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明日に向かって走れ-Singer×Song×Runner-  作者: 早見綾太郎
~第二章「すべての声を出し尽くせ」(名古屋編)~
7/20

第6話「すべての声を出し尽くせ(Ⅰ)」

 ――……。


第二章「すべての声を出し尽くせ」(名古屋編)


 出発早々、車内は怒涛の如く騒がしかった。

 剛田が景気づけにと言って掛けた一曲は、ザ・ブルーハーツの『リンダリンダ』である。

 ――僕とまひると剛田は、高校時代三人でよくブルーハーツを聴いていた。

 テレビのコマーシャルでこの曲が流れていたのが、そもそもキッカケだったと思う。

 のちに僕らがバンド活動を始めることへの伏線となった一曲であり、いつ聴いてもテンションが跳ね上がる最高のパンクナンバーだ。――

 いま僕らが走っているのは街中なので、沿道はたくさんの人で溢れ返っていた。

「よし! ここらで一丁、景気づけにパレードでもやるか!」

 剛田は車を走らせながら窓を開け、外の人ごみに向かって大声を張り上げる。

「ご近所の皆さん! 世紀のスーパーバンド『HAPPY★RUNNERS』でございます!」 

 驚いた人々が一斉にこちらを振り返る。

「これより我々は全国制覇に向け、世界の舞台へと旅立ちます! 『HAPPY★RUNNERS』、『HAPPY★RUNNERS』を、どうかよろしくお願いいたします! 温かいご声援ありがとうございます! ありがとうございます!」

 誰も声援など送ってくれてないようだが、まひるも窓を全開にして思いっきり叫び出した。

「みなさんお昼ですよーっ! 珠紀まひるですよー!」

 もう完全にただの悪ふざけである。しかしなんだか、二人とも物凄くイイ笑顔だ。

 こういうときほど、とことん馬鹿にならなきゃ損である。

 僕も窓を開け、とりあえずは沿道を歩く人々に笑顔で手を振ってみた。

 まぁ、ほとんどの人は冷ややかに一瞥くれるだけだったが、中には面白がって手を振り返してくれる人なんかもいて、これが結構楽しい。

 鮎川はアコースティックギターを片手に、小さな子供を見かけては、時折にこやかに手を振っている。

 しかしパレードというよりは、選挙の宣伝みたいだな。

「――ちまたちまたに女あり、日本一の色男・剛田篤志でございます!」

 剛田の演説は益々ヒートアップしている。

「――超絶ビショージョ! 珠紀まひるでぇーす!」

 まひるの馬鹿も、すっかり興奮してわけがわからなくなっていた。

 僕もエレキギターを取り出して、半ばヤケクソ気味に掻き鳴らす。

 そうして僕たちは、たくさんの好奇な眼差しに見送られながら、大都会・東京にしばしの別れを告げたのだ。


                 ♪♪♪


 高速に入っても、相変わらずやかましい僕たちである。

 ハイロウズの『日曜日よりの使者』をみんなで歌いながら、ドンチャン騒ぎでハイウェイを突っ走る。

 車内に掛かっている音源のCDは、今回の旅に際して僕らが勝手に編集したものだ。各々の独断と偏見によって選ばれた楽曲たちが、ごちゃごちゃになってぶち込まれている。

 奥田民生の『さすらい』や『イージュー★ライダー』、ユニコーンの『素晴らしい日々』、モンゴル800の『あなたに』が入っているかと思えば、些か唐突にベン・E・キングの名曲『スタンド・バイ・ミー』が流れ出したり(これは僕の選曲)、荒井由美の『ルージュの伝言』や、ゴダイゴの『銀河鉄道999』(エグザエルじゃないのがミソ)が挟まっていたりする。

 とにかく年代からジャンルから、何もかもがバラバラの構成なので一見すると支離滅裂に思えるのだが、実はどれも旅の気分を盛り上げるにはピッタリの曲であるという一点においてのみ、確かに共通しているのだ。(※個人差あります)

