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明日に向かって走れ-Singer×Song×Runner-  作者: 早見綾太郎
~第三章「逆境の中で叫べ」(大阪編)~
13/20

第12話「逆境の中で叫べ(Ⅳ)」


                   ♪♪♪


 翌日、僕たちは来週日曜のイベントに向けて、演奏曲の打ち合わせに入った。

 その際、僕は新曲をやれないだろうかと持ちかけ、ひとまずは昨晩、明け方まで執筆していた歌詞をみんなに見てもらった。

「ケンちゃん、これすごくいいよ! 私、ちょっと感動しちゃった」

 鮎川からそんなふうに褒められると、なんだか照れくさいな。

「まったくぅ、ケンは相変わらず口が上手いよなぁー」とまひるが微妙な感想を言う。褒めるか貶すかどっちかにしてくれ。

「まぁ、いいんじゃねーか? ただもう本番まではあんまり時間がねぇからなァ。最低でも今日明日中に曲が出来てないとさすがに厳しいぜ。その辺どうなんだ、姫? やれそうか?」

「うん。なんとか頑張って、今日中に曲を作るよ」

 そう言った鮎川は気合を入れるようにぺしぺしと頬を叩いてから、早速ギターを抱えた。

 …………。

 夕方になり、真っ赤な陽の光と蝉時雨が辺り一帯に降り注ぐ頃、仕事から帰って来た安斎さんが、僕らの居る物置小屋に顔を出した。そこで僕たちは、日曜日に行われるイベントへの出演が、正式に決定したことを伝えられる。ただし、出演時間は他のバンドの約半分、十分程度ということだ。というのも、僕たちが今回出演できることとなったのは、ひとえに井上さんたち『THE YELLOW SWAN』のご厚意によるものらしい。なんと彼らは、予定されていた自分達の演奏時間を割いて、その半分を僕たちに譲ってくれたのだという。

 まったく井上さんたちも人が善いのか、意地が悪いのかよくわからないなぁ。だって『THE YELLOW SWAN』の出番を奪って出演するということになれば、彼らを楽しみに来る大勢の観客からは物凄い顰蹙を買うはずだ。ただでさえ前科のある僕たちは、これで演奏前から全てのお客さんを敵にまわしたことになる。相当な敵意を向けられるだろう。ここまでくれば、もう笑うしかない。

 最後に安斎さんは、井上さんから預かって来たという伝言を笑いながら僕たちに聞かせた。

〝お前ら、やれるもんなら、やってみぃや〟

 やっぱりあの人は意地悪だ。でも……ありがたく、やらせていただきます。

 ――そのあと僕たちは本格的な打ち合わせをして、曲目を決めた。

 今回の演奏は二曲。一曲は先ほど完成したばかりの新譜、そしてもう一曲は『帰れコール』を打ち破るために用意したカバー曲だ。ある意味これも、イチかバチかの賭けとなるだろう。

 具体的なことがすべて決定したところで、僕たち四人はスクラムを組み、心をひとつに、気合を入れた。


                   ♪♪♪


 それからの三日間、僕たちは早朝起床してから深夜就寝に至るまでの時間すべてを注ぎ込む勢いで練習に取り組んだ。トイレに行く際は楽器を持ち込み、食事のときも租借する合間を使っていちいち楽器を弾いた。「お前らなぁ、メシ食うときぐらい落ち着いとられんのか? うるさくってしゃーないわ」と安斎さんからは苦言を呈されたが、すみませんとだけ言って聞かないでいると最終的には呆れた顔をされた。風呂に入るときはさすがに楽器は持ち込めないので代わりに全力で発声練習を行い、万が一再び暴動が起きたときのために、丸めた布団をサンドバッグにしてパンチ力を高めたり、腕立て・腹筋をしたりと戦闘訓練も欠かさない。緊張で目の前が真っ白になってしまっても感覚で弾けるようにと、全員で目隠しをしたまま演奏するという特訓を行い、寝ているときはそれぞれ夢の中で、何度も成功するためのイメージトレーニングを重ねた。――

