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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ユリイカ短編選集

退屈な悪魔の小説

作者: ユリイカ

 退屈な退屈なこの世界。

 

 子供でさえ退屈を持て余した現代では、ガラスか何かでできた画面とにらめっこして何やらピコピコするしかやる事なんてないだろう。


「よう、ヒロ」

「おっせーよ、ユウ。退屈で死にそうだったぜ」

「何してたんだ?」

「別に。蟻殺して遊んでただけ」

「どうやって?」

「逃げ道塞いで、恐怖煽って潰すだけ」

「ふーん」

「そんな事よりゲームでもやろうぜ」


 新しいゲームを買ったヒロの家にユウが遊びに来ていた。

 無言でゲームに明け暮れる二人。外部の人間から伺えるのは彼らの表情と、たまに漏れる声程度だろう。

 おもむろにヒロが叫ぶ。


「おい、ババア!おやつ持って来い!」


 ヒロの一言で、ヒロの母親が入ってくる。

 ヒロの母親は眼鏡をかけていて、痩せ細った体をしている。

 

「ヒロ君、たまにはお外で遊んだ方が……」

「うっせぇババア!すっこんでろ!」


 困ったような顔をしながら、それでもユウに愛想よくする為に笑顔を見せるヒロの母親。おやつの入ったお盆を置いた彼女が部屋をあとにする。

 何てことない現代の子供の日常茶飯事。 

 

 少し事情が異なったのがある日の事。

 

「ババア!おやつ持って来ーい!」


 いつものようにヒロの調子の良い声が響く。だがこの時は返事が無かった。


「ババア!何してんだ!」


 耐えかねたヒロが母親の元に行くと、ヒロの母親が胸を抑えてうずくまっていた。


「お、お母さん!」


 ヒロの声で異変に気付いたユウも駆けつける。

 すぐに救急車を呼ぶヒロ。

 

 ユウも心配していたが、まだ子供であるが故、状況を把握するので精一杯だった。

 手際よく救急隊員がヒロの母親を運ぶが、ユウには何もできなかった。

 ヒロは何やらずっと叫んでいた。

  

 病院で検査した結果、命に別状は無いとの事だった。

 ヒロと母親が再び言葉を交わしたのは5時間後の事だった。

 それでも、まだ子供のヒロには永遠のように長い時間だったはずだ。

 ベッドの上、具合のよくなったヒロの母親が口を開いた。

 

「ヒロ、ごめんね。迷惑かけて」

「お母さん!僕もう迷惑かけないから!自分の事は自分でするから!」


 ヒロの困惑しながらも真面目な顔を見て、ヒロの母親は優しく笑った。

 ヒロの母親の心底嬉しそうな表情を見て、ユウは少しバツが悪くなった。

 

 ユウは邪魔しては悪いと思い、家に帰る事にした。恐らくユウもヒロのような一面が無いでもなかったので母が恋しくなったのだろう。家に帰る道、自然と足早になる。

 

 家に帰るとユウの父親が玄関に座っていた。

 

「あれ?お父さん、この時間は会社でしょ?」

「ユウか。さっき会社に連絡があってな……」


 ユウの心臓が高なった。

 

「お母さんが心臓発作で死んだ」


 ユウは何も言えず、震えた足でその場に立ち尽くした。

 正常な思考ができない。頭がグルングルンまわってユウの思考をかき乱す。


 心臓が悪いのはヒロのお母さんじゃなかったの?

 おとうさんはひろのおかあさんのことをはなしているの?そうじゃないにしてもひろのおかあさんはぶじだったからぼくのおかあさんもぶじなはずだそうさかんたんなことだなやむひつようはないおかあさんはぶじだ








 じゃあなんでおとうさんはないているの?








 お通夜と葬式は長いような短いような、何の記憶も残らないものとなった。


 ユウは自分の感情には注意を払ったが、心の奥にある感情だけは表にしなかった。

 それはいつからあったのか分からないが、くすぶったまま出たがらず、何らかの力で抑えられていた。


 それがやってきたのは、ユウの理性が働いていない真夜中の事だった。

 母を失った悲しみ。それが正常に処理されないと、形を変えて人を襲う。

 悲しみは内側に向かう動きだが、それが耐え切れないと、向きを変える。

 悲しみは怒りとなってユウを襲った。

 

 怒り?誰への?

