ヘンティル登場
「ここがオンゴの村か。すごいなぁ」
フエルテは感心しながら言った。
半日費やしてたどり着いた先はオンゴの森であった。
人をすっぽりと食らいつくす大きな森である。街道と街灯がなければ確実に方向感覚が狂い、オオイエネコの餌食になっていただろう。夜になれば獣の時間となり、森に入るものはいない。
クヌギやコナラ、ブナにエノキ、ポプラにシイの木などがある。すべてが雲を突き抜かんばかりだ。
オンゴの村はすべて木造である。人間が住むには大きすぎるが、オンゴたちは髪型のおかげでちょうどいいのだ。
村の中央にフエゴ教団の教会が建てられている。ラタ商会はそれより五軒ほど離れていた。
村には様々なキノコがにょきにょき生えている。キノコ人間が闊歩しているのだ。
シイタケ、エリンギ、ナメコ、シメジ、マイタケ、エノキダケなど食用キノコは総じて外見は男だが、性別は女だ。だが性格も男らしい人が多い。
逆にドクツルタケ、テングダケ、タマゴテングダケ、カエンダケといった毒キノコは外見と性格は女性寄りだが、男である。
フエルテたちと出会ったオンゴ、イッポンシメジのウノ。コレラタケのコレラ。ドクヤマドリのコブレがそうだ。
だがオンゴと共に別の亜人もちらほらといる。
犬や猫、蟻の亜人など一緒に歩いているのだ。オンゴの母親(一見父親に見える)が背中にオンゴの赤ちゃんを背負い、犬の亜人の子と手を繋いでいる。はたまたオンゴの男が蟻の亜人の女と腕を組んで仲睦まじそうにしているのだ。
「別の亜人同士が仲良く歩いている。これが百年も続いているからすごいものだ」
フエルテが感心している。フエルテたちはすでに馬車を降りていた。
教会の司祭はカムパネルラという猫の亜人である。年齢は五〇代を超えた程度であった。
アモルは彼に挨拶した後、道中での話を簡単にまとめて報告する。
そしてウノたちに誘われ食事に出かけることを断ったのだ。カムパネルラは快く承諾する。
そしてアモルとフエルテは、村の中を歩いていた。ウノたちの行きつけの店に行くためである。
「はい。なんでも百数年前にキングヘッドと名乗るビッグヘッドが指導したそうですよ。亜人は人間で、外見が違うだけだとか」
ウノが解説した。そこでキングヘッドという固有名詞が登場したのである。
「キングヘッド? エビルヘッドの仲間なのか?」
フエルテが訊ねた。
「はい。エビルヘッドは人間を憎み、人間を食べるビッグヘッドを指揮しているそうです。
逆にキングヘッドは人間の味方だそうです。文字の読み書きを教え、各亜人たちの特徴を記した亜人全書の制作を命じたそうですね。
そのおかげであなたがた箱舟の末裔に渡したおかげで、すんなり亜人と交わることができたと聞いています」
今度はコレラが答えた。亜人全書とは各村の亜人たちの特徴を書かれた本である。
亜人の篤志解剖の記録に、どの亜人が結婚して子供を作ったかの記録が書かれてあった。
そして箱舟の末裔たちのために、遺体を残すなどしている。
ちなみに箱舟の末裔とはフエゴ教団のことだ。かつて二百年前人類はある計画を立てていた。
それが箱舟計画である。世界中で二十歳の若者たちが千名ほど集められ、百年間地中海にある島に住ませる計画だった。
島は特別なドームに囲まれており、百年間出ることは叶わなかった。施設整備の技術や、農耕、医学に力を入れている。
だが二百年前にキノコ戦争が起こり、皮肉なことだが箱舟の人間だけが生き延びてしまったのだ。
その後百年前に箱舟を出ることができたが、そこは変わり果てた世界であった。
亜人が存在し、人間はわずかな集落を作り、生き延びていたのだ。だが文化基準は中世までに落ちていたのである。
箱舟の末裔は考えた。彼らは法律を重視しているのだ。人種でも宗教でもなく、法律が百年間の安息を与えたのである。
箱舟の末裔たちは三つに別れた。
イベリア半島はオルデン大陸と名付け、フエゴ教団が支配する。
イタリアはオラクロ半島と名付け、ティエラ教団が支配する。