 そうして濃密な三日間はあっという間に過ぎ、イベント前日の土曜日がやって来る。

 今日一日は、明日の決戦に備えて休養を取ることになっていた。心身ともに万全の態勢を整えるため、朝から各々好きな事をして過ごす。

 午前中、僕は鮎川に誘われて街に出た。

 二人で向かった先は、何故か美容室である。どうやら鮎川は髪を切りたかったらしい。

「一緒に来て?」なんてちょっと恥ずかしそうに言うもんだから、コレはもしかして、ご機嫌な何かがあるんじゃなかろうかと無駄に期待してしまったじゃないか。

 しかも、この美容室というのがなかなかの鬼門である。僕や剛田が平生利用している小汚い床屋さんとはわけが違うのだ。なんというか、店構えや内装からして高級エステサロンみたいな趣があり、僕のような野郎はなんとなく入りづらい雰囲気がある。

 お客さんも店員さんも女の人ばっかりだし、店員さんの中には男性もいるが、彼らはプロのスタイリスト的オーラをなみなみ放っているため、同じ男とはいえ僕なんかとは人種が違う。

 明らかに僕だけが浮いていた。それでも鮎川が髪を切り終えるまでの間、待合室で一人過ごさなければならないというこの絶望感はどうしたら消える。

 とりあえず置いてあった雑誌(女性セブン)を穴が開くほど熟読しながら時間を潰した。週刊誌って、大概後ろの方にエロい袋とじとか付いているので、それだけを救いに思っていたのだが、生憎と女性セブンにそのようなジンクスは通用しなかった。まぁ、そもそもが女性向けの雑誌だしね……。くそっ、これが週間・現代だったらッ!

「ケンちゃん」

 つれづれなるままに呼ばれて振り返ると、そこにはショートヘアーの鮎川が立っていた。

「――」

 肩まであったセミロングの髪をばっさりと落とした鮎川の姿は新鮮で、どこか幼く見える。しかしそこには、確固たる決意の表れがあるような気がした。

 鮎川は少し恥ずかしそうに頬を赤らめながら微笑む。そこで僕は、すっかりぼーっとして彼女を見つめ続けていた自分に気づき、慌てて視線を逸らす。途端、顔がかーっと熱くなった。

「……変、かな?」

 短くなった後ろ髪を触りながら、鮎川は遠慮がちに尋ねてくる。

 僕はそっぽを向いたまま、答えた。

「いや……まぁ、別に」

 お前もっと気の利いたこと言えねぇのかよ。僕は激しく自責の念を抱いた。

 二人で少し街中を歩き、適当なところでカフェに入って軽く昼食を取る。

 しかしどうにも僕は、向かいの席に据わったショートヘアーの鮎川が気になって仕方がなかった。コーヒーとサンドイッチを交互に口元へと運び、食事に集中している振りをしながら、二秒に一回チラチラと様子を窺う。鮎川は困ったように笑った。

「そんなにコソコソ見なくても……」

 普通にバレていたらしい。僕はもう開き直ることにした。

「そうですか、それじゃあ遠慮なく」と、正面を切って堂々と見つめたら鮎川は顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまう。そして、それを見ている僕もつられてそっぽを向いていた。何をしてるんだ僕たちは……。

 その後もしばらく行動を共にしたが、お互い妙に意識してしまって、結局、全然会話が出来なかった。もう諦めて帰ろうかという流れになる。

 鮎川は僕の隣を歩きながら、ふとこんなことを言った。

「ケンちゃん。私、頑張るから」

 明日のことを言っているのだろう。鮎川の声はいつになく真剣だった。

「どんなことがあっても、もう泣いたりなんかしない。絶対に歌いきってみせるから」

 彼女の至極思いつめた表情を見た僕は、これ以上余計なプレッシャーを与えないよう、なるたけ軽い調子を装って返事をした。

「ああ、よろしく頼むよ」

 …………。

 僕と鮎川が物置小屋に帰ると、そこは駄目人間の巣窟となっていた。

 ベッドにごろんと寝そべり、剛田は落花生をぼりぼり食いながら漫画雑誌を読んでいる。そこらじゅうに落花生の殻やらお菓子の袋やらを散らかしていた。まひるは僕の不在をいいことに、念願だったハンモックを占拠して気持ち良さそうに爆睡している。だらだらと垂れた涎が床に大きな水溜りを作っていた。ちなみにここは、他人の家です。

「お前らもうちょっと遠慮しろよ。安斎さんに見つかったら追い出されるぞ?」

「フッフッフ、ケンよ、おめぇは気が弱ぇなァ。っていうか、二人でどこ行って来たんだ?」

 剛田はふと漫画から目を離し、僕たちの方を見た。そこで少し驚いた顔をする。ふんっ、おおかた髪の毛を切ってイメチェンした鮎川に見惚れているのだろう。ざまあみろこのゴリラ野郎、と思ったら奴の目は何故か僕の方にも向いていた。……えっ、なんだろう?