 さて、目的地についてだが。――

 とりあえずは名古屋に行ってみようという話になっていた。

 一応、主だった都市をまわりながら南の方に向け進んで行こうというのが今後の予定なんだけど、正直言ってどうなるかわからないな。なにせ、うちのメンバーたちは僕も含め、わがままが多い。まぁ、どのみちはっきりとした目的もなく始まった旅なのだ。風の吹くまま気の向くままに、行き着くところまで行ってみるというのも悪くはないだろう。

 まずは名古屋。

 東名高速を休憩無しにぶっ飛ばせば大体五時間ほどで着くそうだが、せっかくの旅だ。やっぱり楽しまなくちゃ。

 盛大にスナック菓子を食い散らかし、くだらないことをくっちゃべり、大声で歌って笑いながら、快適なスピードで信号のない道を直走る。

 東京ICをくぐってから一時間半ほどして、富士川SAに到着した。

 ここは、かの有名な富士山を間近に望むことが出来る絶景スポットとして知られている。

 各々自分の担当する楽器をバッチリと構えて記念撮影。

 圧倒的な存在感を放って鎮座する富士の山に、なにやら感銘を受けたらしい剛田が、

「――今日から俺たちも富ッ士山だ!」

 とわけのわからないことを言い出し、まひるが得意げに「日本一だ!」とレスポンスしていたが、元ネタのわからない僕と鮎川は少し困惑気味である。

 軽く土産物屋を冷やかしたのち、富士川サービスエリアをあとにした僕らは、神奈川県を抜けると静岡県に入った。

 小休憩を挟みつつ、二時間ほどで浜名湖SAに停車する。

 その名の通り、ここからは箱根駅伝のゴール地点でもある浜名湖が一望できる。

 車を降りるなり、「「いやっほぉーい!」」と、勢い良く駆けて行ったまひると剛田は、眼下に広がる涼しげな湖に向かって魂の叫びを上げた。

「――海だぁーい!!」

「――なぁーんてこったぁーい!!」

 馬鹿丸出しである。浜名〝湖〟だっつーの。

「……えっ? これ海じゃないの?」とまひる。

「いいや、これは海だ」と剛田。

 何でお前、人の話とか聞かねぇの?

 僕による懸命な説得の末、ようやく浜名湖が(みずうみ)であることを理解した剛田とまひるは、酷く落ち込んだようにガックリと肩を落とす。

「まったく人騒がせだな」と剛田。

 お前らが勝手に勘違いして勝手に騒いでいただけだ。

「ちぇっ、海かと思ったのに。ただのおっきい水溜りかよ。あーあ、喜んで損した」

 なんでだよ。そもそも、そんなこと言ったら海だって地球規模の水溜りである。そう言ってやったら、屁理屈を言うなと何故か僕が怒られた。

 それからさっき、僕は常識人ぶって、浜名湖を箱根駅伝のゴール地点だと自慢げに言ったのだけれど、「え、それは芦ノ湖じゃないの?」と鮎川に苦笑され、とんでもない恥を掻いた。

「ここ全然、箱根じゃねーし!」「この腐れ野郎ッ!」

 剛田とまひるからも壮大に馬鹿にされ、踏んだり蹴ったりである。

 ともあれ、浜名湖をバックにして記念撮影。

 なんだか香ばしくていい匂いがするなぁと思ったら、出店で鰻の蒲焼きを売っていた。

 鰻は浜名湖の名物である。せっかくなので四人で焼き立てを買って食べる。

 まぁ、いま僕たちが串に刺して食べているのはおおかた安い養殖物なんだろうけど、そもそも僕たちには天然物との味の区別なんてつかないのだから、これで十分だ。

 脂ぎった濃い味付けに〝あ~、ビールが欲しいなぁ~〟なんて思っていたら、剛田の奴はいつの間に買ったのだろうか、既に缶ビールを開けてゴクゴクと飲んでいた。

「おぅ。ケン、あとの運転よろしく」

 ちくしょう、やられた!

