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明日に向かって走れ-Singer×Song×Runner-  作者: 早見綾太郎
~明日に向かって走れ~
20/20

エピローグ

《エピローグ》


 東京に帰った僕たちは、すぐさま音楽プロデューサーの佐山さんに連絡を取り、再び演奏を聴いてもらえる機会を得た。

 八月三十一日。――

 約束の時間に僕らが尋ねていくと、佐山さんは仕事仲間だというアシスタントディレクターの男性を一人連れて待っていた。どこの子供かと思うくらい真っ黒に日焼けした僕らの姿を見た佐山さんは小さく苦笑し、「こりゃあ演奏が楽しみだな」と皮肉っぽく言った。

 前回と同じようにレコーディングスタジオの一室を借りて実演する。

 曲目はもちろん、今回の旅の間に製作した新曲・三連発。

 この夏に経験した様々な出来事と、行く先々で出会った人々との交流を経て、一回りも二回りも大きく成長した(はずである)僕たちの演奏をとくとご披露する。

『Overflow music』『夢追い人』『ひとりぼっちの夜に』と自信作を続けて演奏し、最後に一つ〝僕たちはこういう者です〟と断りを入れてから、あえて前回酷評を受けた『明日に向かって走れ』をもう一度やった。これはメンバー全員、満場一致の意見だ。

 僕たち『HAPPY★RUNNERS』にとって始まりの一曲である、『明日に向かって走れ』をここに来てもう一度、改めて演奏するということ。――それは再出発という意味合いを込めてのことであり、変化すべきところは変化した今でも、心の中にある想いはあの頃から決して変わっていないということの表明だった。 




『明日に向かって走れ』(二番)

 作詞 篠原健一/作曲 鮎川由姫乃/編曲 HAPPY★RUNNERS


誰もがみんな胸の中 深い孤独を隠してる


口先合わせて足並み揃え 心の中は乾いてる


誰もがみんな知らぬ間に 諦めかけてることがある


賢く振る舞い疲れ果て 忘れちゃってることがある


人間はみんな弱いけど それでも夢は叶うんだ


僅かな鼓動が止まらぬ限り 扉は幾度も放たれる


道はいつでも拓かれる――


〝走れ走れ 雨に打たれて〟


高嶺で笑う花じゃなく 強くしぶとい草になれ


〝走れ走れ 風にもまれて〟


何度傷つき倒れても 挑み続ける馬鹿であれ


〝走れ走れ 道なき道を〟 


静かに笑う花じゃなく 叫び続ける風になれ


〝走れ走れ 果て無き旅路を〟


光輝く明日を目指して 走る続ける馬鹿であれ。――




 新曲+α、延べ四曲の演奏を終えて一息つきながら汗を拭う僕たち。佐山さんとADさんが笑顔で拍手を贈ってくれた。

「いやぁ、正直驚いたよ。新曲のクオリティは高いし、演奏も前回から格段に良くなってる。たった一ヶ月余りで、よくぞここまで上達したもんだ。素晴らしい」

 佐山さんからの絶賛も驚くには値しない。

 それだけ演奏した僕たち自身が確かな手ごたえを感じていたということだ。

 四人で顔を見合わせ、堪えきれず口元を弛ませながら頷きあう。

 とうとう、僕たち『HAPPY★RUNNERS』も日の目を見るときが来たのだなぁ……。

 まったく遅すぎるよ。みんな、見る目がないんだから。

 しかしまぁ、二十代前半のうちにデビューすることが目標だったから、一応それは叶ったということで、この際いままでのことはすべて水に流そうじゃないか。

 あー、これでやっと貧乏暮らしともおさらば出来る。とりあえず、自分のサインを考えなきゃな。それからCDデビューやテレビ出演に備えて、美容院にも行こう。服も全部新調して、新しいギターも買って……参ったなぁ、これからきっと忙しくなるぞ。

 ひとまずその前に、今日はこのあと焼肉でも食べに行こうか。僕たち四人のプロデビューを祝って盛大にやるんだ。それもそんじょそこいらにある安い庶民の店じゃなくて、銀座辺りの高級な店に行こう。なんせ僕たちもこれから、有名人の仲間入りを果たすのだからね。ちょっとした下見を兼ねて、朝まで豪遊だ。あっはっはっ、あっはっはっ、あはははは!

