晴れた日には傘をさして
冬の童話祭参加作品です。
ユニークな傘を作ろうとする傘屋さんのお話。
その街では雨がとても多いので、昔から傘が良く売れるのでした。
街の中央をつらぬく大通りは、両側にたくさんのパラソルショップがたっています。
軒先にはそれぞれ、色も形も大きさも、色んな傘が並べてあるのです。
どのパラソルショップにもお得意の傘があります。
そのお店ならではの傘を、自信をもってオススメしています。
落ち着いた焦げ茶色の屋根をしたショップは、大人の紳士向け。
黒っぽい生地でできていて、節くれだった持ち手の大きな傘を、パイプをくわえた紳士がステッキの代わりに買っていきました。
光を反射してきらきらと輝く、虹水晶のようなショーウィンドウのあるお店は、高価で美しい傘を持ちたいお嬢さま向け。
光沢のある生地は、暗い雲の下でも明るく照り返します。
買ったばかりの傘を広げたお嬢さまは、傘に負けないほど輝く笑顔を浮かべて、スキップをしながら通りに出て行きました。
そのお隣、パステルカラーの壁いっぱいに小鳥たちが描かれたパラソルショップは、妖精さん向けのお店です。
今朝の朝ごはんのめだまやきよりも小さな傘が、壁一面に揃えられています。
透き通る羽をかすかに震わせながら、小さな小さな両手で傘の柄を握りしめ、お気に入りの一本を見付けた妖精さんは、店員さんに見送られてふわふわと雨の中へ飛び出していきました。
雨に弱い小さな身体も、このピンク色の傘さえあれば安心です。
さて、この大通りに、新しくお店を開こうとしている男が1人。
男は大通りに並ぶパラソルショップを一軒一軒じっくりと眺めます。
可愛らしいフリルのパラソル、男らしい番傘、しっとりと落ち着きのある蛇の目傘……。
全ての傘を見終わったところで、自分のお店に戻ってきた男は、頷きながら考えました。
こんなにたくさんのお店があっても、ボクが考えている傘を売っているお店は1つもない。
ボクは、ここでしか買えない自分だけの傘を作るんだ! きっと皆、喜んでくれるぞ!
男が作ろうとしている傘は、雨をしのぐための傘ではありませんでした。
男が欲しいと思った傘は、ちょうどその逆――傘の中から雨が降る傘なのでした。
この街で生まれ育った男は、小さな頃に発見したのです。
この街では雨が多いけど、時には晴れる日もありました。
そんな晴れた日に、あえて水をまくと、何とそこに美しい虹が見えるのです。
男は、この虹を誰かに見せたいと思いました。
でも、いつだって降ってる雨にうんざりしている街の人たちは、晴れの日にまで水をまこうとはしないのです。
だから、虹を見るための傘を、男は作ることにしたのでした。
この傘を作るために、男は10年間、他のパラソルショップで修行しました。
そうしてきれいに傘が作れるようになった後に、森の魔女の元へ行って雨を降らせる魔法を教えてもらえるように頼み込みました。
15年間の魔女の元での特訓の末、ついに男は雨を降らせる傘を作ることができるようになったのです。
色んな人に使って欲しいから、小さな傘、大きな傘、色んな傘を作りました。
かわいい傘、かっこいい傘。
赤い傘、青い傘、黄色い傘。
作った傘をお店に並べて、さあ、開店です!
一番最初に男のお店に入ってきたのは、スーツ姿のお兄さんでした。
「外は雨だからね、スーツが濡れないように大きな傘をおくれ」
「あの……大きな傘はありますが……」
男が差し出した傘を無造作に広げたお兄さんは、噴き出る雨を見てすぐに、うわっと悲鳴を上げて傘を放り投げました。
「何だよこりゃ!? 大事なスーツが濡れちまうじゃないか!」
「すみません、うちにあるのは雨を降らせる傘なのです……」
「雨の日にこれ以上雨なんていらないよ!」
ぷんぷん怒ったお兄さんは、そのまま店を出て行ってしまいました。
次にお店に入って来たのは、子犬を抱えた女の子でした。
「わんちゃんが濡れちゃってかわいそう。おうちまで濡れずに帰れるように、わたしも持ちやすい軽い傘をちょうだい」
「あの……軽い傘はありますが……」
男が差し出した傘を広げた女の子は、溢れてくる水に驚いたあまり、両手をはなしてしまいました。
女の子の腕の中から落っこちた子犬は、きゃんきゃんなきながら表へ走って行きました。
「ひどいわ、ひどいわ! わんちゃんが逃げちゃったじゃない!」
女の子はお金も払わずに商品の傘を握ったまま、子犬の後を追って、お店の外へ走って行ってしまいました。
