さて、こいつらをどうするか……」


 フエルテは悩んだ。そもそもこいつらの意図が読めないのである。

 村の中に侵入し、村人に気づかれずに広場に集まっただけでも十分異質と言えた。

 バンブークラスであろうクレスト・モンキーがすごいのか、プラムクラスであるトゥース・ガンナーの練度が高いのか。


 おそらくはどちらも正しいのだろう。

 問題は目の前にいるビッグヘッドを片づけるだけだ。

 ただしこの場合クレスト・モンキーを倒しても解決しない。

 なぜなら指揮官であるバンブークラスが倒れれば、残りのプラムクラスが暴走する可能性があるからだ。

 アモルの持つ拳銃なら物ともしないだろう。だが弾薬は限りがある。無駄遣いはできない。

 なるべく騎士たちが来てからのほうがいい。その間はフエルテがなんとか迎撃すればいいのである。


「きーっきっきっき!!」


 クレスト・モンキーが両腕を天高く上げると、一気に地面に叩き付ける。

 その拍子でクレスト・モンキーの巨体がバッタのように飛び上がったのだ。

 着地した場所はとある民家だ。クレスト・モンキーは屋根の上に上がっている。


 そしてフエルテたちを見下ろし、きっきっきと笑うのだ。

 フエルテは背筋に寒気を感じる。こいつの仕草は猿に似ているが、フエルテを見る目は人間そのものだ。狩人が獲物を狙う目つきと同じなのである。


 クレスト・モンキーは口笛を吹いた。トゥース・ガンナーがぺっぺと歯を噴き出す。

 噴き出された歯は広場の石畳を削った。木製のベンチを吹き飛ばしたりもした。

 民家の壁がぼっこりと穴を開けたりもしたのだ。

 こいつらの眼はフエルテたちを見ていない。ただ指揮官の指示を忠実に従うだけである。

 何の意思もない、命令に従うだけの人形だ。


「アモル! お前は俺の後ろに控えていろ! こいつらは前の村と違って、お前を狙ってこない。俺の近くにいる限りは安全だ!!」


 フエルテが叫ぶ。

 そしてトゥース・ガンナーたちに背を向け、両腕を大きく翼の様に広げた。

 バック・ダブル・バイセップスのポーズである。


「マッスル・タイ―――」


 フエルテは最後まで言えなかった。突如、額に激痛が走ったのである。

 クレスト・モンキーが何かを投げたのだ。それがフエルテの額に当たったのである。

 それは歯であった。トゥース・ガンナーが吐き出した歯を拾って投げたのだろう。

 クレスト・モンキーは歯をむき出しにして歓喜していた。


「くっ!!」


 アモルは拳銃を取り出し、指揮官に狙いを定めようとした。


「だめだ、撃つな!!」


 フエルテが警告を発した。

 見ればトゥース・ガンナーたちがアモルを一斉に見たからだ。いつでも歯の弾丸を発射する構えを取っている。

 アモルが拳銃を撃てば、歯の砲手たちは自分の仕事を果たすだろう。


「ここはあたしの出番ね」


 後ろから声がした。巨大なベニテングダケが二本足で歩いている。

それはヘンティルだ。筋肉勝負に負けた衝撃は消え去っている。

村の危機に悩んでいる暇はないと割り切っているようだ。


「そしてわたしくの出番です~」


 今度はサシハリアリの娘が出てくる。イノセンテだ。彼女は指をポキポキ鳴らしている。

 キノコとアリだが、二人は姉妹だ。キノコが姉で、アリが妹である。


「村の一大事に落ち込んでなどいられないわ。ヘンティルの技をとくとごらんあれ!!」


 そう言って筋肉質のベニテングダケは近くにある井戸から水を汲む。それを三杯飲み干したのだ。

 三体のトゥース・ガンナーはヘンティル目がけて歯を発射した。

 まるでムササビのような滑空動物の様であった。

 ヘンティルは両腕を前に突き出すと、そのまま拳をわき腹に当てる。


 フロント・ラストスプレットのポーズだ。

 そして目を見開き、口をつぼめると首を左から右へ向けた。

 その瞬間、歯の弾丸が弾け飛んだ。それらはトゥース・ガンナーたちの頭上を通り過ぎる。

 その際キノコの口元に霧がかかった。森の日差しで小さな可愛らしい虹が生まれる。


 人外の者共は固まっていた。目の前の標的がぴんぴんしていることが信じられないのだろう。

 その間にイノセンテが詰め寄った。そして両手を頭に組み、背筋を伸ばすと、異形の頭上に何かを振り下ろしたのだ。


 トゥース・ガンナーの眼球が飛び出す。れろれろと舌が痙攣すると、ばったりと倒れた。そして木に変化した。

 イノセンテは何を武器にしたのだろうか。それは豊満な乳房であった。

 彼女の乳房はこん棒と同じ威力を持っているのだ。

 彼女が左から体を回す。乳房は異形のこめかみを砕いた。


 そして残る一体も片づけたのである。


「見ましたか~、わたくしの乳房のこんブレスト・クラブは最強です~」


 アリの娘は敵を倒して無邪気に笑う。姉はそれをたしなめた。