 

 次の瞬間、心の奥にあるものが、ユウの心の隙を突いて出てきた。




「ヒロのお母さんが死ねば良かったのに」




 ユウは我にかえった。今のは僕じゃない!僕はそんな事思ってない!!

 そう自分に言い聞かせると同時に、どこからか声がした。


「ダメよ!そんな事思っちゃダメ!!」


 僕の心に現れたのは妖精のように小さくて可愛らしい天使だった。

 眼前に存在しているように感じるが、ユウの心が生んだものであるようにも感じられた。

 

「ぼ、僕はそんな事思ってないよ」

「嘘。私にはあなたの事が全て分かるわ」

「君は誰?」

「あなたを助ける天使見習いアリスよ。あなたがあまりにも不幸だから可哀想になって天界から降りてきたの」

「アリス!僕はどうしたらいいんだ!」

「状況は複雑よ。でも負けないで!あなただけが不幸だなんて思っちゃダメよ」

「う、うん。分かった。それでどうすればいいの?」

「あなたより不幸な人はいっぱい居るんだから、それを知って事実を受け入れるの」

「そんな事できるのかな」

「もちろんよ、一緒に頑張りましょう!」


 アリスはユウの心の支えになった。

 

「ほら、あの人を見てみて、あんな人でも強く生きてるのよ、元気だして」

「ほ、ほんとだ」

「ほら、あの人はあんなバカな事をやってる」

「ははは」


 ユウとアリスは沢山話をして友達になった。


「僕、だんだん元気が出てきたよ!」

「良かったじゃない。これからもあなたより不幸な人を探すのよ。そうして元気になればあなたは幸せになれるんだから」

「分かったよアリス、ありがとう!」


 ユウは全て満たされたような気持ちになった。






 それから3年後、ユウは18歳になっていた。

 

「くそが!!」


 ユウは荒れていた。

 

「あの糞タケルが居なきゃ聡子は俺のものだったのに。明美は糞女だったし、どいつもこいつも……」


 ユウは奇抜なファッションに身を固め、学校でも一目置かれる存在となっていた。どこまでも自分を高め、完璧を目指し、他人は全てこき下ろす性格になっていた。

 

「どいつもこいつも俺の事敵視しやがって。男は嫉妬狂いの糞野郎ばかりだぜ。女は女で金と自分の事しか興味のない糞セレブしかいねぇし」


 毒づきながらセンター街を歩くユウ。


「くそ!みんな幸せそうな顔しやがって!なんで俺だけ……」


 八方塞がりでどうしようもないユウ。

 どっと疲れがやってきて、噴水の前で休んでいると目の前に、ユウとは違う高校に行ったヒロが通りかかった。

 

「ヒロ!」

「ユウ!この間、メールして以来だな」

「おう!元気してたか!?」


 久々にゆるい表情を取り戻すユウ。

 その反対に、ヒロは真面目な顔になって話し始めた。


「ユウ、前にお前の主張を聞いて考えてみたけどな。やっぱりお前は間違ってるよ。不幸な人間をいくら探したって幸福にはなれない。他人をこき下ろしたって自分は幸福にはならない。そんなのは幻想なんだよ」

「俺も悩んでた所さ。俺、間違ってたのかな」

「原因は全部自分にあると思うんだ。他人の目にある塵が見えながら、自分の目にはりがあるのに気づかないのは良くない。自分の思い上がりを直さない限り、幸せになんてなれないぞ。

 俺は母さんが倒れてから初めて気付いたよ。母さんの言葉がぜんぶ自分を思っての事なのに、俺は勘違いして口うるさいだけだと決めつけていたんだ。でもそれは俺の目にある梁のせいだったんだ」