 何気にまひるも缶チューハイを飲んでゲップなんかしているし、本当にふてぶてしい奴らである。いっそ僕も飲んでやろうかと思ったが、そんなことをしたら最低でもあと八時間はここから動けなくなるのでやめておこう。やりたいことはやったもん勝ちという教訓を、以降はしかと心得ておくことにする。

 ほろ酔い加減の剛田とまひるを後部座席へと追いやり、僕は運転席に着いた。

 久々の運転なので、少し緊張する。

 僕が下限速度ぎりぎりで安全運転を心がけていると、「おいケンイチぃ、遅いぞー」「きさまはのろまなカメだ」と後ろの馬鹿二人から野次が飛んできた。

 まったく他人事だと思いやがって、いい気なもんだ。

「えぇい、やかましい。死にたくなかったら黙ってろ」

 そう言ったら本当に黙りやがった。

 自分で言っておいてなんだが、僕には信用がないんだな……。

 助手席の鮎川はペーパードライバーの僕を気遣ってか、色々と話しかけてくれる。本当に健気な娘だ。

 まひると剛田は後ろの席で暇つぶしにジェンガを始めていた。

 なんで車の中でジェンガなんかやってるんだよ。

 案の定、車がちょっとしたカーブに差し掛かったり、少し大きめの振動があるたびに、もとより不安定な木片の塔はバラバラと音を立てて呆気なく崩れ落ちている。二人は崩れ落ちるたびにまた積み上げ、また崩れを繰り返しており、一向に本来のゲームが始まらない。因みにこいつらはこういう訳のわからないことをよくやるので、今さら注意などいたしません。

 僕は鮎川と他愛のない会話に花を咲かせつつ、車を走らせる。

 しばらくすると周囲の視界が開け、太平洋に面した道に出た。

 燃え盛る灼熱の太陽が、水平線の向こうに沈んでゆく。水面がきらきらと夕陽を照り返し、見渡す限りオレンジ色の世界。走る車の濃い影が、長く尾を引き落ちている。

 ちょうど日の入りの頃合と相成って、物凄くいい景色だった。

「こんのっ、バカヤローッ!!」

「クソッタレぇえーいい!!」

 まひると剛田は窓を開け放って、とても気持ちが良さそうに叫んでいる。

 窓からひょうひょうと潮風が忍び込み、悪戯の手つきで僕の前髪をさらっていった。

 仄かに磯の香りがする。

『う~み~は広い~なぁ~、大きい~なぁ~♪』と鮎川のギターに合わせって歌いながら、僕たちはいよいよ愛知県に入った。

 ――夜の八時頃には愛知県内唯一のサービスエリア・上郷SAに到着。

 ここから名古屋ICまでは、もうあと二十分ほどである。

 レストランで軽く夕食を取ったあと、今日はここに車を置いて、明日の朝まで過ごすことにした。そうと決まれば話は早い。

 早速、売店で酒とおつまみを買い込み、みんなで酒盛り大会である。

 話の種にと剛田が持ち出してきたのは、僕らの過去の演奏を収めたCDだった。

 大学時代の、それもかなり初期の頃の音源らしい。

 しかしまぁ、今聴いてみるとこれが実に酷い。

 まひるは曲のリズムなどお構いなしにドラムを叩きまくっていて、かと思えばいきなり曲の途中から勝手に休み出すし、剛田のベースはどの曲もずっとワンコードだけで進行している。

 僕のギターは普通に下手だし、鮎川は鮎川で歌詞を覚えておらず、ほとんど口から出任せに歌っていた。

 こんな演奏でどうして僕たちは人気が出たんだろう。完全にコミックバンドじゃねーか。

 しかしというべきか、だからこそというべきか、MCはとっても面白い。

 いやはや、この頃の僕たちの人気は、完全にキャラクター性のものだったんだなぁと改めて認識する。そして今はもう少し音楽性の方にも偏っていて欲しいなと密かに願った。

 四人でお酒を飲みながら当時のことなど振り返っていると、結構忘れていることも多いんだなと強く感じる。都合良く忘却の彼方に置いていた数々の奇行・愚行・醜態を一つ一つ鮮明に思い出し、みんなで顔を真っ赤にしながら爆笑した。