「気をつけなさい、イノセンテ。敵はまだまだいるわよ」

「そうでした~。というわけでフエルテ様たちは早くお猿みたいなビッグヘッドを片づけてくださいです~。あいつがこの群れのリーダーだと思いますので~」


 イノセンテが言った。そうなのだ。お猿みたいなビッグヘッドを倒せばいいのである。

 フエルテはすぐに敵を追った。残りの敵たちはアモルとヘンティル、イノセンテに任せることにしたのである。


 *


「きーきっき!!」


 フエルテは屋根に上った。上った先にはクレスト・モンキーがいた。

 歯をむき出しにして笑うさまは不気味である。しかも相手は知性が高いのだ。油断はできない。


「早めに勝負を決めるぞ。マッスル・ガスト!!」


 筋肉モリモリの男はすばやくフロント・ダブル・バイセップスのポーズを取った。そして大胸筋を豪快に動かす。

 マッスル・ガストは基本の技だ。つんざく音と共に空気の刃が生まれる。

 異形の猿はバック転をしてすばやく躱してしまった。小馬鹿にした笑い声をあげる。


(こいつの笑うのは挑発だ。心を平常にしなくてはならない)


 次に敵に背を向け、両腕を前方に突き出す。そして大きく広げて力こぶを作った。


「マッスル・タイフーン!!」


 今度は広範囲の衝撃波が生まれた。マッスル・ゲイルより威力は弱いが、無傷とはいかないだろう。

 異形の猿はいきなり突進した。両腕で目を守り、口を閉じる。

 巨大な頭部に細かい切り傷が生まれたが、相手は引かずに風を生み出す筋肉の妖精に体当たりを食らわせたのだ。


 その衝撃で腹の中に熱いものが湧き出る。肉が圧迫され、先ほど食べた物が逆流しかけたのだ。

 フエルテは必死に中の物を出さぬよう抑えた。クレスト・モンキーは瞬時に間合いを取る。

 フエルテは屋根の下を見る。アモルたちはトゥース・ガンナーの相手をしていた。なるべく村に被害が及ばないように動いている。


 変な場所で倒したら、木に変化してしまうからだ。あっという間に地面に根を張ってしまう。そうなると掘り起こすのが大変だ。

 その様子を見てフエルテは疑問に思う。

 なんであいつらは自分を狙わないのかと。


 いくらプラムクラスでもバンブークラスが目の前にいなければならない。

 プラムクラスは命令に忠実だが、アドリブは苦手なのだ。予想外のことが起きれば固まってしまう。

 それなのに異形の手下たちはアモルたちだけ狙っている。前の村ではアモルだけだったが、今回はヘンティルとイノセンテも標的だった。二人の実力は先ほどで証明済みなので心配していない。


(まるで俺とこいつの戦いを邪魔させないように動いているな。いったい何のために……?)


 フエルテは頭にかかる靄を振り払う。大事なのは今だ。

 目の前にいるクレスト・モンキーを倒すのが大事なのである。

 猿は口を閉じる。そしてぱきぱきと音がした。


 歯をむき出しに笑うと、抜けた歯のあとから舌が出る。ぺっと吐き出す。

 歯の塊であった。こいつも手下たちと同じ歯を飛ばすのだ。

 フエルテはぎりぎりで躱す。その隙に間合いを詰めると今度は口を大きく開き、舌を出した。


 それは鞭のようにしなる。まるで舌のタング・ウィップだ。

 タング・ウィップは肉の鎧を傷つける。

 一振りで左腕の皮膚が破れた。

 二振り目で背中の肉を破る。

 頭の中に痛みと熱さが膨れ上がった。このままでは頭が風船のように破裂してしまう。


 フエルテは後ろへ飛んだ。

 そしてクレスト・モンキーに背を向けて、別の屋根に飛び移る。

 距離を空けると筋肉の杖は正面を向く。猿が歯を発射した。

 フエルテは腕から滴る血を抑えず、そのまま両腕を突き出す。そして両腕を脇に当て、背中の筋肉を広げた。


 フロント・ラストスプレットだ。そこに大胸筋をぴくぴくと動かす。


「マッスル・ストーム!!」


 クレスト・モンキーの歯がフエルテの胸板に風穴を開けようとしていた。

 だが歯は空中で止まる。歯はくるくると回転し始めた。

 その歯は彼とは逆の方向へ飛んでいく。歯は悪意を剥いた相手の眉間に命中した。

 クレスト・モンキーは目から血を流し、屋根の上から落ちた。


 彼はどんな魔法を使ったのだろうか。答えはマッスル・ストームである。

 マッスル・ストームは防御の技だ。マッスル・テンペストと違い、本人のみに風の壁が出来上がる。

 その壁はあらゆる攻撃を通さない。それどころか跳ね返すのだ。

 黄色い鶏冠の悪魔は教団の杖にとどめを刺そうとして、返り討ちにされたのである。


「エビルヘッド様ばんざーい!!」


 屋根の下から叫び声がした。おそらく命の蝋燭が消えた音だろう。

 そして声のした場所から木が生えた。自らの墓標を立てる殊勝な異形である。

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