祖母について
九藤は母方の祖母と同居しておりました。
子供のころのお話です。
九藤が物心ついた時には、祖母はもう、胃癌の闘病生活の日々でした。
子供だった九藤は、そんなことはこれっぽっちも知りませんでした。
風邪をひいて、何を食べても吐くからもう何も食べたくない、そう言い張る九藤に、好物の納豆巻きを手作りしてくれた。
九藤はそれを、お店のものと違って生温かいと言って、拒否しました。
子供の九藤は、残酷でした。祖母は怒ったりしませんでした。
二月ごろだったでしょうか、九藤が小学二年生のある早朝、姉に乱暴に起こされました。
九藤はものすごく眠かったので、何という横暴だ、と思いました。
寒くて、まだ暗い早朝でした。
祖母の入院する、病院にいる父からの電話だと言われて、その時、九藤は、何かを察していたかどうか、もう覚えていません。
電話に出た九藤に父が言いました。
「おばあちゃんがね、死んじゃった」
世界が止まりました。
納得する思いと、そんなはずがないと反駁する思いが胸を占めました。
まだ世界が止まったままの九藤に、父が電話を姉と代わるよう、言いました。
姉を呼ぶ九藤の声は、どうしても、震えてしまいました。
そうか、こういう時に、人の声は震えずにはいられないのか、と思いました。
努力が追いつかずにこらえきれないのです。
祖母の訃報は、九藤の世界と心に様々なものをもたらしました。
喪失を知りました。
耐え難い悲しみを知りました。
九藤が、補助輪無しの自転車に乗れるころには、間に合ってくれなかった。
そう思いました。