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じょいふる! Music♪  作者: 一奏懸命
第02章 風向き、変わる
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第037話 新しい風が吹く



「……返事、聞かせて?」

 金木が顔を赤くしながら、小さく呟いた。

「うん……」

 妙な沈黙が続く。カチ、カチ、と規則的な時計の秒針の音だけが響いてくる。呼び出された廊下に時計があったのかどうかすら、周平は覚えていなかった。

 周平にとって、予想外であった。部長の、この金木 愛美とは本当に気が合わず、1年生当時から何かとぶつかり合うことが多かった。事実、3年生に上がる直前まで、目を合わせることすらしなかったものだ。

 そんな状況であるにも関わらず、愛美は周平のことが好きなのだという。いったい、いつからだったのか。周平はそれが気になった。

 周りの様子が少し気になるが、この廊下は部員たちのいる部屋からは少し離れた場所にある。また、練習の大ホールからも離れている。なので、突然誰かが来るという心配もなかった。

「あ、のさ……」

「は、はい」

 いつもは勝気な愛美が、今日は萎縮してしまっている。まるで別人に見えてしまった。

「金木は……いつから、俺のこと……好きやったん?」

 好き、という言葉を口にするのにこれほど緊張するのは本当に初めてだった。

「……高2の、夏……」

 周平には、そのときの出来事というのはあまり印象にない。高2といえば、去年のことだ。その年の夏は、周平はコンクールに出ていない。一方で、愛美はコンクールメンバーだった。もちろん、周平の場合は実力というよりは意図的に外されたのだが。

 コンクールに出られないので、周平が練習していた曲といえば、その頃は文化祭の曲。確か、その頃配られていたのは『ラピュタ~キャッスル・イン・ザ・スカイ』、つまり天空の城ラピュタのメドレーのみだった。

 周平はこの曲が大好きで大好きで、その頃毎日練習していた覚えがある。汗だくになって、毎日練習していた。

 愛美は、そんな周平の姿をずっと見ていたという。実力ではなく、周平が先輩たちに反抗的な態度を取るが故に、コンクールメンバーから外されたことはどの部員も知っていることだった。しかし、周平は決して屈さず、諦めずに毎日部活に通った。

 周平は楽器を吹けるだけで十分だったので、だからこそできることだったのだ。愛美が彼に惹きつけられたのは、それだけではなかった。

 合奏後の片付け。合奏が終わり、片づけが始まると真っ先にやって来たのは周平だった。当時の3年生とは仲が良くなかった周平だが、パーカッションの先輩とは少し関係が違っていた。幼なじみということもあったのだろう。とても仲良くしていたこともあり、彼は率先してパーカッションの準備と片づけを手伝っていた。

 知らないところで、努力をしている。愛美はそんな周平に惹かれていき、次第に恋心を抱くようになったのだと言った。

「そ……そんな大したことしてへんよ、俺は」

 恥ずかしそうに俯く周平。

「ううん……私にとっては、とても印象的で……」

「そうか……」

 再び続く沈黙。

「どうかな……。返事……お願いします」

 愛美は俯きながらも、はっきりとそう言った。

 周平はしばらく考えていたが、そっと前に出て、右手を差し伸べた。

「……。」

 愛美が嬉しそうに顔を上げる。

「お、俺なんかでよかったら、その……部活の立ち位置とか、正直微妙やけど……。迷惑かけるかもしれへんけど……よろしく」

「……うん!」

 愛美の顔が満面の笑みに包まれた。周平もその表情を見て、顔が緩む。

「そ、そろそろみんなのトコ戻らん? あんまり長いことおれへんかったら、変に思われる。それに……」

「せやね」

 愛美は周平の言葉を遮るように言った。

「なるべく、みんなにはバレへんようにせなね」

「……なんか知ってるんか?」

「私と副部長ふたりは少なくとも知ってるで」

「何を?」

 愛美はサラリと言った。

「竹中くんと、今中さんが付き合ってること!」

「……えぇ!?」

 周平は目を丸くして声を上げた。

「んふふ! やっぱり知らんかった?」

「そんなん全然知らんわ! マジでぇ!?」

「マジ、マジ!」

 愛美は笑いながら先を歩き始める。周平が後を追う。

「!」

「!」

 愛美は階段を降りる際に、彼女の姿に気づいた。彼女も慌てて階段の上に隠れたが、間に合わなかったようで、愛美の視界に入っていた。

「……。」

 愛美と周平が楽しそうに話をしながら降りていくのを、彼女――後藤 未樹は聞き流すことしかできなかった。


お、俺なんかでよかったら、その……部活の立ち位置とか、正直微妙やけど……。迷惑かけるかもしれへんけど……よろしく。


 周平の言葉が未樹の耳に何度も響いてくる。それを思い出すと、胸が締め付けられるような思いがこみ上げてきた。

 愛美が本当に周平に告白していいかどうか尋ねてきたとき、彼女は何の抵抗もなく「いいよ」と答えたのだ。それにもかかわらず、改めてその場面を直接、見聞きしてしまうと苦しくて仕方がなかった。

 翌朝。

「うっわ! ちょっとどないしたん? ごっついブサイク!」

 未樹の顔を見るなり、利緒が驚いた声を上げた。

「うるさいなぁ……ちょっと寝られへんかったの」

 未樹は不機嫌そうにそう答える。

「おっ? なんや周平」

 悠馬の声に思わず未樹は振り返ってしまう。

「眠そうやんけ」

「昨日寝つけんかった……」

「へー? 旅行嬉しくて寝られへんかったんか?」

「……そんなとこ」

 うまくごまかしつつも、周平は嬉しそうにしている。それは愛美も同じであった。

 朝食の時間。朝食も、昨日の夕食と同じ座り位置になった。しかし、今度は微妙に空気が違う。譲、良輔、晴菜もそれを感じ取っているが、それが何なのかまではわからなかった。

 良輔がふと気づき、言葉にした。

「森田先輩……なんか、ご機嫌ですね」

「ゲホッ! ゲホゲホッ!」

 それに反応するように愛美がお茶を誤飲してむせ出す。

「きゃあ! 大丈夫ですか!?」

 晴菜が慌ててハンカチを取り出し、愛美のほうへ駆け寄る。

「あぁ、うん。ゴメン、大丈夫」

 愛美は笑いながらチラッと周平のほうを見る。周平も思わず微笑み返した。

(しっかし……金木とこんな関係になるなんて、人生どうなるかマジでわからへんなぁ……)

 周平はそう考えながら、窓から入り込んでくる風を心地よく感じているのだった。





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