表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
じょいふる! Music♪  作者: 一奏懸命
第02章 風向き、変わる
42/44

第039話 かつてない厳しさ



「アカーン!」

 怒声が飛ぶ。愛美が思わず肩をすぼめた。大地が苛立った様子で指揮棒をパシパシ!と指揮台に叩きつけた。

「ペット! ミュート付けて吹いた途端に音程狂う! しっかり息入れて、音程取れぇ!」

「はい!」

 5月初めとはいえ、沖縄県の気温は既に高めだ。集中して練習を始めてから2時間。合宿二日目にして、既に雰囲気はコンクール直前といった様相を呈している。

「各パートでの繋ぎが全然うまいこと行ってへん。もっとしっかりと周りを聞いて。合奏やで? わかってるんか? 『合』わせて『奏』でるんや。お前ら、演奏もバラバラやし気持ちもバラバラ」

 本来いなければいけない部員たちの席も、用意してある。空しい空席が目立つ。なぜこんなことになったのか、愛美や大輝、洋平たち幹部は悔しい思いすらしてくる。

 今年こそは関西大会を突破し、全国大会へ行きたい。3年生は個々人でそのような想いを抱いているが、それをハッキリと口にした部員は少ない。思っていることも口に出せないようでは、まだまだ部の雰囲気が変わったとは言えなかった。

「パーリー!」

 パーリーとは、パートリーダーの省略形である。

 浜唯高校では、下記のようにパートリーダーが選任されている。

 フルートは照。ダブルリードは実香子。クラリネットは将輝。サックスは優花。トランペットは愛美。トロンボーンは利緒。ホルンは洋平。ユーフォニウムは大輝。チューバは未樹。パーカッションは悠馬だ。

 しかし、大地が来るまでは妙な派閥ができていて、まともに部の方針などを話し合ったことのない学年でもあった。

「ちゃんと、部の方向性決まってるんか? 課題曲と自由曲はもう、ほぼこれで行くんやぞ? 自由曲のソロは誰が吹くねん。自由曲にしても、課題曲にしても、曲を引っ張っていく人がいるやろが」

「はい……」

 全員が俯く。大地は大げさにため息を漏らした。

「もうえぇわ。とりあえず、課題曲に関して言いたいこと言わせてもらうわ。スネア! 立花!」

「は、はい!」

「最初ノロいねん! もっと、機敏な速さをくれ。ノロノロしたんはいらん!」

「はい!」

「フルート、ピッコロ!」

「は、はい!」

「音程グシャグシャ! 揃うまで吹くな!」

「……。」

 照が唇をかみ締めている。

「サックス!」

「はい!」

「音が飛び跳ねてる! 安定させろ!」

「はい!」

「低音!」

「はい!」

「全員モゴモゴしてる! 出直して来い!」

「はい!」

「もう課題曲いらん。合宿では合奏、もうせぇへんからな!」

「……。」

「返事!」

「はい!」

「よし。休憩」

 大地は苛立った様子で合奏部屋を出て行く。

「……はぁ」

 周平が落ち込んだ様子でため息を漏らした。

「パーリー。ちょっと集合。廊下に」

「はい」

 愛美に集合をかけられ、パーリーたちが移動していく。それを見送ってから、周平がそっと華名の横に立った。

「ちょっと、ここのサックスアンサンブル部分、吹いてくれん?」

「え?」

「早く。いくで。1、2、3、4」

 音は綺麗だが、どこかフワフワとした音になっている。周平は目を閉じてその音を聞いていた。

「うん。音は綺麗ねん。せやけどな、一個一個の音が飛びすぎ。特にEの音やな。それとF。このふたつが飛びすぎ。それに対して下のFに下がるやろ? そこが重い」

「は、はい」

 周平の的確なアドバイスを華名は一所懸命メモしていく。

「せっかくクラリネットが上手いこと吹いてくれてんのに、サックスが潰してるねん」

「すみません……」

「ついでに、いい?」

 周平が振り返ったのは、トランペットのほうだ。

「その後のトランペット。なぁんかザワザワして、落ち着きがないねん。原因はまず、サックスが音飛んでるからっていうのがあるねんけど、その次はやっぱりトランペットパート内で原因があるねん」

「は、はい」

「っていうても……木下さんだけにそんなこと言うたかて、かわいそうやねんけど……」

「い、いえ! もっと言うてください」

「あ、そう? ほな遠慮なく。ついでに言えば、もっとブレスちょうだい。吹く直前。休みやろ?」

「はい」

「それから、全部確かに同じ音やねんけど、そのペペペペーペペペっていう吹き方、やめてくれへん? なんかすっごい不愉快」

「はい!」

 美里の目の輝きが断然変わった。

「あのさ……」

 未央が手を上げる。

「ん?」

「クラは、どう?」

「……言うていいん?」

 未央がうなずく。

「ほんじゃま。とりあえず、サックスの音とフルートの音の割に綺麗に個々人では鳴ってる。せやけど、その鳴ってる音が綺麗にミックスされてへんねん。せっかく5度差でハモるんやから、綺麗に響かせようや。ノリはそれでオッケイやからさ」

 クラリネットの合宿出席率は良いほうだ。全員が周平のアドバイスに耳を傾け、メモを取っていく。

 その頃、大地は少し離れた廊下で頭を抱えていた。浜唯高校は一時期、全国大会常連校であったので、ある程度は期待して赴任した。しかし、部員たちのレベルは予想以上に低下しており、これまであれば中学生に説明するようなことも、イチから説明しなければならないような、そんな状況であった。

 それに加えて、成長しない自分の性格が一番嫌いであった。何かと音楽に対しては熱くなるのだが、それがどんどん熱さを増して行き、やがて爆発してしまうのだ。

 大地は首を左右にブルブルと振った。

「これじゃアカン……。顧問がこんなんでどないすんねん。頑張れ、俺!」

 そう言って自分に気合いを入れなおし、大地は立ち上がった。そして、合奏部屋に戻っていく。しかし、部屋に入る少し手前の廊下で足を止めた。

 誰かが合奏練習をしているのだ。

 大地はそっと確認する。しかし、パートリーダーではなさそうであった。なぜなら、愛美たち幹部とパートリーダーたちは大地の視線の少し先で、話し合いをしているのだから。

 そのパートリーダーたちも、聞こえてきた音に話をストップさせた。誰がやっているのか。それが気になるようだった。

 大地が部屋を覗き込もうとやってくると、愛美たちと鉢合わせになった。

「先生ちゃうかったんですか?」

「俺もビックリしてるとこや。一体誰が……」

 すると、その人物の声が聞こえてきた。

「そーそー! クラさん、その感じ!」

 嬉しそうに指揮台で指示をしているのは、周平であった。

「森田くん……?」

「森田が?」

 その指示は、実に的確であった。

「そうやんな。どっちが聴かせたいほうか言うたらさ、そりゃ上の人やんな。ってことは、下の人は目立ちすぎたらアカンわけよ。今ぐらいのバランス。ほな、もう1回」

「はい!」

 その周平の統率力と、優れた指導力に廊下にいた大地とパーリーだけでなく、練習室内にいた部員全員が戸惑いすら覚えていた。

 聞こえてくる音色を邪魔しないように、大地がパーリーたちのそばへ寄る。

「ちょっとえぇか?」

「先生……」

「大事な話がある」

 そう言って大地はパーリーたちを練習部屋から離れた場所へ連れて行った。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