第030話 ここで欠けるわけにはいかない
「はぁ~……まいった」
洋平が音楽室でグッタリしている。そばに座っている周平と悠馬が心配そうにしていた。
「どないやったん? あれから」
周平が聞くと、洋平はウンザリした様子で答えた。
「もう最悪や。まず、岡本がごっつ先生に怒られてな。元々、岡本ってカンシャク起こしやすいっていうか、短気な感じやろ? 逆ギレしよって、転任したばっかの先生に偉そうに言われたくないとかワケのわからんこと言い出して……」
充香の普段の態度を考えると、ある程度予想ができることではあるなと周平は考えていた。洋平のボヤキはまだまだ続く。
「ほんでもってやな。まぁ、そんな風に思わせるような環境作った俺も悪いってことで一緒に怒られるわけですよ」
「そうやろなぁ。パーリーで副部長やもんな。責任者やし」
悠馬が同情するように呟いた。
「同じ扱いで、大輝と金木もかなり怒られた。今までどんな統率しとったんやって」
「……情けないなぁ、俺たち」
悠馬が大きなため息を漏らした。周平もため息を漏らす。時刻を見ると、既に8時を過ぎていた。いま現在、残っているのは周平たち3人だけだ。
「ほんで? 古舞さん、どんな感じやった?」
「それがやなぁ。これ以上、足引っ張ったらアカンから辞めたいって言うてんねん」
辞めるという言葉にはやはり敏感になってしまう。
「マジで!? お前、それすんなり」
「受け入れるわけないやん。だいたい、自由曲が『ウィークエンド・イン・ニューヨーク』に変わってホルンは絶対人数いるのに。それがたとえ、どんな初心者でも今は辞められたら困るわけよ」
「よかったー……そうやんな」
悠馬がホッと胸を撫で下ろす。
「とりあえず、今日もう1回古舞さんにメールか電話はしてみるわ」
「せやな。頑張れよ、パーリー」
悠馬がバシバシと洋平の背中を叩く。
「おう。ところで、お前ら合宿の準備しとぉ?」
「おうよ! 俺はもう気合い入りすぎて、3週間前から準備しとる!」
「どんだけ気合い入っとんねん!」
洋平と周平が同時に笑った。悠馬が「シューヘイは?」と聞いた。周平は少し間を開けてから言った。
「まだ全然」
その言葉に二人が驚く。
「えー! 几帳面な周平がなんで準備まだ?」
「ん……まぁ、いろいろあって」
「いろいろ?」
周平は少し気まずそうにしながら言った。
「俺……合宿、行かへんかもしれへん」
「……仕方がないやろなぁ。無理やりなんて、できへんし」
周平が悠馬たちに合宿を行かないと伝えていた頃、職員室では大地が首を傾げていた。
「しっかし……俺としてはアイツは欠けてほしくないけど……でもなぁ」
アイツとはもちろん、周平のことである。大地は周平こそがこの浜唯高校吹奏楽部の革新のためには欠かせない部員であると考えていた。
しかし、その周平が合宿に参加しないとなると、やはり影響が出てきてしまう。大地としては参加させたいのだが、周平自身が「沖縄への合宿」のために一歩踏み出すことができないのだ。
するとそのとき、ドアがノックされる音がしたので大地は「はい」と返事をして立ち上がった。その拍子に、切り抜かれた新聞記事が落下する。
そこには大地が既に聞き慣れた名前と、よく知っている名前が記載されていた。
「なんか疲れたわぁ……」
愛美がウンザリした様子でため息を漏らす。
「大変だね……。あ、でも私たちにできることあったら、なんでも言ってね」
未樹が親身になって答える。愛美は嬉しそうに「ありがとぉ、助かる」とにこやかに答えた。
「ところでさぁ、後藤さん」
「ん?」
「森田くんトコの……あの仏壇」
未樹がうなずく。
「雰囲気的には……お父さん、やんね」
「多分ね……」
すると、愛美の隣にいた利緒が話に加わってきた。
「何? 誰の話?」
「森田くんのお父さんの話やねん。なんかね、仏壇があって、お父さんらしき人の写真があったから……どないなってたんやろ、って思って」
「……。」
利緒の表情が変わる。未樹はそれに気づき、利緒に聞いた。
「利緒、何か知ってるん?」
「……誰にも言わへん?」
愛美と未樹は「約束する」とうなずいた。そして利緒は周りに誰もいないことを確認すると、こう言った。
「森田くんのお父さん……事故で亡くなってはるんよ」
その言葉を聞いた瞬間、未樹の頭は真っ白になってしまうのだった。