第035話 4人だけでも食い違う
「えぇーっと……そしたら、課題曲からやな。『うちなーのてぃだ』や」
「先輩」
華名が手を上げた。
「はいよ?」
「『うちなーのてぃだ』って……すみません、どういう意味ですか?」
周平がポカンとしている。
「大西」
「へ?」
「どういう意味って、山口が聞いてる」
「へ? あたしに?」
「うん」
周平がうなずく。
「あたしは知らんよ。森田くん、アンタは?」
「俺も知らんよ」
「なんでよ! いまわかったように言うたやないの」
「知らんがな! 知ってるのは読み方だけや」
「ひらがなやねんから当たり前やろ!」
ひとしきり言い合いをしてから、ふたりは顔を赤くする。
「ゴメン……3年がこんなんじゃ、アカンわな」
華名と猛がクスッと笑った。
少し咳払いをしてから、周平と優花が真剣な面持ちでタイトルの文字とにらめっこをする。
「うちなー……関西弁と似てへん?」
優花が呟く。
「せやな……うちら、っていう感じか?」
「てぃだは?」
「だいたい小さい『ぃ』を日常で使うことがあるか?」
「そういう問題ちゃうやろ」
「ゴメンゴメン」
再び考えるが、どうにもこうにも思い浮かばない。
「ゴメン! 絶対明日までに調べとく! 今日は勘弁して!」
10分ほど経過して、たまらず周平が両手を合わせて猛と華名に謝った。
「いえ! 私たちもなんとか調べてみます。すいません、練習時間止めてしもて」
「いやいや……。ほな、どうしようか。とりあえず、2時半までこの曲のイメージを統一してみる? タイトルの意味すらわかってへん状況でするんも微妙やけど」
「はい!」
周平たちは4人で机を囲んで、この曲を聞いて思い浮かべたイメージをまずは単語で並べてみた。太陽、海、風、夏、海岸、砂浜。出てくるのは基本的に海に関するものが多かった。
次に、この曲で大事なことは何か。
優花は「各楽器のアンサンブル」と答えた。確かに冒頭を過ぎるとフルート、クラリネット、サックス、トランペット、ホルンの順番でメロディが演奏される。さらにトロンボーン、バスクラ、チューバ、バスーン、バリサクなどの低音楽器がメロディを連続して演奏する。アンサンブルができなければ、平坦な演奏になってしまうだろう。
華名は「表情が必要」と答えた。同じような曲調が続き、音量差もそこまで極端ではない。また、調も基本的にFメジャーで進行していく。それにもかかわらず、伸ばしで綺麗なハーモニーを作る部分というのは少ない。抑揚や表情のない演奏はまずいだろうという結論に至った。
猛は「個々人の技術」と答えた。特に低音楽器はそれが求められる。チューバなどがモゴモゴしていれば、せっかくの目立つ部分がかえって足を引っ張る部分になりかねないのだ。
周平は「4分の5拍子の感じ方」と答えた。おそらくは、3と2で分割するイメージが適当だろうと認識している。
「となるとや。総合的に考えれば、個々人の技術が必要で、かつパート内でしっかりとアンサンブルができる状況であるっていうのが、必要最低限の条件やってことやな」
3人が周平の言葉にうなずく。
「そしたら、や。まずは個々人の技術は置いといて。パート内でのアンサンブルやな。コイツが必要や。その場合は、やっぱり曲のイメージをパート内で統一して、パート内だけでも食い違いがないようにせんとな」
「そうやね……。今の、単語並べただけでも随分違うかったし」
優花が納得したようにうなずく。
「あの……提案なんですけど」
猛が手を上げた。
「ん?」
「この練習場所から海っていうか、浜ってそんなに遠くないですよね?」
「あー、せやな」
「行ってみません?」
「ん?」
大地が窓に向かって指揮の練習をしていると、自分の高校の制服を着た生徒4人がトコトコと道を歩いているのが見えたので驚いて身を乗り出した。
「こらぁ! 勝手にどこ行くねん!?」
周平がニーッと笑って答えた。
「浜でーす!」
「はぁ!? なんでや!」
「4人の曲のイメージを統一するためでーす!」
優花と華名が嬉しそうに答える。大地は即座に反応した。
「課題曲のかー?」
「そうでーす!」
猛がさすが先生、とでも言いたそうに答えた。
「しゃあないなぁ! 迷子なんなよー!」
「はーい!」
4人は大地に手を振り、すぐにまた浜のほうへ向かって歩き出した。
「せやけど、もう沖縄って暑いんやなぁ。汗かいてきた」
優花が大げさに手をバタバタと仰いでみせる。
「大西は暑がりやからな。これからまたやかましくなりそうや」
「何やの、それ! 失礼やわぁ」
他愛のない会話をしながら海まで歩く。
「ねっ、先輩」
華名が急に嬉しそうに周平と優花に言った。
「ん?」
「こんなにホンワカした雰囲気、久しぶりですね!」
華名の言うことももっともであった。何かとギスギスした雰囲気になることが多い浜唯高校吹奏楽部。たった4人だけだが、こういう雰囲気になるのは珍しかった。
「せやな……」
できることなら、部全体がこんな雰囲気になればいいのに。そう思ったのは自分だけではないはずだと、周平は考えていた。
「うわぁ……!」
「ひゃー……!」
「ほえ~……!」
「おぉ~……!」
4人が同時に感嘆を漏らす。しかし、その感嘆の言葉は違っていた。
目の前に広がったのは真っ白な砂浜。そして、コバルトブルーという色がまさに最適な、海が広がっていた。
「……。」
言葉を失う4人。大阪湾では、こんな綺麗な透き通った海は見ることができない。
「しょっぱいんか? これ」
周平が水を掬って口に含む。
「しょっぱぁ!」
優花が「当たり前やん!」と笑う。
「いやぁ、でもステキですね! こういう綺麗な海を毎日見て過ごせるって、とても憧れます……」
華名が目を輝かせている。
「ホンマやねぇ。理想やわ、こういうの」
「よっしゃ。どうよ? この浜で楽譜広げてちょっとイメージ固めへんか?」
「せやね! しよ、しよ!」
4人はそのまま砂浜に座って、楽譜を広げる。気持ちの良い潮風が4人の頬を撫でる。
「これは……あれやな。海って感じやなぁ。イメージ的に」
「ですね……」
周平の言葉に猛がすぐに同意する。
「『うちなーのてぃだ』の意味がわかったら、それを優先せなアカンやろうけど。でも、サックスパートとしては『海』っていうイメージを大事にするって感じかな?」
「せやな……。そうや。それでいこう」
やはり、その曲のイメージをつかむためにはそのイメージを持てるような場所へ行かなければならない。周平はそう感じていた。
「どうする? イメージつかめたし、そろそろ戻る?」
優花が言った。
「いんや。もうちょっとおろ」
周平は素直に即座にそう答えた。
「……了解」
優花が嬉しそうに笑い、そのまま楽譜をポケットに入れて寝転んだ。
「砂がつくで?」
「いーの。あー……気持ちいい~……!」
優花が伸びをしながら寝転ぶ。つられて華名、猛、そして周平が寝転んだ。既に夏を思わせる太陽が、4人を照らし出す。
「こぉんな雰囲気の演奏、しよな!」
「……はい!」
4人は顔を見合わせて、自信ありげに笑うのだった。