 僕たちの間に会話は尽きない。

 そうして最初の夜が更けて行った……。

 

                  ♪♪♪


 翌日、目が覚めると既に午前十時をまわっていた。

 熱線のような太陽光に晒され続けた車内はすっかりサウナ状態で、汗で張りつくTシャツをパタパタとはためかせて風を送り込む。

「あっちぃ~!」

 慌ててエンジンをかけ、クーラーをつけたまま一旦車を降りた。

 トイレの手洗い場で顔を洗ったあと、コンビニでおにぎりやサンドイッチなどを買い、ほどよく涼んだ車内に戻る。四人で軽い朝食を取りながら、今日の予定を立てた。

「とりあえず、観光がてらに名古屋市内をぶらっとまわってみて、そのあと現地のライブハウスに行ってみようか」

 再び運転手の座についた剛田の意見に異存はない。

 僕たちは半日お世話になった上郷SAをあとにして、名古屋ICを抜けると市街に入る。

 カーテンの隙間から外の景色を眺めつつ、まひるが訊いて来た。

「ねぇねぇ、名古屋の名物って何があるん?」

「あれだろ? ほら、あの反り返った魚みたいな奴」

 それはシャチホコだ。

「ふーん、シャチハタとは関係ないのか?」

 まひるの馬鹿な質問に、正鵠を得たりといった顔つきで剛田が答えた。

「ちょっとある」

 適当なことを言うな。

 と、そうこうしているうちに名古屋城が見えてくる。

 天辺のところで金色に光っているのが、例のシャチハタだな。

 早速あれをぶん取りに行こうと、名古屋城にカチコミだ。

 まずは城をバックにして記念撮影。

 そのあと中に入ってみたのだが、うぅーむ、なんというか……意外と楽しくないな。そもそも僕たちは、お城だとかそういった歴史的建造物にはあまり興味のない最近の若者なのだ。ざっと見学して、一応、雰囲気だけは味わうと城内を出る。

 その後、外の土産物屋で安っぽいプラスチックで出来た刀と手裏剣のおもちゃを買った僕と剛田は「カキーン!」だの「ブシュッ!」だの口で言いながら、名古屋城を背景に壮絶な死闘を繰り広げた。鮎川が笑いながら即興ギターで『必殺仕掛人のテーマ』を弾いてくれる。おかげですっかり熱くなってしまった僕と剛田は、最終的にどちらが斬られ役になるのかということで喧嘩になり、周囲の注目を浴びてしまった。

 まひるはお城の係員にシャチハタをくれと真顔で迫り、困った顔をされている。その後、特別に記念品としてシャチハタのキーホルダーを貰い、終始ご満悦であった。

 不精して名古屋城をあとにした僕たちは、昼食を取ろうと繁華街にある大衆食堂に入った。

 そこで名古屋名物の〝天むす〟を頂くことになったのだが、僕が鮎川と話し込んでいる少しの隙に、まひるから〝天むす〟の〝天〟の部分だけをペロリといかれてしまった。

「こらー、なんてことするんだー!」

 僕が怒ったら「お前の物は俺の物だ」と主張されたので、だったらお返しにと、まひるの分の〝味噌カツ〟を食ったやったところたちまち喧嘩になった。結局は女神・鮎川が僕とまひるの両方に自分の分の〝天むす〟と〝味噌カツ〟を分け与えてくれ、なんとかその場は事なきを得る。

 昼食を終えると、携帯電話でライブハウスのある地区を調べ、足を運んだ。

 せっかくだから、現地のライブハウスで演奏してみたいというのが僕らの総意である。そうなると、ここは剛田の出番だろう。話術に長けたこの東京ゴリラを先頭に立てて、僕たちは手当たり次第に飛び込み営業を掛けて行く。

