第8話「すべての声を出し尽くせ(Ⅲ)」
♪♪♪
その後、近所にあった昔ながらの銭湯でゆっくりと汗を流し、昨日一日で溜まった汚れ物を洗濯するため、僕たちはコインランドリーを訪れた。
遠く山の向こうからやって来た大きな入道雲に覆われて、空は黒ずんだ灰色に染まっている。
激しい雨に濡れる通りをコインランドリーの中から眺め、僕たちは少し話し合った。
議題は今週の金曜日に出演する、ライブハウスでの演奏曲についてだ。
先ほど根中さんから剛田のケイタイに連絡が入り、飛び入り参加の僕たちは前座という形で出演が確定したそうだ。尺は予てより知らされていた通り十分程度ということなので、曲数は二曲が限界だろう。切り詰めてやれば三曲やれないこともないのだが、知っての通り僕たちはMCで喋りすぎるくせがあるので、少し余裕を持ってやった方がいいだろう。MC無しだとさすがに愛想がないと思われるし、前座ということなら、ある程度はお客さんを温めておかなければならないのだ。まぁ、その点に関しては剛田とまひるに一任することとして。
肝心の曲目についてだが、昨日やったオリジナル曲の中から、特に出来の良かったものを一曲、あとの一つは、今から新曲を作れないかという話になる。
猶予は今日と当日を入れても五日しかない。しかし、出来ないことはないだろう。なにせ、猶予は丸々五日間もあるのだから。
早速、僕は鮎川との打ち合わせに入る。
そこで鮎川は僕に見て欲しいものがあると言って、ノートを取り出してきた。
実は昨日、休憩の合間にふと思い浮かんだメロディーがあって、それを書き留めていたと言うのだ。ギターを取り出して、実際に少し弾いてもらう。鮎川らしいポップで綺麗なメロディーだった。これはいけると、そこを触りの部分として二人でアイディアを出し合い、一通り主旋律を作り上げる。歌詞は僕が任されることとなった。テーマは既に決まっている。昨日の長時間ライブで感じたことを書くつもりだ。頭の中で詞の構成を練りながら紙にペンを走らせる。言葉は思いの他すらすらと出てきた。あとは曲に上手く乗せられるよう、文字数や語呂を合わせて調整を加えるだけ。やはり予め題材がはっきりしていると非常に書きやすいな。結局、一時間とかからず、詞の方は出来上がった。
これで主メロと歌詞の二つが完成。ギター一本の弾き語りであれば、これでも演奏出来るところだが、バンドでやるためにはここから編曲という作業に入らなければならない。ある意味これが一番大変な作業だ。方向性を決め、それぞれのパートごとに譜面を書き、全体のバランスなどを考慮した上で雰囲気に合ったアレンジを行わなければならない。まぁ、実際にどうするのかと言われれば、あれこれ試しながら模索するとしか言いようがない。
激しい雨を降らせていた入道雲は通り過ぎ、空にはからっとした晴れ間が戻っていた。
まぶしい陽光を受け、濡れたアスファルトからは白くぼんやりとした湯気が立っている。
むわっとした湿気と、この雨上がり独特のにおいが僕は嫌いじゃない。
すっかり長居してしまったコインランドリーをあとにして、僕たちは車に乗り込んだ。
ここからは全体で音を合わせながらやった方が効率もいいということで場所を変える。
郊外に向かうこと一時間。僕たちは再びおととい一晩を過ごしたあの丘の上にやって来た。
夕方五時頃には到着し、一旦機材をセットしたあと、僕らはひとまず夕食の準備に取り掛かる。今日は景気づけにバーベキューだ。それぞれ分担して作業にあたる。
剛田はグリルと網を用意して炭を熾す係、鮎川は途中のスーパーで買っておいた肉や野菜を簡単に調理し、僕とまひるはその間、近くの山林に入ってしこたま薪を集めて来た。
じゅーじゅーと肉の焼ける音が食欲を増進させ、煙が香ばしい香りを運んでくる。
日没直後の空は藍と橙のコントラストが美しく、眼下にはのどかな田園風景、見渡せば都会の街並みが遠く広がっている。景色も最高だ。
ほんのり焦げ目のついた肉と野菜を少し濃い目の味付けにしてガツガツと食らい、よく冷えたビールを飲みながらみんなでわいわい腹の底を満たす。
食事を終えると網を片付け、グリルは再び焚き火台となった。僕とまひるで拾ってきた薪を時折少しずつ足しながら、大き過ぎず小さ過ぎない適度な規模の火を心がける。
さて、腹ごしらえも済んだところだし、そろそろ編曲作業に入ろう……と思ったのだが。