 背中に羽でも生えたかのように舞い上がって、ひらひらと遠い世界に逝っていた僕たちを現実に引き戻したのは、佐山さんが口にした激励の言葉だった。

「さて、デビューまではもうあと僅かだ! これからも頑張りたまえよ!」

 ――――……えっ!?

 そのときの僕たちこそ、まさしく阿呆と呼ぶに相応しい表情をしていたことだろう。


                   ♪♪♪


 健一たちが帰ったあと、ADの男が佐山に話を振った。

「佐山さん。前にアマチュアで面白い奴らがいるって言ってたの、彼らのことなんでしょう?」

「んー」

 佐山は椅子に深く腰をかけたまま、なにやらじっくりと考え込んでいる様子で、肯定とも否定とも取れぬ生返事を返した。

「彼らのどこがいけなかったんですか?」

「……お前はどう思った?」

 訊き返されたADは、あごに手を当てながら率直な感想を答える。

「僕はイイと思いましたけどね~。とにかくボーカルの上手さとオリジナル曲のあの完成度には正直ぶっ飛びました。他の連中もまぁ、演奏技術は十分及第点だと思うんです。それにボーカルの女の子は可愛くて華があるし、それぞれのキャラクター性なんかも掘り下げてみたら面白そうだ。これはデビューしたところで結構いいところまで行くと思うんですよ」

 ADの意見を聞き終えた佐山は、小さく笑って言った。

「俺もそう思う」

「え?」

 佐山は不意に立ち上がり、窓辺に立って外の景色を眺めながら、胸中の思惑を語った。

「秘められたポテンシャルという意味ではかなりの大型新人になりうる逸材だよ、あれは。しかしそれを最大限引き出すために必要なのは〝飢え〟なんだ。プロになるため、もっと優れた楽曲を、もっと優れた演奏をと、渇望する気持ち。彼らに対する期待が大きいからこそ、もう少し泳がせてみようと思ったんだ。まぁ、デビューさせるのはいつでも出来るからね」

 ADは溜息をついて、やれやれと肩を竦めた。

「そんな悠長なこと言ってていいんですか。あんまり焦らしすぎると、自分達には才能がないんだと思って諦めちゃうじゃ……」

「フフ、そんなタマか、あれが」

 佐山は窓の外を眺めながら穏やかに微笑んだ。

 近づいてきたADも同じ光景を見ると、呆れたように小さく笑う。

「……ですね」

 そこには楽しそうに笑いながら駆けて行く、健一たちの姿があった。


                   ♪♪♪


 背後に見えるレコーディングスタジオの建物を振り返りながら、僕たちはどこまでも続く長い道のりをただひたすらに走った。

「バッキャロォオー、ちくしょうめぇええ!」

 まひるが拳をぶん回しながら盛んに吼え猛る。

「覚えてやがれよー!」

 剛田が力強く叫んだ。

「絶対プロになってやる! 絶対だぞぉー!」

 サラサラとした短い髪を靡かせて、大輪の向日葵みたく、鮎川が笑顔の花を頬一杯に咲かせた。

「――世紀のスーパーバンド・『HAPPY★RUNNERS』をよろしくお願いしまぁーす!!」

 えもいわれぬ開放感と充足感が、一気に胸を貫いて。

 どこまでもどこまでも――高く、高く、飛んで行くようだった。

 見上げた空は、青く、深く澄み渡り。

 八月が終わるとはいえ、太陽は天高く燦然と輝いている。

 肌にまとわりつく生ぬるい風、じわじわと耳を刺す蝉の声、まだまだ夏は終わらない。そして僕たちの青春も、まだまだ終わっちゃいないんだ。

 そう遠くない将来、四人でプロのステージに立っているような気がする。

 心にそのときの光景を思い描けば、空だって飛べるぐらい、心も弾む。

 だから、今はもうちょっとだけ。

 もうちょっとぐらい、こうしているのも悪くないかもしれない。

 流れる汗を振り払い、風切る拳を握り締め――。

「ほいじゃあ、行きますか!」

 心を一つに、呼吸を合わせて、

 僕たち四人は、キラキラと降り注ぐ眩い日差しの中を、声を揃えて一斉に飛び上がった。




「「「「なぁーんてこったぁあああ――――――いいッッ!!!!」」」」




 ――僕たちの戦いは、まだまだこれからみたいだ。





                     明日に向かって走れ――……


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