 僕はいささか手持ち無沙汰だったので、この際、剛田の話術をじっくりと分析してみることにした。――

 まず剛田には、容姿とのギャップというアドバンテージがあることを明記しておこう。知っての通り、剛田は屈強な体躯に厳つい相貌を兼ね備えている。つまり第一印象がマイナスから始まっているということであり、そんな男が爽やかな笑みを携え、腰を低くして気さくに話しかけてくるということ自体が、いやに好意的な印象を植え付けるものだ。

 たとえ相手が年配の男女であっても、剛田は必ず「おにいさん」「おねえさん」と呼んでいる。まぁこの辺りはベタに風俗街の客引きで身につけたスキルだろうが、言われて悪い気はしないだろう。

 交渉の手順としては、はじめに明瞭な声のトーンでシャキシャキと挨拶を述べ、手短に自己紹介を済ませると先に話の要点を伝えておく。しかしまだ相手に答えは出させない。そこから軽妙なテンポと語り口調で巧みに話を脱線させつつ、雑談まじりに相手との距離を縮めてゆき、暗に相手の口から発せられる返答をなるたけ良い方向へと誘導しているのだ。そして相手からの返答が結果的に芳しくないものであっても、態度を変えることは無い。

「そうですか。それじゃあ、もし何かあったら気軽に電話してください」と自分の携帯番号を渡し、「よかったら今度、飲みにでも行きましょうや」と最後まで笑顔でフォローも忘れない。

 もちろん、剛田自身はそんな計算などしているわけではないのだろうけど、勉強になる。

 僕らのバンドにおいても、鮎川は人見知りがちだし、まひるは人間関係を築く上でかなり問題のある性格だ。かくいう僕も、あまり人付き合いが上手なタイプではない。

 こうして眺めていると、なんだか剛田がひどく大人びて見えた。

 こいつは馬鹿でぶっ飛んでいるが、反面、情に篤く実直で、頼りになる男なのだ。

 しかしそれでもやはり、今の時期はどこも予定で一杯らしい。

 片っ端から声をかけては軒並み振られていく。

 そもそもライブハウスへの出演というのは、本来一ヶ月ほど前から既に決定しているものであり、僕らのような余所者が見知らぬ土地での飛び入り出演を望むとあれば、出演予定だったバンドからの急なキャンセルを待つしかない。

「やっぱりちょっと、難しそうね……」

 弱気な鮎川の一言に、剛田はけろっとした顔で首を横に振った。

「いや、まだだ。行けるところまで行こう」

 熱血だなぁ。剛田のこういうところは、僕もちょっとカッコイイと思う。死んでも口には出してやらないけど。


                  ♪♪♪


「――悪いねぇ……」

 もう何軒目にもなるかという、とあるライブハウスのオーナーさんは酷く申し訳無さそうに眉を垂れていた。この人は根中さんというらしい。剛田との会話の中で聞いた。

「演奏して欲しいのは山々なんだけど、うちも今のところ空きはないんだよ」

 これまでに訪ねてきたハコの中でも、根中さんはとりわけ優しそうな雰囲気を持ったオーナーさんで、僕らに対しても好意を向けてくださっていた。

「また何か機会があったら、そのときは是非うちでやってください。……あぁ、それとキミたち、まだしばらくはこっちにいるんだろう? もし車を停めて動くようなことがあるんだったら、有料パーキングは勿体ないから、うちの関係者用の駐車場を使うといいよ。何か困ったことがあったら遠慮なく言ってくれ。できる限り力になるから」

 根中さんには僕らがどういう経緯で旅をしているのかということも話してある。もちろん懐事情のことも含めて。同情を誘おうという魂胆がないわけではなかったが、ここまで気を遣ってもらうとなんだか申し訳ない気持ちになる。