そしてアフリカをナトゥラレサ大陸と名付け、アグア教団が支配しているのだ。
ちなみにアグア教団はチェニジアに本拠地を置いている。そこから南方は未開地であった。
なぜ宗教なのか。実は他の人間にわかりやすく法律を教えるためである。
彼らはすっかり科学を忘れており、魔法や迷信を盲信していた。不幸なことがあれば魔女狩りの様に生贄を作りあげたのである。
フエゴ教団では不潔なものを焼くときは、神が穢れを嫌い、炎で清めると称している。
科学を知らない人間にとって、化学は魔法に見えるのだ。そんな人間を騙し自分たちと迎合していくのである。
各教団は他の村との混血を望んでいた。箱舟の人間同士だと近親相姦になってしまうからだ。
そうならないために、同じ村同士の結婚を禁止にしたのである。もちろんある期限が過ぎたら自由に結婚できるように決めていた。
もちろん平穏とは言えなかった。フエゴ教団は反発する者たちを力で押さえつけ、時には血を流した。
だがそのあとは両部族の合同を提案した。これはフエゴ教団自体人口が少ないためだ。集落を吸収し、同じ権利を与えていた。これは反乱を防ぐための合理的な考えである。
これは古代ローマ文明における、敗者との同化である。ローマ建国の神、ロムルスはサビーニの女たちを連れ去り、その部族と合同したのだ。
フエゴ教団はルネッサンス時代のマキアヴェッリと同じく、古代ローマ文明を参考にし、法律を築き上げたのだ。
その一方で亜人との合同は速やかに行われた。ウノが口にした亜人全書のおかげである。
各教団は遺伝子検査や血液検査の機械を持っていた。そのおかげで亜人は人間の特別変異だと判明したのである。
異なる亜人が子供を作るとどちらか片親の種族が生まれるのだ。例えばキノコの亜人は自分がどんな種類のキノコであるかを理解していた。
同じキノコ同士でも、必ず両親と同じ種類は生まれないのだ。
「エビルヘッドにキングヘッドか……。亜人の間では割と有名だな。俺の亡くなった親父も口にしていた。逆に人間であるおふくろはあまり知らなかったようだ」
「そうなんですね。私たちは子供の頃からいたずらしたらエビルヘッドがやってきて食べてしまうぞと躾けられたものです。でも人間の方はフエゴ教団の方を除いて知らない人が多いみたいですね。不思議です」
フエルテの疑問にウノが答えた。フエゴ教団はビッグヘッドの正体を知っている。だがエビルヘッドに関しては謎が多いのだ。その謎はまだ明かされるべきではない。
「そんなことより、ヘンティルだよ。あんたとの筋肉勝負を見たいのに、いなかったらお笑い種だね」
コブレが口を挟んだ。彼はあまり空気が読めないようである。アモルは最初激高したが村に着くころには落ち着いてしまっていた。
「皆さま~~~♪」
前方からかわいらしい声がした。それは蟻の亜人の女性であった。
蟻と言っても人間より硬い褐色の肌で、額に触手、口に牙が生えている程度だ。手と足の爪は猛禽類の爪の様に鋭い。
目の前の女性は銀髪で肩まで伸ばしている。幼さを残した顔立ちであった。メロンほどの大きさの乳房を持ち、着ているものは白地のビキニで、黄色いラインが入っている。
だが妖艶さを感じないのは、彼女の持つ雰囲気ではなかろうか。どことなく幼い感じがするのだ。
彼女はフエルテの目の前に走ってきた。
彼女の身長はフエルテと同じくらいだった。はぁはぁと息を切らすもにっこりと笑顔で返す。
「おおイノセンテ様ではないですか」
コレラが言った。
「イノセンテ?」
「はいアモル様。イノセンテ様はヘンティル様の妹です」
アモルが訊ねると、ウノが答えた。
「はいイノセンテと申します。サシハリアリの亜人で~、長老の娘でもあります~」
イノセンテは頭を下げて挨拶した。フエルテたちも頭を下げる。
「初めてお目にかかります。アモルと申します。フエゴ教団の司祭です」
「こちらも初めてお目にかかります。フエルテと申します。アモル司祭の杖です」
「イノセンテ。ヘンティルはどこだ? 今日はヘンティルと筋肉勝負をする男を連れてきたんだぜ」