「おい、花火やろうぜー!」
まひるが車から市販の花火セットを取って来た。出発前にドンキで買ったやつだな。
「よし、やるか!」
僕たちは大人よりも時間が多い。少しくらい、寄り道したって構わないだろう。
「――おぉ~、けっこう綺麗なもんだなぁ~」
赤、青、黄、緑、色とりどりの手持ち花火に目を輝かせ、
「――フゥーハハーッ! お前の死に様みてやるぜぇえ!」
ロケット花火で、剛田・まひると共に壮絶な撃ち合いを演じ、
「あっ、またおっことしちゃったよ……」
「ウフフ、ダメだよ、そんなに揺らしちゃ」
鮎川としんみりしっぽり線香花火に興じる。
打ち上げ花火もやったが、こちらはやっぱりちょっとしょぼかったな。まぁ、夏はまだまだこれからである。これから先、本物の打ち上げ花火なんかたくさん見られるだろう。
そうして今度こそ、僕たちは編曲作業に取り掛かった。――
「まひるちゃんさぁ、最初のカウントのところ、タタタンって今だと三つで入ってるでしょ? そこはさ、タタタタタンタンって六つにした方がいいと思うの」
「んー、こうか?」
「――うん、やっぱりそっちの方がいいよ。ある程度助走をつけないとさ、少し入りがもたついちゃうと思うから」
「おいケン、俺のパートちょっと単調すぎないか? こんなもん、ほとんどスリーコードだろ」
「いや、全体的なバランスを考えると、それで調合は取れてると思うんだよ」
「まぁ、それはそうだけどさ、俺としてはもっと変化をつけてやりたいわけだよ。たったこれだけじゃつまんねーよ。レンジ的にも狭い気がするしさ、もっと遊び心を持たせたいんだ」
「う~ん、でもやっぱり、ちょっと今回は我慢してくれよ。野外と屋内じゃ、音響が違うからねぇ。こう言っちゃなんだけど、昨日みたいに野外でやる分にはいいと思うんだよ。周囲の雑音とか、とにかく音響が悪いぶん少々粗っぽくても誤魔化しが利くからさ? ただその点、今度はライブハウスだろ? 音響が整ってるぶんそれぞれの音もはっきり聴こえるし、誤魔化し利かないんだよ。だから、なるべくストレートにやった方がいいと思うんだ。まぁ今回はじめてやる曲だし、それはまた今後少しずつアレンジを加えて、熟成させていったらいいじゃん?」
「ねぇ、ケンちゃん? 三小節目の開放のところはもう少し長く伸ばしたがいいんじゃない?」
「僕としてはあえてここを切ってみるっていうのも、ありかなぁと思ったんだけど……」
「あー、それだったらその前の部分で二拍溜めたらちょうど良いかも。今のだと少しね、尺が余っちゃってるような感じがするから」
「鮎川、ボーカルのことなんだけどさ、全体的にもっと曖昧な感じでつらつらーっと流すように歌って欲しいんだ。正直言ってこれはさ、そんなにメッセージ性の強い歌詞でもないし、それならもういっそのことノリと耳障りのよさを重視して、日本語の歌詞なんだけど英語みたいに崩して歌う、って言えばわかりやすいかな。なんなら多少聴き取れなくてもいいからさ?」
「なぁケン、サビのコーラスは少しくって歌ったらどうだ? やっぱり男なんだから、その辺ちょっと風合いをずらした方が、ワイルドでカッコイイと思うんだよ」
「なぁなぁ、お姫ー。これ、もうワンテンポ上げてもいい? ちょっと今のまんまだと間奏のリズムが取りづらい。もう少し早かったら出来るんだよなー」
「そっかぁ……。まぁ、私はいいんだけど。ケンちゃんと剛田くんはどう?」
「ああ、別にいいよ」「オッケー」
――それぞれが実際に楽器を鳴らしてみながら積極的に意見を出し合い、試行錯誤を重ねて音を整えていく。皆、真剣だが、険悪なムードにはならない。
一通り編曲作業が終わったとき、既に時刻は明け方と呼べる頃合に差し掛かっていた。何かひとつのことに没頭していると、本当に時間というものは早く過ぎてしまうものだ。
機材を撤収し、ゴミを片付け、僕らはひとまず車の中で睡眠を取った。
六時間ほど休養を取ったのち、翌日の十時前には起きて、三度市街の中心部に赴く。
昼間は観光、夜は練習というサイクルで、その後も僕たちは非常に充実した三日間を過ごすのだった。
♪♪♪
――金曜日。
当日リハーサルを終え、自前のステージ衣装に着替えた僕たちは楽屋でMCの打ち合わせをしていた。いつものように剛田が中心となって話をまわし、まひるがボケをかまし、僕がつっこみを入れ、鮎川が時折なんかふわっとしたコメントを挟むような形式でいく。
