第036話 いろんな意味で赤くなる
「どないしたん!? アンタら!」
弓華が周平と優花の顔を見るなり、驚いた声を上げた。二人は恥ずかしそうにお互い目を逸らした。同じ頃、猛と華名も2年生の部員から顔を見るなり、どうしたのか聞かれていた。
無理もない。あのまま4人は気づけばサンサンと降り注ぐ太陽の下、砂浜で居眠りをしてしまったのだ。もちろん、パート練習中ずっとそうしていて、日焼けをしないはずがない。しかも、日焼け止めを塗らずにそんなことをしたのだから、もう大変だ。
「うん……ちょっと、いろいろあってね」
優花が適当に話を逸らそうとする。周平に至っては何も言わない。
「オーッス! お前ら、ちゃんと練習しとったかぁ!?」
何も知らない悠馬がバシッ!と周平の背中を叩いた。
「痛ってぇ! やめんかぁ! 痛いねん!」
「なんでやねん! 軽く叩いただけ……あれ? なんでそんな顔赤いん? お前」
「日焼け! 日焼けしてん!」
「はぁ!? なんで? めっちゃウケるんやけど!」
悠馬の大笑いに周りも釣られて笑い始める。周平と優花は恥ずかしそうにするばかりだった。
そのまま夕食の時間になる。テーブルの席はくじ引きで決めた。
「えーっと……俺は第一テーブルっと……」
クジのとおり第一テーブルに移動する。
「よう」
そこには将輝が既に座っていた。
「おう。一緒やな」
「よろしく」
しばらく待っていると、周平の顔がにわかに曇った。なんと、未樹がやって来たのだ。
「おー。後藤」
「ども……です……」
「うん」
周平は無愛想なまま、適当に返事をする。未樹は居心地が悪そうだ。
「隣、えぇかな?」
「えぇよ」
将輝にも気を遣っているのが丸わかりだ。空気が重苦しくなる。しかし、さらに空気が微妙になる事態が発生する。
「えーっと……あたしはここか」
そう言って姿を見せたのは、なんと愛美だ。
「え? 金木、ここ?」
将輝が驚いて目を丸くする。驚いたのは彼だけではない。周平も未樹も、そして愛美本人が一番驚いている。
そして残る3人は晴菜、譲、良輔。なんとも微妙な組み合わせのテーブルとなってしまった。
大輝の号令で食事が始まる。他のテーブルはそれなりに会話があるが、どうもぎこちない第一テーブル。黙々と食事が進んでいく。
未樹がキョロキョロと何かを探す素振りをしている。
「どないしたん?」
将輝が聞くと、未樹は「お醤油がほしくて……」と小声で答えた。
「ん」
周平が無愛想な様子のまま、醤油差しを未樹の目の前に差し出した。
「ありがとう……」
「いいえ」
淡々としたままの周平。再び沈黙が落ちる。
将輝は既に事情を知っているが、晴菜も譲も良輔もどうやら愛美、周平、未樹の様子が微妙に変なことに察しがついてきているようだった。居心地が悪そうにしている。
カランカラン……。
愛美のそばで音がしたので周平が顔を上げると、愛美が箸を両方とも落としてしまっていた。
「あぁ……嫌や、もう。しもたわ……」
周平がスッと立ち、まだ使っていなかった彼の箸を差し出した。
「え?」
「使い」
「でも……」
「大丈夫。まだ使ってへんから。俺はまた取ってくる」
「でも」
「えぇから。はい」
周平は強引に箸を愛美に手渡し、すぐに立ち上がって厨房のほうへ向かった。
息が詰まりそうな状況だった食事も終わり、学年ミーティングをするために各学年、指定された部屋へ移動していく。
3年生は多目的ルームだ。愛美、大輝、洋平が中心になって話し合いを進めていく。まずは、コンクールの目標設定だ。
昨年は関西大会どまりだった。今年はどこまで目指すか。悠馬は言うまでもなく、全国だと断言する。しかし、現状では全国はおろか関西大会も難しいのではないか、というのが洋平の見解だ。何しろ、このゴールデンウィーク合宿でも参加人数が足りず、練習が成り立たない部分が多々あるからだ。
「何もさ。部員全員が出る必要もないんちゃうの?」
未央がハッキリと言った。
「どういうこと?」
弓華が聞き返す。
「せやから。何も部員全員が出んでも、たとえばやで? 45人くらいに絞って、しっかりと音作りをするんも、アリなんちゃう?」
「つまりはオーディションとかして、音作りに専念する、と」
未央の言うところはこうだ。今年のコンクールで『うちなーのてぃだ』を選んだ以上は、やはり各パートのアンサンブルが重要だ、というのがクラリネットパート共通の認識になった。これはサックスでも同じだった。
そうすると、無駄に人数を増やすよりも絞って安定した、綺麗なハーモニーを作ったほうが良いというのが彼女の見解だ。
しかし、これにすぐ照が反論する。
「確かに、課題曲はえぇかもしれへんけど、自由曲はアカンのちゃう?」
照が言う自由曲。『ウィークエンド・イン・ニューヨーク』だ。確かにこの曲は元気溌剌としたイメージがあり、音の分厚さが必要な部分もある。それを課題曲だけに意識集中しすぎて、人数不足で音が飛ばない可能性も考えられる、というのが彼女の言い分だった。
「ちょっとえぇかな?」
周平が手を上げた。
「まず、俺は伯方さんに賛成。来ぇへんヤツ当てにして練習なんかしてたら、コンクールはアカンと思う。来ぇへんヤツは、おらんもんとして練習していかんと」
全員がうなずく。
「ほいで、氷室さんの意見やけど。これもむしろ、人数絞ったほうがえぇと思うわ」
「なんで?」
照が驚いて目を丸くする。
「だって、人数おったって音が汚かったら音は飛ばん。逆に、人数少なくても音がまとまれば、クリアな音になるわけやから、綺麗に響くやろ? それやったら、人数少ないほうがいい」
「でも、あたしら最後のコンクールやで?」
「何もコンクールひとつが吹奏楽部の行事ではないと思うで。来年3月には……まぁ、俺らの引退の定演もあるし。そこが一番、俺たちの目立つべき場所や思うけどな」
言ってから、少し恥ずかしくなったのか周平は顔を赤らめた。
「まっ、まぁ……そんなとこでどう? 3年の意見は」
「……せやね。それでまとめて行こうか。いいかな?」
愛美の問いに全員が同意する。
「ほな、あと15分ほどあるね……。けど、今日の練習はもう時間的に遅いから終わりやし。8時からみんなお風呂やし、準備に戻ろうか」
「はーい」
愛美に促され、部員たちは各自部屋へ戻っていく。周平もひとり、気楽に階段を上がっていく。
「森田くん……」
その声にドクン、と心臓が反応した。
そっと振り返ると、先ほどとは明らかに様子の違う愛美がいる。
「いま……いい?」
「……うん」
遂にきたか。周平は深呼吸をしながら、愛美の後を追っていく。
人気のない、裏口付近へ移動した。愛美の顔が、暗闇でもわかるくらい赤くなっている。それは周平も同じだった。
「返事……」
ドクン、ドクン……。周平の顔はどんどん赤くなる。
「聞かせてもろて、いい?」
周平は目を閉じ、深く息を吸った。