第040話 私は認めない
その日の昼食後、午後からの練習は急遽パート練習になった。それも、3年生を除いてである。3年生は急なのだが、大地から大事な話があるということで合奏部屋に召集がかかっていた。
「何の話やろね」
優花が周平に聞く。周平もまったく心当たりはない。
「さぁなぁ……。あれちゃうか、せいぜい今後の練習方針とかを連絡するくらい」
「それやったら、全員で話し合ったほうがえぇんちゃうの?」
「それもそうやけど……ほな、何やろ」
ふたりとも首を傾げながら合奏部屋へと向かう。
部屋に到着すると、サックスパートは最後だった。
「すんません」
周平と優花は慌てて空いている席に座る。
「えーっと。まず、話は端的に言います。その後、3年生で結論を出してくれたらと思います」
大地はそう言って愛美に目配せする。愛美だけでなく、大輝と洋平もうなずいた。そこで優花もハッとした様子になる。
「合宿後からですが。現在は和泉が木管セクションリーダー、福崎が金管セクションリーダーを務めてくれています。けど、バンド全体のセクションを指導する部員はおりません」
「先生」
朋子が反応した。
「確かにバンド全体のセクリはおりません。せやけど、そのためにコンマスがおるんちゃうんですか?」
コンマスとは、コンサートマスターのことだ。女性であればコンサートミストレスとも言う。今年は、将輝がコンマスを担当している。
「せやな。せやけど、竹中はクラのファーストや。それに、パーリーも務めてる。ちょっと負担が大きいと思うし、何よりパーリーの話し合いで彼自身がそう言うた」
将輝がうなずく。
「そこで。先生は学生指揮という職責を設けようと思う」
「学生指揮かぁ……」
拓久が嬉しそうに顔を上げる。
「で、学生指揮には」
カチッと周平の視線が大地と合った。
「森田を指名する」
一斉にパートリーダー以外の3年生の視線が周平に集中した。
「……。」
「……!」
朋子が悔しそうに唇を噛み締めている。拓久の視線がかなり厳しい。周平は居心地が悪そうにしている。
「そこで。まずは3年生の間で話し合いを持って、森田を学指揮に任命するかどうか、決めてくれ」
朋子はフン、とそのままそっぽを向いた。
(そんなん決まってるやん。何で今まで部に反抗的な態度やった人に、そんなんやらせなアカンのよ)
「言うとくけど。個人的な感情で信任、不信任決めるなよ?」
ビクッと朋子が大地のほうを見た。特別、大地は自分に向かって言っている様子ではなかったが、何かを知っていて、見抜いているかのような発言だった。
「それじゃ、しっかり話し合うように」
そう言って大地は部屋を後にした。気まずい沈黙が5分ほど続く。
愛美が前に立った。
「とりあえず……。どうしよう。森田くんには席、外してもらう? ほんで、意見交換しようか」
「えぇよ」
周平が手を上げた。
「俺はこのままここにおる」
「え……でも……」
愛美は彼の立場をよく知っているので、ひょっとしたら辛辣な言葉も飛んでくるかもしれないと思っての気遣いだった。しかし、周平は首を左右に振る。
「構わん。どんだけでもキツいこと言うてくれてもえぇし。ていうか、今さらそんなん応えへん。言われすぎてて神経マヒしとうわ」
その言葉に悠馬がクスクスと笑う。
「じゃあ……早速やけど、意見ある人」
「はい」
朋子が手を上げた。
「朋子」
「私は反対です」
バッサリと切り捨てる朋子。周平は微動だにしない。
「理由は?」
「だって、森田くんは去年でも何も役職どころか係すら任されていません。そんな人に、急にバンド全体を委ねるような役職、私は任せられへんと思います。今日だって勝手にいきなり仕切り出すし……。その前に私とか、福崎さんがおるんやから、そのどっちかに指導を任せるべきやったと思います」
「はい」
周平が手を上げた。
「この際やから言わせてもらうけど、そうやって俺をハミゴにしたんは今の3年やろ」
「……。」
居心地悪そうな表情をしているのは朋子だけでない。愛美や実香子、将輝もだった。
「それやのに今まで役職やったことないとか、係やったことない言われたって困るし。好きで、やらへんかったんちゃうしな。それに一応係やってたんですけどね」
彼の言う係とは、雑用係のことである。係という名をつけるのもためらわれるくらいだ。