しかし肝心の内容についてはあえてのノータッチだ。大体いつも、そのとき思いついたことを適当に話すのが、僕たちの常套手段である。これまでの経験から言って、それくらい余裕に構えていた方がウケもいいし、何が飛び出すかわからないので、僕ら自身も楽しい。
ちなみに特記事項として、今回からライブの際は『HAPPY★RUNNERS』のトレードマークともいえる星型ステッカーを、男子は右の頬、女子は左の頬に、お揃いで貼ることにした。色は鮎川がピンク、まひるがイエロー、僕がブルー、剛田がレッドである。戦隊ヒーローモノだったら、あとグリーンかブラックが欲しいところだな。僕がそう言ったら、いやいやホワイトやシルバーという線もあるぞ、と剛田&まひるが乗って来て、そこからすっかり特撮談義に花を咲かせてしまった。本番前に何をやってるんだ、というつっこみは今更である。
僕らが終始リラックスしたムードで雑談に耽っていると、赤い髪の毛をつんつんに逆立てたニーチャンが不意に近寄ってきた。
「ねぇ君たち、こないだの日曜日、そこの公園でライブやってた人たちだよね?」
彼は対バンの一人で、確かボーカルだったと思う。顔合わせのとき、一通り挨拶をしたので覚えている。
「ええ、そうですけど」
剛田が答えると、赤髪のニーチャンはピアスの光る唇をつり上げて「やっぱり」と笑った。
話を聞けば、彼はあの日、通りすがりに僕たちの演奏を聴いてくれたお客さんの一人だったらしい。
「――面白い奴らがいるって、仲間内ではちょっと話題になってたんだ。路上ライブを十二時間もやるなんて、普通じゃあんまり考えられないからさ? たぶん今日来てくれるお客さんの中にも、君たちの演奏を聴いた人が結構いるんじゃないかな」
開演までには、まだあと一時間ほどある。
せっかくなので、赤い髪の彼と少し話をすることにした。
「君たちこっちの人じゃないんでしょ? どっから来たの?」
「東京です」
「へぇ~、なんでまた名古屋に?」
それじゃあ一つお耳汚しにと、今回の旅に至るまでの経緯を簡単に話したら、目を丸くして笑われた。それから次第に話が弾んできて、僕たちはバンド結成当初にまでその歴史を遡り、これまでに起きた馬鹿馬鹿しい事件の数々を美味しいところ取りで喋り倒した。
正直、僕たちの軌跡についてなら軽く三時間は話せる。自慢じゃないが、ネタは山ほどあるのだ。――
「はははは!」「凄いな君ら!」「ホント面白いよ!」
気がつけば、楽屋に居合わせていたほとんどの人たちが僕らの周りに集まって来ていた。
話の最中、多々あるつっこみ所には遠慮なく斬り込んでもらい、声を揃えて笑い、大盛り上がりになってしまう。
宴もたけなわといったところで、前座の僕たちをマネージャーさんが呼びに来た。ちょうど開演五分前なのでそろそろスタンバイをしてくれとのことだ。
「がんばれよ!」「俺たちのためにも、しっかり客席を温めてきてくれ」「まぁ、君たちなら何の心配もいらないだろうけど」
すっかり打ち解けてしまった対バンの人たちに景気よく見送られ、僕たちは舞台袖に移動する。その際、剛田が「俺たちは生き様をエンターテイメントにしているんだな」と誇らしげに息巻いていたが、それは単に笑い者になっているだけじゃないのか? まぁ、人を楽しませることは好きなので、もしそうだとしても悪い気はしないかな。
そして、開演。――
進行を指揮するマネージャーさんからのキューで、僕たちはたくさんのライトで照らされた暑いほどに眩しいステージの真っ只中へと飛び出して行った。
「こんばんはー! 『HAPPY★RUNNERS』でーす!!」
まずは軽く自己紹介、僕らが本来出演予定にはないバンドで、これから少しのあいだ前座を務めさせていただくことを伝えた。
時間は限られているので、早速曲に入る。オープニングナンバーは定番人気の『明日に向かって走れ』。この間やったツインボーカルバージョンが思いのほかよかったので、もう一度あれを再現しようと思ったのだ。しかしまぁ、結果から言ってあのときほどの感触は得られなかったが、お客さんの反応はそこそこに良好だった。
MCではやはり、日曜日に行った野外ライブのことについて触れる。赤髪の彼が言っていたのでもしかしたらと思い、僕たちの演奏を聴いてくれた人がこの中にいるかと尋ねたら、予想以上の人数が手を挙げた。思いつきで強行しただけの無謀な企画だったが、その宣伝効果はばっちりだったみたいだな。