「お前ら、なんか双子みたいになったな」

 剛田にそう言われて、僕と鮎川はハッと顔を見合わせた。

 そういえば確かに、僕たち二人は同じくらいの髪の長さだ。

「「……」」

 またしてもお互い顔を真っ赤にして顔を伏せる僕と鮎川を見て、剛田の奴はなにやらいやらしくゲスな笑いを浮かべるのだった。


                   ♪♪♪


 夕方、僕たち四人は市内で開催される花火大会に出掛けた。

 駅のほうから物凄い人込みに揉まれ歩いていると、かつかつと小気味良く下駄の鳴る音が耳に入る。時折すれ違いざまに漂ってくる虫除けスプレーの匂いが、またなんともいえず夏を感じさせた。カラフルな浴衣や飾り提灯が視界を彩り、お祭りの気分を引き立てる。会場となった広い河川敷には終始、和太鼓とぴーひょろぴーひょろ、蛇使いのような笛の音が鳴っており一体これはどこから流れて来るのだろうかと思ったらスピーカーを発見してしまい、少し風情が薄れた。

 屋台でまひるが買った綿菓子をみんなで分けて食べながら、射的や輪投げ、金魚すくいで対決して一頻り盛り上がる。そうして、そろそろ花火が始まる時間だということで、たこ焼きやお好み焼き、トンモコロシなどをそれぞれ買って草むらに座り込む。

 大地を揺るがす爆音の応酬とともに、色とりどりの火炎の華が夜空を鮮やかに彩り出す頃、僕たちは氷水の中でキンキンに冷やされた缶ビールを取り出し、乾杯。賑やかなお祭りの雰囲気も手伝ってか、今日はビールが一段と美味い。

 しかしこうしているとつくづく思うのが、やっぱり花火は間近で見なきゃ駄目だな。人も多いし、わざわざ会場まで足を運ぶのは面倒だと言う人もいるんだけど、それだけの価値は絶対にあると思う。離れたところから見るのとでは、なんといったってその迫力が全然違うのだ。

 空高く打ちあがった火の玉が、一瞬のうちにぱあーっと四散して、視界のすべてをキラキラとした光が埋め尽くす様はまさしく圧巻であり、感動的ですらある。

「ん?」

 ふと隣を見ると、まひるは何故かぎゅっと目を閉じたまま手探りで飲み食いしていた。

 お前何してるんだ、と尋ねたら、花火が落ちて来そうで怖いから、ずっと目を瞑っているのだという。いやいや、ちゃんと見なきゃだめじゃないか。

「うるさい! 心の目で見るんだよッ!」

 まひるがそう言った瞬間、すぐ側でそれを耳にしていた若いカップルの男女が思わずつっこみを入れて来た。

「「なにしに来てねん!!」」

 意表を突かれ、思わず笑ってしまう。やっぱり大阪の人って楽しいなぁ。

 みんなであれやこれやと言い合いながら、夏の風物詩を堪能する。

 怒涛のフィナーレとともに花火大会は幕を下ろし、そこからの帰り道、またしても僕らにちょっとした事件が起きた。

 道頓堀川に架かる橋を通った際、剛田の奴が不意に川面を見つめ、「大変だ、人が溺れている!」と言い出したのである。そして驚いた僕たちが状況を確認するよりも早く、剛田は颯爽と欄干を蹴って川に飛び込んでいた。阪神タイガース優勝でもないのに道頓堀ダイブを敢行したバカ(剛田)に度肝を抜かれて、僕らと同じくお祭り帰りの人々が大勢集まって来る。