後から女の子のお母さんがお金を持ってやって来ましたが、「余計なものを小さな子に売りつけて……ろくでもない商売してるのね」なんてことを言われてしまいました。
その後も色んなお客さんがやってきましたが、誰一人として、男の傘を買ってくれる人はいませんでした。
そうこう日を重ねる内に、男のお店の悪い評判は街中に広がって、男の店には誰も足を踏み入れなくなりました。
何でなんだろう、と男は悩みます。
ボクはただ晴れた日の、あのキラキラとした七色を皆にも見てほしいだけなのに。
何日もお客さんは誰も来ないまま、時間が過ぎていきました。
しとしとと、ざーざーと、毎日雨は続いています。
そんなある日。
今日もぼんやりとお店から外を眺めている男の店に、そっと小さな人影が近寄ってきました。
真っ黒いローブに真っ黒い帽子、小さなほうきを抱えた少女。
彼女は男の魔法のお師匠さま、森の魔女でした。
「調子はどうだ、我が弟子よ」
森の魔女は魔法で年を取らないので、少女のように見えるのですが、本当は男の何倍も長く生きているのです。
そのことを知っている男は、久し振りに見たお師匠さまの姿が、以前と変わっていないことにほっとしながら答えました。
「お師匠さま、ボクは間違ってるんでしょうか。この街の人たちは、ボクの作った傘などいらないのでしょうか」
落ち込んだ男の様子を見て、うでぐみをした森の魔女はたずねます。
「それを決めるのは私ではないよ。私はお前にたずねるだけさ。お前はどうなりたいと言うのかね?」
勢い込んで男は答えました。
「ボクの傘をもっともっと売りたいのです! すばらしい傘です! 一度使えばきっとみんなとりこになるはずです!」
「ふむふむ。しかし雨の降る街では、雨を降らせる傘はいらんとな……」
男の話を聞いた森の魔女は少し考えて、そして、何かを思いついたように手を打ちました。
「簡単なことだ。ならば、雨が降らぬようにしてしまえば良いのだ!」
にっこりと笑った森の魔女は、呪文を唱えながらほうきを振り回します。
お店の中で振り回したお陰で、男の作った傘が棚から落ちましたが、魔女は気にしませんでした。
魔女の呪文とほうきが止まった時、お店の外から太陽の光が差し込んで来ました。
「ほらな。この程度の魔法、私にかかれば朝飯前というものだ」
上機嫌の魔女は、男に向かって胸を張りました。
男はこれでどうなるというのか、今ひとつ納得が出来ません。
「お師匠さま、晴れたのは良いですが、これで誰かボクの傘を買いに来てくれるでしょうか?」
「来るとも。まあ見ておれ。1ヶ月もすれば、わんさと売れるようになるだろうさ」
にたにた笑う森の魔女の言葉を信じた訳ではないのですが、自信ありげなお師匠さまには何も言い返せず、男は黙って頷くだけでした。
森の魔女が帰った後、数日が経って、男はようやく異変に気付きました。
晴れの日よりも雨の日の方が多かったこの街で、あの日以来、全く雨が降らないのです。
毎日、雲一つない青空の日が続きます。
最初の一週間で、街の人々も傘を持ち歩くのを止めました。
次の一週間で、街の人々は噂を始めました。このままでは、街の雨を水源にして、外へ流れ出ている川が干からびてしまう、と。
その次の一週間には、街の外でスイカ畑を作っているお百姓さんたちが、街へ様子を見に来ました。川の水がほとんど底をついていることに気付いて、大騒ぎが始まりました。
そして、魔女の約束した1ヶ月目が来ました。
男のお店には、朝から大勢のお客さんが来ていました。
「この店の傘は雨を降らせるそうだな!」
「はい、晴れた日でもこれ、このように雨を降らせることが出来ます!」
喜び勇んで男が傘を開くと、傘の中からざーざーと大粒の雨が漏れ出しました。
その様子を見て、お客さんたちはもう大喜びです。
男の言った値段よりももっともっと高い値をつけて、奪い合うように傘を買って行きました。
男のお店から在庫の傘がなくなるくらい、どんどん傘が売れていきました。
大きな傘も、小さな傘も。
かわいい傘も、かっこいい傘も。
赤い傘も、青い傘も、黄色い傘も。
みんなみんな売れてしまいました。
男の手元にはたくさんのお金だけが残りました。
男の傘を買ってくれたのは、街の外のスイカ農家のお百姓さんたちばかりでした。
お金もあるので、男は自分の傘の様子を見に行こうと思い立ちました。
この青空の下、たくさんの傘の下の虹はどんなに綺麗だろうと、そう考えたのです。
街道を歩いて森を抜けたとたん、男は、一面に広がる傘の花々を見付けました。
畑の上にさしかけられた、傘、傘、傘!
