第006話 そうは言っても
4月10日土曜日。浜唯高校吹奏楽部ではこの日、午前9時から午後5時まで練習になっていた。午後からは課題曲『うちなーのてぃだ』と自由曲候補『ウィークエンド・イン・ニューヨーク』の合奏をする予定となっていた。
いくら方法がムチャクチャで、自分たちとは合わないと思っている部員でもさすがに顧問の指示を無視するわけにはいかないと感じたようで、渋々といった様子ではあるが午前中のパート練習では特にウィークエンド・イン・ニューヨークの練習をしていた。
ちなみに、ここで1年生の状況に少し触れておく。浜唯高校は中学校・高校がそれぞれあり、中学生はそのまま高校に進学するものが大多数である。そのため、1年生と言っても既に部活に本格的に参加している者が多数いるのだ。弦バスの脇川 美琴をはじめ、粟田 雛、竹中 美波、秋吉 和洋など。他にも多数いる。そのため、まだ仮入部期間でもないのだが、1年生の初々しい姿が吹奏楽部でも見られた。
正式には、新入生歓迎会が週明け4月12日に挙行される。さらにその2日後、部活紹介があり、それ以降仮入部ということになる。その日以降に入部届けを出して初めて、部員になれるのだ。
だが、それはあくまで形式上。こうしてエスカレーター式に進学した1年生は、既に部活動に参加しているのである。
午後1時半。
「はい、まいど~」
ご機嫌な様子で大地が音楽室にやって来る。部員たちは「こんにちは!」と気合いの入った挨拶をするものから、面倒そうに挨拶をするものまで様々であった。
「はい、ほな合奏の前に聞きます。今日、パー練で基礎練習を全員でやったパートは?」
周平が迷わず手を挙げる。それから、将輝も手を挙げた。
「何? サックスとクラだけ?」
沈黙が流れる。
「あ、そ。ほんじゃま、ええわ。チューニングしよか。はい、竹中から順番に。先生が指示するから、それから入ってきて。あぁ、指示された人の二人前の人は、指示された人が吹いたら抜けてな。指示された人は、前の人の音をよく聞いて入ること。はい、行くで」
そう言って大地はハーモニーディレクターでベーの音を鳴らす。大地に指示され、将輝がベーの音を吹く。そして、隣では伯方 未央が楽器を構えて準備しているのだが、なかなか指示が入らない。戸惑っているのは未央だけではなく、将輝も同じような様子だった。
そして、息切れした将輝が息継ぎをしようと一瞬音を止めたと同時に、大地もハーモニーディレクターを止めた。
「竹中」
「はい」
気まずい雰囲気になっているのを周平も未樹も感じ取っていた。
「いつまで吹いてるん?」
「え?」
「音、合ってへんのん、わからんかったか?」
「……。」
将輝は答えない。
「わかってたか、わかってへんかったか聞いてんの」
「……ちょっと、合ってない気はしてました」
「あ、そう」
大地が目を丸くする。
「それやのに、いつまでもアホみたいにポケーと音、吹いてたん?」
「……すいません」
「はい、出て行って」
「え?」
将輝が驚きの声を上げた。驚いているのは彼だけではない。隣にいる未央も、後ろにいる弓華や照も驚いていた。
「そんな合わす気もない人はいりません。出て行って音程しっかり合わしてから戻ってきてくださいませ」
「……。」
将輝が悔しそうに唇を噛み締める。
「早よ行け!」
「!」
大地の大声にビクッと将輝が体を震わせて、慌てて部室のほうへ駆けていった。
「はい、次。伯方」
「はい」
未央は緊張のあまり音が震えて頭から音程が乱れた。
「はい、退室」
「……。」
未央も悔しそうにしながら部室のほうへと向かう。続いては、朋子である。朋子はいつもどおり、深く息を吸って芯のある音を吹いた。納得した様子の大地は田中 雅貴のチューニングを始める。雅貴も無事クリア。倉吉 晴菜も無事通過。平群 明巳、近江 亜梨沙もクリアしたが、1年生で将輝の妹である美波は退室させられてしまった。続く弓華も無事通過。その後のピッコロ、フルートはなんと全員が退室させられてしまった。