 僕たちは丁寧に挨拶を述べてから、車に戻った。

「うーん、どうすっかなぁー」

 溜息交じりの僕の言葉に、

「こうなったらアポなしでどっかに乱入してやる!」

 と、まひるが穏やかじゃないことを言った。

「ライブはなにも、ライブハウスだけでやるもんじゃないぜ?」

 腕組みをしてしばらく考え込んでいた剛田が不意に口を開く。

「路上ライブか?」

「いや、単なる路上ライブじゃあ面白くない」

 そう言った剛田の口元は、「フッフッフッ……」となにやら不敵な笑みに歪んでいた。

 この野郎、また何か思いつきやがったな。良くない事を。

 そして、剛田は宣言した。

「題して、『完全燃焼 炎の十二時間野外ライブ』を開催するッ!!」

 ――それは、すべてのレパートリーを放出して、この炎天下の中を半日間、永延歌い続けるというトンデモない企画だった。

 しかしいくらすべてのレパートリーといったって、過去にやったコピー曲、オリジナル曲を合わせても僕たち『HAPPY★RUNNERS』の持ち歌は大体二十曲程度である。十二時間も歌い続けることとなれば、やはり百曲近くの曲目が必要となるだろう。果たして残り三分の二以上の尺をどうやって埋めるのか、そのことが議題に上ると、剛田は平然として言った。

「個人のソロ演奏でなら、やれる曲も多いんじゃないか?」

 この際ジャンルは不問とし、各々の好きな曲・知っている曲・歌えそうな曲を、即興でどんどん繋げながらやっていこうというのだ。

「これぞまさしく完全燃焼! 全レパートリーを放出するということだ!」

 などと、剛田の奴は高らかに嘯いている。

 しかしまぁ正直言って、やぶさかではない。

 こんな馬鹿げた発想が通るものか通らぬものか、試してみるのも一興だ。せっかく遥々名古屋くんだりまでやって来たのだし、このくらいのアドベンチャーはあったっていいと思う。

 僕は思い切って言った。

「よし、やろう!」

「やろぉやろぉー!」

 と、まひるも予想通りの大賛成を示し、鮎川も「面白そう」と乗ってきた。

 全員の合意を得たところで、早速、具体的な打ち合わせに入る。

 まずはライブをやる場所について。

 昨今は路上ライブに対する規制というのもなかなかに厳しいご時世である。下手な場所で演奏し、通行の妨げになったり、騒音被害の訴えなんかがあったりすると、すぐに警察が飛んで来て退去を命ぜられる。しかしかといって全く人気のない場所でやるというのも面白くない。

 それならば、公園か川原のようなところがいいんじゃないかという案が出た。

 地図を見れば、ちょうど近くに手頃な公園がある。

 僕たちは再び車を降りて、現地の下見に向かった。

 結果としてそれほど大きな公園ではなかったが、ここを突っ切って行くと駅への近道となっているため 結構人通りは多い。

 噴水のあるちょっとした広場に、ベンチが設置されたスペースを見つける。ここなら通行の邪魔になることはないし、気になった人は足を止めやすい。噴水のおかげでちょっとだけ涼しく感じることも加点要素だろう。すぐ後ろには木陰があり、演奏の合間、休憩を取るのにもちょうど良さそうだ。僕たちはこの場所を明日の舞台とすることに決めた。

 一応、使用の許可は取っておいた方がいいということで、公園の管理元である市役所に問い合わせの電話をかける。剛田が窓口の人と上手く交渉した結果、他の利用者の迷惑にならないようにするということで承諾を得られた。

 演奏場所が決まったところで、もう夕方だ。

 とりあえず近くの公衆浴場で汗を流したあと、僕らはさっきの公園に戻り、機材をセットして音合わせを行った。久々にやる曲もあり、少し忘れている箇所などあるため、一つ一つ確認していく。練習の最中、立ち止まって見てくれる人には、明日ここで野外ライブを行なう旨を伝え、良かったら聴きに来てくださいとついでに宣伝もしておいた。