コブレが言った。その瞬間イノセンテの表情が曇る。
「……お姉さまはジョバンニ広場におります。皆さまの到着を心待ちにしておりますね」
そう言ってイノセンテはフエルテ一行を案内した。
*
ジョバンニ広場は賑わっていた。屋台が立ち並び、テーブルには客で埋まっている。
ウノの案内する店も屋台を出していたようだ。
広場の中央には石で積まれたステージが設置してあった。ステージではカエルの亜人が太鼓を叩き、弦楽器を弾いている。
「みんな!! 私を救ってくれた英雄の到着だよ!!」
ウノが声高らかに言った。その瞬間、歓声が鳴り響く。全員フエルテに対して好意的だった。
「おお、この人がウノを救った人間か。素晴らしいバルクだなぁ」
「いやいや、全体のバランスが素晴らしいよ。これでパンプ・アップしたらどうなるかな?」
「ヘンティル様と勝負したらどちらが勝つかな。楽しみだよ」
フエルテとアモルはテーブルに着いた。そこに山猫の亜人である料理人がやってくる。山猫と言っても耳の位置は人間と同じだ。
「初めまして。ガトモンテスと申します。山猫亭の料理人です。今日はウノを助けていただきありがとうございます。お礼にこの村の名物であるキノコ料理を堪能してください。
おい、ルナ! さっさと運べ!!」
「は~い」
ツキヨダケの亜人ルナがエプロンを身に付け、料理を運んでくる。
まずはサラダが出された。
トマトとエリンギのサラダである。エリンギの肉厚なうまみと、トマトの酸っぱさが合っていた。
次にナメコと大根おろしのスパゲティだ。ナメコと大根の渋みがスパと絡み合っている。
そしてシイタケのステーキだ。分厚いシイタケが鉄板の上で焼けている。フエルテはフォークとナイフでうまく切り分けた。
淡泊だが肉厚のシイタケの旨みが出ている。肉にも勝る味であった。
最後にシメジとマイタケのコンソメスープでしめられた。
「これらの料理に使われたキノコはすべて村で栽培されております。料理はフエゴ教団の方から教わりました」
キノコ料理を堪能したフエルテとアモルは満足そうである。そこにガトモンテスが説明を入れたのだ。
「ほんとに、ガトモンテス様の料理はおいしいですわ~♪」
別のテーブルではイノセンテが大量の料理を食べていた。
真っ白い大きな皿の上にはフライが載せてあった。ブルーギルやアメリカザリガニのフライだ。
ブルーギルは皮が臭うので、湯で皮を剥ぐのである。
アメリカザリガニは獲った後、清水に入れて泥を吐かせたものだ。
手間はかかるが美味である。
山の様に盛られたフライをイノセンテは食べていく。隣には山盛りのキャベツの千切りが置いてあるが、そちらも同じ速度で無くなっていた。
「ああ、おいしい。こんなおいしいものが食べられるなんてキングヘッド様に感謝です~♪」
目の前の料理に舌鼓をうちながら、イノセンテは祈りをささげている。
「まったくだな。こちらのアライグマとイノブタを合わせたハンバーガーもうまい。外来種とか言われているけど、うまいものだ!!」
イノセンテと同じテーブルにはコブレがいた。こちらはハンバーガーを食べている。
パンズにトマト、レタスの間にアライグマとイノブタで作ったパテが挟まっているのだ。
皿の上に十個ほど載せてあった。隣には果実酒の壺が置かれてある。
イノブタはともかく、アライグマは雑食なので、血抜きした後重曹に漬けて臭いを消すのだ。
コブレは豪快に食している。その横のイノセンテは若干迷惑そうにちらっと見ていた。
「これってエルの店と同じものじゃないかな? あの店もハンバーガーを扱っていたから」
アモルはハンバーガーを手にしていった。これは幼馴染で司祭の杖である同期を思い出したのである。
「エル、というとラタジュニアの坊ちゃんのことですね? 実は私はラタ商会では商業奴隷だったんですよ。
6年前に解放奴隷になりまして、この村で店を開いたのです」
「へぇ、あいつの親父さんの奴隷だったのか」
商業奴隷とは教団が許可した奴隷制度の事だ。大抵金券と鉱石を扱うフレイア商会で登録する。
