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彼らの世界とわたし

作者: 花筐

彼は、さなえちゃんのことをアイリーンと呼ぶ。

さなえちゃんは彼のことを、ヴォルフと呼ぶ。

もちろん彼は日本人で、本名は片柳雄吾で、たぶんミドルネームはなかったはずだ。



さなえちゃんと私は、小学校の3年生のときにクラスが同じで、以来ずっと付かず離れず仲良くしている。

高校のときは、お互いに違うグループで休日や塾で会うくらいだったけど、家から近い同じ大学に通っていることで今も仲は続いている。と、思う。


さなえちゃんは、小学校の頃、4年生か5年生の夏休みに少しだけおかしくなった。

友達に対して、おかしくなったというのは自分でもどうかと思うけど、あのころのさなえちゃんは確かにおかしかった。


「わたくし、なんでここにいるのでしょうか?」


さなえちゃんの中でお嬢様ごっこと記憶喪失ごっこが流行っていたのかもしれない。普段は私と一緒に公園で一輪車に乗ったり、近所の図書館で涼みがてら本を読んだり、プールに行ったりしてるさなえちゃんである。しかし、時々一輪車を見て首を傾げたり、冷房の効いた室内に驚いて見せたり、プールで真っ赤になっていたりする。それから、ちょっと大人びた寂しそうな顔で遠くを見るのだ。誰かを探すみたいに。

夏休みが終わるころには、たまに目を丸くさせることはあっても、お嬢様ごっこのときの言葉使いもしなくなった。

でも、ちょっとだけ大人っぽくなった。

身長は私と変わらないし、同じことをしているけれど、考え方とか表情とか少しだけ変わった。それから、外国の言葉で歌を口ずさむようになった。私も教えてもらったけれど、少し発音しにくいのでハミングだけで一緒に歌うことにした。意味を聞いたら、甘酸っぱい恋の歌詞だと話をしてくれた。照れくさくなってますます歌詞を歌えなくなったけれど、聞いている人にはわからないから大丈夫よ、とさなえちゃんは笑った。



中学校に入ってしばらくすると、さなえちゃんが歌っていた歌が英語でも、フランス語でも、中国語でもないことがわかった。さなえちゃんに聞くと、ずーっと遠くの国の言葉だと教えてくれた。イギリスやアメリカよりも遠いといわれて、さなえちゃんが輝いて見えた。しかし、さなえちゃんは決して賢いわけではない。勉強はまじめにするのだが要領が悪いのか、私と成績は同じくらいだ。すごく悪くはなかったけれど。


「なんかいろんなことが混ざっちゃうんだよね」


さなえちゃんは社会科の授業のときによく困ったように言っていた。私も歴史小説とかを読むと、どこまでが教科書の範囲でどこからがフィクションなのか曖昧になってしまうことがあったのですごく同意した。さすがに答案には書いたことはないけれど。そんな私たちだが、高校受験を控える頃には現実とフィクションの違いは分かるようになっていた、はずだ。


高校生になって、私とさなえちゃんはちょっと距離が遠くなった。高校は今までと違って1学年に8クラスあって6クラスと2クラスで階が違うのでクラス分けのせいでなかなか会えなくなったからだ。私は2組で、2年生と同じ3階。さなえちゃんは、6組で4階にいた。

教科書の貸し借りや、合同授業、部活がない日の放課後など一緒にいることもあるが、お互いに別々のグループの子といることが増えた。そのころ、さなえちゃんの容姿は急激にかわいくなっていたらしい。私からすれば、少し髪型変えたかな?くらいだったのだが、階を越えてやってきた噂だと、なんでも今年の1年生は美少女のいる当たり年らしく、その美少女は6組の如月さんだという。

さなえちゃんの苗字は如月で、如月早苗さんである。

私は、私のそばにさなえちゃんがいれば鼻高々だったのにと、少し悔しい気もしたがさなえちゃんが変わらず接してくれたので良しとした。教科書を忘れたときなんかに、わざわざうちの教室まで借りに来てくれるので、ちょっとだけ男の子と話す機会が増えた。揚々と悩める同級生のキューピット役でも努めようかと考えていた私だったが、その機会は訪れなかった。


なぜならば、さなえちゃんに彼氏ができたからだ。


驚いたのは、私だけではなく1年生と2年生の噂をしてた先輩たちを含めたらかなりの人数だったはずだ。

本当に突然だった。

昨日まで話したこともないような二人が突然、ラブラブになって常に一緒にいるようになったのだから。まだ入学して1か月と半月くらいであったから、こっそり交流を深めるにしても早すぎる気がしないでもない。第一、小学校の時に大人びたさなえちゃんはそんな簡単に色恋沙汰に流されるように思えなかった。

そんな、噂の渦中にいるさなえちゃんから彼氏を紹介したいと言われ、私もいろいろ気になることをきいてしまおうと休日に会うことにした。今思えば、付き合いたての二人のデートを邪魔していた気がしないでもないが、当時の私は気づかないくらいにはいっぱいいっぱいだったのだ。