「俺の目に針なんて刺さってるかなぁ」


 目を触るユウ。

 その時、ザワっとした感覚と共に懐かしい声がした。


「ユウ!ヒロの言う事なんて聞いちゃダメよ!」


 3年ぶりにアリスが現れたのだ。

 心の中で会話をする二人。


「アリス!今までどうしてたんだよ!」

「もちろん、あなたの事を見守っていたのよ。あなたが独り立ちできるように、敢えて手を貸さずに見守っていたの」

「そうだったのか、なんて優しいんだ君は」

「それよりヒロはダメ。あの子はクリスチャンなの」

「えっ?」

「アベルの証人という団体に所属しているのよ」

「あのヒロが、そんな……」

「あなたに吐いた言葉も聖書の一節よ。気をつけて。彼は教典に毒され、洗脳されているの」

「そうだな、ここは慎重になっておかないと」

「綺麗事を並べてるだけの人に騙されちゃダメ。それに今の一言、さり気なく自分のお母さんが生きてる事をあなたに当てつけているわ」

「そ、そうだったのか。君は何でも分かるんだな」

「ええ、少しなら相手の心も読めるの。とにかくヒロを信用してはダメよ」

「分かったよアリス、ありがとう!」


「おい、ユウ!聞いているのか!」


 放心状態になっていたユウをヒロが呼び起こす。だがユウはヒロの事をこれまでとは完全に違う目で見るようになっていた。


「うるせーよ、さっきから偉そうに!俺には俺のやり方があるんだよ!」


 足早に立ち去るユウ。

 

「待てよユウ!急に何があったんだ!」


 ユウは聞く耳を持たなかった。ユウはヒロに近づく事をやめた。

 唯一の友人だったが、ユウのプライドがヒロを認める事を許さなかった。


 





 それから更に2年が経ち、ユウは更に荒れた性格になっていた。

 

「くそ!ゴミどもが!全員敵だ!仲間なんて一人もいやしねぇ!」


 頭を抱えるユウ。


「なんでだ、なんでこんなに辛いんだ!不幸な人間を探したら俺は幸福になれるんじゃないのかよ!」


 その時、2年前に起こったのと同じ感覚がやってきた。


「久しぶり」

「アリス!あれからまた居なくなっちゃったじゃないか!」

「色々と忙しくてね。調子はどう?」


 そっけない態度で接するアリス。


「どうって、最悪だよ!不幸な人間を探しても、ちっとも幸せになんてなりゃしない」

「ふーん、じゃあもう結論でてるじゃない」

「結論って何だよ」

「あなたが一番不幸なのよ」


 一瞬固まって考え始めるユウ。

 

「違う!君と一緒に不幸な奴を探したじゃないか!俺が一番不幸なんて事あるか!」

「でもあなたが幸福だと思えないなら不幸なんじゃない?それに他人が幸福か不幸かなんて分かるわけないじゃない」

「君がやれっていったんだろ!」

「あなたも同意したんだから言いっこなしよ。それでもダメならあなたは不幸なのよ。証明されて良かったじゃない」

「そんな……ひどい!俺は不幸なんかじゃない!」

「いいえ、あなたは不幸よ。思い出してみて」

「な、何を?」


 一呼吸置いて、アリスは言葉を放った。


「お母さんが生きていた時、あなたは幸福だったでしょ?」

「う、うわあああああああああああ!!!!」


 楽しかった思い出が全てよみがえり、ユウの心に再び暗黒がやってきた。

 

「友達も居たわよね?」

「うん…」

「今は?」

「いない…」

「ふーん。じゃあ、あなたは不幸なのよ」

「で、でもこれからいい事があるかもしれないじゃないか!」


 必死に否定するユウ。


「良い事があっても、結局あなたは不幸なのよ。

 だって、今までだって良い事が沢山あったはずなのにあなたは不幸なのよ?」

「確かにそうだ…」

「五分前のあなたでさえ、今よりは幸福だったかもしれないわ」

「そうかもしれない…」


 哀れみか蔑みか分からないような顔でアリスが言った。


「何をやっても不幸なのに何で生きてるの?」

「何で生きてるんだろう…」


 ユウは放心状態になり、中空を眺めた。

 瞳に色がなくなり、心は暗黒で埋め尽くされ、どこにも逃げ場なんて無かった。あの場所を除いて。


 フッと笑ったかと思うと、アリスは姿を消した。

 その一瞬、天使はおぞましい姿に変化したが、放心状態のユウはそれに気付かなかった。


 ユウはその夜、首を吊って自殺した。

 

 

 

 

 

  

 

 

「おい、お前最近何してたんだ?」

「別に。人間殺して遊んでただけ」

「どうやって?」

「逃げ道塞いで、恐怖を煽って潰すだけ」

「ふーん」

「そんな事よりゲームでもやろうぜ」




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― 新着の感想 ―
[一言] タイトルに惹かれて読ませていただきました。 自分自身が幸福になろうとはせず、自分よりも不幸な人を探して、あたかも自分が幸福であるかのように錯覚をしていたユウ……。でも、結局は悪魔に遊ばれて…
2013/07/19 21:05 退会済み
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