そしてその後、全パートをチューニングし終えてから残っていた部員は以下のメンバーだった。
・和泉 朋子
・田中 雅貴
・倉吉 晴菜
・平群 明巳
・近江亜梨沙
・園田実香子
・八木沼久美
・森田 周平
・大西 優花
・山口 華名
・藤田 光晃
・七瀬 猛
・金木 愛美
・木下 美里
・福崎 利緒
・佐藤 洋平
・相内 良輔
・三沢 大輝
・後藤 未樹
・京谷 航平
・脇川 美琴
パーカッションを除くと、壊滅状態だった。フルート以外で全滅パートこそなかったものの、トランペット、トロンボーン、ユーフォニウム、ホルンは全滅寸前。完璧だったのは未樹と京谷 航平のいるチューバのみだった。
「なんちゅう結果や……最悪やな」
大地もさすがにこれには参ったようで、大きなため息を漏らした。
「まぁ……しゃあないな。もうえぇわ。とりあえず、追い出した部員たち悪いけど部長、呼んできてくれる?」
「はい」
愛美は渋々部室へと歩いていった。
「はい。えーっと」
大地はしばらく言葉を選ぶのに迷っていたようだったが、バッサリ遠慮なく切り捨てる方向を選んだ。
「残念ながら追い出された人は、練習不足はなはだしいです」
その言葉に将輝や月島 拓久、岡本 充香がショックを隠せない様子になる。
「それから、今回通過した人の中でも、正直きわどい人が多くいます」
未樹や航平が複雑そうな表情を浮かべる。
「とりあえず、ウィークエンド・イン・ニューヨークの初見合奏します。はい、楽譜用意して」
「はい!」
負けてはいられないとばかりに部員たちも気合いを入れて返事をする。いつの間にか、大地に対する変なイジの張り合いのようなものは消えていた。
「いくで?」
「はい!」
大地が指揮棒を振り下ろすと、真っ先にチューバの伸ばしが響き渡る。そしてトランペットや木管、グロッケンの印象的な音が響いてくる。
「そのサスペンドシンバル下手くそ!」
葉月 佳穂がしかめっ面になる。
「コラー! なんやそのソプラノサックス!」
和洋の吹くソプラノサックスに怒鳴り声をぶつける大地。
「ヘニョヘニョやないか! やる気あんのか!? トロンボーンもじゃ! 酔っ払いかホンマ! 情けない音吹いとったらアカンで!」
続くは、バスクラリネットの上昇音系。同じ形をクラリネットも吹いている。
「コラー! ごぼごぼごぼごぼ言うてて何の音やらサッパリわからへん! クラリネットからソプラノに受け渡す形、上手く吹けや!」
そして、周平がサックスソロを吹く前に大地が曲を止めた。
「もーう、どうしようもないくらい下っ手クソで先生は大変驚かされました」
「……。」
誰も何も言い返せなかった。何せ、楽譜すら未だにマトモに読めないのだ。楽譜をもらって数日経過していたが、それでこの出来である。
「今日は合奏、これで終わり」
「え?」
愛美が驚いて目を点にしている。
「後はパート練習でもう一度、よく課題曲も自由曲候補もさらっておいてください」
「……。」
「返事!」
「はい!」
大地が出て行った後、部員たちはポカンとした様子でしばらく座っていたり、その場で立ち尽くしたりしていた。
(言うてることキツいけど……顧問やしな。あれでも一応)
周平は大地に驚かされっぱなしだなと思いつつ、楽譜を手に取って音楽室を出ようとした。
「どこ行くん?」
愛美が慌てて周平を止めようとする。
「どこって……パー練ですよ。あ、サックスパートさん。2時からロングトーンやって、ほんでウィークエンド・イン・ニューヨーク練習するからヨロシク」
「は、はい!」
微妙な空気を破るように、周平は音楽室をそっと後にした。