プロローグ
《プロローグ》
――扉が開いたら、走り出す。
僕は先を急いでいた。
駅の改札口を抜け、灼熱に焼け付いたアスファルトを蹴って雑踏へ。
揺れる前髪を伝って汗が跳ね、昼下がりの陽光をきらきらと照り返した。
七月に入り、いよいよ夏も本番の兆しを見せている。
背中で揺れるギターケースの重みを心地良く感じながら、僕は予約した貸しスタジオに駆け込んだ。壁にかかった時計を見ると既に約束の時間を三十分過ぎている。
せっかくのスタジオ練習なのに寝坊してしまうとは……。
何か上手い言い訳を考えつつ部屋に入ると、既にメンバーの三人は機材のセッティングを終え、雁首を揃えていた。
「遅ぉーい!!」
開口一番、眉根を吊り上げ僕をどやしつけたのは、どう見ても小学生くらいにしかみえない小柄な女。
「てんめぇ何やってたんだこの野郎っ? スタジオ代はただじゃねぇんだぞ! おおうッ!?」
ミニマムな体躯と童顔に似合わず、いつものように粗暴な口調で凄んでくる。
こいつはドラム担当の珠紀まひる。特徴はロリと毒舌。
僕はアメリカ人的ジェスチャーで、「アーハーン?」と小気味良く肩を竦めながら言い訳した。
「欧米の方じゃあ、ちょっとした遅刻は逆にお洒落なんだぜ?」
ちなみに僕は帰国子女でもハーフでもない。というかそもそも僕は、生まれて此の方よそのお国に行ったことがない。
「そこで謝るどころか開き直るのが駄目人間っぷりを表しているよな。そんなことで社会に出てやって行けると思っているのか? フンっ、キサマはろくでなしだ」
と僕の性根の悪さを指摘してきたのは筋骨隆々の大男。
まぁ、言っている内容に関しては至極ごもっともなわけだが、一つだけ言っておきたい。
「お前、人のこと言えんのかよ」
途端、大男は痛恨の表情をして、
「俺もクズやないかい! なぁーんてこったぁーい!!」
と叫んで、その場に倒れこんだ。なんというか、気持ちのいい馬鹿だ。
この筋肉馬鹿は、ベース担当の剛田篤志。特徴は……あっ、先に書いちゃったね。なーんてこったーい。
僕は賑やかしの担当でもある二人を放置して、のどかに笑っていたもう一人の仲間に軽く声をかけた。
「うっす……」
「おはよう」
優しげな笑みを浮かべてそう言ってくれたのは、フェミニズムな容姿をしたお嬢さん。
ボーカル兼リズムギター担当の鮎川由姫乃。
栗色のセミロングをふわりと揺らして、上品な香りを振り撒いている。穏やかな雰囲気を纏った娘だ。なんというか僕や前述の二人と比べて、育ちの良さを感じさせる。
「さぁ、時間もないし、さっさと音合わせるぞー?」
剛田の仕切りで、それぞれが自分の持ち場に着いた。
一人だけ用意が遅れている僕もケースから安物のエレキギターを取り出して軽く爪弾き、チューニングに狂いがないことを簡単に確かめるとアンプに繋げる。
自己紹介が遅れましたが、僕はギター担当の篠原健一と申します。どうかよしなに。
さて、これが僕らのバンド『HAPPY★RUNNERS』だ。
今日はこれから、明日、都内のライブハウスで演奏する曲目の通しリハーサルを行う。
――この物語は、売れないアマチュア・ロックミュージシャンである僕ら四人が、数々の苦難を乗り越え、栄光のスター街道を突き進む、華々しいサクセスストーリーに、なればいいなと思います。