「まぁ、そんな立場ですからどうこう言われたって俺は構いません。せやけど、皆にもし信任されて、1・2年からも信任されたのであれば、全力でやらせてもらいます」
周平はそう言って着席した。再び起きる沈黙。
「ちょっといいですか?」
拓久が手を上げた。
「月島くん」
「パーリーの皆さんは、その話をいつ聞いたんですか?」
愛美がすかさず答える。
「先ほどの臨時パーリー会議のときです」
「そこで、どうやったんですか?」
「パーリー全員は賛同しました。彼を、学生指揮に信任します」
「……やったらいいんちゃいます?」
「ちょっと月島くん!」
朋子は不服そうである。そう言い切って拓久は部屋を後にしようとした。
「ちょっと、どこ行くの!?」
「決まりやろ? 後は1・2年に信任取れや。その代わり、俺は絶対認めへんぞ。急に偉そうにされんのなんて、嫌いやしな」
周平がこれには我慢できず、立ち上がった。そのまま拓久に食って掛かる。
「お前らが今まで俺を貶めといて、よぉそんな偉そうな口利けるな!」
「うるさいなぁ! それやったら、なんでもっと早く反抗せぇへんかってん! 島崎先生が来てから態度デカなりやがって! 言うとくけどなぁ、俺、お前なんか大嫌いじゃ!」
「うるさいわ! 今まであの先生の言いなりやったヤツらなんかに、そんなん言われる筋合いないわ! アホ!」
あの先生とは、去年までの顧問のことである。周平は乱暴に拓久の服を振り払い、フイッと自分の席に戻った。
「ちょっと、愛美」
同じく不服そうに立ち上がる朋子。
「何?」
「あんた……なんでそんな急に森田くんに優しくなったん?」
「は?」
「なんで?」
愛美は戸惑ったが、ハッキリと自分の気持ちを吐露した。
「高校最後の吹奏楽コンクールで、全国行きたい。そのためには、今までみたいなイザコザがあるままやったら、アカンと思ったから」
「ホンマにそれだけ?」
愛美がムッとした表情を浮かべる。
「どういう意味よ?」
「それ以外にもあるんちゃうの?」
未樹と将輝がハッとした様子になる。1・2年生どころか、3年生ですらほとんど知らない事実を、もしかすると朋子はバラしてしまうかもしれない。そんな焦燥感がふたりを襲う。しかし、ここで言えばなぜそれを知っていたのかと責められるかもしれない。ふたりはハラハラするしかできなかった。
「ハッキリ言うたるわ。アンタ、森田くんに告白したんやろ?」
「え!?」
全員が愛美か周平のどちらかを見た。周平が俯く。愛美は顔を真っ赤にしていた。
「だいぶ前から好きやったんやって? よかったね。昨日告白の返事もらえて、はい、ふたりはめでたく付き合います~……知ってるやんね? うちの部が恋愛禁止やっていうのんくらい」
「……。」
部則では、部内恋愛は禁止になっている。今の時代に相応しくない内容かもしれないが、そのようなことで部活が全国を目指す一体感を失うのは良くないという視点から、定められたものだ。
「アホちゃうん? 部長が率先して部則破るんやもん。しかも、森田くんみたいな人と……」
バシッ!
突然、乾いた音がした。その場にいた全員が、目を見開く。
未樹が、朋子の頬を叩いていた。
「……な」
「最っ低……! そんなん、バラすことちゃうやろ! アンタこそ、部の雰囲気をいま乱したんやで!」
「何すんのよ!」
バシッ!
同じような音が再び部屋に響く。朋子が未樹の頬を叩き返したのだ。
「何よ! この陰険!」
「アンタこそ普段ウジウジしてるくせに! 何よ、何よ!」
男子が割って入ってようやくふたりを止めた。愛美が半泣きになりかけているので、大輝が前に立つ。
「とりあえず……3年生ではふたりが反対。それ以外は全員賛成でえぇか?」
長い沈黙が起きる。大輝はハァッとため息を漏らした。
「ほな、とりあえずそういう形になったって、先生に言いに行ってくる。練習戻って」
「……はい」
「あ、でもちょっと。金木と和泉と後藤はそのまま戻ったら1・2年に何か思わせてまうから、気持ち落ち着くまでここに残ってて」
「……。」
朋子と未樹はそれぞれ叩かれた頬を冷やしている。愛美は俯いたままだ。
「俺もおるわ」
洋平がその場に残った。
「……俺、行くわ。悪いけどよろしく」
「うん」
周平が部屋を後にする。ゾロゾロと、残りの3年生もパート練習の部屋へ戻っていった。