普通の奴隷と違い、商売のイロハを叩きこまれる。
こうして解放されても商会とは繋がりがあるため、横の繋がりは太い。
「坊ちゃんの噂は聞いております。これ以上のハンバーガーを地産地消で経営しているんですよ。
あの人は旦那様の七光りだと馬鹿にされていますが、何も知らないやつがほざいているだけです」
「はい。エルの経営手腕はすごいです。何で司祭の杖なんかなったのか不思議なくらいです」
「まあ、奥様が司祭ですからね。坊ちゃんにしろ、妹のイデアル様にしろ大変です」
ガトモンテスとアモルはしみじみと話した。
「キングヘッドか。確か百数年前に外来種をもたらしたと聞いているが」
フエルテが言った。それをガトモンテスが答える。
「はい。昔はキノコ戦争のせいでこの国特有の生き物が死に絶えたそうです。アカシカのように繁殖力が強いものは別にしてもですが。
気候も変化し、在来種が絶滅したので、亜人は人間の肉を食べて飢えをしのいだという悪評があります。
キングヘッド様はこのオルデン大陸に繁殖力の高い生物を持ち込み、食料としたのです。
調理に手間はかかりますが、飢えるよりはマシですね。
亜人の村では大抵キングヘッド様を崇拝しております。エビルヘッドは厄除けとして扱われていますね。エビルヘッドの木像を逆さに吊るすと厄除けになる伝承があるのです」
なるほどなとフエルテが感心していると、突如ざわめき声が聞こえた。
人の波がふたつに分かれると、フエルテの前に一人のオンゴがやってきた。
目立つのは赤い傘である。遠目でもはっきりとわかる鮮やかな赤であった。
その下の体は見事なものだ。着ているものは皮で作ったビキニとサンダルのみ。
真っ白い肌に、鍛え上げられた筋肉がはち切れんばかりである。血管が浮き出ており、皮下脂肪が少ないことを証明していた。
顔つきは精悍な顔立ちであった。目つきは鋭く、ひと睨みしただけで怖気づきそうな感じである。だがどこか顔色が悪そうに見えた。
「ホホホ。初めてお目にかかります。ヘンティルと申します。ベニテングダケの亜人で、この村の長老の娘でございますわ」
その口から洩れた言葉は力強い声と女性らしい言葉付きであった。
フエルテはヘンティルの言葉に首を傾げた。
娘……、だと? 首は太く顎が割れている。とても女性には見えないのだ。
「あらやだ。初対面の女性の体をじろじろ見るなんて、エッチですわね」
ヘンティルは両手で胸を隠した。鍛え上げられた大胸筋はまるで大理石のような美しさである。だが息苦しいのか、先ほどからはぁはぁと息をしていた。
「おお、ヘンティル!! 出会えてよかった。こちらの方とお前の筋肉、どちらが優れているか勝負しようじゃないの!!」
コブレがバーガーを噴き出しながら立ち上がった。コレラはコブレの口元をハンカチで拭く。
「あら、あたしと勝負したいというの? 男と言えど容赦はしなくてよ。それに間食をするようなお方に負ける道理はありませんけどね。
おそらくは舞姫と名高いオーガイさんでも敵わないと思いますけど」
ヘンティルは高飛車に笑った。ちなみにオーガイはマイタケの亜人で有名な踊り子である。
ウシガエルの亜人であり歌姫のボスケと並び、ダブルプリンセスと呼ばれているほどだ。
「筋肉に大事なのは食事制限ですわ。あたしは今オイルダイエットをしております。もう一週間も炭水化物を摂らずに、オリーブオイルだけしか摂っておりませんの。あなたのように余計なカロリーを取るような方に負けるなどありえませんわ」
ヘンティルは見下すような目つきで、フエルテを見下ろした。そこにイノセンテが割って入る。
「お姉さま~。わたくしもひさしぶりにお姉さまの活躍が見たいです~。ぜひとも勝負をしてください~」
イノセンテが無邪気そうに言った。しかしその影は暗いものがある。
「それならステージがある。演奏が終わったら、代わってもらおう」
コブレが答えた。こうしてフエルテとヘンティルの筋肉勝負が始まったのである。




