第034話 思い出してしまう
飛行機が離陸態勢に入る。それにつれて、周平の顔色がどんどん悪くなる。
「大丈夫かいや」
「あ、あんまり……」
洋平の問いに、真っ青な顔をして答える周平。
「え? どないしたん?」
通路を挟んだ隣の列に座っている優花が洋平に尋ねる。
「あ、あんまり大きい声で言うなや? 周平な……飛行機苦手やねん」
「ウソん……。よぉこの合宿来よう思たなぁ。だって、行き帰り両方飛行機やで? 大丈夫なん?」
周平がスッと手を上げた。
「だ、大丈夫や。気合いで乗り切ったる」
「そ、そう……? あ、せや。あたし酔い止め持ってきてるから、気分悪なったら言うて?」
「わかった……」
洋平が「とりあえず目ぇ閉じとけ。ちょっと寝たりすれば、気分も変わるやろ」と言って毛布を被せる。
「うん……」
周平は洋平に促されるがまま、そっと目を閉じた。
「周平」
振り返ると、黒い服に身を包んだ母が立っている。
「おいで」
「……。」
母に呼ばれ、部屋に入ると布団に横になっている父の姿があった。しかし、顔には白い布が被されている。
「……。」
「ほら。お父さんやで?」
そう言われても、白い布で顔が見えないので父だとはすぐに認識できなかった。母が傍に座り、そっと白い布を取ると、まるで眠っているかのような顔をした父の姿が目に入った。
泣き崩れる母。祖父母もやって来て、また泣き崩れる。周平には理解が追いつかない。一体、何が起きてこんなことになったのか。
フラフラと頼りない足取りで隣の部屋に移動する周平。その部屋にある机の上に、新聞が置かれていた。
当時は漢字が読めなかったが、今でもその字だけはハッキリと覚えていた。
沖縄本島沖合いでJAN機不時着 100名超絶望か――。
「うわぁー! 綺麗―!」
久美と亜梨沙の声でフッと目を覚ました周平。
「……いま、どこ?」
洋平が振り返って笑顔で答えた。
「おっ! 起きたか。もうすぐ沖縄! 着陸すんで!」
「……そうか」
周平は低い声で答えた。
着陸態勢に入ったときも、周平の顔色は悪いままだった。
「生きた心地せぇへんわ……」
着陸し、飛行機から降りてようやく喋り始める。
「せやけど、なんでそんな飛行機嫌いなん?」
優花がもっともな質問をぶつける。しかし、周平は口をつぐんだままだ。すると、突然利緒が乱入してきた。
「ほらぁ! 優花も佐藤くんも! 楽器運びせなアカンやろ!」
「え? もう出てくるん?」
「そうや! ほら、ふたりとも行こう行こう!」
「あ、でも森田くん……」
優花が心配そうに周平を見る。
「森田くん、調子悪いんやろ!? ほら、あそこに調子悪なった人ら集まってるから、そっち行っとき! 楽器運びは任せといて! ほら、行くで行くで!」
返事もロクに聞かないまま、利緒は優花と洋平を楽器が出てくる場所へと無理やり連れて行った。
ポツンと残された周平は、調子が悪いといって少し離れて休んでいる部員たちの集団に加わる。そこには愛美、良平、そして未樹の姿があった。
「……。」
周平はとりあえず、良平の横に座る。
「……大丈夫?」
未樹が周平に声をかけた。
「そういう後藤こそ。顔色あんまりよぉないで」
「ちょっとね……」
良平は重症なのか、口すら開かない。
「せやけど、俺ら全員乗り物酔いか……」
「情けない話やけどね~」
愛美が苦笑いする。
「部長がこんなんでどないするんよって話やない?」
「まぁ……ほいでも、副部長おるし。ちょっとは息抜きせぇや。こんな部活まとめるんも、しんどいやろうし」
「へぇ? なんか珍しく優しいんやね」
愛美の言葉に顔に火が点いたように赤くなる周平。
「ま、まぁな」
「ありがとう。お言葉に甘えるわ」
ふたりの会話に居心地が悪そうな未樹と、気分が悪くそれどころではない良平。微妙な空気は大輝の「おーい! そろそろ移動するでぇ!」という声で打ち破られた。
バスに移動し、床下の収納スペースに楽器を積み込んで、合宿場所のコテージ群まで1時間ほどかけて空港から移動する。その頃には周平、愛美、良平、未樹の4人も体力は回復していた。
「ほい! サックスパートさーん!」
「はぁーい!」
優花、華名、猛が答える。
「とりあえず、14時までは各自で練習。その後、14時から17時までパー練やから、15時半までは課題曲、そっから17時までは自由曲をさらいます」
「はい!」
「よろしく!」
5人はとりあえず練習部屋の隅々に寄って、各自で音出しを始める。周平もリードを咥え、まずは音出しから始める。
(調子はまずまずやな)
周平は決めていた。その内容をもちろん、大地にも伝えていた。大地はそれを聞いて「やったら、3日目の午前中、一緒に行こう」と言ってくれた。
この合宿に参加している部員たちにも伝えるつもりでいる。部活を変えると決めたのだから、まずは自分から変えていかなければならない。
(勝負はここからや。負けるなよ、俺)
周平は凛とした表情で海を見つめる。
周平にとって勝負の合宿が始まる。