 剛田は猛然と飛沫を上げて、脇目も降らぬ力強いクロールを見せていた。その光景はさながら海猿だ。ここ川だし、あいつはゴリラだけど。

「うぉおおおッ!! しっかりしろぉおお!! 今助けるからなァア!!」

 そう言った剛田が水中から抱き起こしたのは、カーネルおじさんの人形だった。

〝……〟

 目を点にして放心する僕たち。剛田の奴は尚も「たっ、大変だ! 息をしていないッ!?」などと一人慌てている。――それを見て僕は気づいた。あいつ、完全に酔ってるな。

「おーい剛田、大丈夫かー!?」

「けえぇーん! このじいさん、脈が止まってる! 体も石みたいに硬いんだ! 早く救急車を呼んでやってくれ!」

 救急車が必要なのはお前の方だ。

「バカヤロウ、そのままじっとしてろ!」

 まったく、酔っ払って川に飛び込むなんて危険極まりない。とにかく、ここから少し行ったところに交番があったはずだ。おまわりさんを呼んで来よう。

 すぐさま僕が駆け出すと、鮎川とまひるも一緒について来た。しかし人込みの中で急に走り出したのがいけなかった。鮎川が通行人の一人と、不意に肩で接触してしまう。

「あっ、すみません!」

 状況が状況なだけに、鮎川は咄嗟に謝って、先を急ごうとしたのだが。

「――おう、ちょっと待たんかい!?」

 振り返るとそこには夜なのにサングラス、ピンク色の派手ワイシャツに黒スーツを着こなした、どう考えても堅気じゃない風体の男が三人ほど立っていた。

 うわっ、やっべぇ……。

「人にぶつかっといて挨拶一つで済ませようなんてどういう了見だ? ああ?」

 男たちはギャグでやっているのかと疑いたくなるような蟹股歩きで、じりじりとこちらに歩み寄ってくる。

 びっくりして動けない様子の鮎川に代わって、僕が頭を下げた。

「すみません、いま友達が大変なことになってるんです。勘弁してください」

「なんじゃおどれは!? わしらは今このネーチャンと話しとんねん! 関係ない奴は引っ込んどれ!」

 思い切り突き飛ばされ、僕は尻餅をつく。

「この落とし前、どうやってつけるんや? んんっ?」

 男たちは鮎川にぴったりと顔をくっつけながら巻き舌で凄んだ。

 鮎川とぶつかったらしい男が大げさに肩をさすりながら小さく笑う。

「ほな、わしの家まで来て看病してもらおうか?」

 こいつら、こんなときにッ……!

「――おい!」

 そのとき、我等の珠紀まひるがずいっと前に出て男たちの目に敢然と立ち塞がった。

「あぁん? なんやねんこのチビ」

 男たちの鋭い流し目を物ともせず、不敵な笑みを浮かべたまひるは自信満々に胸を張る。

「やめとけお前ら、怪我人が出るぞ?」

 ずいぶん使い古された脅し文句だなぁ、と思っていたら。

「こいつだぁ!!」

 と、まひるはいきなり僕のことを指差して断じた。

「エエッ!?」

 驚く僕と、若干キョトンとした男たちを尻目に、まひるは瓢箪から駒みたく、何か妙案を思いついたようで軽妙に手を打った。

「あ、そうだ! お姫、ケンイチが殴られてる間に逃げればいいんだよ!」

 おお、なるほどな。――って、おい。

「何で殴られること前提なんだよ!?」

「おっ? じゃあ勝てるのか?」

 馬鹿だなぁ。そんなの愚問だろう。


「――二人とも、僕が殴られてる間に逃げろッ!!」


 まひるが鮎川の手を取って走り出す。咄嗟にあとを追おうとする男たちの前に、僕は意を結してこの身を投げ出した。二人が逃げ切るまでのあいだ、僕はひたすらボコボコにされて時間を稼ぐ。

 将来、ミュージシャンになったあとは副業として役者にも手を出そうと考えているので、「あのぅ、すいません。顔はやめてくれませんか」と申し出たところ「どこならええねん?」と尋ねられたのでよくよく考えた結果、「それじゃあ、金玉以外で」と答えたら、ナメてんのかと結局顔をイカレた。

 しかしまぁ、鮎川とまひるが無事に逃げられてよかった。それだけでラッキーだ。

 ……ちなみに、川に落ちた剛田はカーネルおじさんとともに親切な街の人々から助け出され事なきを得た。この事件が翌日の新聞やワイドショーで、ネタとして小さく取沙汰されていたことは全くの余談である。

 剛田はたまたま川ゴリラだったので無傷で済んだけど、皆さんは絶対に真似をしないようにしましょう。お酒を飲んでからの水遊びは危険です。……何の話だろう結局?



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