 しかしまぁ、コピーにしろ、オリジナルにしろ、バンドでやる曲に関しては今までに最低一度は公の場で披露した経験もあるため、それほどの心配はなさそうだ。

 問題はそれぞれのソロである。

 バンド演奏の曲目を一通り確認し終わったところで、既に夜の九時をまわっていた。

 こんな街中でこれ以上、音を出していると近所迷惑になるかもしれない。

 僕たちは機材を撤収し、場所を変えることにした。

 車を郊外に走らせること一時間。山の麓にある小高い丘のような場所までやって来た。

 近くに民家も見当たらず、ここなら深夜まで音を出していても迷惑にはならないだろう。

 暗闇の中、ぽつんと一本だけたった外灯の下に車を停め、広い原っぱに降り立つと夜景が綺麗だった。僕たちもつい一時間ほど前までは、いま見渡しているあのキラキラ光った中にいたのだと思うと、妙に新鮮な感慨が浮かんで来る。

 アウトドア用品も一通り持って来ていた。荷台からバーベキューグリルを引っ張り出し、そこに拾ってきた枯れ枝を組んで火を起こす。なんだかちょっとしたキャンプみたいだ。

 自然に囲まれ、焚き火を囲みながら、僕たち四人は明日のことを話し合った。

 ひとまずは簡単なタイムテーブルを決め、それから各々ソロでやる曲目の練習に入る。

 もとより観覧自由の野外ライブであり、質より量の構成だということは重々承知しているが、それでも出来る限り質の高い演奏を聴いて貰いたいというのがミュージシャンの心意気だ。そのためだったら、眠る時間だって喜んで献上したい。

 それに自分の好きな曲を好きなように歌えるというのは実に魅力的だ。「うーん、何を歌おうかなぁー」なーんて言いながら、曲を選んでいるだけでも心が躍ってくる。

 候補を絞り、とりあえず適当にコードを探りながら歌ってみた。好きな曲でも音程が合わなかったり、弾き語りには向かない曲調だったりと、なかなかにままならぬものである。音程が合わない分に関しては基本的にキーを調節すればいいのだけれど、しかし中にはキーを変えるとなんだかイマイチな印象になってしまう曲というのもある。自分が歌っていてイマイチに聴こえるような曲はやりたくないし、その曲に対しても失礼だと思う。大好きな曲でも自分の声や演奏に合わないと思えばどんどん省いていく。そうして予定曲が決まったら、次は曲順。この曲のあとにこの曲は合わないだとか、この曲だったらしっくり来るな、だとか、曲順に関しても僕はかなりこだわる方だ。曲目・曲順が決まったら最初からすべて通してみて、問題がなければ、そこからはより細かく曲の質を上げていく作業に入る。

 気になる箇所は逐一、鮎川に相談してアドバイスを貰った。その流れで、デュオもやってみようかという話になり、二人で一緒に演奏する曲目を決めた。

 ちなみにまひると剛田は最初から二人で組んでやっているのだが、どうにも駄弁ってばかりいて一向に練習をする気配がない。大丈夫だろうか。心配なので、僕もギターとして加わってやることにした。

 休憩がてらに焼き芋を食べ、コーヒーを飲みながら作業を続ける。

 そうこうしているうち、あっという間に空が白みかかって来た。

「もう夜明けかぁ……。早いなぁー」

 ん~~っと、大きくのびをして新鮮な空気を胸いっぱいに送り込む。

 清々しい心地の中、朝焼けに照らし出される街並みを一服しながら見渡した。

 徹夜明けの眠気や疲れもあるが、これから起こることへの期待感の方がずっと勝っている。別に一日くらい寝なくたってどうってこたぁない。眠るなんて勿体無いとさえ思う。それくらい充実した気分だった。

 とりあえず皆で『新しい朝が来た~♪』を歌い、ついでにラジオ体操もやっておく。 

「――さて、それじゃあそろそろ行くか!」

 剛田の一声で僕たちは片付けを始め、太陽が顔を出す頃にはすっかり車に乗り込んだ。

 本日も晴天なり。こりゃあ、暑くなりそうだ……。

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