お昼に少し高いけどおいしいパンがあると私たちが気に入っていたカフェに行ったとき、さなえちゃんしかいなかった。少し残念にも思ったが、さなえちゃんと久しぶりにゆっくりお話ができると思うとうれしくもあった。お互いに高校に入って感じたことや新しい友達について話したいことはたくさんあったので、すぐには本題に入らずいろんな話をした。スパイスの風味が聞いた鶏肉と新鮮な野菜を挟んだ、ふっくらもっちりパンの特性サンドを食べ終えて、カフェオレを飲んでいるときにさなえちゃんが改まった。これは、本題に入るなと、私も姿勢を正して顔を向けた。


「ゆうか、私、前世の記憶があるんだ」


おおっと、そう来たか。これは久々に、記憶喪失ごっこに次いですごいのにはまったな。

彼氏ができて浮かれてるのかな、と思いながら私はさなえちゃんの顔をじっと見ながら先を促した。

この後、さなえちゃんは二人はもともと魔法が使える別の世界の貴族の娘さんとその護衛騎士で、14歳のさなえちゃんは親によってつけられた5歳上のお兄さんに恋をしてしまった、と話してくれた。

しかし、その恋は政略的婚姻が当たり前な世界において実ることはなく涙ながらに別れたのだが、さなえちゃんは旦那さんに嫁ぐことが出来なかった。なぜなら、その旦那さん(予定)に好意を寄せていた別のご令嬢がさなえちゃんの乗る馬車が通る道に魔法を仕掛け、馬車が転倒してしまい馬車自体には防壁がしてあっても中は完全無防備であったためにさなえちゃんは狭く硬い馬車の中で、、


という話をしてくれた。何とも後味の悪い話で、しかも本人がドロップアウトしているため落ちがなく、ひたすら悲劇であった。魔法は、人にはかけられないのかなとか思わず逃避したくなるお話だった。

私は、自分の前世にはもう少し幸せであってほしい。

カフェオレを飲んで、そのミルクでマイルドになっているがコーヒーのすっきりさを失わない味に現実に帰ってきた私は、その話と噂の恋人がどうつながるのかを訊ねた。すると、


「僕がやっとアイリーンと出会えて、付き合えて、幸せってつながるんだよ」


いつからいたのかさなえちゃんの隣には、噂の恋人、片柳くんが立っていた。

さなえちゃんは少し赤くなって、だから今、会えて幸せなの、とうつむいた。確かに、高校に入ってからさなえちゃんはかわいくなったようだ。

そして、さなえちゃんのごっこ遊びには、まじめそうな、でも優しそうな顔でさなえちゃんを見ている片柳くんも参加していたようだった。さなえちゃんはアイリーンというのか。なら、片柳君は、


「ヴォルフだよ」


かっこいい。私もそんな名前が欲しい。でも、さっきの話の登場人物はもうさなえちゃんの旦那さん(予定)と、迷惑なご令嬢しかいないから、悪役は勘弁したい。


「わたし、ゆうかにずっと本当のことが言えなくって。やっと言えてよかった」


さなえちゃんは、すごくきれいに笑った。久しぶりに同い年に見えないとても大人びた女性の笑みだったから、この話は本当なのかもしれないと少し思えた。


それから二人は、学校でもアイリーン、ヴォルフと呼び合うようになった。もしかしたらすでに呼んでいたのかもしれない。

年が暮れる頃に文化祭があった。文化祭で他のクラスが演じた劇の主人公とヒロインの名前が二人の呼称で、どうしてかクラスの友人に聞いたところ学校にはこの名前で呼び合う名物カップルがいるのだ言われた。それくらい知っていると返すと、どうやら本名と違う名前で呼び合うと長続きするというジンクスとして広まっているらしい。劇の内容はあの日さなえちゃんが話してくれた話とは全然違って、とてもコミカルでちょっと切ない恋愛ものだった。落ちがまさかの継母がハーレム形成していて大爆笑だった。




大学生になった。私と、さなえちゃんは家から近い大学にそれぞれ合格し、片柳くんは少し遠いもっと偏差値の高い学校に入学した。それでも、片柳くんは頻繁にさなえちゃんに会いに来て、今日も私の目の前でいちゃいちゃしている。私からすれば、変なあだ名で呼び合っている二人だが、二人にとっては本名で大事な記憶なのかもしれない。


「夕夏。ごめん、待たせた」


よかった。私にもちゃんとお迎えが来たようだ。もう少し早かったらもっと喜んだけどね。

さなえちゃんたちには、さなえちゃんたちの世界があるんだろう。それは私にもあるみたいだから、特異なことじゃない。私には、私にとっての特別な出会いがあったし。

でも、今、さなえちゃんが遠くを見て寂しそうな顔をせずに笑えてるから、わたしにとってはそれがうれしい。




「よかったね、さなえちゃん(アイリーン)








読んでくださってありがとうございます。


さなえちゃんは歌を歌っていると見つかりました。

小学校から歌っているので、周りも本人も慣れたものです。初めて聞いた子は不思議なきれいな歌だと噂して、容姿に関するものと相乗効果で噂が広まったのかもしれませんね。主人公には届いてませんが。


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