そこから少し派生して、僕たちのバンドはいつも剛田の思いつきに振り回されているといった旨の話になる。その流れで、思いがけず剛田本人の口から、そのスタンスが語られることとなった。
「――思い立ったが吉日という言葉は、本当だと思うんです。たとえば、今日の昼間はラーメンが食べたいと思うじゃない? だけどさ、明日の昼もラーメンが食べたいかどうかはわからないわけだよね。明日は明日で、カレーを食べたいと思うかもしれないし、うどんが食べたいって思うかもしれない。そういうふうに人間の気持ちっていうのはさ、常に動いてるんだよ。だからいま思ったことは、いま形にしなきゃ、その想いは消えちゃう。明日やろうとか、いつかやろうとか、そんなこと言ってたらいつまで経っても好きな事は出来ないと思うんです。俺すごくもったいないと思うな、そういうのは。そんで、歳取ってから後悔したってもう遅いんだよ? だからみんな、やりたいことは今やろうよ? 明日のことはまだわかりません、昨日のことはもう忘れました。……俺が欲しいのは、今なんです」
客席から拍手が沸く。なんか、ちょっとイイ話になっちゃったな。
しかし僕はこの雰囲気を台無しにする、とっておきのオチを、今まさに思いついていた。
剛田のご高説に則り、それでは言わせてもらおうか。この思いが消えちゃう前に。
「まぁ、すっごく良いことを言ってる……ように聞えるかもしれませんが、こないだこいつが読んでいた漫画に、全く同じことが書いてありました!」
途端に客席中がひっくり返る。まひるが空かさず剛田に振った。
「てめぇ、パクリじゃねーか!」
「――なぁーんてこったぁーいい!!」
大きい声と変な顔。会場は瞬く間に、爆笑の渦に包まれた。
舞台袖からマネージャーさんが合図を送っていることに気づく。そろそろ時間が迫っているので、最後の曲に行けという指示だ。
鮎川がマイク前に立ち、十分に温まった客席に向かって告げる。
「……えーっと、それじゃあ次はさっき話題にもなりました、私たちが先週の日曜日にやった路上ライブでのことを歌にした曲です。聴いてください、『Overflow music』――」
『Overflow music』
作詞 篠原健一/作曲 鮎川由姫乃・篠原健一/編曲 HAPPY★RUNNERS
喧噪と斜陽の中で リズムに乗って弾けて飛ぶ
難しい言葉はいらないよ 感じることだけ鞄に詰めて
夢と現の境目を ツバメみたいに行ったり来たり
気持ちの通った汗を流せば 渇いたのどさえ心地良し
Overflow music 音に溺れて生きてゆきたい
Dont stop music 今が最高さ……――
曲の終わりにブワァーと拍手が鳴り響き、空間を埋め尽くす。これが最高の瞬間だ。
「センキュー!!」
僕はマイクスタンドを引っ掴んで息も絶え絶えに叫んだ。
出番の終わりを知って、みんながもう一度大きな拍手を送ってくれる。
「みんな今日は楽しんで行ってくれよー!!」
「お達者で~!」
剛田とまひるもあとに続き、鮎川は肩で息をしながらも、にこにこ笑ってお辞儀した。
ここでもたもたとしていたのでは格好がつかないので、急いで舞台袖に駆け込む。マネージャーさんが笑顔でオーケーサインを出した。タイムはきっかり予定通りらしい。
待っていた対バンの連中から、次々と声を掛けられる。
「お疲れぇい!」「トークだけかと思ったけど、演奏もなかなかイイじゃん!」「これは良いプレッシャーになったなぁ、俺らも頑張らねーとな」
どうやら次は赤髪の彼が所属するバンドの出番らしい。
せっかくなので僕たちはそのまま袖の方に残り、はじめから終わりまで本日のステージをたっぷりと拝見させてもらった。それぞれバンドごとに違ったカラーがあり、こうして見ているのもなかなか面白い。……ただ、少々生意気を言わせてもらえば、やっぱり僕たちのバンドが一番だな。たぶんまぁ、これはどこのバンドでもみんな当たり前のように同じようことを言うだろう。自分達のバンドこそが一番だと。本当の結果なんかお客さんに人気投票でもしてみない限りわかりはしないのに、みんな自分勝手にそう思っているのだ。だけどそれでいい。むしろ、そうでなくっちゃつまんないよ。ただ少なくともMCではうちが一番ウケていたけどね?