しかもこの傘はすべて、男の作ったものなのです。
畑に歩く男の姿を見付けて、お百姓さんの1人が手を振ってきました。
「おーい、おーい」
男も笑顔で振り返します。
「おーい、おーい」
「傘のお兄ちゃん、良く来たね! あんたのおかげで今年のスイカも安心だ!」
近寄ってきたお百姓さんは笑顔を浮かべています。
男も笑顔を返して畑を見回して……ふと、気付きました。
男の傘はどれも地面に伏せられています。
スイカにしっかりと雨をやるためなのでしょう。
柄を土に埋めて、スイカの苗を覆っている傘の下は全く見えません。
赤い傘も、青い傘も、黄色い傘も……この青空の下、どんなに綺麗な虹を見せているだろうと思っていましたが、どれも地面が近すぎて虹なんて見えません。
それでもお百姓さんは笑っています。
「雨がぱったり止まっちまった時には、一族郎党首をくくるしかないかと思ったが……本当にあんたのおかげだ」
その言葉で、男は思い出しました。
傘が売れたことですっかり忘れて喜んでいましたが……元はと言えば、男のせいなのです。
男が森の魔女にお願いしたせいで、お百姓さんたちは明日の生活の不安に困っていたのです。
「ありがとうね、傘のお兄ちゃん。ありがとうね」
何度もお礼を言われましたが、男は力なく首を振るだけでした。
何を言うことも出来ず、肩を落として帰り道につきました。
街道を通って森を抜ける途中、気配もなく後ろから黒いローブの少女が男に近寄ってきました。
「どうだったかね、我が弟子よ。お前の満足のいく結果は出たか?」
自分の願いに恥じ入るばかりの男は、何も答えられませんでした。
「では、もう雨は戻しても良いのかね?」
だまったまま、男は首をたてに振りました。
雨がやんでいることの本当の大変さを知って、むじゃきに喜ぶことは出来ません。
たとえ元の通り傘が売れなくなったとしても、雨を戻してもらわなければ、男以外のみんなが困るのです。
どこからともなくほうきを取り出して、森の魔女は重ねてたずねました。
「ならば雨は戻そう。しかし……お前の願いは、本当に傘を売ることだったのかね?」
どうだったのでしょう。
男は自分の心の中をのぞき込みました。
傘を売りたかったのは本当です。
だって、皆手に取るだけで、ちらりと見ては「いらない」と言うのです。
寂しくて寂しくて仕方ありませんでした。
だって……この傘をさせば、晴れた日に虹が見えるのに!
何で誰もその話を聞いてくれないのだろう。
本当の使い方を。小さな虹の美しさを!
誰もそれを分かってくれないことが、寂しくて。
辛くて。
だから魔女に、たくさん傘が売れるようにお願いをしたのでした。
たくさん売れれば、皆が分かってくれたような気がして。
「お師匠さま、ボクの願いはどうやら違ったみたいです」
「そうか。ならば改めて聞いてやろうか? お前の願いは何なのだ?」
魔女の目は優しくて、お願いすれば今度こそ、きっと答えてくれると分かりました。
だけど。
「いえ、お師匠さま。ボクの願いはボクが自分で叶えます」
男は、その申し出をきっぱりと断りました。
自分の願い事は、魔法ではかなえられないことだと、分かってしまったからです。
「よろしい。明日になれば、また雨は降るよ。晴天の最後の1日、無駄にせぬように」
魔女は少しだけ笑って、そっとほうきを振りました。
ほうきのふさから星くずのようなキラキラとした光が舞って、男は目をしばたかせます。
次にはっきりと目を開けた時、周りの様子がさっきまでいた森の中ではないことに、すぐに気付きました。
魔女の使った星くず魔法で、男は一瞬でテレポートさせられてしまったのです。
おっかなびっくり周りを見渡す男の目に入ったのは、いつだったか子犬を抱いてお店に来ていた少女でした。
そこが少女のお家なのでしょう。
垣根の向こう、緑の芝生の上で、子犬とじゃれ合っている少女は、あの日男の店から持って行った傘を握っています。
少女が、ふと、こちらを振り向きました。
「あ! パラソルショップのお兄さん! ……いつだったかはごめんなさい」
さっきまでの笑顔がくもってしまったのを見て、男は思い切り首を横に振りました。
「いいや、いいんだ。それより……その傘、気に入ってもらえたかい?」
再び少女の表情が、太陽の光がさしたように、明るくなりました。
「ええ! とっても気に入ったの! 見て、お兄さん!」
女の子がばさりと傘を開くと、その中からきりのような細かな雨が女の子の身体を包んでいきます。
青空の下、きりに包まれた女の子は、まるで虹のヴェールをまとったようにも見えました。
虹の向こうから、女の子が男を見て微笑みます。
「ほら、お兄さん! とってもキレイね」
「ああ、キレイだね……」
男の願いはただ1つ。
晴れた空の下、誰かと小さな虹を見て、キレイだと言い合うことなのでした。