……ライブが終わったあと、僕たちは根中さんのもとへ挨拶に伺った。
「――君たちに演奏してもらって本当によかったよ。お客さんも喜んでいたし、スタッフから聞いたんだけど、他の連中ともなんだか上手くやってくれたみたいじゃないか。おかげですごくいいステージになった。ありがとう。是非ともまたうちでやってほしい」
何から何までお世話になった上、こんなことまで言われたんじゃ僕たちは頭が上がらない。
「それで、君たちはこれからどうするんだ?」
根中さんの問いに、剛田が答えた。
「とりあえず、費用がなくなるまではもう少し旅を続けてみようと思ってます」
「あてはあるの?」
「いえ、特にはっきりとは……。まぁ、どうせ思いつきで始めたものですから、風の吹くまま気の向くままに、このまま行ってみるのもいいかなぁなんて話し合っていたところです」
「そうか。だったら少々差し出がましいことかもしれないが、大阪に行ってみる気はないか?」
「大阪、ですか?」
「うん。実はね、僕の古い友人がそっちでライブハウスをやってるんだ。明後日の日曜日にイベントがあるみたいなんだけど、出演予定だったバンドが急遽キャンセルをしてしまったらしくてね、僕が君たちのことを話したら、使ってみたいって言って来たんだよ。どうだろう? 君たちさえよかったら、僕の方から伝えておくけど」
僕たち四人は呆けたように顔を見合わせ、嬉しさを堪えきれずに笑った。
「是非、お願いします!」
根中さんは気さくに笑ったあと、その場ですぐに先方へ電話をかけ確認を取ってくれた。
僕らを代表して剛田が電話を代わる。簡単に挨拶を述べたあと、受話器越しにいくつかやりとりをして、出演のオーケーを貰った。
よかったねと優しく笑う根中さんに、僕たちは深々と頭を下げる。
「このご恩は一生忘れません!」
「ははは、そんな大げさな」
「それじゃあ、忘れるまでは忘れません!」とまひるが自信満々に言い切った。こいつは鶏並みの頭しかないんだから、たぶん明日にでも忘れてると思う。
「まぁ、向こうに行ったらまた環境も違って大変だとは思うけど、頑張ってね? 君たちの成功を祈ってるよ。――」
僕たちはもう一度根中さんに感謝の言葉を伝えてから、その場をあとにした。
明日の昼には一度、向こうのライブハウスに顔を出すことになったので、今夜中に名古屋を発たなければならなくなった。誘われていたこのあとの打ち上げには参加できそうにない。
赤髪の彼を含む対バンの人たちは残念そうな顔をしたが、事情を話すと快く送り出してくれた。せっかく知り合ったのだし、連絡先を交換しておく。それから僕らが動画サイト上にこれから先も旅の様子を逐一アップしていくことを伝えたら、面白そうだから見てみたいと乗ってくれた。僕たちのアカウントを教え、売名のために良いコメントをばんばん書いておいてくれよと半ば冗談交じりに言ったら、オーケー任せておけと気風よく親指を立ててくれる。
そんな賑やかでいい加減な奴らに手を振って、僕たちは順風満帆、ワゴンに乗り込んだ。
「――東京に飽きたら、今度は名古屋で暮らしてみるのもいいかもな?」
運転席に乗り込みエンジンをかけながら、剛田がしみじみとした口調で、不意にそんなことを言った。鮎川とまひるも口を揃えて、賛同している。もちろん僕だって反対はしない。
根中さんを筆頭として、僕らが今回出会った人たちはみんな素晴らしい人たちばかりだったし、こっちでも楽しくやっていけそうだ。ただ一つ、大事な問題が……。
「東京に飽きたらって、お前、いつまでアマチュア活動やるつもりなんだよ。僕たちはプロになるんじゃなかったのか?」
「ははっ、そうだったな。ほいじゃ、そろそろ行きますか!」
僕たちは夜の名古屋市内を走りながら、ここ一週間足らずでの出来事を一つ一つ振り返り、和やかに談笑した。名古屋での活動は、大成功だったと言ってもいいだろう。
ちょっぴり尾をひく名残惜しさと、これから起こることへの大いなる期待感を胸に、僕たちは次の舞台へ向かうのだった。――……
第二章「すべての声を出し尽くせ」おわり